花道(後編) 投稿者:戸津都 投稿日:1月15日(火)11時27分
 その日のワイドショーで速報としてこの事件は流された。

      「『ロボ演歌』関係者が暴力事件か?」

     ・・・なんてタイトルで、詳細抜きの報道だった。

 しかし翌日の朝ワイドでは、例の「自称『発明王』」が前日夜に
開いた記者会見の様子が流れて騒ぎが大きくなっていた。

 爺さんはオーバーな包帯を両手両足に巻き、眼帯をして、人相の
悪そうな「証人」なるオッサン達3人を連れて、自分はセリオの
関係者に袋叩きにされたという大嘘を展開していた。

 「すみません・・・オレがバカなことをしたばっかりに。」

 朝の光の中でオレは長瀬主任に深々と頭を下げた。

 ジジイは昨日の夜の内に、警察署に被害届を出していた。
 スタッフの数人と同じく、オレにもその日の午後、警察からの
事情聴取の呼び出しが掛かっていた。

 「・・・僕だって、現場にいたら同じ事をしたと思うよ。」

 長瀬のオッサ・・・もとい、主任は、何時もの笑顔でそう言った。

 「僕ならスパナで殴り殺してたと思うよ。同じロボットを研究した
者としては絶対に許すことが出来ないからね。」

 ・・・確かに笑顔だけど、長瀬のオッサンの眉間には怒りを表す
シワがあり、それがヒクヒクと揺れていた。
 うわぁぁぁ・・・怒らせると・・・この人は恐いかも知れない。

 「でもお礼を言いたいくらいだよ藤田君・・・ありがとう。」

 「え・・・何でお礼なんて・・・」

 「『地の果てでも背負って行く』そして『お前はもう一人じゃない』
って言ってくれた事だよ。セリオのテンポラリーメモリーに、これ
でもかぁぁぁってばかりに一杯に入っていたよ。何度もリピートした
証拠だよ。相当に嬉しかったんだと思うよ。」

 「そんな・・・たまたま言った事ですよ・・・。」

 「それを『たまたま』に言える君が僕は羨ましいよ。やっぱり君に
マルチを預けて良かったよ。」

 長瀬主任は、オレの両肩に手を置き何度も頷いて続けた。

 「君の言葉が彼女たちに命を吹き込んでいるんだよ・・・君には
なんてお礼を言って良いか判らない・・・ありがとう。」

               *

 ところが・・・その日のスタッフやオレに対する警察の事情聴取は、
あっさりとしたもので終わってしまった。

 原因は・・・昼のワイドショーで中継された、北海道出身の演歌の
大御所が行った緊急の記者会見だった。

 「『演歌の希望の星』である有能な新人を、つまらない言いがかりで
このまま潰して良いのか!!」

 大御所はトレードマーク同然の大きな鼻の穴を広げて、荒い鼻息を
たてながら、顔を真っ赤にして言った。

 「これは今日の午前中に、セリオくんのファンを名乗る女性が俺の
元に持ってきた、当日の様子を撮っていたというビデオです。」

 ビデオには、例の「三等兵君」を足蹴にしている爺さんと、衣装の
汚れるのを顧みずに彼を庇っているセリオ、そのセリオまで足蹴に
した爺さんと、直後に爺さんの胸ぐらを掴んだオレが写っていた。

 「何も言いますまい!! 誰が嘘をついているかはお判りでしょう!!」

 大御所の怒りは改めて見た映像で更に燃え上がっているようだった。

 「演歌はこころの歌だ!! 足蹴にされている者、しかも自分にとって
余り良からぬ者であっても、こうして衣装の汚れも顧みず庇うような
素晴らしい歌い手は、何があっても俺と軍団が守ってやる!! もし文句
があるならウチにこい!! 相手にしてやるぞ!!」

               *

 翌日の朝ワイドで流れた「自称『発明王』」が・・・

      「あのビデオは編集で偽造された物だ!!」

・・・と顔を真っ赤にして力説する記者会見は、ビデオのアラを指摘
すればするほど不自然な物となり、列席した記者の苦笑を買った。

 そして風の噂では被害届の元となった「全治1ヶ月」の診断書を
書いた医師が、診断書偽造の疑いを掛けられるのが恐くなり、診断書
を取り下げたとかで、発明王の爺さんは被害届の根拠を失ったらしい。

 事件はショボショボと立ち消えになってしまった。

 「君こそ演歌を歌うべき人だよ!!そう!!君は立派な『人』だ!!」

 お礼をするために行った大御所の家で、大御所はセリオの肩を
何度も叩いて満面の笑顔でそういった。

 そして新年早々の新宿コマ劇場での大御所の座長公演に、チョイ役
だけどセリオの出演が決まったのだった。
 悪代官の長崎屋敷に仕える謎の薄幸の美少女「お芹」だって・・・。

               *

 そんなこんなの出来事はあったけど・・・セリオの「いしの心」は
ヒットして、チャートには久々の、それも若い歌い手の演歌が上位に
ランクインし、音楽業界に旋風を巻き起こした。

 もちろんセリオは新人賞をゲットしまくり、「賞」と付けばセリオが
出てるってトコだ。

 そして今、年も押し迫った12月31日に、オレ達は日本武道館から
移動する車の中にいる。
 行き先はもちろん渋谷区神南のNHKホール、紅白歌合戦の会場だ。

              **

 「みんな〜NHKに入るよ〜、セリオは関係者通路で降りて第8控え室
にね!!藤田君はゲストルームでメイク直しがあるから車を置いた後に僕に
付いてきて!!後のみんなはホールの特別席まで係が案内してくれるから
付いてってね!! それと歌う前の藤田君へのインタビューの後にカメラが
客席のみんなを写すからその時は思いっきり良い顔してね!!」

 「は〜い!!」

 「あと、蛍の光の合唱した後、12時半にセバスさんから携帯に連絡
入るからリムジンの場所聞いて乗ってね!!」

 「は〜い!!」

 豊福さんの説明に声を合わせて答えると間もなく、そこはNHKホール
の正面玄関近くの車寄せだ。

 こういう派手な場所は場慣れしてるからか、そつなく派手に決めた
芹香・綾香の来栖川シスターズ、千絵美さんの見立てだろうか、異性
に受けるツボを押さえてる雅史、セクシーと露出狂を間違えてねぇか?
という様な志保のドレス、そして・・・馬子にも衣装だなというあかり。

 足取りも軽くみんなは降りてゆく。

 誰も彼も浮かれまくり・・・。
 はぁぁぁ・・・みんなは偶にだから良いんだ。

 「あ・・・藤田君は、紅白のあと『セリオと一緒に初詣』のイベントが
あるからまだ帰らないでね!!そのあとは・・・」

 俺と言えば、いつもなら冬休みに入ったら着なくて済んだ学生服を
着せられ、テレビ写りのための化粧をされた上で、キューを振られりゃ
ニコ顔を作るというのにもう慣れてきたけど・・・大晦日と正月もこう
だとは思わなかったぜ・・・はぁぁぁぁぁぁ。

 「−−浩之さん・・・。」

 ふと顔を上げると、そこにはセリオがいた・・・と言うよりは、
セリオの顔がそこにあった。

 「−−浩之さん、目が腫れぼったくなってます。大丈夫ですか?」

 セリオの済まなそうな顔・・・結構、俺は好きだったりする。

 「大丈夫大丈夫・・・そんなにオレはヤワじゃない・・・」

 そう言うか言わないかの間に、セリオの顔が俺の視界に大写しに
なってくる・・・お、おい・・・セリオぉ・・・。

 セリオはオレのおでこに自分のおでこを当てて暫く目を瞑る。

「−−少し熱がありますね・・・すみません、私の為に、こんなに
お疲れになって・・・。」

 冷却機能を入れたからだろうか、セリオのおでこは少し冷えてきて
何だかとても気持ちが良かった・・・って豊福さんがいるって言う
のに、こんな事はいつまでもできないぞ・・・。

 「せ・・・セリオ、大丈夫だよぉ。」

 「−−そうですか?ちょっと心配です。」

 「出番が終わったら少し休んでるよ。豊福さん、出番が終わったら
こいつに乗ってても良いんでしょ?」

 「ああ、構わないよ!! 第2駐車場に置とくから。ほいスペアキー。」

 「・・・と言うわけだ。セリオ専用のこの車は寝心地良いから、
少し寝たらすぐ良くなるよ。」

 そういう俺の言葉に、セリオの表情がフワァァァっと緩み、オレの
大好きな、なかなか見られない、あの微妙な笑顔になる。

 「−−良かったです。安心しました。」

 ・・・という言葉と同時にオレは何やら柔らかいモノに視界を
遮られ・・・セリオに頭を抱かれていた。

 「−−初詣が終わったらゆっくりとお休み下さいね・・・」

 上等な香をたきこんだ優雅な匂いがした・・・そして、とても
柔らかいセリオの腕の中に包まれてオレは夢心地だ。

 気持ち良いや・・・って、こんな事してていいのかぁ!?
 オレは運転席の豊福さんを横目で見た。

 「セリオ、着いたよ!!」

 豊福さんは何事もなくそういう。
 車はNHKの出演者通用口に着いていた。

 「−−それでは、いってきます。」

 軽く会釈をするとセリオは車を降りて行った。
 すると・・・豊福さんがニコニコしながら話しかけてきた。

 「どうだい?気持ちよかったろ?セリオの胸は・・・。」

 「へ?」

 ・・・やっぱり見てたのね。
 はいそうです・・・なんて言えるもんじゃないし、かといって
気持ちよかったのは事実だし、なんと答えて良いのか判らない。

 「はぁ・・・。」

 覇気のない返事でオレは誤魔化した。

 「僕がこの間、クタって民放の廊下で居眠りしてた時も、同じ
ように頭を抱いて元気付けてくれたよ。」

 そう言うと豊福さんはニッと笑った。
 なんだ・・・オレだけじゃないのか。

 「あぁあ・・・勘違いするくらい気持ちよかったのになぁ〜。」

 「そうだろ。これも偏にマルチとセリオに『友達』として接して
くれた藤田君のお陰だよ。」

 「いやぁ・・・長瀬主任や豊福さん達の才能と努力ですよ。」

 すると豊福さんは少し真面目な顔になって話し始めた。

 「いや・・・それは全然違うね。」

 「へ?」

 それは余りに突拍子な言葉だったので、オレも素っ頓狂な声で
答えてしまった。

 「でも・・・いわゆる『感情と心理のシステム』の成せる技じゃ
ないんですか?」

 「うむむ・・・君からその言葉を聞くとはねぇ・・・。」

 豊福さんは少し苦笑を浮かべてそういった。

 「確かに僕たちは量産機に移行することを前提に、採算性や安定性
の検討をした上で、導入可能な最新の人工知能のテクノロジーを導入
してマルチやセリオのシステムは作ったよ。でもねぇ・・・。」

 「元々は・・・その行動は設定してなかったんですか?」

 「元々ですらないよ。僕たちには『心』なんて造れない。」

 その時のオレは随分と不審を込めた目をしてたに違いなかった。
 しまったぁ〜という顔をして豊福さんが謝るように言った。

 「あ・・・ごめんごめん。技術の事になると僕も我を忘れるもの
だから不愉快な気持ちにさせたら申し訳ない。」

 「いや・・・別にそんな気じゃ・・・」

 「彼女らには『自分にとって嬉しいこと』や『自分にとって悲しい
こと』って風に、自分の利益・不利益という概念を持つようには
設計していたんだよ。その辺をちょっと深く、そして複雑にね。」

 「でも・・・って事ですか?」

 「そう。彼女らは、好きな人に喜ばれたいっていう研究室では設定
してなかった『自発性』を自ら開発したんだよ・・・つまり他人の
喜びを自分の喜びとして共有できるようになったんだ。僕もセリオに
頭を抱いてもらったときにはビックリしたよ。」

 「オレが・・・その切っ掛けだって・・・いうんですか?」

 「そう、君がいなければ出来なかったかもしれない。」

 「そんな・・・オレはただ・・・」

 そう言い掛けたオレの言葉を遮って豊福さんが返した。

 「その上に、更に新たな発達もあったんだよ。」

 「・・・? 何ですか?」

 「初めて明かすけど、紅白を辞退するかどうかセリオが悩んでたんだ。」

 「え・・・初めて聞きました。」

 そんな素振りなんて全く感じなかったぞ。

 「例の『新人賞』を『人』でない存在に与えるべきかって騒ぎさ。」

 師走に入ってから・・・。
 セリオが、あるテレビ局の年間新人賞をゲットしたちょっと後
ぐらいに、ある文壇系の出版社の週刊誌が・・・

      「新『人』賞は『人』にやるものだ」

                ・・・なんて見出しを出した。

 新人賞のお株を奪われた某事務所の策略は見え見えだった。

 「例の『演歌の大御所』が対立雑誌で御意見申してたから、オレは
てっきり解決したとばっかり思ってましたよ、」

 「ううん・・・実はね『あのロボットが出ないだけで日の目を見る
ことが出来た新人歌手が何人もいる』って記述があっただろ?」

 「アレね。酷い言いぐさですね。あの雑誌らしいけど。」

 「あの文士気取りのイヤミな言い方がセリオには相当にきつかった
んだよ。暫くは・・・と言うより、今でもテンポラリーメモリに
その言葉が入っている事はよくあるんだ。トラウマだね。」

 「・・・殴り込んじゃろうか。」

 「だめだよぉぉ〜、せっかく事が落ち着いたのにぃ〜。」

 「判ってますよぉ〜。でもなぁ・・・。」

 「まあ・・・あの一件でセリオは固辞してたんだ。年末のメディア
出演を全部キャンセルしたいとまで言ってた。でもね・・・」

 駐車場に車を止めた豊福さんは、オレの肩をポンと叩くと言った。

 「『浩之さんが付いてくれるなら出ます』って言ったんだよ。」

 「・・・それって・・・。」

 「そう、正に『我が儘』。あのセリオがだよ。申し訳ないって顔を
しながらだったけどね。」

 駐車場から関係者通用口に向かいながら、僕らは話をしていた。

 「豊福さんも大変だね。みんな困ったでしょ?」

 「いやいや!! とんでもない!!」

 振り向きざまに豊福さんは胸元で手を振って強く否定した。

 「特にね、神経・感情系の設計グループが大喜びで、今日は近くの
行きつけの店で、セリオの出る紅白見ながら大忘年パーティをやる
って言ってたよ。今頃どんちゃん騒ぎだね。」

 「はぁ・・・」

 オレは余りよく判らないという気持ちを含んだ返事で返した。

 「我が儘ってね・・・自我の確立なんだよ。セリオもマルチも
人間にとって都合の良いだけの『お人形』じゃないって事さ。」

 なるほどねぇ・・・。
 セリオが、また一つ「より人間らしくなった」ってことか。

 「やっぱりそれって・・・技術者としての達成感ですかね?」

 オレがそう聞くと豊福さんは何とも言えない複雑な顔をしたかと
思うと・・・またニコッと笑った。

 「自分の娘が初めて立ち上がって歩いたら、多分、こんな気持ち
がするんだろうね・・・何とも言えない喜びだよ」

 豊福さんの目には少し涙も浮かんでたような気がした。

 「・・・何か『お父さん』じゃないですか、その気持ち。」

 「ははっ・・・藤田君の言うとおりだ、僕はまだ独身なのにね。」

 しんみりと呟く豊福さんの目は、何か遠くを見ていた。
 ありゃりゃ・・・これじゃ本当に「お父さん」だよ。

 「・・・おっと、時間がないぞ!!藤田君、ちょっと急ごうか。」

 「あ、本当だ!! セリオがまた泣きそうな顔してるかも・・・。」

              **

 小走りになった豊福さんを追いながら、オレは考えていた。

 そう言えば・・・。
 マルチはミート煎餅 第何号を乱発しながら、あかりの指導の元、
料理の研修に励んでいた。

 そのマルチが、オレやあかりの「大丈夫かなぁ」って声に・・・

        「どうぞお任せ下さいですぅ!!」

   ・・・って頭まで下げて志願して、オレのバースデーケーキを
一人で焼きあげ、クリームの飾り付けまでした。
 余りの上出来にみんなで誉めてやったら、号泣したっけな・・・。

 「おいおい、せっかくの誕生日なんだから涙は似合わないぞ。」

・・・ってあの時は言ったけど、誰かに指示されたんじゃなくて
自発的な行動をする・・・しかも、それで誉められたりとかの良い
結果を得ることが出来たってのは、オレ達には何ともないことかも
知れないが、マルチやセリオ達、そして彼女らを産み、育てた
人々には、大きな目標を達成した事だったんだろう。

 もしかしたら・・・何れオレが「人の親」になってから初めて
判かる事なのかな?

 その時はオレも、あんな「遠い目」をするのかな・・・気の
長げぇ話だな・・・そう思った瞬間、ぽっ・・・と頭の中に、

  エプロン姿のあかりが、頬を赤くして
             身を捩らせながら、はにかむ姿

                  ・・・が思い浮かんだ。

 まぁな・・・って、お い !! 何 で あ か り な ん だ !?

 オレは未だ落ち着くような年じゃねぇ!! それに、一生・・・

     「 浩 之 ち ゃ ぁ ぁ ぁ ん 」

                  ・・・な人生なんて。

 ・・・何をオレはムキになってるんだ・・・話題を変えよう。

 あれ? そう言えばマルチは今日も7研に行ったんだよな?

 ここ最近、マルチは長瀬主任に呼ばれてるとかで、しょっちゅう
7研に一人で行っている。

 「年末年始だぞ〜、長瀬のオッサンなんてブッチして、セリオの
出る紅白、見に行こうぜ〜!!」

 「はぅ〜。でも主任さんが年が変わるにあたっての重要な要件
だって言うんですぅ〜。」

 重要な要件って、2000年問題はとっくに終わってるし、何なん
だろうな? でも多分、そう言うことだろうなぁ。

 後で豊福さんに聞いてみよう。


      ++++++++++++++++++


 浩之がそう思った数時間後・・・。

 「謹賀新年の01:00に全国20カ所の駅前で何かが起こる」

 ・・・という雑誌「ボム」1月号の小さな記事を見た者達は、
じっと時計が01:00になるのを待ちわびていた。

 ここはその予告された中でも最北の地、札幌駅前。

 突然、何やらの音楽のイントロが流れ、ビックカメラの入居して
いる札幌駅エスタビルの壁面にスルスルとスクリーンとおぼしき
垂れ幕が下ろされ、直後に映像が写し出された。

 そこに写し出された映像には、顔から下だけが写ったブリブリの
アイドルスタイルの女の子。

      「あ゛ぅ〜〜〜〜〜〜私のぉ〜〜〜」

 女の子はちょっと舌足らずながらも、延びの良い発声で某大物
アイドル歌手のデビュー曲をカバーして歌っている。

  「みなさま、あけましておめでとうございますぅ〜!!」

 歌い終わると、女の子は口から下だけ写った映像で挨拶する。

「これから練習を積んで、今年、デビュー予定ですぅ〜!! 
           その時はよろしくお願いしますですぅ〜」

 一瞬、カメラが横を向き、次に女の子を捉えた時には、女の子の
深々と挨拶をしている頭頂の緑色の髪の旋毛しか写っていない。

 映像はそこで消えた。

               **

 「主任さぁ〜ん、よかったですかぁ?」

 一発勝負の全国同時中継のナマ本番が終わり、ライトが落とされた
スタジオで、少女は少し心配そうな顔でそういった。

 「いいよぉ〜!!上出来上出来!!」

 頭の上で拍手をしながら、どこぞのオッサンは満面の満足そうな
笑みを浮かべて立ち上がった。

 さすがに名刺の肩書きは「天才『アイドルロイド』プロデューサー」
などではなく、未だ一介の来栖川電工技術主任であるのだが・・・。

 鼈甲のメガネフレームに金髪頭、カシミア生地のキャメルカラーの
ジャケットに黒のシャツと赤いネクタイという出で立ちのその人は、
「目覚めてしまって」ちょっと「ギョーカイ」している長瀬源五郎
 ・・・と言うよりは

       「どこぞのイカれたオッサン」

                      ・・・である。

「えぇとぉ・・・『てんぐ』だったなぁ?『たんく』だったかなぁ?
何かそんな人の線を主任さんは狙ったのかなぁ?」

 マルチは、セリオのブレイクで長瀬主任の「人」が変わってしまう
ことが心配ではあったのだが、ふと自問自答し納得した。

 「ううん・・・大丈夫ですぅ。だって・・・」

 ドンガラガラガッシャーン・・・。

 その瞬間、長瀬源五郎は照明のコードにケッ躓いた。

 「し、主任さぁぁぁん!! 大丈夫ですかぁぁぁ!?」

 マルチが慌てて駆け寄る。

 「あー、ノープロブレムノープロブレム・・・大丈夫だよぉ〜」

 そう言うメガネがずり落ちた彼は、やっぱり研究室の虫である
彼そのものではあった。

 マルチは安心して思った・・・。

 「そうですよねぇ・・・主任さんのあの格好、
             まるでイタに付いてないですからぁ。」