Daily landscape〜ある一日の出来事〜 投稿者:祢本 暢明
 雪。
 雪が降っていた。
 白く輝き、無慈悲なまでの美しさを放つ雪。
 その純白の雪が、まるで汚れた街を浄化するかのように、見慣れた景色を白く染
め上げている。ここ数年は地球温暖化の影響なのか暖冬が続いていたのだけど、今
年はシベリアの方から南下してきた強い寒気の影響で、例年にない大雪が降ると言
うような事を、テレビの天気予報で言っていたような気がする。
 部屋の中はまるで冷蔵庫の中のように冷えきって、吐き出す息も白く煙り、ゆっ
くりと広がってゆく。こんな日はベッドから出るのが億劫だ。
 布団の中から首だけを動かして机の方を見てみると、幸いなことに、まだ目覚ま
し時計のベルが鳴りだすまでには、幾許かの時間が残されているようだった。
 寒い朝に暖かな布団の中で、ゆっくりとまどろめるというのは、なんて気持ちが
良いのだろうか……。
 そんなことを考えながら、うつらうつらとしている内に、俺は再び浅い眠りの中
へと落ちていってしまった----。

 ピンポーン。
 ----遠くでチャイムの音が聞こえる。
 頭ではもう起きなければいけないと言うことが解っていると言うのに、体の方が
言うことを聞いてくれなかった。
 ピンポーン ピンポーン
「浩之ちゃ〜ん」
 窓の外から聞きなれた声が聞こえてくる。
 あれは……幼なじみの神岸あかりの声だ。
 ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「浩之ちゃ〜ん、起きてるぅ〜?」
 起きたいんだけど、体が動かねぇんだよ。
 いわゆる、金縛り状態というヤツなのだろうか?
 俺は、焦りに似た気持ちを覚えて、何とか体を動かそうとする。
 だけど、体を動かそうとすればする程に、体の力が抜けていくような気がした。
 ----もし、このまま体が動かなかったら、どうしたらいいんだろう。
 ふと、そんな不吉な言葉が頭の片隅をよぎる。
「浩之ちゃ〜ん、早くしないと、遅刻しちゃうよぉ〜〜〜」
 遅刻と言う言葉を聞いた瞬間に体が反応した。
 確か志保のヤツに言いくるめられる形で、今度遅刻したらヤックをおごらないと
いけない約束をしてたんだった!
 現金な事に、そんな考えが頭に浮かんだ途端に、俺は布団を跳ねのけるようにし
て飛び起きていた。
「今行くから、ちょっと待ってろ!」
 俺は窓に向かってそう叫び、ハンガーに掛かっている制服に慌てて着替え、階段
を転がり落ちるような勢いで駆け下りると、玄関の鍵を開けて扉をひらいた。
「浩之ちゃん、おはよう」
 そう言いながら、制服の上にダッフルコートを羽織ったあかりが、玄関の中へと
笑顔で入ってきた。
「浩之ちゃん、もうちょっと早く起きないと駄目だよ----」
 今更あかりのヤツに言い訳する気もなかったので、素直にあやまってから、俺は
急いで出かける支度を始めた。
 何度もこんなことを繰り返しているので、支度にはそんなに時間はかからない。
 洗顔と歯磨きを素早く終えて、トースターのパンを口に押し込んでから、慌ただ
しく玄関の方へと駆け出してゆく。
 この間の時間、きっかり二分。
 学校まで少し急げばまだ余裕のある時間だ。
「よし、いくぞ」
「うん」
 外はかなり冷え込んでいるようなので、俺は制服の上に厚手のブルゾンの袖を通
してから玄関を後にした。

     ★

 俺は馴れない雪に足をとられて、何度も転びそうになりながらも、早足で公園ま
でやってきた。
「おーい、急げよー」
 後からはあかりが----こちらは実際に何度か転びながら----必死に歩いてくる。
「きゃっ!」
 なんて言っているうちから、またあかりは滑って尻餅をついた。
「ほら、大丈夫か? まったくあかりはドジだなー」
 あかりは俺の手の助けを借りて起き上がると、コートについた雪を手で払い落と
している。
「ふぅ、ふぅ……。ありがとう、浩之ちゃん」
 あかりは慣れない雪道を早いペースで歩いた為か、苦しそうに息を切らしている。
「ま、ここまで来たら少しペースを落としても大丈夫かな」
 俺は時計を確認しながら言った。
「……うん、そうしよ」
 俺達は、少し歩みを遅め、人気の無い公園の中を歩いてゆく。
 まだ、ほとんど踏みしめられていない柔らかな新雪の上では、くるぶしの辺りま
で足が埋まってしまい、かなり歩きにくい。
 俺達は、踏み固められた雪の上を慎重に選びながら歩みを進めた。
「でも、凄い雪だよなー。こんなに積もったのって何年ぶりなんだろうな」
「そうだね。なんだか、ちょっと嬉しいかな」
「俺は寒いのは苦手だけどな」
「うん。雪は嬉しいけど、寒いのは辛いよね」
「でも、旅行で寒い所へ行くのなら、結構平気だから不思議だよな」
「そうだねー。ある程度の心構えとかあるからかな?」
「雪っていえばさ、あかりは子どもの頃から雪が積もったら必ず転ぶよなー」
「そ、そうかな?」
 あかりは恥ずかしそうに顔を赤らめて、少し俯いた。
「あかりは昔っからドジだもんなー。そういえば昔、通学中に雪で滑って転んだお
前を助けようとして、俺まで一緒になって転んじまって、ドロドロになった制服の
まま行く訳にはいかないからって、結局学校休んじまったことがあったな」
「そうだね。懐かしいね」
「俺はあの時、学校がサボれて嬉しかったけどな」
「浩之ちゃんらしいね」
 あかりはクスッと笑った。

 また、少し雪が降ってきた。
 厚い雲間から、時折覗かせる太陽の光もどことなく弱く感じられる。
 冬なんだな----。そんな当たり前の事を今更ながらに再確認してしまう。
 公園を抜けた所から長い坂道を登り出す頃には、ちらほらと他の生徒の姿も見て
取れるようになった。
 馴れない雪の積もった坂道と言うのは、非常に歩きにくい。
 あかりも、心なしか慎重な面持ちで歩みを進めている。
 実際、あかりは何度もバランスを崩して転びそうになりながらも、俺のコートの
端を掴んでなんとか堪えている。
「おっはよー」
 俺があかりの方に注意を向けていると、いきなり後ろから大きな声が聞こえてき
た。
 その瞬間、俺までバランスを崩しそうになる。
 何とか持ちこたえて振り返ると、志保がにやにやと笑っていた。
「こらヒロ、転ぶのなら一人で転びなさいよ」
「オマエが急に大きな声を出すからだろ!」
「なによぉ、ただ挨拶しただけじゃない」
「挨拶するだけなら、こんな時に不意打ちなんてするかよ」
「あら、私はただヒロが転んだら楽しいかなぁって、思っただけよ」
「オマエなぁ----」
 志保の方へ一歩踏み出そうとした瞬間に、視界がぐるりと一回転した。
 俺は、俺のコートを掴んでいたあかりを道連れに、志保の上に覆い被さるように
転んでしまったようだ。
「いったぁ〜い。ヒロ、早くどいてよ!」
 俺は、志保に押しのけられるようにして立ち上がろうとするのだけど、あかりが
俺の上に覆い被さるようにして転んでいるので、思うように身動きが出来ない。
 それでも、何とかして起き上がると、あかりと志保を助け起こした。
「やだ。コートが雪でずぶ濡れになっちゃったじゃない」
 志保は一番下だったので、半分解けかかった雪による被害が大きいようだった。
 まあ、その雪がある程度のクッションになってくれたと言うのが、幸いと言えば、
幸いなのかもしれないのだが。
「あかりは大丈夫か?」
「……うん、私は浩之ちゃんの上だったからなんとも無いよ」
「志保は、怪我ないか?」
「怪我はないけど……。このコートどうしてくれるのよぉ!」
 志保は濡れたコートを見て半べそをかいている。
「わりぃ、わりぃ。でも、怪我がないんだったら、大丈夫だな。水が染み込んでる
みたいだから、コートは脱いどいたほうがいいと思うぞ」
「もぉ! 寒いからヒロのブルゾン貸してよね」
「わかったよ」
 俺は志保に渋々とブルゾンを渡した。
 そんなことをしながらも、なんとか学校までたどり着くと、正門の前には人だか
りが出来ていた。
「……どうしたのかな?」
 あかりは心配そうな表情をした。
 俺は、なんとか人込みをかき分けるようにして正門までたどり着くと、閉め切ら
れた門には『本日、大雪の為休校』と書かれた紙が張られていた----。

「ははは……ここまで来て休校だってよ」
「でも、ラッキーじゃない。これから遊びに行く?」
「……そうだね。でも、志保のコート濡れてるし、一度着替えに帰らないと駄目だ
ね」
 俺達は、一旦家に着替えに帰ったあと、商店街の中にあるヤクドナルドで待ち合
わせをすることにした。

     ★

 ヤックでお茶をしようと思っていたのだけど、アテが外れてしまった。
 他にも同じ考えのヤツが多かったのか、店内は凄い人ごみで、とてもゆっくりと
お茶を飲む気にはなれなかった。
 俺達は結局、ゲームセンターにカラオケにボーリングと梯子をした後に、雪が強
くなってきたこともあり、志保と別れた。
 この街で、昼間からこんなに雪が降っているのを始めて見るような気がする。
「でも、凄い雪だね」
 実際、宙に漂う雪の量はまるで雪国を思わせるほどに多く、時折頬をすり抜ける
風は、寒いというよりは、皮膚が痛みを感じるほどに冷めたかった。
「これだけ雪があると、スキーが出来そうだな」
「……そうだね。あ、また、少し雪が強くなったね」
 傘をさしていないので、頭と肩に少しずつ雪が積もってゆく。
 最初は軽い痛みを感じていた頬も、感覚が段々となくなっているような気がした。
 雪の街は、妙に静けさを感じさせる。
 まるで、死に絶えた街の中を、俺とあかりの二人だけでさ迷ってているような錯
覚におちいりそうになりながらも、歩きにくい雪の中をゆっくりと歩いてゆく。
「……静かだね」
「そうだな。雪って音を吸収するんだって、何かで聞いたことあるしな」
「……今年はスキーに行けなかったね」
「ああ。来年は行こうな」
「……うん」
「……」
「……」
 何を話していいのか、解らなかった。
 俺達は黙ったまま、ゆっくりと歩き続ける。
「……」
「……」
 二人で黙って歩いていると、妙にあかりを意識してしまう。
 寒さの為に上気した頬。
 いつも、にこやかな笑みを投げかけてくれる、その優しげな瞳。
 そんな事を考えていると、幼馴染みのあかりが妙に遠くに感じられた。
 それは、俺のせいなのか、それともあかりのせいなのか。
「……なあ?」
「……うん?」
「いや、なんでもねぇよ」
「……うん」
 何かを伝えたいのじゃなくて、ただ、いつまでも側にいてほしかった。
 それは、幼馴染みとしてなのか。
 それとも----。まだ、答えは見つからなかった。
 いつかは答えを出さないといけないのは解っているのだけど、今はまだ答えが見つ
からない。いや、ただ答えを出すのが恐いだけなのかもしれない。
 だけ今は、少しうつむきがちに歩くあかりの横顔をいつまでも見ていたいと、心の
片隅では思っていた----。

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と、いうわけで浩之とあかりのお話でした。
これも、以前に書いたものなのですけど、季節とか大雪の事とか、なんとなくタイムリーな感じですね(笑)

>セリスさん
 感想ありがとう御座います(^^)
 心理描写メインの話しが好きで、良く書くのですけど、起伏の無い話しになりがちなのが難しい所ですね(^^;
 まだまだ未熟者ですけど、よろしくお願いしますね。
 マルチSSも楽しみにしてます(^^)

>ゆきさん
 感想ありがとう御座います(^^)
 こういう風に感想を頂けると、さあ書くぞとか思います(笑)
 これからも、よろしくお願いしますね(^^)