鏡像 投稿者:祢本 暢明
 窓に暗幕の引かれている、オカルト同好会の部室の中は、薄暗い闇に包まれていた。
 テーブルの上に置かれている香炉からは、ジャコウの煙が立ち上り、魔法陣の描か
れた床を中心に微かな渦を作り、ゆっくりと部屋の中へと拡散してゆく。
 来栖川先輩は、小さな瓶に入れられた動物の血液らしき物----白魔術で言う所の聖
水に相当するものらしい----を、銀細工をされた細身のナイフの先につけて、部屋の
四隅を切るようにしてしいた。
 これで、呪術をかける際に立ち上る邪気から身を守る為の空間ができるのだそうだ。
 予め用意されていた銀の容器にアルコールと月桂樹の葉、そしてすり潰されたハー
ブを入れて部屋の東側----こちらにも、小さな魔法陣が描かれていた----へ置き、マッ
チで火をつける。そして、ゆったりとした抑揚の無い声で、何語かすら解らない、怪
しげな呪文を唱えはじめた。
 すると、部室の中に置かれている色々な備品がカタカタと言う小さな音と共に不規
則な動きを始め、何も無い空間からはピシピシと言うラップ音が聞こえてきて、夏だ
と言うのに部屋の室温が徐々に下がりはじめているのか、肌寒く感じられるほどだ。
 また、銀の容器から立ち上る瘴気は、素人目に見ても解るほどに----それでも魔法
陣の結界の中だけには忍び込んでくる事なく----ゆるやかな空気の対流とともに、部
屋の中へと徐々に充満しているようだ。
 先輩はナイフで自分の小指に小さな傷をつけて、羊皮紙に自らの血で契約を書き記
してゆき、それを未だ青白い炎が立ち上る銀の器の上にかざし、その羊皮紙を燃やし
た。
「……」
「え? これで契約が完了しましたって?」
「……」
「今、結界を外しますって? ちょ、ちょっとまってくれよ。大丈夫なのかい? ま
だ、ラップ音すら収まってないぜ?」
「……」
「大丈夫ですって? まあ、先輩がそういうなら大丈夫なんだろうけど」
 俺がそう言うと先輩は緊張を解いたのか、そのかわいらしい胸を大きく息を吸って
膨らませた後に、ゆっくりと息を吐いた----。

 この日先輩のかけた魔術は、詳しくは解らないが、空間を歪めると言うような類の
ものらしい。すなわち三次元上の空間に四次元的なワームホールを作り、その異空間
の中からこの世界以外の知識を得るのが目的のようだ。
 俺にはさっぱりと解らない事ばかりだし、その雰囲気は未だに馴れないのだけど、
半信半疑----と、言うよりも信じてなかった----最初に立ち会った頃に比べれば、目
に見えない力が働いていることは、疑う余地がないようだった。
 それに、このオカルト同好会の部室の中と言うのは位置的な問題なのか、それとも
もっと他の要因があるのかは解らないが、一種の霊的なものが集まりやすい場所のよ
うで、何の力が無い俺でも目を凝らすと----調子の良い時に限るが----その人体から
立ち上るオーラの輝きがぼんやりとはしているが、確かに見て取れるようになってい
た。

     ★

 次の日の朝、俺とあかりが学校に着くと、妙に構内が騒がしいような気がした。
「……どうしたのかな?」
 あかりは、不思議そうな面持ちで辺りを見回している。
 実際、生徒たちの様子はいつもの朝の活気あるものでは無くて、どことなく不安げ
な顔つきをしていて、色々な流言が流れているようだった。
『音楽教室で怪人赤マントが出たんだってよ』
『東校舎の開かずの教室からトイレの花子さんが飛び出してきたらしい』
『屋上から口裂け女が素っ裸で校庭に飛び降りたんだって』
『ドラキュラの仮面をかぶった狼男が鵺の鳴き声をあげて走ってるとさ』
『陽気なお化けが向こうでダンスを踊ってたぜ』
 などなど。ざっと、飛び交っている噂を聞いただけでも、こんな、日本全国の学校
の七不思議を集めてミキサーに入れてシェイクしたような、頭の痛くなるような話が
平然と行われているのだ。
 俺も、あかりも呆然と我を忘れて立ち尽くしていると、志保が俺達の姿を認めて走
りよってきた。
「ニュースよ、ニュース!」
 志保はぜいぜいと、苦しそうに息を切らせながらも、噂の事を話してくれた。
 それを聞いていく内に、俺の顔から血の気が引いていく。
 どうやら、オカルト同好会の部室がある辺りを中心に、徐々に学校全体に怪現象が
広がっているようなのだ。俺は、志保とあかりを後に、部室の方へと走り出していた。
 実際に色々な怪現象が俺の目の前でも起こっていた。
 それは、全力疾走の俺の横を平走するようなスピードで歩く顔の無い女子生徒であっ
たり、永遠に続くかと思える程の長い廊下や階段、教室のドアの中から突然校庭につ
ながった空間などなど----。俺は、頭が痛くなった。
 いつもならば五分とかからないの距離なのに、三十分近い時間をかけてオカルト同
好会の部室にたどり着くと、部屋の中から来栖川先輩の小さな声が聞こえてきた。
 俺は、慎重に部室のドアをあけて、その薄暗い部屋の中へと入っていった----。

 部室の中は、泥棒が入った後のように荒れていて、その中にぽつりと困った顔をし
て立ち尽くしている来栖川先輩がいた。
「先輩! 大丈夫か?」
「……」
「え? 大丈夫って? ところで、一体何が起こってんだ?」
 先輩の話によると、昨日魔術を掛け終えた際に、どうやら異世界への空間が完全に
閉じていなかったのが原因らしい。もっとも、普通の日ならばそれでも大した問題は
無いとの事なのだが、昨日は星の運行と月の軌道の相乗効果によって、溢れ出した霊
気を塞き止めていた結界が破れてしまったらしい。
 しばらくの間、先輩は何かを考えてから、口元を引き締める。
 何かを決心したようだ。
「……」
「破れた空間から異世界に入って、結界を再構成してきますって?」
 先輩は、コクリとうなずいた。
「俺もつれてってくれよ、頼りないかもしれないけど」
 先輩は、フルフルと小さく首を横に振る。
「……」
「危険ですって? だったらなお更だよ。俺だって男なんだぜ? 危険な所に先輩一
人で行かせる訳にはいかないよ」
 先輩は困った顔つきで、少し俯いた。
 そして、しばらく何かを考えてから、「わかりました」と真面目な顔で言った。
 先輩は小さな鏡を取り出して、何かの呪文を唱えてから俺の手を握る。
 すると、視界がぐにゃりと歪んだような気がした。
 頭がクラクラとして、平行感覚がおかしくなり、冷や汗が背中をつたう。
 激しい嘔吐感と脱力感に襲われて、俺は来栖川先輩にしがみ付いてしまう。
 そして視界は徐々にその色彩と明るさを失っていき、俺は気を失ってしまった----。

     ★

 ゆっくりと意識が戻ってきた。
 壁の冷たい感触が背中に伝わってくる。
 まだ、頭の中は痺れたような感覚が少し残ってはいるものの、得に体に変調をきた
していると言うようなことは無いようだった。
 重い目蓋をゆっくりと開くと、薄暗い部屋の中だった。
 どうやら、俺はまだ部室の中にいるようだった。
 だけど、何か違和感を感じる。そして、もう一度ゆっくりと辺りを見てみた。
 部屋の中が反転している?
 そう、まるで部屋の中は鏡に写された像のように、左右が入れ代わっているのだ。
 隅の方で何かを調べていたらしい、細身の男が、俺の方を振り返ってにっこりと微
笑んだ。
「あ、藤田さん、気がつかれましたね?」
 髪の長い、見覚えの無い男だ。
 しかし、その口調は柔らかで、まるで俺の事を知ってるようだった。
「君は?」
「私ですよ、来栖川芹香です」
 確かに全体的な雰囲気は、先輩に似てなくとも無いような気がする、しかし、どち
らかと言えば先輩の妹である綾香の方に雰囲気が似ているような気がした。
「でも、君は男じゃないか」
「そんな事を言ったら、藤田さんも女になってますよ」
 男はくすくすと笑う。
 言われて始めて気がついたのだが、俺の胸の辺りは妙に盛り上がっていた。
 触ってみると、ブラジャーのしていない胸を服の上から触っている感触を手に、そ
して、くすぐったいような、服の上から細い指で触られている感触を胸に感じ取るこ
とができた。白くて細い指、そう、それはまるで女の手のようだった。
 そして、俺は慌てて股間に手をやるが、そこにあるべきモノは何処にも無かった。
「……」
「そんなに心配しないでください。仮説になりますが、ここは虚像の世界と思います。
元の世界から違う世界へと空間を移動した際に、体に変化が起こるのは、そんなに珍
しいことでは無いのですよ。今回は鏡に映った自分へと姿を変えているだけですから」
「鏡に映った?」
「ええ、ただ鏡の世界と言っても単純に像が左右に入れ代わっているだけではなくて、
この空間の陰と陽が入れ代わっているので、肉体的、精神的にもそれに伴って変化を
しているのだと思います。もっとも、藤田さんは精神的には裏表が無いからか、あま
り変化がないみたいですけどね」
 俺は、自分の姿の変貌にも驚いていたが、それよりもこれだけ雄弁に話す先輩の姿
の方が信じられなかった。人間は、だれしも抑圧された精神世界の中で、二面性を持
つと言われている。もしかしたら、来栖川先輩はその心の隠された奥底では雄弁な性
格が眠っているのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、徐々に自分が男の言葉を使っている事に違和感を
感じてきた。ゆっくりとではあるが、精神が世界に順応しているのだろうか?
 ともかく、俺----私は先輩に今までに解っている事を聞いてみようと思った。
「何か解かりました?」
「そうですね。この世界は閉じられた空間の中のみに存在しているみたいです」
「……閉じられた空間?」
「ええ、すなわち、ここは本来無の世界なのですよ。観測者----すなわち、私たち----
があらわれた事によって、何もない世界に私たちの記憶が反映され、空間と物質が作
られたようです」
「無の世界? じゃあ、この部屋の外は何があるの?」
「きっと、今は何も存在しない、と言うよりは混沌があると思います。ただ、私たち
が外に出れば、それに応じて空間が形作られると思いますので、不用意に外には出な
い方がいいと思いますが。混沌の中には人間たちの昇華されない想いや夢や恨みなど
が形を持ち得ます。それが、この空間から私達の世界へ実体を伴って溢れだしてしまっ
たようですね」
「じゃあ、この空間を閉じれば----」
「ええ、この空間をちゃんと閉じてしまえば、元の世界に溢れだしたもの達は、消え
てしまうと思います。ただ、問題なのは、強い想いを封じ込める為には、更に強い想
いが必要な事ですね」
 先輩は、そういって暫くの間考え込み、何かを思い付いたのか、にやりと笑った。
「良い考えが浮かびました、もっとも藤田さんに助けてもらわないとそれも無理です
が。ちょっと辛い事ですけど、我慢できますか?」
 ……少し嫌な予感がする。
 だけど、来栖川先輩の為と思えば……。
 私は暫くためらった後「解りました。私に出来ることなら」と言った----。

     ★

 私は、先輩に差し出された薬を一口飲み込んだ。
 からだが、ふわりと浮かんだような感覚とともに、先輩が私を抱きかかえる。
 そして、ゆっくりと魔法陣の上に寝かせると、長い長いキスをした。
 頭の中が痺れたように真っ白になり、徐々に興奮しているのが自分でも解った。
 先輩は、私の胸をいとおしそうに撫でると、ゆっくりと揉みだす。
 背筋に今まで経験したことのないような感覚が走った。
 体の中が熱くなり、呼吸が早くなり、頭の中を電気が走っているようだ。
 そして、先輩は私の服をゆっくりと脱がせていった。
 男に抱かれるなんて、元の世界ではたとえどんな事があって我慢できなかっただろ
うけど、今は私は女なのだし、相手が先輩だと思うと不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、飲んだ薬の効果か体が先輩を求めていると言っても過言ではなかった。
 そして、先輩のモノが私の中へと徐々に入ってくる。
「……っ」
 下半身に鋭い痛みが走る。
「大丈夫ですか?」
 心配そうな面持ちで、先輩は私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫です」
 本当は、あまり大丈夫じゃなかった。
 私は腰に力が入らなくなるほど鋭い痛みが血液の流れとともに足の先まで響くよう
な感覚を必死で我慢しながら、先輩のモノをゆっくりと受け入れていった。
 先輩のモノが私の中へ全部納まったところで先輩は動きを止めて、しばらくの間、
そのまま抱き合う。徐々に体の中で体験したことの無い感覚が徐々に膨らんでゆく。
 そして、視界がぐにゃりと歪みだした。
「薬が効いてきたみたいですね」
 先輩の声が遠くで聞こえる。そして、体の中を痺れるような快感だけが走りぬける。
 時間が間延びして感じられる。先輩の姿が歪んで遠くに行ってしまうような錯覚に
とらわれて、必死に先輩の背中へ手を廻す。
 頭は既に思考力を欠いていて、体の中で何が起こっているのかすら解らなかった。
 ただ、お腹の中を何かがうごめいていた。その何かがお腹の中で暴れる度に快感が
全身を突き抜ける。ゆっくりと、その波が徐々に大きくなっているような気がした。
 そして、私の体の中で何かが弾けた----。

     ★

 頬に暖かな感触と、頭に柔らかな掌の感触がしたる
 誰かが俺の頭を撫でていた。
 ほっそりとした掌の感触を楽しみながら、少しずつ意識が戻ってきた。
 目蓋を少し開けてみる。どうやら、来栖川先輩が膝枕をしてくれているらしい。
 先輩は俺と目があうと、恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいてしまう。
 そして、俺の記憶がゆっくりと戻ってきた。
 ……俺は先輩に……
 既に元の世界に戻っているのか、俺も先輩も元の姿に戻っていた。
 だけど、思い返すと顔から火が出そうな気がした。まだ、下半身は痺れたような感
覚が続いていて、うまく力を入れることができない。
「……」
「え? 可愛かったって? な、なに言ってんだよ! そ、それよりもさ、先輩。結
界はどうなったんだ?」
「……」
「性魔術を使って、結界を張りなおしたから、大丈夫って? そっか、よかった」
 しかし、咄嗟に考え付いたのが性魔術だったと言うのも、変わっていると言うか。
 もっとも、あの先輩は、本当の先輩とはかなりキャラクターが違ってたもんな。
 そんな事を考えていると、先輩がまた、頭を撫でてくれた。
 俺は未だに痺れている体をゆっくりと起こして、先輩の可愛らしい唇を俺の口で塞
いだ。
 先輩は、一瞬驚いたような顔をしたが、ゆっくりと俺に体を預けてくる。
 そして、俺たちは長い、長いキスをした----。


★おまけ(笑)

「浩之ちゃん、最近お腹が出てきたんじゃない?」
 あかりが、俺の腹を見ながらそんな事を言い出した。
「そ、そうか?」
 思い当たるフシはある。少なくともあの時、避妊をしなかったのは事実だ。
 ……まさか、そんなことはあり得ないよな。
 だけど、男の俺が妊娠したら一体どういう事になるのだろうか、と言う事が頭の片
隅から、いつまでも離れなかった----。

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と、いう訳で、芹香先輩と浩之のちょっと危ない話しでした(^^;
でも、本当に浩之が妊娠していたらどうなるんだろうか(笑)

あと、ホームページを作りました(^^)
遊びに来てみてくださいね♪

>無口の人さん
 感想、ありがとうございます(^^)
 爽やか系を書くのは結構好きなので、また書きあがったらUPしますね♪
 これからも、よろしくお願いします。


http://www.geocities.com/Tokyo/Pagoda/4793/menu.html