君を越える日。−I'll be over you− 投稿者:西山英志 投稿日:2月22日(木)02時23分

       <序章>

 庭の橡(とち)の果が雨を弾いて、紅みを増していた。
 九月半ばの昼過ぎ。二日降り続いている雨は未だ止みそうにない。
 そんな雨の庭を柏木耕一は、眺めている。
 ――いや、
 唯、目の前の存在を見詰め続けるのが辛くて、視線を逸らして、その所為で
庭を眺めているだけに過ぎない。
 蜘蛛の糸のような細い秋雨が池の面に描く水輪を数えるのを止めて、ふと溜
息が漏れた。自分が云うべき事を口の内で何度も転がし、反芻する。
「……コレは違うと、思うんだ」
 心を落ち着けて、慎重に。
「このまま。――この気持ちのままでは」
 後悔が無いように、肯いて。
「…………きっと」
 口を噤む。静かに瞼を伏せ、雨音に耳を澄ませる。
 だが瞼を鎖ざしても、耳を塞ごうとも、相手の心は――哀しみは伝わってき
た。否応も無く。
 耕一はゆっくりと窓から瞳を向ける。そこにはよく見知った顔。
 柏木楓。
 肩の辺りで切った、艶髪。人形の如き、華奢な躰。深く静かな、黒瞳。
 全てが愛おしい存在――だった。
「だから――」
 それを切り捨てるかのように、耕一は、

「――――別れよう」

 と、静かに云った。


       <一>

 不思議と涙は出なかった。
 ほんの十数分前にあった出来事の筈なのに。別れを告げられたと云うのに。
 自分の部屋で楓は膝を抱えて、壁に背を預け坐っている。
 夏も終わり雨が降り続いている為か、部屋の空気はひいやり、と冷たい。
 予め解っていた事なのかも知れない。だからこんなに落ち着いているのか。
 こんな風になるの、を。
 子供の頃を想い出す。かつて、耕一と無邪気に遊んだ夏の日を。
 棠梨(ずみ)の樹々。麦藁帽子越しの強い陽射し。青葉を揺らして鳴く蝉の
声。その時耕一は貯水池に潜って、溺れていた。
 深い池の底から耕一は藻掻く。幼い楓は小さな躰を震わせて、その様を見て
いる他になかった。やがて白い波を泡立たせていた水面が弱々しくなっていく。
 何とかしなければ、と云う焦燥(あせ)りと、何も出来ない、と云う絶望感
が楓の心に纏わり付く。
 ――その時、
 楓は無意識に叫んでいた。喉声(こえ)に出した叫びでは無く、心の中の何
かに呼び掛ける、叫び。
 しんじゃ、だめ。
 しんじゃ、やだ。
 しなせない、ぜったいに。
 その叫びは耕一に届いて、結果――二人の鬼の血が目醒め、耕一は助かり、
楓は自分の前世を想い出したのだ。
 ――結局。
 自分の利己(エゴ)であのひとを助けたのだ。過去の自分も、現在の自分も。
 そして自分勝手な想いを押し付けていたに過ぎない。
 やりきれなかった。
 躰が震えて、楓の顔が俯く。こんな自分に嫌悪して。
 でも、やはり――涙は出なかった。

 後悔は無かった。
 けれど、胸の痛みは消えない。
 耕一は部屋の荷物――と云っても簡単な衣類程度だが――を片付けて、ボス
トンバックに押し込める。雨続きの所為かシャツが湿気を吸っていて、指に冷
たい。
 手を憩めて、畳の上に躰を投げ出す。部屋の花瓶に生けられた白い芍薬(し
ゃくやく)と畳の藺草(いぐさ)の薫りが幽かに漂う。
(……確か、あの芍薬は楓ちゃんが)
 考えるとまた胸を掻き毟るような、痛みが甦る。
 脳裏に過ぎるのは楓の顔。そして、その奥に連なる過去の記憶。自分のモノ
では無い、他人の記憶。指先が畳の表面を引っ掻く。
 ――こんな記憶があるから……。
 耕一は静かに歯噛みする。両の掌で瞳を覆い隠す。脳裏に浮かぶ記憶を覆い
隠すかのように。しかし、瞼を閉じれば余計に鮮明に甦ってくる。
 月夜の出逢い。
 炎の海。
 小屋での告白。
 云い知れない、戸惑いと哀しみ。
 知ってしまった、想い。
 そして――全てのはじまりとなった、別れ。
 全てが自分の体験した事のように憶えている。しかし、コレは紛れも無く他
人の記憶だ。遙か昔の滅ぶべき残滓、だ。
 障子の外の幽かな雨音が、意識を現実に引き戻す。
 見遣った時計は、夕刻を指そうとしていた。
 随分と時間が経ってしまったことに、眉根を寄せる。色々と考え事をしてい
たからだろう。本来この時間迄には明日東京に戻る為の片付けは終わっている
筈だったが、現実は半分も纏めていなかった。
 そして、自分の心の整理、も。
 片付けを再開しなければならないと解っているのに、耕一はボンヤリとして
天井の黒い梁を眺めていた。
 と。
 障子の向こう側から影が、落ちる。
 影姿でそれが誰なのか耕一には容易に解った。
 目の前の障子が僅かに開いて、
「……耕一、ちょっといい?」
 柏木梓がそこに立っていた。

 庭の見える渡り廊下の丁度真ん中で、梓と耕一は向かい合って立つ。
 夕涼みの風――と云うには少し肌寒い微風が二人の間を吹き抜ける。
「本気なの……?」
 梓の怒りとも哀しみとも附かない声。
 耕一は何も云わずに唯、黙って梓を瞳に映している。
 つい先刻。
 梓は楓の様子がおかしいので、耕一が何か知っているのではないのかと思い、
部屋にやって来た。そして耕一は楓に別れを告げたことを話した。
「――何を考えているの?」
 いつもの強気とは少し違う、戸惑った口調。困惑が隠しきれずに口から零れ
たかのような。
 数日前の耕一と楓――似合いの恋人同士みたいだった二人を知っているから
こそ、今告げられた事が酷く場違いで、まるで出来の悪いテレビドラマを視せ
られている感じが、した。
 だが、
 今、目の前にいるのは自分のよく知っている男で担いでいるとは思えない。
 いつも悪趣味な冗談で怒らされてはいるが。
 その表情が、口調が、何より二人の変化が耕一の語った事と一致する。導き
出される解答は――『事実』の他に、無い。
 だけど、
 視線を上げ、左手で栗色の髪を掻き上げる。
「――どうしてなの?」
 こんな仕打ちが出来るのか。するべき事では無い。
「本当に、楓の事が好きなの?」
 さっきから口に上るのは疑問ばかりだ。心の中で苦笑する。
「……そう、だな」
 耕一の呟きに梓の視線が戻る。耕一の視線は梓から庭の橡の樹へ向く。
 葉の上に雨粒が弾けて、小さな霧を描く。
「――ただ、憎んでいるだけなのかも……しれない」
「憎……む?」
 意外な言葉。耕一が――楓を?
「時々……傷付けたくなる。――殺したくなることさえ」
「でも、それは――」
 当たり前の感情だ。愛しているのならば。
 間違ってはいないし、ありうる話だ。
「――そんなものが、愛と云えるのか」
「そうかも知れないけど――」
 梓は言葉を続ける。
「――他に何が出来るというの? 誰もが自分勝手に好きになって誰かを愛す
る。相手の都合なんか考えないで――もしかしたら、それが本当の愛でないと
してもよ」
 それでも。
 何時かそれは成長して、お互いを幸せに出来るかも知れない。梓はずっとそ
う思っていた。
「…………そうだな」
 耕一の口元に薄い微笑み。だが、何故か寂しさを漂わせる。
「だとすれば……コレで良かったんだ。別れた方が」
「――そんな話がっ!」
 拳を握り締めて、声を荒げた。
「――――梓」
 対照的に冷静な、耕一。しかし、人を寄せ付けない冷たさは感じられない。
 何処か、数年前に亡くした叔父――賢治を思わせた。
「人は何かに囚われて生きているモノだ……」
「……」
 静かに、淡々と。
「狂気じみていたり、綺麗事では済まないコトもある。……だけど、それを通
じて、探し、求め、人は命や人生に近付いていく。例え本当は手が届かないモ
ノだとしても」
「……」
 梓に一歩、近付く。
「このまま、楓ちゃんと二人でいれば――恐らく俺達は潰される。居もしない
遙か過去(むかし)の亡霊に、な。間違った処へ行って、在りもしないモノを
探し続ける。それは――」
 もう一歩。吐息が掛かる程に近付く。

「――――死ぬことより、辛いだろう」

 耕一の顔が俯く。あの時の――鬼の血が目醒め、楓を殺そうとした夜が脳裏
に浮かぶ。
 そうだ、
 あんな気持ちにならない為に、前世の記憶と決別して、別れを告げたのだ。
 それが今はどうだ? こんなに――こんなに。
 頭一つ低い梓の細い肩に、耕一は額をそっ、と押しあてる。
 梓は、黙って耕一の頬に掌を触れた。そんなことしか、出来なくて。
 雨は――未だ降り続いている。


       <二>

 明日東京に戻る、と耕一は夕食の席で千鶴達に伝えた。
 居間には千鶴と梓、そして初音がいる。楓は未だやって来ていない。
「……そうですか」
 千鶴はそう云うと少し複雑な表情を浮かべる。
 耕一と楓の雰囲気を察したのだろう。初音も同様で、いつもなら「今度はい
つ、帰ってくるの?」と笑顔で訊いてくるのだが、それすら無い。
 食器を運ぶ音だけが居間に響く。
 ――ふと、
 耕一の後ろの襖が、開いた。
「……あ」
 初音が小さく声を漏らす。楓が姿を現したのだ。普段着を着て、いつも通り
に自分の指定席――耕一の横に坐る。
 全てが、いつも通りに。
「……楓ちゃん」
「はい」
 耕一の言葉に楓が淀み無く、応える。
「明日、東京に帰るよ」
「……」
 耕一は楓の方を向かずに喋り続ける。まるで詩編でも吟じるように。
 だがその言葉は、
「――暫く、隆山には戻らないと思う」
 残酷な、言葉。余りに簡素で、素っ気なさ過ぎて、実感が湧かない。
「……はい」
 楓はそう云うと僅かに瞼を伏せた――ように見えた。
「……耕一さん」
「……うん」
「…………御元気で」
「…………うん」
 そんな二人を千鶴は唯、見ているしか無く。
 初音は泣きそうな顔になり。
 梓は台所へ背を向けたまま、立っていた。

 夕食が終わり、荷物を片付け終わった耕一は煙草に火を灯した。
 細い紫煙を吐いて、煙草を掌で玩(もてあそ)ぶ。煙の苦みが舌に沁みる。
 結局、三分の一程度喫っただけで耕一は小さな瑠璃の灰皿へ押し潰すように
煙草を消した。
 暫く、虚ろに時を過ごす。
 卓上燈の時計が、コチコチ、と刻む音だけが部屋に満ちる。息苦しさも同時
に満ちてきて、それが咽の渇きになるのに時間は掛からなかった。
 水でも呑もうと、立ち上がろうとした時、
「――お兄ちゃん?」
 小さな声が――それこそ、聞き逃しそうなぐらいの声が、した。
「……初音ちゃんかい?」
「…………うん」
 小さな、応え。
 障子の向こうに小さな影が坐っているのが、映し出される。その影も何やら
頼り無く朧であった。
「……入ってくれば?」
「ううん……今は……いいよ」
 障子を開こうとした、耕一の手が止まる。
 背を向けた障子越しの会話は聞き慣れた声も別人みたいで。
「……耕一お兄ちゃん」
 少し躊躇いがちな、声。そこまで言いかけて止まり、初音は暫く考え込むよ
うに黙っていたが、
「お兄ちゃんは……楓お姉ちゃんのことが……」
「――好きだよ」
 初音の言葉に惑いも迷いも無く、耕一は応えた。その明瞭な応えに初音は言
葉を無くしたのか、小さく息を呑む気配がした。
「――初音ちゃん」
 耕一は諭すように、言葉を紡ぐ。
「解って欲しい、とは言わないよ。……けれど、コレだけは知っていて欲しい
んだ。俺は楓ちゃんを――みんなを哀しませたくない」
「……」
「『鬼』の力も、前世の記憶も――今、俺の中にある」
 確認するように、耕一は己の掌を見た。何処にでもある、いつも通りの見慣
れた掌。だが、この内に隠されたモノは――、
「でも、こんなモノが欲しかったんじゃない。本当に欲しいモノは――」
 全てを捨てても、手に入れたいモノがある。存在が、ある。
 なにも頼まない。
 なにも要らない。
 なにも欲しくない。――それさえ、あれば。
 それに気付いてしまったから。
 ――だから、
「その為に……今は……」
「…………お兄ちゃん」
 震えてくる言葉を初音が、優しく遮った。
「本当に……好きなんだね。楓お姉ちゃんが」
 そう云って初音は障子に背を向けたまま、夜空を見上げる。
 瞬く星は無く、唯、雲に隠されて朧に欠けた月だけが見えた。雨は未だ細く、
蕭々と降っている。でも、憂鬱な気分はしなかった。
 ふと、口元に指先を触れてみる。
 その時初めて小さな微笑みが浮かんでいたことに、初音は気が付いた。


       <三>

 夜半を過ぎて、雨はやっと止んだ。
 上空の風が強いのか雲は早く流され、下弦の三日月が夜空を煌々と照らす。
 夜風を入れる為に部屋の窓を開いた千鶴は、庭の濡れ縁に坐る小さな人影を
見付けた。それを見て上着を出し、寝間着の上に羽織り庭に向かう。
 影は未だそこに、いた。
「……眠れないの?」
 千鶴は、濡れ縁に坐る楓に訊く。楓は水溜まりに映る月のうつろいを呆然と
見つめていた。掌には濃い紅色をした橡の果がある。
 楓の横に千鶴が座る。目前には黒い影を落とす樹々と草花があるだけ。
 長く雨に晒されていた為かしっとりと濡れた空気は清浄さを感じさせる。
「……いいの? このままで」
 千鶴が訊いた。その言葉に楓は少し困った表情を浮かべる。
「……耕一さんの選んだコト、だから」
「だからと云って、あなたはずっと……」
 耕一を待っていたではないか。気が遠くなるほど、久遠の刻から。
「――姉さん」
 夜空の月を楓は見上げる。月明かりで二人の髪が朧に、たゆたう。
「私は帰りたかった。自分に逢い、自分が自分でいられる場処に。それは耕一
さんの側しかないと思っていた」
「だったら……」
「でも、耕一さんを私は縛りたくない――愛しているから」
 夜風がさらさら、と草木を撫で、水滴が地に落ちて澄んだ音を起てる。

   私は知っている。
   彼(か)の人が生まれる瞬間も。
   年老いて体温が下がり、息が静かに止まる瞬間も。
   彼の人がどんな道を選ぶのか。
   生まれ出ずる光。消え逝く影。
   煌めく日々も。闇の時代も。

「人には道が無数にある。でも耕一さんは迷わずに選んでいく。――それが自
分の道だと知っているから」
「……楓」
 この子は何と――強いのだろう。千鶴はそう思った。
「もし、別の道を選べば、私の側にいてくれるかも知れない。でも――」
 掌の橡の果に視線を落とす。ふたつの橡の果は、互いに触れ合って硬質な音
色を響かせた。
「そうすれば、耕一さんは耕一さんじゃ無くなってしまう。そんなもの、私は
見たくない。自分が自分で無くなったまま彷徨うなんて――」

   彼の人は選択する。
   彼の人は自分の道を選ぶ。
   彼の人は自分を欺かない。
   一度欺けば死ぬまで、それを続けなければならないから。
   間違った処へ行き、在りもしないモノを探し続ける。
   それは――、

「――――死ぬより、辛いことだと思うから」

 掌の橡の果に、熱い雫が落ちた。
 それは楓の瞳から溢れた、涙。
 解っていたのに。――でも、解りたくない感情が溢れて、零れる。
「…………楓」
 千鶴は優しく抱き寄せた。楓の細い躰が腕の中で微かに震える。
 下弦の月だけが二人を見つめる。
「……楓、泣かないで。私も哀しくなるから」
「ううん、違うの。哀しいから泣いているんじゃないの――」
 ――それは多分、愛おしいと思うから。
 想いは此処にある。喜びも、哀しみも。愛も、憎しみも。全てが包み込んで
出逢い、別れ、私は私でいられる。
 私はその度に泣くだろう。――心から愛しているから。

 そして泣いた分だけ、笑顔になろう。
 次に迎える眩しい日々の為に。


 陽光は秋の柔らかさを想わせた。
 朝と云うには遅すぎて、昼前と云うには少し早すぎる時間。
 耕一は三和土でスニーカーを履いて、外に出る。手には少し大きめの荷物を
持って。正門までの数メートルの距離を耕一は歩きながら、過ごしてきた日々
を思い出す。その足が――、
「――耕一っ」
 背からの声で立ち止まる。
 振り返るとそこには千鶴と梓と初音――そして、楓もいた。
「……みんな」
「なーに、黙って出ていこうとするんだよ。見送りぐらいさせろよな」
 少し寂しげに見える笑顔の梓が、いた。
「耕一さん。絶対戻ってきてくださいね。ここはあなたの家なんですから」
 千鶴は相変わらずの柔らかい仕草で、微笑む。
「お兄ちゃん。……今度はわたしの方から遊びに行くね。ぜったいに」
 無邪気――とは云えないが少し成長した微笑みの、初音。
 そして――、

「――耕一さん」

 楓が側にやって来る。歩調はゆっくりと。
 耕一の前に立ち、少し瞼を伏せて――それを振り切るように顔を上げた。
「もう、手紙は書きません。電話もしません。そして――」
 口元に微笑み。眩しそうに目を細める。その言葉が仕草が、とても……、

「――――約束も、しません」

   あなたは自由です。――さぁ、飛び立って。

「……そう、そうだね。……楓ちゃん」
 耕一が微笑む。瞼に浮かぶ涙も輝いて見える。
 もう、振り向かないで歩いていける。お互いに。
 過去の記憶に惑わされること無く、道を選んだから。
 道は此処で別れるだろう。だが道は続いていく。いつか再び交わる為に。
 耕一は楓を抱き締めていた。
 互いの顔はゆっくりと近付いて、温もりを確かめ合う。
 楓が耳元で、囁く。
「……私は……あなたが好きです――大好きです」
「…………俺もだ。誰よりも、きっと」
 いつか、
 昔のふたりが愛した記憶を、越える日を。
 その日が来て、再びもっと愛せるように――、

「――そんなの……知っています。ずっと」

 耕一と楓は眩しい陽射しの中で、長い口付けを交わした。


       <終章>

   此の心の痛みがいつか癒えて、
   望みも、予感も消えて、
   君を越える日がきたのなら――きっと、

 二年後。
 都内の某所の喫茶店。窓際の席に耕一はひとりで座っていた。
 コーヒーカップをソーサーから取り上げて、窓辺に瞳を向ける。
 就職して会社員になって、久しぶり休日。行き交う人の群は切れることを知
らない。昔はその人混みの中から、ある少女の面影を探していたが、それもし
なくなって久しい。
 あれから隆山には、行っていない。でも、従姉妹達からの手紙や電話は時々
やって来る。――でも、それだけだ。一週間に一度が、今は一ヶ月に一度にな
り、その内三ヶ月に一回ぐらいになるだろう。
 時の流れはそう云うモノを感じさせるのだから。
 頬杖をついて、残りの珈琲を喉に流し込む。
 カップをソーサーに戻して、ふと耕一はテーブルに飾ってある紅い果を見付
けた。
 ――橡の果、だ。
 そう云えばあの橡の樹はどうなったのだろうか? そんな考えが浮かぶ。
 橡の果を指で弾く。あの日と同じ音が聴こえる。
 ――その時、

 こんこん、

 耕一の近くの窓を叩く音がした。
 そこには――――、


                       君を越える日。 <了>

2001.2.3.UP


   あとがき〜又の名を戯れ言。

あー、すっげぇ久しぶりに書き込みます。お久しぶりです。西山です。
しかし久しぶりのSSと言っても全然書き下ろしじゃないですし(註・この作
品は「犬と下僕の会」様発行の「他力本願3・鏡花」に寄稿したモノに少し書
き足し&修正したモノです・汗笑)次回があれば……次回こそは……ああッ、
次回こそはわあああああッッ! ……ちゃんとしたモノが書きたいです(笑)
それでは、他の方の作品とかの感想なども書きたいのですが、色々と忙しくて
今回は割愛させて貰います。でも、皆さんの作品は読んでおりますので〜(特
に痕関係は・苦笑)でわでわ。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/4683/