雨霽れて、月は朦朧の夜に  後編 投稿者:西山英志
 <Menuette〜メヌエット・第四楽章>

 鳥達の囀りが、聞こえていた。
 心地良い日差しが瞳に、飛び込む。
 不思議と、気分が良かった。
 随分長い間眠っていた為か、頭がぼうっ、としていた。
 ふと。
「・・・・・・耕一、起きたの?」
 梓の声が、聞こえた。
 障子の向こうに人影が、見える。
「梓か・・・・?」
「・・・・うん、・・・・・・入っても、いい?」
「ああ」
 音もなく、障子が開く。
 梓の顔には、疲労の影が色濃く、落ちていた。
 生気も、無い。
 俺は布団から、半身を起こす。
 布団の横に、梓が座った。
「・・・・・・昨日は、ごめん。殴ったりして・・・・」
「いいさ・・・・、確かにあの時は、俺もマトモじゃなかった」
 神妙な表情をした梓に、俺は戯けて答える。
 そう。
 確かにあの時、俺の思考は正常とは、言えなかった。
 目の前に立った梓達を、俺は一瞬ではあるが、殺そうと考えていた。
 殺す。
 コロス。
 今思い出すだけでも、寒気がする。
「・・・・耕一」
 梓が心配そうに、覗き込む。
「傷、痛むの?」
「・・・・いや・・・・・・もう、かなり楽だよ」
 かなり、深刻な顔をしていたらしい。
 躰の傷は、ほぼ完全に塞がって、いた。
 多少痺れが残っているが、コレもあと数時間で消えるだろう。
「・・・・・・誰かが・・・・」
「・・・・え?」
 俺は独り言の様に、話し出す。
「誰かが、いると・・・・・・、頼る気が出て、弱くなってしまうな」
「・・・・頼れば、良いのよ」
 梓が、微笑む。
 俺は、弱くなったのかも、しれない。
 ふと考える。
「・・・・・昔は、こんな事は無かったのにな」
 親父と別居していた、時。
 自分はもう一人なんだと感じていた、時。
 一人で朝を迎えることは、辛くなかった。
 一人で眠ることは、怖くなかった。
「・・・・・・辛いときは、いつか、終わるものよ」
 俺は、何時までも続くと思っていた。
 そんな時、が。
 梓が、ふわり、と俺の胸に躰を預けてきた。
 ごく、自然に。
 梓の背中に、俺は腕を廻す。
 お互いの体温と、鼓動に耳を澄ます。
「耕一・・・・・」
 梓が、俺の耳元で囁く。
「・・・・キス、して・・・・・」
 俺は、梓の瞳を見つめる。
 朝の光の中。
 俺と梓は、自然にキスを、した。
 暫くして。
 互いの唇が、離れる。
「・・・・・・ありがとう」
 梓の、言葉。
 梓の、微笑み。
「・・・・梓」
「・・・・・・楓の事、守ってあげて」
「・・・・ああ、解っているよ」
 俺はそう言うと、梓を再び抱き締めた。
 もう、二度と戻ることない時を、惜しむ様に。

 柏木耕一の『狂気』が呼んでいる。
 柳川祐也は確かに、そう、言った。
 愛する者を、取り戻す為、に。
 柏木楓は微睡みの中から、目覚めた。
「・・・・・・目が、覚めた様だな」
 ちりん、
 ちりん、
 鈴が、鳴っていた。
 目の前に、柳川が立っている。
 楓は、柳川の異変に、気が付く。
 顔色が、死人の様に青白い。
 まるで、数日間寝ていない風に、見える。
 しかし、その瞳は静かに輝いていた。
「今日で、全てが決まる・・・・見ているがいい、俺が柏木耕一の『狂気』を・・・・・」
 そう言って、柳川は楓の方を、向く。
「・・・・・・さらけ出して、やる」
 びょおうっ、
 風が、悲鳴をあげた。
 柳川の視線が、窓の外に注がれる。
 窓の外は、静かに夕闇が近付いてきていた。
 紅い葡萄酒に、インクを溶かし込むような光景。
 母親の胎内に還っていくみたいな、感じ。
 黒い雲が、足早に空の庭を、走っていた。
 かた、
 かた、
 かたん、
 と、風に窓の格子が揺れていた。
 不思議だ。
 楓は、感じていた。
 今の柳川からは、殺気が全然感じられない。
 怒り、も。
 憎悪、も。
 狂喜、も。
 何も凶々しいモノが、無い。
 温かく。
 優しく。
 それでいて、哀しい。
 まるで、純粋な少年の様だった。
 そう。
 亡くなった叔父の、賢治の様な。
 あの十年前に出逢った、少年の様な。
 ・・・・・・まさか。
「貴方は・・・・・・」
 そう楓が、呟いた時。
 柳川が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
 腕を、振り上げる。
 そして。
 楓の意識が、暗闇に、落ちた。
 ちりん、
 鈴の音が、聞こえた。

 柏木家の、中庭。
 夕闇の中を、俺は静かに立っていた。
 夕涼みの風が、熱を持った躰を、撫でていく。
 心地よい、涼しさだ。
 すう、
 俺は大きく、息を吸う。
 体内の『力』が躰中を、駆け巡る。
 足を僅かに、開き。
 右腕を、ゆるりと、振り上げる。
 どくんっ、
 どくんっ、
 体内の『エルクゥ』を覚醒させる。
 右腕の血管が、ブチブチと音を立てる様に、脈打つ。
 俺の視線の先に、岩があった。
 距離にして、二メートル。
 ひゅんっ、
 風薙ぎの音をたてて、俺は右腕を振り下ろす。
 ぴうううっんっ、
 と、大気が、哭いた。
 そして。
 二メートル先の岩は、真っ二つになっていた。
「・・・・・・よし」
 どうやら、躰の方は完全に治った様だ。
「お兄ちゃん、寝てなくて大丈夫?」
 縁側から、初音ちゃんが姿を、現す。
「ああ、もう大丈夫だよ」
 そう言って、俺は初音ちゃんへ歩み寄る。
 そして頭を優しく、撫でた。
 嬉しそうに初音ちゃんが、微笑む。
「・・・・・・ごめんな、昨日は。怖がらせちゃったね」
 俺の言葉に、初音ちゃんは首を横に振る。
「ううん、いいの・・・・・・それより」
「?」
「・・・・・・楓お姉ちゃん、早く助けてあげてね」
「初音ちゃん・・・・」
「楓お姉ちゃん、ずっと・・・・、ずっと、耕一お兄ちゃんの事、待っていたんだよ」
 初音ちゃんは顔を、伏せていた。
 暫く、無言になる。
 泣いているのだろうか?
「・・・・だから」
 顔を、あげる。
 その表情は、哀しいほど、晴れやかだった。
「・・・・だから、もう、離れちゃ駄目だよ」
 そんな初音ちゃんを見て、俺の胸は、痛んだ。
 初音ちゃんの気持ちは、解っているのに。
「ごめん・・・・・、初音ちゃん」
 俺に応える術は、無かった。
「やっ、やだ・・・・、謝らないでよ、お兄ちゃん。・・・・そ、そんな事、されたら、私・・・・・・」
 ただ、抱き締める、しか。
「や、やだ・・・・・・どうして、涙なんか・・・・、泣きたくなん、か・・・・・ない・・・・のに」
 その後の、言葉は出なかった。
 初音ちゃんは、俺の胸の中で、泣いていた。
「お兄ちゃん、耕一お兄ちゃん・・・・・・」
 俺の名前を、何度も呼ぶ初音ちゃんを見つめる。
 ごめん、初音ちゃん・・・・。
 そして。
 ごめん、リネット・・・・・・。
 俺は心の中で、呟いた。

 深夜。
 俺は音を押し殺すように、外へ歩き出していた。
 満月。
 雲が多いのか、星は見えない。
 静かな、夜であった。
 正門を抜けて、俺は路上へ出る。
「・・・・・・耕一さん」
 後ろから声が、聞こえる。
 振り向くと月に照らされる、美しい影が、あった。
 千鶴さん、だった。 
「行くんですね・・・・・・」
 その瞳は、哀しげ、だ。
「・・・・・うん、・・・・・・奴が・・・・柳川が、呼んでいる」
「耕一さん・・・・」
 行かないでくれ。
 千鶴さんの瞳が、そう言っていた。
「止めても・・・・・無駄の様ですね・・・・・・」
「・・・・そうだね」
 俺は苦笑混じりに、応える。
 くすり、と千鶴さんが笑う。
「・・・・・・ねえ、千鶴さん」
「何ですか?」
「・・・・・・今まで俺には、此処が自分の場所だと、思える処は無かったよ・・・・・」
 何処で、暮らしても。
 誰と、一緒にいても。
「・・・・・・でもこの家は、違った」
 どうしてだろう。
 簡単な事、だった。
「・・・・・・出来れば、一緒に暮らしていたいと、思う自分がいた」
 それは、みんながいたから。
 千鶴さん。
 梓。
 初音ちゃん。
 そして・・・・・・楓ちゃん。
「・・・・・・何十年とは、言わない」
 気がつくと、誰かが自分を、見ていた。
「・・・・・・一ヶ月」
 ふと、見上げると誰かが、見ていた。
「・・・・・・一週間」
 いつも。
 覗き込むように、優しく。
「・・・・・・一日でも、いい」
 ただ、それだけだったんだ。
「・・・・・・ここに、留まっていたいんだ」
「耕一さん・・・・・・」
 ・・・・でも。
「でも・・・・・・、行かなければならないのは、今なんだよ」
 楓ちゃん、を。
 俺の暮らし、を。
「・・・・・・取り戻す、為に」
 俺は言葉を、句切る。
 月が静かに、俺と千鶴さんを照らしていた。
「耕一さん・・・・・」
「何・・・・?」
「一つだけ、約束して下さい。・・・・・・必ず、帰って来るって」
 千鶴さんは、微笑っていた。
 俺も、微笑う。
「ああ、必ず帰る・・・・・・・、必ず」
 だって。
 此処は、俺の帰るべき場所、なのだから。
「じゃ、行くよ・・・・・」
 ゆるりと俺は千鶴さんに、背を向ける。
「いってらっしゃい」
 千鶴さんの声を背中で聞いて、俺は疾りだした。
 俺は、振り向かなかった。
 いや。
 振り向けなかったんだ。
 振り向いたら、千鶴さんの泣き顔を見てしまうから・・・・・・。
 ぽつり。
 疾る俺の顔に、冷たいモノが、落ちる。
 雨だ。
 ぽつり、
 ぽつり、
 雨足は次第に、早くなってきていた。
 雨の中。
 俺は疾る速さを、更にあげた。


 <Gigue〜ジーグ・第五楽章>

「・・・・・・んっ」
 楓は目を、覚ました。
 目の前には暗闇が拡がって、いた。
 ざあ、
 ざあっ、
 ざあっ、
 雨音が、聞こえる。
 雨が、窓を叩いていた。
 朦朧となっている頭を、振る。
 気が付くと、両手の拘束具は、外されていた。
 両足の拘束具、も。
 ずきり、
 痛みが、疾った。
 柳川の手刀が当てられた、場所が。
 そうだ。
 楓は、思い出した。
 柳川が耕一との死闘の前に、いった言葉を。
「・・・・・・いけない・・・・・・耕一さん、闘わないで・・・・」
 楓はそう呟くと、急いで扉へ走り出す。
 ぎいいっ、
 軋んだ音を響かせて、扉は開く。
 強い風の中を、楓は走る。
 力の限り、走り続ける。
 楓の頬を雨が、濡らしていた。

 ぎいいっんっっ、
 俺と柳川の腕が、交差する。
 躰にまとわりつく雨が、飛び散る。
 まるで、鉄の刃を打ち合う様な、音。
 ぎりぎり、と骨が軋む音が、伝わる。
「ふっっ!!」
 柳川の躰が、跳ぶ。
 鳥の様に、舞った。
 しゃっっ、
 空中から、俺の頭部に向かって鋭い蹴りを、放つ。
 しかし、それは空を、斬った。
 俺の目の前の大気が、裂ける。
 ぴううぅぅんっっ、
 大気が、哭く。
 俺は左腕に『力』を、集中して。
「噴っ!!」
 風を、斬った。
 ぱんっ、
 と、風船を割ったみたいな音が、した。
 奴の風の刃を、俺も同等の風の刃で、相殺したのだ。
 柳川の顔に、驚愕の色が、浮かぶ。
 一瞬の、間。
 俺は、奴との間合いに、踏み込む。
 柳川も俺の動きに気が付き、動き出す。
 だが、遅い。
 右正拳、
 右肘打ち、
 躰を切り返しての、裏拳、
 左打ち上げ、
 四連撃。
  一瞬の内に、放つ。
 骨と骨がぶつかる、感覚。
 柳川の躰が、仰け反る。
「ぐうっ、」
 呻き声。
 だが、致命傷では、無い。
 全て、数ミリで急所をずらしていた。
 柳川が後方へ、跳ぶ。
 雨が俺の頬を、叩く。
「・・・・・・ちっ」
 雨の中。
 柳川と対峙して、俺は舌打ちをする。
 風が、吹き上がる。
 豪雨、だった。
「やるな・・・・・・それでこそ、『狩る』楽しみも、増すというもの・・・・・・」
 柳川の言葉を、風がもぎ取る。
 口から伝う血を、舌で、ぞろり、と舐め取る。
「・・・・・・楓ちゃんは、何処だ?」
 俺の言葉も、口から風がもぎ取り、上空へ舞い上げる。
 く、
 く、
 くくくくく、
 柳川が、笑う。
「あの娘は・・・・・・お前の元には、帰らん」
「・・・・・・なんだと?」
 俺は、聞き返す。
「柏木楓は、お前の元には帰らん、と言ったんだ」
 強い風の中で、その言葉だけがハッキリと、聞こえた。
 帰らない?
 楓ちゃんが?
 俺の元へ?
「・・・・・・嘘を・・・・つくなぁっ!」
 だんっ、
 地を、蹴る。
 雨を弾いて、疾った。
 右膝が、跳ね上がる。
 柳川の横腹を、捉える。
 だが、
 放った右膝を受け流し、柳川の掌が俺の足に乗って。
 とん、
 柳川の躰が軽く宙に、跳ぶ。
 ひゅんっ、
 頭上で、風が鳴り。
 ずんっ、
 背中に奴の蹴りが、はいっていた。
 俺はもんどり打って、地面の泥濘に倒れ込む。
「・・・・・・・・まだ、わからない、のか?」
 ぞくり、とする声音で柳川は、言葉を紡ぐ。
 ・・・・・・まさか。
 ・・・・・・楓ちゃんは。
 ・・・・・・そんな。
 ・・・・・・そんな。
 ある恐ろしい考えが、俺の心を凍らせる。
「・・・・・・あの娘の、命の炎は・・・・・・、美しかったぞ」
 その言葉を、聞いた時。
 俺の中、で。
 ・・・・・・・・何かが、壊れた。
 ゆらり、と立ち上がる。
 きりぃ、
 殺気が、膨れ上がった。
「・・・・貴様」
 どくん、
 どくん、
 体内の『エルクゥ』が、蠢く。
「・・・・きさま」
 涙が流れて、いた。
 血の、涙が。
「キィィサアァァマァァァァッッッッーーーーーッ!!」
 轟、
 轟、
 風が吹き荒れた。
 ごうっ、
 ごうっ、
 ごおうっ、
  俺が、吼える。
 俺が、哭く。
 服が、破ける。
 質量が、増大する。
 角が生えて、くる。
 鋭い、牙。
 巨大な、爪。
 俺は『鬼』に変わって、いた。

 楓は耕一の叫びを、聞いた。
 林の木々が、木霊する。
  大気が、震えていた。
「・・・・・・耕一さん」
 間に合って。
 楓はそう願いながら、雨の中を走る。
 そして。
 林を抜けた時。
 轟っっ!!
 強烈な鬼気を含んだ風が、吹く。
 黒々とした風、であった。
 楓が瞳を、閉じる。
 雨が天に昇る。
 地面から、夜空へ。
 並の鬼気では、ない。
 全ての存在を、畏怖させる程の鬼気。
 それが風を、呼んでいた。
 それが雨を、天へ昇らせていた。
 楓が再び、目を開けた時。
 風の向こうに二つの影が、あった。
 人、なのか。
 獣、なのか。
 それとも、鬼、なのか。
 解らなかった。
 ふいに、それが動いた。
 人外の、疾さだった。
 やめて。
 楓が、叫ぼうとする。
 ・・・・耕一さん、その人は。
 だが、声は出なかった。
 ・・・・その人は。
 二つの影が、ぶつかった。
 ・・・・あなた自身なんです。
 風が、止まった。

 血。
 俺の目の前に、紅い血が、あった。
 俺自身の血では、無い。
 右腕から、ぬるぬると紅い血が、伝う。
 俺の右腕は、柳川の胸板に刺さっていた。
 暖かい血の、感触。
 腕は背を突き抜けていた。
 柳川の顔を、見る。
 穏やかな、顔をしていた。
 優しく。
 哀しく。
 笑みを浮かべていた。
「・・・・・・柳川」
 柳川の瞳を、みた。
 俺の視線を柳川は、笑みで受ける。
「・・・・・・これで、いい」
 そう、応える。
 柳川の命の炎が、揺らめく。
 その時。
 俺は柳川の『心』を、見た。

 大事なモノを、壊された、怒り。
 弱い自分に強大な力が欲しいと、願った。
 それが、自分の『狂気』の始まり。
 朝を待つ、夢。
 自分が心が何かに、犯される。
 それが、『狂気』との、闘い。
 鬼に変じた、自分。
 死ぬことすら出来ずに、弱っていく自分。
  それが、『狂気』への、敗北。
 無差別に殺し、犯す、自分の姿。
 目の前に拡がる、目を背けたくなる光景。
 それが、『狂気』への、憎悪。
 俺との出会い。
 同じ力、いやそれ以上の力をもつ、もう一人の自分と出会う。
 それが、『狂気』への、復讐。
 俺との闘い。
 俺の中の『狂気』を感じる。
 自分との同調の為に『狂気』に犯されようとする、俺の姿。
 次第に支配力を増してきた『狂気』を止めるために、死を願う。
 それが、『狂気』の、全ての終わり。
 そして・・・・・・遠い、約束。
 ・・・・・・あの、少女との。

 俺は全てを、理解した。
 哀しいまでの、本当の柳川の『心』を。
「・・・・・・何故だ」
 俺の声は、震えていた。
「・・・・・・こうするしか、なかったっんだ」
 口から血泡を吐き出しながら、柳川は応えた。
「俺は、お前の『狂気』なんだ・・・・・・、このままでは、お前の心も俺と同じ様に、なっ
てしまうから・・・・・・」
 だから、俺から楓ちゃんを、奪い。
 自分を超える力を、発動させ。
 死を願った。
「そんな・・・・、そんな事って・・・・・・」
「・・・・俺は、死すべき存在だったんだ」
 あの日。
 『狂気』に目覚めた、あの日から。
 でも。
 これで、全てが、終わる。
「・・・・・・・・ありがとう」
 俺の目の前で。
 柳川の躰が、崩れていく。
 優しい、笑みを浮かべたまま。
 ・・・・・・耕一。
 柳川の心が、伝わる。
 ・・・・・・お前なら、『狂気』に犯されない強い心が、持てるだろう。
 柳川の躰が、急速に風化する。
 ・・・・・・ただ、ひたすら真っ直ぐにに、進むがいい。
 躰が塵となり、夜風に舞う。
 ・・・・・・あの少女と、共に。
 そして、消えていく。
 ・・・・・・前へ。
 ちりん、
 鈴の音が、聞こえた。
 俺の足下に、小さな鈴が、落ちていた。
 雨は、止んでいた。
「・・・・・・・耕一さん」
 不意に、後ろから声が聞こえる。
 楓ちゃん、だった。
「楓ちゃん・・・・・・」
 俺は、ゆるりと歩き出す。
 両手を、広げて。
 楓ちゃんが、俺の胸に飛び込む。
 雨に濡れて、冷えた躰を俺は抱き締めた。
 強く。
 ただ、強く。
 互いの温もりを、確かめあう様に。
 楓ちゃんの腕が、背中へ廻る。
 頬を寄せて、口づけた。
 ちりん、
 ちりん、
 鈴が、鳴っていた。
 俺達の、足下で。
 雨上がりの朦朧とした夜空に、満月が輝いていた。
 月の光を、小さな鈴が美しく写していた。
 ちりん、
 と、また鈴が、鳴った。


 <Finalle〜フィナーレ>

 ヒョーイッ・・・・・、
 ヒョーイッ・・・・・、
 ヒィョロロロ・・・・・・。
 夜風に、笛の音が響く。
 ドン、
 ドドンッ・・・・・・、
 太鼓の音が、聞こえる。
 夜の闇に光が、浮かび上がる。
 夏の夜。
 十年前の、約束。
「・・・・・また、あってくれる?」
 鈴を渡した楓は、少年に尋ねた。
「ああ、また逢えるよ」
 少年は、答える。
 ちりん、
 鈴が、鳴る。
「・・・・・・いつ、あってくれる?」
 少年の口が、動く。
「君を悲しませる嵐が来たら、・・・・・・必ず、君を助けてあげるよ」
 少年は優しく、そう、言った。
「・・・・・・その時が来たら、また逢えるよ」
 楓の頭を、そっ、と撫でた。
 こくん。
 楓は頷くと、再び背を向けて、歩き出す。
 ちりん、
 ちりん、
 鈴の音が、聞こえる。
 祭りの喧噪が、鈴の音を掻き消す。
 楓が、振り向いた時。
 少年の姿は、消えていた。
 空には、朦朧の月が浮かんでいた。

 ちりん、
 ちりん、
 鈴が、鳴っていた。
 それぞれの心を写す、様に。
 ちりん、
 ちりん、
 鈴が、鳴っていた。

 そして、約束は果たされる。
 美しく輝く、月の光の下で・・・・・・・・・。


                 雨霽れて、月は朦朧の夜に <了>


   あとがき〜又の名を戯れ言。

やってしまいました。(汗)
まさか、こんなに長編になるとはなぁ・・・・・・・・(苦笑)
と、言うわけでスランプからの復帰第一作「雨霽れて、月は朦朧の夜に」をお送りします
この作品って、実はかなり前からプロットは出来ていたんですけど、今までお蔵入りし
ていた作品なんですよね。(笑)
話としては当初は悲劇の予定、でした。
柳川との闘いで『狂気』に魅入られ、耕一が精神崩壊を起こしてしまう結末だったんで
すけど、やっぱりそんな結末は書けないと言うことでこんなラストになってしまいました
いかがなモノでしょうかねぇ・・・・・・(汗)
ちょっとエピローグが短すぎたかな?と反省しております。
文法は一人称と三人称と交互に使って、ザッピング的な感じを出してみようと実験して
みたんですけど、なんか上手くいきませんでした。(苦笑)
ううむ、まだまだ私も未熟よのう・・・・・・。

レスです。

我が弟子=ドモン風見君へ(笑)
なにぃ!ネタ切れとなっ!・・・・・・まあ、十八本も書けばネタ切れになるよね。(笑)
外道メテオ・・・・・・、ふふふふふ、SS不敗流は拳で語るモノぞおっ!!(こらこら)
ゆっくり、休養でもとって良い作品を書いて下さいな。

無口の人さんへ
「楓先生」・・・・・・・う、なんか、いい感じ。(笑)
私にはこんなの書けませんわ。(苦笑)愛ゆえに、壊せない。
コレこそ「クレーンゲームのジレンマ」(笑)

久々野彰さんへ
なんか、Lメモでの私ってだんだん『エルクゥ』ぢゃなくなっていくような・・・・(笑)
今回の作品の梓は「泣いてごらん」の梓を参考にさせて頂きました。
と、言うわけで今回の作品の梓は、貴方にリボンをつけて差し上げます。(いらないって)

へーのき=つかささんへ
「これがオレらの生きる道」読みました〜。とっても、面白かったです。
「子育て日記」はホントにほのぼのして、最近ダーク物ばっか読んでいる私には一服の
清涼剤です。どんどん続き書いて下さいね。

ゆきさんへ
「初音の甲斐性!」出して頂いて、ありがとうございます。
しかも、楓ちゃんの公認の彼氏役・・・・・・・・(<やっぱり、はなぢ)
スランプなんて、吹き飛ばして頑張って下さいね。

Hi−waitさんへ
「痛」・・・・・・つらいです。(泣)
しかも、最後の血文字がグサリと来ました。(苦笑)次回はハッピー物を書いて下さいね。
お願いします。(ペコリ)

健やかさんへ
「サクシャマン」私、あんましジャンクの事解りません。(笑)
しかし、岩下さんと恋仲だとは・・・・・・知らなかった。(をい)
シリアスの方もいい感じですね。月って何か幻想的で、私も良く多用します。

dyeさんへ
「天使」シリーズの柳川みたいに、格好いい柳川を書いてみたかたっんですけど、全然
格好良くないですよね。私の柳川は。(苦笑)
うう〜、クールなダークヒーローな柳川が格好いいぜいっ!!

まだまだ、他の方へのレスもしたいのですが、今回はこの辺にしておきます。
次回作は、短くしますので・・・・・・・・(自爆笑)
さーて、「ナチュラル」と「ゼノギアス」でも、やろうかな。