花道(前編) 投稿者:戸津都 投稿日:1月15日(火)11時28分
 ふと目を覚ますと・・・。

 そこにはセリオがいた・・・雪の降りしきる夜だった。

 波止場に雪は降り、そして舞っている。
 風は雪を舞い上がらせ、そして海へと飛ばして行く。

 「−−海に・・・雪が降っていますね・・・。」

 その言葉に、辛さに唇を歪ませ、半ば諦め気味の口元で無口に
佇む中年も過ぎた男の顔を、地味なコート姿のセリオは、凛とした、
しかし憂いを込めた目で見つめている。

 そこは日本海に望むと思われる、とある寂れた港町。
 朝から降り出した雪は、夜になっても止む様子はない。

 「−−まるで・・・私たちのようですね・・・。」

 やがて来るべき春の草花達の息吹きを潤すこともなく、また
地上に美しき冷たい模様を描くこともなく・・・。

 雪はただヒラヒラと舞い散り黒く深い海へ消えてゆく。

 何も残さず、何も意味を持たず・・・。
 雪は激しく、そして静かに降り注ぐ・・・空しく・・・空しく。

 「−−それでも・・・愛してくださいますか?」

 俯いたセリオの目には涙が浮かぶ。

 後ろ姿の男が、そのセリオの頬に手を寄せ、彼女の顔を優しく
引き上げた。

 「それでも・・・俺は・・・お前を・・・」

 「−−あぁ・・・」

 そう言うとセリオは男の胸に飛び込む。
 男の後ろ姿に強く優しく抱きしめられ、涙を浮かべながらも
淡い悦な表情でセリオは抱き返した。

 そんな2人の様子を鳥観で撮す映像は、雪の中をゆっくりと
空へ引き上がってゆく・・・。

               *

 場面は一転して、雪の舞う夜の港の酒場町。

 暖簾を下ろした、とある小料理屋・・・。
 入り口の引き戸と、看板を過ぎて内側に下げた暖簾を潜り抜けると、
灯りの落とされたカウンターに座る女が一人・・・。

 悲しげな伏し目のセリオは一人、杯を前に何かを想う・・・。

 外は未だ止まぬ雪の夜・・・引き戸が一瞬、ガタンと揺れた・・・。
 しかし・・・それは風の悪戯だった。

 女一人の・・・冬の酒場・・・。

 テテテテテン テテンテン テテテテンテン・・・
 寂しげな「古賀政男風ギター」が爪弾かれる。

 再び画面は黒い闇から雪の舞う冬の空。


 「消去しても・・・消去しても・・・

     受像素子に焼き付けられたあなたの面影・・・

  ああ・・・このまま吹き荒ぶ潮風にうたれて・・・

         赤く錆びて朽ち果てるその日まで・・・

   決して忘れることなどできましょうか・・・

         からくり仕掛けな女の・・・悲しい性・・・」


 独特のナレーションと共に、白い文字がフワリと画面に浮かんだ。

       「 か ら く り 純 情 」

 黒い空に降る雪の映像の中から、その瞳の色と似た褐色の振り袖
姿のセリオが現れ、マイクを優雅に構えた。

              **

 そう・・・それは目の前のモニターの中で展開される物語だった。

 オレはいつの間にか寝ていた・・・オレも相当に疲れているようだ。
 そういや、ここ最近、インタビューやイベントの参加で、あっち
こっちに引き回されているもんな・・・。

              **

 「ねぇ藤田君。世の中の人々がウチの娘達に馴染んでもらうための
何か良いアイディアは無いかなぁ?」

 相変わらず何を考えているか判らない顔で長瀬主任がそう聞いて
きたのは今年の2月頃だった。
 「娘達」とは「長瀬のオッサン用語」でマルチやセリオ達の事だ。

 「うーん、歌わせたら良いんじゃないっすかぁ〜。」

 そうオレが言ったのは、いつも掃除や洗濯、料理をしながらマルチが
歌っていた鼻歌が何とも楽しかったからという単純な理由だった。

 「それはいいねぇ!!グッドアイディアだよ藤田君!!」

 そう言って長瀬主任にオーバーとも思える感情表現で、両手を握って
握手されたときには、マルチが幼稚園児の前で「ちょうちょ」でも歌う
のかと思っていたら・・・。

              **

  「−−これが来年早々にTXの『演歌百選』で放送される、新曲の
『からくり純情』のプロモーションです。」

 セリオがいつも通り控えめで、しかし、何やらの自信にも思える
澄んだ声でそう言ってるのが背後から聞こえてくる。

 「凄いじゃない!!格好いいわよ!!さすが私のセリオだわ!!」

 「ドラマ仕立てって良いよねぇ。次は本当のドラマ出演かな。」

 「そうだよね〜っ!!セリオちゃん凄いねっ!!オトナ〜って感じ!!」

 「ねぇねぇセリオ!! アタシ、今度も持ち歌にして宣伝しまくるから
カラオケのデータよろしくね!! ところであの聖子の娘のさ・・・」

 「・・・・・・・。」

 振り返ると、ビデオを見ながら興奮気味に、はしゃぎ喜んでいる
綾香に雅史、あかりに志保、そしてニコニコ顔の芹香先輩達がいる。

 オレが目覚めたのはセリオが移動に使ってる車の中だ。
 来栖川自動車で、元々はハイメディックの救急車に使われている
大型ワゴンを改造したもので、セリオのメンテナンスができるという
だけではなく、後席がサロンになってるという豪勢なものだ。

 少し離れて助手席に座ったオレは 席の前に付いている液晶の
モニタの中で・・・

     「吹雪混じりの潮風で朽ちて私は錆になる」

     「愛しても愛しても 所詮 冷たい機械の身体」

・・・という字幕の上で熱唱するセリオを見ながら、居眠りの余韻に
浸り、車窓を過ぎゆく大晦日の街を流し見ていた。

 「あ・・・セリオ〜!! 藤田君が起きたよ〜!!」

 オレの隣の運転席でそう言ったのは、セリオのマネージャー兼整備担当
・・・で、人手不足で今日は運転手もしてる7研の研究員、豊福さんだ。

 この業界でマネージャーが工学博士ってのも余りないだろう。

 「−−浩之さん、お疲れのようでしたので声を掛けませんでした。」

 レコ大の舞台衣装である振り袖のままのセリオが心配そうにオレを
背後から覗き込んでそういった。
 その後ろからあかりの顔がピョコンと出てくる。

 「そうだよぉ〜浩之ちゃん!! 声を掛けても起きないんだもん!!」

 「あぁ、あかり、オレそんなに寝てたか?セリオもみんなも疲れてるの
にオレだけごめんな・・・。」

 オレはキャプテンシートになってる助手席を後ろ向きに回転させて、
みんなの方を向いてそういった。

 「・・・・・・・・。」

 「いや先輩、オレってあんまりパーティとか慣れてないから・・・」

 「その割には、しっかりとインタビューに応じてたじゃないか。」

 「火事場の馬鹿力だよ、雅史。」

 実のところ、今日の時間の流れは良く憶えていない。
 朝起きてから・・・あれ?何したんだっけという感じだ。
 それくらい、ここ2〜3日はバタバタとしていた。

 「−−浩之さん、苦しそうなイビキもされてましたので心配でした。」

 「なーに気にすんなセリオ、ちょっと立て込んだだけだよ。」

 「それは強がりよ!!もう少し休んでても良かったのに・・・。」

 「じゃ綾香のお言葉に甘えてもう少し休むかな。」

 「そうそう、良い子は8時にオネンネするのよぉ」

 「・・・どっかのバカの声が聞こえたから起きる!!」

 「なによぉ!!それ!!」

 「バカの声が目覚ましになった。」

 「キーーーーーッ!! バカとはなによぉ!!」


  「−−か〜ら〜くぅ〜りぃ 純情ぉ〜
                女のぉ〜港ぉぉぉぉぉ〜」


 モニターの中のセリオが、サビを歌い上げている・・・。

              **

 長瀬主任に握手をされてから数ヶ月の夏のある日。

 長い褐色の髪を後ろに束ね、耳パーツを丸出しにしたセリオが、
落ち着いた浴衣姿で近所の夏祭イベントに現れて・・・

 「−−愛という名の宝石を〜
         硬く深く秘めているぅ〜
             『いしの心』を あなたにあげる〜♪」

 ・・・って、デビュー曲の・・・

          「 い し の 心 」

         ・・・を歌ったときには悪い冗談かと思った。

 付いたキャッチフレーズが「 ロ ボ 演 歌 」だと。

 キャッチフレーズのショボさもさることながら、もっとも人間くさい
世界をメイドロボが歌うってんで、オレも最初は、まあ色物扱いされて
終わりかなぁと思ってはいた。

 「如何にも無表情で冷たい感じがするわねぇ・・・他になかったの?」

 ・・・と綾香が指摘するまでもなく、CDジャケットの、まるで
見つめるような写真は、如何にもセリオらしいけど「演歌」を売る
には表情が余りに冷たい感じがした。

 ところが、逆にそれがオジサン達にウケた。
 一見、冷たそうな目が、純粋で感情移入しやすいんだと・・・。
 そして「実体」も素直で控えめな性格のセリオのキャラも相まって、
2、3人の追っかけのオジサンも現れた。

 「−−いつも応援、ありがとうございます。」

 ・・・って握手されたときの、あのオジサン達の喜びようは、まるで
子供のようなはしゃぎ振りだった。

 たしかオジサンの一人は、地元じゃ有名な業販系の酒屋さんの社長だ。
 仕事を放り投げていて大丈夫かよと、人ごとながら心配になる。

 とはいうものの、そこは演歌だから、いきなりブレイクなんて事は無く、
週末のCDショップ回りや巣鴨や浅草なんかの「『ジジ・ババ』ポイント」
でのイベントなど、地味なセールスが始まったかと思いきや・・・。

 あそこの局は演歌番組をやってるって事もあるけど・・・
 テレビ東京の深夜のニュース番組「WBS」の中の人気のコーナーに
「トレたま」こと「トレンドたまご」ってのがある。

 で、そこで塩田さんにインタビューされたのが発火点・・・。

 「濃いアキバ系」お兄ちゃん達が一気にファンになっちゃたんだな。

 アキバのホコテンで演歌歌手の大イベントなんて前代未聞だろうし、
ましてやオリジナルフィギュアもCDと併売なんて演歌界初だろう。

 NHKの「歌謡ステージ」で氷川きよしと共演したときは、あちらの
追っかけの若い娘とセリオの方の「濃い」お兄ちゃん達とのファン同士の
場所の取り合いが凄かったと言う話だ。

               *

 メイドロボが演歌を歌う・・・普通は違和感が先行するものだろう。

 だから、プロモーションではセリオのロボットらしくないところ、
・・・逆に言うなら変な言い方だけど「人間っぽいところ」を出す
必要があったとかで、セリオが人々の中で暮らしている生活感を
証明する材料として、その「人々」を出そうということになった。

 普通はこんな時、開発者であり、稼働試験の後に綾香のトコに
行くまでは、開発者筆頭で、研究室で共に暮らす存在であった長瀬
主任がインタビューとかに出てくるのが普通というもんだろう。

 ところが長瀬のオッさんは・・・

 「僕が出たら、それじゃ只のHMの製品宣伝ですよ。ですから、
技術解説なんかのインタビューなら受けますけど、どうか芸能活動
関係での出演は辞退させてください」

       ・・・なんてカッコ付けちゃったもんだからさあ大変。

 じゃあってんで、今のオーナーである綾香を表に引っ張り出そうと
いう話は、来栖川の「大御所」からストップが掛かり頓挫した。

 綾香はあれでしっかり「箱入り娘」だそうな。
 「先輩」こと芹香さんならまだしも、綾香が「深窓の令嬢」・・・?

 本当に「箱入りの御嬢様」なら、セバスチャンの・・・

  「残念ですが・・・綾香様は、来栖川の御令嬢ですから・・・」

 ・・・という一言に「ぷ」と噴いたオレのミゾオチ目掛けて、瞬時の
裏拳を入れたりしねぇと思うが、そうだってんだから仕方がない。

 さて、どうしたものかと広報スタッフが相当に悩んでいたある日、
オレが来栖川電工中央研究所の第7研究セクションにマルチの用事に
付き添ってノコノコと出かけてしまったのが運の尽き。

 たまたま来ていた取材のカメラに向かって、西園寺女子学院の制服姿
のセリオが、オレの片腕に抱きついて微笑みながら一言・・・。

 「−−私のオーナー以外の最初のお友達である藤田浩之さんです。」

 つーわけで、セリオからの御指名でオレがメディアに駆り出されて
あのクソ暑いライトの下に立ち、下世話な質問が飽きもせずに延々と
続くインタビューに切れそうなスジを針金で補強し、最初はちょっと
役得かなと思っていたけど、10分以上もセリオと握手したポーズの
まま猛烈なストロボライトを連射されて暫く世の中が薄らピンクに
見えるなんて日々が続いてるわけだ。

              **

 今でもセリオはワイドショーで何度も話題になる。
 でもまあ、そこはワイドショー、全部が全部、良い話題ではなかった。

 それはデビューからやや暫くしてのこと。

 「ロボットに演歌を歌わせてデビューしたのはウチが元祖で、セリオの
『ロボ演歌』はウチのパクリだ!!」

 ・・・っていう「自称『発明王』」の爺さんがケチを付けてきた。

 記録を調べると・・・確かに今から4年ほど前に

               「 哀 し き ロ ボ ッ ト 三 等 兵 」

              なるタイトルでCDは発売されていた。

 しかし、それを歌うロボットの、金鋸で切り取ってヤスリで削って
部品を合わせたような、その如何にも「ロボット」という姿に相応した、
何とも言えない内容のない・・・というか余りにショボイその歌詞には、
今のセリオに見られるような「演歌の『哀』」なんてものはカケラも
無かったし、もちろん、4年前は話題に上ることもなくCDは廃盤の
憂き目となっていた。

 そもそもセリオは「自分が元祖」なんて一言も言ってない。
 で、こちら側も、取り敢えずは無視を決め込むこととしたそうだ。

 ところが・・・相手にしないのが無難だという対応がシャクに触った
のか、間もなくして、動くたびに「キィィィィィ」と、まるで黒板に
爪を立てたような「社会の迷惑」顧みない関節音をさせながら、件の
「ロボット三等兵」君が再デビューよろしく「自称『発明王』」の
スクラップ置き場から復活して営業活動を始めたのだった。

 とあるワイドショーで取り上げられた時には、掛かったBGMを
聞いて「おいおい・・・ハマリ過ぎだよぉ」と7研の一定年齢以上の
研究員は爆笑すらしていた。
 何でも「マジンガーZ」の「『ボスボロット』のテーマ」だとか。

 だが、こちらが無視すれば無視するほど、セリオのイベントの近くで、
半ば嫌がらせ的な営業をしたりと、段々と手段がエスカレートしてきた。

               *

 ある日のことだった。

 件の「ロボット三等兵」君は、まさに「老体に鞭打つ」ような姿で
営業を続けていたが、時々に哀れに壊れ、煙を噴き、そして転んだ。

 その日もまた、懲りもせずにセリオの営業の側で嫌がらせ的な営業を
していた三等兵君は、セリオが近くを通りかかった、実にジャストな
タイミングで煙を噴いた。

 「自称『発明王』」の爺さんにとっては、余程にシャクだったのだろう。

        「このぉ〜!!ポンコツがぁぁぁ!!」

 そう言ったかと思うと三等兵君を足蹴にした。
 三等兵君はガシャガシャという音と共にアスファルトの上に倒れた。

          「−−やめてください!!」

 営業の衣装が汚れるのも構わず、セリオが三等兵君を庇うように
彼に駆け寄り覆い被さったのは次の瞬間だった。

 「−−やめてください!!彼は何も悪くありません!!」

 そういうセリオに爺さんが罵声を浴びせた。

 「なんだぁ!!ポンコツ同志で庇い合いかぁ!!」

 何事かとスタッフか駆け寄ってきた。
 しかし・・・なんと爺さんは庇うセリオにも蹴りを入れた・・・。

 「−−ああっ!!」

 次の瞬間、オレは爺さんの胸ぐらを掴んでいた。

 「やめろジジイ!!それと今、テメエなんて言いやがった!?」

 「何だお前は!!セリオのヒモやってるガキだな!!」

 「何でも良いだろ!!セリオに蹴り入れやがって!! 傷害事件だぞ!!
 それに今の『ポンコツ』っての、セリオに謝れ!!」

 「へへ・・・どうせロボットだろ!!たかが蹴ったくれぇじゃ器物
損壊にすらならねぇよバァカ!! それよりガキ!!ついに『関係者に
よる暴力事件』だな!!これでセリオもおしまいよ!!ざまあみやがれ!!」

 オレの中で何かが音を立てて切れた・・・。

 「てめぇ・・・!!このくたばり損ないがぁぁ!!」

 「ううぅぅ・・・何をする・・・」

 怒りに我を忘れたオレは爺さんの襟首を締め上げていた。

 「は・・・離せ・・・苦しい・・・」

 「苦しいのは一瞬だ!!すぐに楽になるぜ!!」

 「し・・・死ぬ・・・ぐわわわわわ・・・」

 「−−浩之さん!!!!!!」

 セリオが後ろからオレの手を掴み、強い力で爺さんの首からオレの
手を無理矢理に解き放した。
 ジジイは目を回して地面にクタクタと座り込んだ・・・。

 オレは相当な力でジジイを締め上げていたのだろう。
 モーターが通常設定以上の力を出して過熱した時の、メイドロボ
専用のグリースが揮発した、柑橘系の何とも言えない清々しい香りが
して・・・セリオの目からボロボロと大粒の涙が溢れていた。

 「セリオ!! このジジイ、お前を蹴飛ばして居直ったんだぞ!!」

 「−−浩之さん!!いけません!!」

 「何で!!何で止めるんだぁぁぁ!!」

 「−−もうやめて!!」

 ・・・セリオの遜らない口調を初めて聞いたような気がした。

 「セリオ・・・。」

 オレは思わず立ちつくしてしまう。

 「お願い!!私のために罪まで犯さないで!!お願いだから!!」

 そんなオレの胸元にセリオは飛び込み、涙声で叫ぶ。
 騒ぎを聞きつけた警察官が駆け寄ってくるのが見えた。

               *

 「−−浩之さん・・・私もいつか・・・あの三等兵さんのように
なるのでしょうか・・・。」

 現場から離れ、やっと着いた事務所で・・・といっても、7研の
一室なのだけど・・・セリオは哀しそうな目で呟いた。

 「−−私もいつか、あの三等兵さんのようにポンコツに・・・」

 「バカなこと言うなセリオ!!仮にそうなったとしてもオレはセリオを
足蹴にしたりするもんか!!」

 オレはそう言うと、セリオの頭を力強く抱きしめてやった。

 「−−でも・・・私が煙を噴いて倒れたら・・・そしてオーナーの
綾香様やお世話になっている皆さんが物笑いになったら・・・」

 セリオの震える様がオレの腕に直接伝わる・・・悲しみと恐怖に
満たされたその切ない振動・・・セリオにこんな弱い一面もあったんだ。

「それに・・・今日、私は浩之さんに罪を犯させてしまいました・・・
私のために・・・私は・・・私は・・・あぁぁぁぁぁ・・・」

 それは全てを自分が壊れる限界まで受け止めてしまう・・・マルチ
のように一定以上のマイナスな要素を受け止めたときには「全てを
投げ出して泣きだしてしまう」という「逃げ」の行動ができない、
完全主義者たるセリオの追いつめられた姿だった。

 オレはセリオを腕から離し、両頬を掌で支えると、セリオの目を
みて言った。

 「大丈夫だセリオ!!どんな時でも・・・きっと抱きしめてやる!!
 そして地の果てでも背負って修理する場所まで連れてってやる!!
だから・・・もう泣くんじゃない・・・お前はもう一人じゃない。」

 「−−浩之さん・・・。」

 「綾香だって同じ事を言うだろうよ!!みんなセリオを愛してる!!」

 セリオの動きが一瞬、完全に止まってしまった。

 やがて顔が痙攣しはじめた・・・って言うより、表情を表すための
サーボモーターがチュインチュインと音が聞こえるほどバラバラに
動き、表情が混乱していた。

 「−−・・・・・・・。」

 セリオは急にオレの胸に飛び込み、顔を埋めた。

 「お・・・おい・・・急にどうしたんだ?」

 「−−すみません・・・少しこのままに。」

 「セリオ・・・おい!!本当に大丈夫か!?」

 「−−ごめんなさい・・・浩之さんに、このモーター制御が混乱して
しまった顔を見られるのが恥ずかしくて・・・もう少しで治ります。」

 「本当に大丈夫か!?」

 「−−浩之さん・・・浩之さん・・・浩之さん・・・」

 セリオはオレの名を呼びながら、オレの胸に顔を何度も擦りつけて
激しい力でオレを抱き締めてきた。
 何時までもオレの胸に顔を埋めるセリオを、オレはマルチに何時も
そうしてやるように、何度も何度も撫でてやった。