「二人の季節」 学校の屋上で、ぼんやりと流れる雲を眺めていた。 今は昼休みと言うこともあって、お弁当をグループで食べてる連中や、にこやか に談笑をする連中がちらほらと見えるが、見渡す限りでは俺が知った顔は見当たら なかった。 以前は昼休みになると、幼馴染みの雅史と一緒にパンを買う為に、殺伐とした雰 囲気の購買部へと急いで足を運ばせていたのだけど、マルチの一件があってからは 食欲があまり沸かなくなったこともあり、昼食をほとんど食べなくなってしまった。 確かに最初はそんなに辛くは感じなかった。 だけど、一日、また一日と、時間が過ぎる度に胸がズキズキと痛んだ。 そして、今では昼休みになると屋上で空を眺めたり、マルチの思い出の詰まった 図書室などでぼんやりと一人の時間を過ごす事が多くなっていた。 それでも、以前のように俺が口喧嘩に乗ってこなくなったからなのか、志保の寂 しそうな顔や、純粋に心配しているであろう、あかりの奴や雅史の心配そうな顔を 見ていると何とかしないといけないと思うのだが、以前のような馬鹿騒ぎがどうし ても出来なかった。 今でもマルチの顔を思い浮かべると、不意に涙がこぼれそうになる。 俺ってこんなにも脆い奴だったのかと、自分でも呆れてしまうくらいに、マルチ の事しか考えることが出来なかった----。 「浩之ちゃん、こんな所にいたんだ。お昼ちゃんと食べた?」 不意に声を掛けられ、反射的に振り返ると、あかりが心配そうな面持ちで俺の顔 を覗きこんできた。 「なんだ、あかりか。俺の事はほっといてくれよ」 誰とも話しなんてしたくなかった。いくら優しい声を掛けられても、それを素直 に受け止める気にはなれないのだ。 「……うん。あ、そうだ浩之ちゃん。これ、お腹が空いている時でいいから、食べ てね」 あかりはそう言って、寂しそうに微笑むと、可愛らしいクマの絵柄がプリントさ れたハンカチに包まれたお弁当箱を俺の方へと押し付けてから、屋上の出口の方へ と引き返していった。 「……あかり……サンキュウな」 俺はあかりの去っていった方を見ながら小さな声でつぶやいた----。 ★ それでも、季節は変わってゆく。 ……春の暖かな風。 ……夏の強い日差し。 ……秋の紅葉。 ……冬の白い粉雪----。 何故か自然の移り変わりを見ていると、マルチの事を思い出させてくれる。 人間によって作られ、人間すら忘れてしまった純粋な心を持っていたロボット。 ドジで、間抜けで、おっちょこちょいで……。 怖がりで、泣き虫で、甘えん坊で……。 いつも一生懸命で、誰よりも優しくて……。 掃除が好きで、素直で、俺になついてくれた女の子----。 だけど、痛みも時間と共に少しずつ和らぎ、やがて俺は忙しい日常へと戻ってゆ く。 もちろん、マルチを忘れた訳じゃあない。 もし、マルチがここにいたとして、今までの死んでるみたいに生きている俺を望 むはずが無いじゃないか。 そう思うと、不思議と今までの態度が子どもじみているように思えてしまう。 自分一人だけが苦しいんじゃないし、なによりも、こんな自分が不幸づらをして 周りの人間を苦しめていたのだと思うと、あの朝に笑顔で別れたマルチに申し訳な いような気持ちでいっぱいになった。 別れ際に、精いっぱいの笑顔を見せてくれたマルチ。 そのマルチにまた出会えるのなら、笑顔で再会したい。 ……だから……だから、俺は俺でいなくては駄目なんだ。 おまえの妹たちが販売されたら、どんな無茶をしても買うからさ。 その時は、またあの笑顔を見せてくれよな、マルチ----。 ★ 「……様」 誰かの声が聞こえる。 「……人様」 眠いんだ。 もう少し、眠らせてくれよ。 「ご主人様!」 うっすらと目を開けると、俺の顔を覗き込むようにして、マルチが微笑んでいた。 「……マルチ……」 「こんな所で眠っていたら、風邪をひいてしまいます」 「……夢を見ていたよ」 「どんな夢ですか?」 「昔の……マルチがいなくなってからの夢さ」 俺はマルチの細い体を引き寄せた。 少しでも強く力を入れすぎると、ポキリと折れてしまうのでは無いかと思えるほ どに華奢な体。 「ご主人様?」 マルチは少し驚いたような表情で、それでも素直に俺の胸に顔を埋めてくる。 「俺さ、マルチと会えて本当に良かったって思うよ。おまえがいなくなって凄く辛 かったけど。でも、それでも、もしマルチと出会ってなかったら、こんなに幸せな 気持ちも解らなかっただろうし」 「わたし----わたしもですよ。ご主人様はわたしに色々な事を教えて下さって、優 しい言葉をかけて下さって、本当に嬉しかったです。だから、どれだけ感謝しても 足りないくらいです……」 マルチの最後の方の言葉はは涙声になっていた。 そんなマルチを見ていると、愛しさが込み上げてくる。 「……これからもよろしくな、マルチ」 「はい! ご主人様!」 季節はまた巡ってゆく。 だけど、二人の季節はまだ始まったばかりなのだから。 色々な思い出を作っていこうな、マルチ----。 ---------- と、いう訳でみなさんはじめまして(^^) これは、以前にNIFTYの初心者Aさんと言う方のPATIOで発表させて頂いたお話しです。 (その頃とは、ハンドルネームが違いますけど(^^;) 普段は、オリジナルな創作を書いています。 確か、二次著作物っていうのを初めて書いたのは、これがはじめてでした。 よろしければ、読んでみてくださいね(^^)