注)このSSはLeaf社製「こみっくパーティ」のSSです。 ネタバレが含まれている可能性があるということをご留意の上、お読み下さい。 また、この場での「こみパ会場」は、東京都江東区に存在する「東京ビッ●サイト」 を参考にしています。その点を踏まえていただけると楽しめるかもしれません(笑)。 なお、一部コミケ参加者に対して過激な発言があるかもしれません(^^; −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− [ こみパの歩き方 - 夏の陣 - ] Written by Kazuki Takatori 「ありがとうございました〜」 店員の声を背に受けて、俺はコンビニの外に出た。 うーん、結構多い買い物だったな。 改めて買い物リストを見てみると、そんなに多くないように見えるけど……うーん、女の子のする買い物って、いつもこんな感じなのか? ま、いいか。 ずっしりと詰まった買い物袋を手に、俺は家への帰路を急ぐことにした。 早く帰らないと、また爆発するから……あいつは。 「たっだいま〜」 俺はそう言いながら、ドアを開けた。 ついこないだまで一人暮らしの部屋だったけど、今は…… 「おっかえりぃ、和樹〜」 俺の大好きな女の子……由宇が、キッチンからひょっこり顔を出して俺に笑いかけた。 手にはお玉、そしてひよこ柄のエプロン……まるで調理実習中の高校生ってとこだな。 「どうだ? メシの進み具合は」 「うん、大丈夫やで。今日は明日のために、うなぎの蒲焼き作ったるさかいな」 「で、今は何作ってるんだ?」 「卵とニラ、ニンニクのスタミナみそ汁や」 そう言いながら、またガス台に向かう由宇。 うーん……前言撤回。 若奥様の料理姿にランクアップだ。 手つきが慣れてるんだもんなぁ。さすがに旅館の女将後継者ってところだ。 嵐のような春こみが終わって、俺と由宇は正式に結納を済ませた。 親父もおふくろも、突然のことでびっくりはしてたけど、俺の就職先と将来が決定してほっとはしていた。 しかも、そのとき由宇が猫を被って優秀な旅館跡継ぎを演じていたもんだから、両親はもう猪名川家に心酔しまくり。もし由宇の実態を知っていたら、どんなことになっていたんだか。 まあ、正式な結婚は三年後。つまり、俺の大学卒業まで待って貰うことになった。 その間は、俺も由宇もこみパに自由に参加できるってわけだ。 で、毎週土日は由宇が神戸から通い妻に来ている……って言えば聞こえがいいけど、原稿を一緒にやったり、ゲームして遊んだり……ま、まぁ、いろいろとしてたりするわけだ。 「好きな人」と「好きな作品」「好きなマンガ」を描いていることで、お互いしのぎを削って、楽しくやっていけてるし、幸せとも言える毎日を送れている。 これで、同人誌の〆切さえなければいいんだけどなぁ…… 「はいっ、できたで〜」 「おっ、なかなかいいなぁ」 読んでいたマンガをベッドに置いて、俺はテーブルに向かった。 テーブルの上には、ほかほかと湯気が上がっているうな重に、由宇特製のスタミナみそ汁、それと大根の漬け物が綺麗に置いてあった。 「明日は長丁場やからな、体力つけとかんと」 「そうだな。んじゃ、いっただきま〜す」 「いただきまぁす」 俺と由宇はそう言って、うな重をぱくつきはじめた。 「ふぐふぐ……うんっ、うまいじゃん」 「えへへ、そやろ? 市販のタレやなくて、料亭とかで使こてるタレを使ったんやからな」 「りょ、料亭!?」 そ、そういえば……由宇の持ってきたタレ壷、なんか高価そうだけど…… 「そや。せっかくこっちまで来て料理作るんやから、手抜きはあかん思てな」 「そ、その代金、どうしたんだよ」 「ああ、その料亭ってウチの旅館に出入りしてるんよ。せやからタダでもろたわ」 「は、はあ……」 猪名坊旅館、恐るべし…… というか、こういうタレを平気で持ってくる由宇こそ恐ろしいか。 「まあ、気にせんとき。出陣前は、このくらいのご馳走ぐらい食ったってバチ当たらんわ」 「っていうかさぁ、体力不足で倒れるほうがバチ当たるもんな」 「そういうことや」 笑顔でそう言う由宇を見て、俺も思わず笑ってしまう。 本当、見ていて楽しい奴だ。 「まあ、どっちか言うたら……」 「うん?」 「夜の生活のための献立みたいやな」 「ぶっ!!」 顔を赤らめながらの由宇の言葉に、俺は思わずうな重を吹きだしそうになった。 てーか、確かにはっきり言って洒落にならん……この献立は。 「げほっ、げほっ……な、なんだよ、突然!」 「あははっ、冗談やて。明日ぎょうさん体力使うんやから……今から疲れてもしゃあないやろ」 「ま、まあな……」 「…………」 「…………」 「……帰ってきたら、別にええで」 こくこく…… 俺はただ、その返事に頷くことしかできなかった。 「せ、せやけど、こないにゆったりした夏こみ前日って、久しぶりやなぁ」 「そ、そうなのか?」 由宇の突然の話題転換に、俺も思わず慌てて問いかけ直した。 「そや。ずーっとサークル参加やったし、一時期参加してへんこともあったし……せやから、一般でこみパ参加するのって、むっちゃ久しぶりなんよ」 「そうなのか……そういえば、俺もまだ一般って大志に連れていってもらった、一回だけなんだよなぁ」 「せやったら、今回の一般参加っていうのも、ちょうどええ機会やったんやな」 「そうだな」 今回、俺と由宇はサークル参加をしなかった。 春こみでのことは、南さんのはからいでどうにかダミー扱いにはならなかったけど、俺達はそれをきっかけに、もう一度同人活動を一から見つめなおそうと、地道な活動から始めることにした。 手作りならではの、工夫を込めたコピー本。 二人で一つの話をリレーしていくリレーストーリー本。 俺達が好きな本を作って、俺達の好きなことをやっていく……そう、決めたんだ。 そして、今回は一般参加。 買い手の視点から、どんな本があるのかを見てみるのもいいなと思って、俺は由宇にそれを打診した。 最初は渋ったけど、由宇もそれでいい本が作れるんやったらと、なんとか承諾してくれた。 ……大志は最後まで反対してたけど、どうせ。大手に並ばされるのがオチだしな。 それで今、こみパ前日の夜を迎えているわけだ。 いつもだったらあたふたしてるこみパ前日を、俺と由宇はこうやってほのぼのと過ごしてる。 優雅というか、なんというか……まあ、こんな前日も悪くないな。 「さて……もうそろそろ寝よか」 片づけを終えた由宇が、エプロンを解きながら部屋に入るなり、そう言った。 「え、もうか?」 まだ、時計は7時半を少しまわっただけなのに…… 「明日は始発で出発やからな。それに、こういうときはしっかり睡眠せなあかん!」 「な、なるほど……」 「せやから、今日はもう寝るで」 そう言って、由宇は俺のベッドにもぞもぞと潜り込んだ。 「お、おい。俺はどこで寝ればいいんだよ!」 「どこって……ここや」 顔を赤らめて、毛布をめくる由宇……って、ええっ!? 「い、いいのか?!」 「だって……ウチと和樹はもう夫婦なんやし……あ、手出しはしたらあかんで」 ぐわ、条件付きか。 「ま、まあ、だったら……」 俺は電気を豆球だけにして、端に寄った由宇の横にもぐり込んだ。 クーラーで冷えた肌に、由宇の温もりが優しく伝わってくる。 「……おやすみ」 由宇を抱き寄せて、耳元でそっとささやく。 「……おやすみ、和樹」 言葉を返すかわりに、俺は由宇の唇に優しくキスした。 由宇の目が、とろんってなって……って、あれ? 「……和樹?」 「は、はい?」 げしっ!! 「はぅあっ!?」 突然の由宇のキックに、俺はベッドの外へと転がり出た。 「そんなニンニク臭い口してキスするバカがどこにおるんやぁ!」 「に、ニンニク臭いか?」 「臭いわ、アホ! もう一度入りたいんやったら、歯磨きぐらいしてこんかい!」 「は、はいぃ!」 とほほ……情けないや、俺って。 仕方なく、俺は歯磨きしに行ったけど……ニンニクの匂いはとれずじまいだった。 で、結局は床で雑魚寝……寂しいぞ、俺。 * 少しずつ、空が白み始めていた。 こみパ開催の朝……俺は、由宇と一緒に代々森駅のホームに立っていた。 朝っていえば、すがすがしいと相場が決まってるはずだ。 それに、始発前のホームといえぱ、静か……な、はずなんだけど…… しかし…… 「モモちゃんいいよな〜」 「ああ、あのかけ声とか」 「今日はモモちゃんサークル絨毯爆撃だな」 「てーかさぁ、グッズ買いはデフォだよな、デフォ」 「コスプレ写真も忘れらんねーよぉ」 なんだ? このオタクな会話ばっかりの、オタクばっかりがいる駅は…… 「な、なあ、由宇」 「うん?」 「なーんか、ここらへんにいる人たちって……」 「ほとんど全員、こみパ参加者やな」 「やっぱり……」 さっきから、前後左右聞いたことのある会話ばっかりだ。 というか、これを一般人の人たちはまともに聞けるのか? 隣の由宇は、なんか仕方ないという風に苦笑している。 以前の由宇だったら、他の奴らと同じようにはしゃいでいただろう。だけど、由宇はそんなそぶりを見せることなく、俺の顔を見ている。 『恋は人を変えるんですよ』――南さんがそんなことを言っていたっけ。まあ、由宇の場合は変わったというか、なんといったらいいのか…… 「なあ、由宇」 「うん?」 「さっきから、なに俺の顔をじろじろ見てるんだ?」 俺がそう言うと、由宇は「うーんと」と言いながら目を逸らして、そしてニコッと笑った。 「和樹って、こみパの開場前はいつも緊張感溢れとる顔しとったけど、今日はなんかリラックスしとるなぁって思っとったんや」 「なるほどね。そういう由宇も、なんかワクワクしてるみたいだけど?」 「そらまあ、数年ぶりの一般参加やからなぁ。一般列に並ぶの、結構楽しみなんや」 「ふーん、ただ待ってるだけの時間でも?」 「甘い! まあ、会場に並び始めたら教えたるさかい」 「えっ?」 「ほら、電車来たで。まずは乗らな」 見ると、黄色い総武線の車両がホームに滑り込んでくるのが見えた。 が…… 「んげっ!」 電車は既に満員……というか、もうすし詰め状態だぞ!? しかも、それと見てオタクだとわかる格好の…… 「し、始発の時間、間違えたのか!?」 「んなわけないやろ。これが立派な始発電車や」 由宇は何気なく言うけど……やっぱり凄いよ、こみパって。 「で、三駅次の駅で乗換なんだな?」 俺は電車に乗り込みながら、由宇に聞いてみた。 「そういうことや」 いつもだったら東京駅からバスっていう手を使うんだけど、まさか地下鉄も通ってるなんてな。 「で、新木場で乗り換えるんやけど……ほんま、もうちょいURと東京都も交通網整備してほしいわ」 「どういうことだ?」 「実はなぁ、将来的には埼京線がこみパ会場まで直通電車を通すらしいんや」 「……は?」 あ、あの天下のURがか? 「正確には今こみパ会場の近くを通ってる地下鉄に繋げるらしいんやけどな。そうなれば、どんなに便利になることやら……」 「……な、なんか凄いことになりそうだな」 「まあ、未来のことに愚痴言うてもしゃあないわな。新木場に行ったら、TWRゆう地下鉄に乗って、国際展示場駅で降りるんや」 「なるほど」 そう言った瞬間、電車が発車の振動でぐらっと揺れた。 「うっ……」 「だ、大丈夫か?」 押されて苦しそうにしてる由宇を見て、俺は優しく由宇のことを引き寄せた。 「お、おおきに……」 しかし、この圧力は殺人的だぞ。 以前の由宇だったら、キレて文句言い散らすところだな。 こうして、こみパ列車一号(たったいま命名)は、いろいろな欲望を乗せて走り出した。 やべ、なんか大志みたいな言い方してるよ。俺。 「や、やっと着いたぁ……」 最後の電車から降りて……やっと酸素が吸えるよ。 うーん、シャバの空気はいいものだ。 って、由宇は……? 「ぜえ……ぜえ……」 あ、苦しがってる。 「おーい……大丈夫か? 由宇」 「な、なんとか大丈夫や……」 背が小さいからか、どうも息がしづらかったみたいだ。 「本当に大丈夫か?」 「大丈夫言うたら大丈夫なんや! さ、並ぶで!」 由宇はそう言うと、肩掛けバッグを掛け直してすたすたと歩き出した。 うーん、やっぱりバイタリティはそう変わるもんじゃないか。 俺はそう思いながら、由宇の後をついていった。 「うわっ……」 駅の外に出ると……そこは人、人、人で溢れていた。 サークル参加でたくさん見てはいるけど、慣れるもんじゃないな。 去年の春こみ以来の列だったけど、スタッフの指示に従って、ちゃんと列に並ぶことができた。 「ふう……これで、後は四時間待ちか」 時計を見ると、まだ六時をちょっとまわったところだった。 「ふっふっふっ、ただ待ってるだけやないで。いろいろすることもあるんやからな」 「え?」 「ちょっと行ってくるわ。和樹、荷物管理頼んだでぇ」 「お、おい!」 俺が理由を聞く間もなく、由宇はカバンを置いて前の列のほうへと走っていった。 ……由宇、会場外でも走るのは禁物だぞ。 しばらくして、由宇が意気揚々と笑顔を浮かべて戻ってきた。 「ただいま帰ったで〜」 「何してきたんだ?」 「ちょっと憂さ晴らししてきたわ」 「は、はぁ?」 由宇の突飛な言葉に驚くと、由宇は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。 「徹夜組にな、これやってきたん」 「げ!」 由宇がとったポーズは……ファッ●ユー。 中指突き立てて、あたりの目をはばからずに不敵な笑みを浮かべてるし…… 「だ、大丈夫だったのか!?」 「なーに、徹夜連中で仕返しできるパワーのあるヤツなんておらへん。ウチも速攻逃げてきたから、問題ナシなはずや」 「は、はずって……」 「それに、和樹かて徹夜連中には頭来とったんやろ?」 「そりゃあ、まあ……」 言われてみれば、確かに嫌な思い出はたくさんある。 髪の毛を洗いもしないで、出来立ての新刊にフケを落としていくのとか、強烈に酸っぱい匂いを放つのとか……はっきり言って、徹夜連中は百害あって一利なしだ。 だから、俺は…… 「あ、ありがとな。由宇」 素直に礼を言うことにした。 というか、ここに心の代弁者がいたことに、深く感謝したいところだ。 「次のこみパから、またあのアホどもの相手をせなあかんのやからな。まあ、今回ぐらいええやろ」 「そうだな」 てなわけで、俺は由宇の行いを素直に支持することにした。 ここに大志がいれば「喜べ同志たち! 敵は討った!」とでも言いそうだな。 「しかし……暑いなぁ」 こみパ会場のほうを見ると、まるで後光が射してるみたいに、会場の後ろで太陽の光が輝いている。 まだ早朝だっていうのに、痛いほど暑い陽差しなのは……はっきり言って辛い。 「あ、これ使う?」 「うん?」 見ると、由宇がバッグの中から「シーブリーズ」を取りだして俺に差し出した。 「あ、サンキュ」 俺は由宇からシーブリーズを受け取って、数滴手に落とした。 それを、腕や首筋に擦りつけていく。うわっ、すっごく気持ちいいや…… 生暖かいはずの風が、これのおかげで冷風に早変わりっていうのがいいな。 「ふぅ、生き返ったぁ」 「今日の最高気温、かなり高い言うとったし。これ持ってきて正解やったな」 そう言いながら、由宇もシーブリーズを擦りつけて、さらにUVケアのスプレーを吹きつけた。 「さすがに日焼けして痛くなるんは嫌やからなぁ。こうやって予防しとくのが一番や」 笑顔で俺にそう言う由宇が……なんか、可愛くてたまらなくなった。 「そ、そうだな」 「夜のほうにも支障出るし」 「……へ?」 「な、なんでもないねんっ」 麦わら帽子を被りながら言う由宇。 い、いや、一応聞こえてはいたんだけどさぁ……答えにくいぞ。はっきり言って。 「あ、そう」 結局、俺はそっけない返事しか出来なかった。 それから、俺と由宇は手分けをしてサークルチェックしたり、九月のこみパの新刊の相談をしたりして、瞬く間に時間は過ぎていった。 だけど、やっぱりシーブリーズだけじゃ暑さには勝てない。 開場前だってのに、意識がぼーっとしてるし…… やばいのかもしれない、これって……あーあ、帽子持ってくればよかった…… 「和樹ぃ?」 「…………」 「なあ、和樹ぃ」 「あ、な、なんだ?」 横を見ると、由宇が俺の顔を心配そうに覗き込んでる。 「大丈夫なん?」 「まあ、大丈夫……だな」 簡単に弱音を吐いたら、男がすたるってもんだ。 けど…… ふらぁり…… 「あ、あらら?」 俺の身体がふらついて、由宇のほうに倒れ込みかけた。 「もー、何嘘ついとんねん。無理して入ったかて、会場でぶっ倒れたら、元も子もないんやからな……ほらっ!」 「ひゃっ!」 突然、由宇が保冷バッグに入れてあった冷凍ペットボトル飲料を、俺の首筋にピタッとくっつけた。 「な、なにするんだよ!」 「ちったぁ黙っとき。これ以上血の気上げたら、倒れるだけや」 「でも……」 「いいから!」 「……はぁい」 由宇に言われた通り、俺はしばらく黙ってペットボトルの冷気にあてられることにした。 すると、さっきまでボーッとしてたのが嘘みたいに、少しずつ意識がはっきりしてきた。 「どうや? 調子」 「ああ、だいぶよくなったかな。サンキュ、由宇」 「暑気にあてられると、血の巡りも悪くなるからなぁ。こうやっとくと、血管が引き締まって、血も冷とうなって巡りがようなるんや」 「へえ……」 「首筋だけやない。脇の下や手の甲、腕関節のところとかでも効果あるんやで。せやけど、こういう暑いときは首筋が一番気持ちええしな」 「そういうことなのか。それにしても、よく知ってるよな」 「まあ、ウチも倒れたときに救護室の人らに教えてもろたんやけどな」 そう言って、苦笑する由宇。 「けど、それを知ってるとやっぱりいいと思うぜ。俺、一般だからって甘く見てたからなぁ」 「まあ、人はそれを教訓にしてこみパに慣れていくっちゅうもんや。せやから、和樹もこれを機会にしっかり覚えておくんやで? 一般で来る人らも、こんなに苦労して本を買いに来てるっちゅうことやからな」 確かに、初めてこみパに来たときの一般参加なんて比にならないほど辛い。 そっかぁ……一般の人たちって、こんなに苦労して買いに来るのか。だから、サークルに来て本を手に取ったときに、ああいう笑顔になるわけだな。 ずっとサークル参加だけをしていたら、わからなかったことかもしれない。 本当に、今日は収穫が多いぜ。 「あっ、そろそろ時間やな」 顔を上げた由宇が、先頭のほうを見てそう呟く。 見ると、先頭の人々がぞろぞろと立ち上がり始めていた。 「和樹、荷物まとめて行くで!」 「おうっ」 まわりにある荷物を、バッグの中に入れてまとめる。 下に敷いてあるシートも折り畳んで、ミニスポーツバッグの中へ……今日みたいな人混みが多い日は、リュックだと迷惑がかかるしな。 「さ、和樹」 その声で由宇のほうを見ると、由宇が立って、俺のほうに手を差し伸べている。 「ほんま、大丈夫なんやな?」 由宇なりの好意ってところか。 「ああ、大丈夫だ」 俺は由宇の手を取って、ゆっくり立ち上がった。 すると、由宇はにっこりと笑って…… 「てやっ!」 ぺちっ 「てっ!」 俺の額を、手のひらで軽く叩いた。 「せやったら、ちったあ気合い入へんとな。頭しゃっきりしたほうが、ええ本探せるやろ?」 「ま、まあ確かにそうだけど――」 と、俺が文句を言おうとしたときだった。 『ただいまより、こみっくパーティー・八月を開催いたします!』 女性スタッフが、ずっと待ちわびていた言葉をメガホンで告げた瞬間、まるで地鳴りのような歓声と拍手があたりを包んだ。 会場内での拍手とは、比べものにならないくらい凄いっていうか……それだけ、みんなのパワーが伝わってくる。 もちろん、俺と由宇も一緒に拍手しているけど、やっぱり気持ちいい感じだ。 『これより入場を開始いたしますので、皆様、スタッフの指示に従ってお進みください』 その言葉と同時に、並んでいる人々が前に進み始めた。 「なあなあ、和樹ぃ」 「うん? なんだ」 俺は、前に進みながら由宇に話しかけた。 「ウチ、会場に入ったらコスプレ会場行くさかい。せやから、待ち合わせして行かへん?」 「うん? 別にいいけど……どこで待ち合わせようか」 「せやったら、バボちゃんにしようや」 「ば、バボちゃん?」 バボちゃんって……あの春の高校バレーのマスコットか? 「そや。会場内に、でっかい玉があるやろ? 東と西に一個ずつ」 「あ〜、あれがバボちゃんか」 確かに、会場内には赤の玉と緑の玉が、それぞれ配置されてたっけ。 「そゆことや。一般の間では通り名になってるんやで」 「まあ、確かに見えないことはないな」 「せやから、ここの……そうやな、西側のバボちゃんのほうで待っとってくれへんか」 「ん、いいぞ」 俺が笑ってそう言うと、由宇も「おおきにっ!」とにっこり笑って言ってくれた。 * そこ、走っちゃいけませーん。 そう言いたくなるほど、会場に入った途端に走り出す奴がいっぱいいる。 東へも西へも、いっぱい……しかも、東西で男女に見事に分かれてるっていうのが面白いな。 まったく、そんなに急いだって並ぶのにさぁ。 俺? 俺は……まだ、バボちゃんの前で由宇を待っていた。 そろそろ開場から三十分経つけれど……あいつ、遅いなぁ。 まあ、女の衣装替えは長いっていうし、仕方がないか。 「ふぅ……」 バボちゃんに寄っかかって、俺はまた西ホールの通路のほうへ目をやった。 ふと、コートを着た女の子がぱたぱたとこっちの方に駆けているのが見えた。 はい、そこも走ったらいけませーん。 そう、俺が言おうとした瞬間だった。 だんだん女の子の姿がこっちに近づいてきて…… 「……うん?」 って、うわあぁぁっ!! どすんっ! 「ぐえっ!」 女の子が、俺の胸元へと飛び込んできたのだ。 「うぐっ!」 と、その瞬間女の子が顔を上げて俺のほうを見た。 「うぐぅ〜」 そして、笑顔……だけど、見たことのない姿だ。 赤いカチューシャに、ブラウンのダッフルコート、そして手袋。背中には羽のついたリュックをつけているけど……はて? 「あの……どちらさまですか?」 「うぐ……和樹くん、ボクのことがわからないの?」 「へ?」 「あははっ。ウチや、ウチ!」 「ふぇ!?」 女の子の声に驚いて、俺は思わず叫びそうになった。 その声は……由宇そのものだったからだ。 「ほ、本当に由宇なのか?」 俺は疑わしくなって、その子に聞いてみた。 メガネはしてないし、髪は長めだし……はっきり言って、由宇だとは信じられなかった。 「ほんまやて。和樹、ウチのことがわからへんの?」 「いや……その声は由宇だけどさ。そのカッコ見ると……」 「ああ、これな。ウチが最近やっとるゲームの、ヒロインの女の子や。結構いっぱいおるんやで、この子のコスプレ」 「は、はあ……」 確かに、よく見るとあちこちにいるようだな。 「だけど、メガネはどうしたんだ? それに、髪も変わってるし」 「ああ、メガネはコンタクトに変えたんや。髪はただ下ろしただけやし、結構楽なコスプレなんやで。衣装もわざわざ作らへんでええしな」 「なるほど……けど、大丈夫なのか? そんな厚着して」 「ふっふっふっ……これが、大丈夫なんやなぁ」 「へ?」 確かに、メガネなし由宇は不敵そうな笑みを浮かべて笑っている。辛そうな要素なんて、どこにも見あたらない。 「今は冷房が効いてるけど、ホールに入ったら……」 「和樹、昨日コンビニで買ってもらったモン、覚えてへん?」 「昨日買ったの?」 昨日買ったの、昨日買ったの……うーんと、ジュースに「休足時間」、シーブリーズにパンに…… 「覚えてるけど、一体なんなんだ?」 「実はなぁ、昨日買ってもろた『休足時間』を、背中と腕に貼ってるんや」 「は、は!?」 「これが厚着コスプレにはむっちゃ効くんやぁ、ほとんど汗なんてかかへんしな。それに、袖が開いた服を下に着ておけば、通気もええんやで」 「な、なるほど……」 しかし……見た目がすっごい暑いんですけど。由宇さん。 とりあえず、俺はそのコスプレを見て、自分の体温が一度上昇したような気がした…… それから俺は、由宇と一緒に東のサークルをまわることにした。しかも、長蛇の列になっている壁際サークルじゃなく、いろいろなサークルがひしめていてる島中サークルを重点的に、だ。 確かに壁際サークルっていうのは人気のあるサークルが多い。だけど、そのサークル全部が本当に面白い本を作っているかっていうと、そうじゃない。中には鉛筆落書きだけの本や、薄っぺらいフルカラーで二千円もする本とか、由宇に言わせたら言語道断っていう本が結構多かったりする。 逆に島中サークルのほうが、本当に「作品が好き」「キャラが好き」っていうサークルが多い。まあ、中には作品の流行だけに乗っかって「売れればいいや」と思っているサークルもあるけど、そういうサークルは無視だ。 本を一冊一冊、丁寧に読んでいく由宇の眼差しは真剣で、本を読みながら笑顔になったり、ムッとしたりと、コロコロ表情を変えている。 中には知り合いのサークルで、本のいい所や悪い所をズバズバと言ったりとしたけど、確かに由宇の言う通りのことだったし、相手も真剣になってそれを聞いていた。俺もそうだけど、きっと相手にも参考になったことだろう。 「さて、これからどこ行く?」 由宇がコスプレしてるゲームのジャンルを抜けた後、俺は由宇に尋ねてみた。 俺はスポーツバッグに同人誌を詰め込んで歩いているけど、由宇は羽つきリュックいっぱいに同人誌を詰めてトコトコ歩いている。 似合ってるんだか、不似合いなんだか……第一、トレードマークのメガネがないとなると、同じ格好をしてるほかのコスプレイヤーに紛れこんではぐれそうになりそうで怖いところだ。 「そうやなぁ……あ、ちょっと気になってるところがあるんやけど、行ってもええかな?」 「ああ、いいぞ。一応大体のジャンルはまわったんだしな。どこのジャンルに行くんだ?」 「それは見てからのお楽しみや。さ、行くで」 由宇はそう言って、背中の羽をぱたぱたさせながらまた歩き出した。 ふむ……結構似合ってるもんだな。ぶつかったときに言った「うぐぅ」も合ってたし。 そんな由宇を見ながら、俺は後についていく。 人ごみを抜けると、そこは古風な作りの本とかが置いているジャンルだった。 「ここは……歴史ジャンルか?」 「そうや。ここのジャンルはな、ほんま固定ファンが多いんや。しっかりとした考察をもとに本を作ってるから、読み応えもしっかりしてる。読ませる工夫っていうのを、しっかり心得ているんやろな」 「なるほど……」 「それにな」 と、由宇がまたトテトテと歩いていく。 俺がまたそれについていくと、机の上に手作りの日本人形とか、御輿が置いてあるサークルが見えた。 「おばちゃ〜ん、見に来たでぇ」 「あら、由宇ちゃんいらっしゃい」 見ると、由宇とサークルの人……見た目、だいたい六・七十歳といったところのおばあちゃんが、楽しげに会話していた。 応対に出た人だけじゃない。他のサークルメンバーの人達も、かなりの年齢だろう。 へえ……こういう人たちも、こみパに参加してるんだな。 「和樹、はよこっち来てみぃ」 「あ、ああ」 由宇に呼ばれて、俺もそのサークルのほうに行ってみる。すると、サークルの人達が、みんな笑顔で俺のことを迎えてくれた。 「あら? 由宇ちゃんのサークルの人?」 「そうや。まあ、今日はサークル参加してへんけど」 「そうなの。それじゃあ、今日は買い物?」 「まあ、たまにはええかなぁ思って。あ、おばちゃん、この御輿一個欲しいんやけど」 「はいはい」 そう言って、おばあちゃんは由宇の指差した御輿を手にとって、小箱に入れて渡した。そして、由宇もお金をおばあちゃんに手渡す。 「うち、結構御輿にはうるさいんやけど、作りもほんま本格的やし、綺麗につくってあるし……ほんま、おばちゃんたちにはかなわんわ」 「そう? そう言ってくれると嬉しいわ」 由宇の言葉に、おばあちゃんも本当に嬉しそうに笑った。 確かに、熟練の技っていうか……魂がこもってるよな。それに、人形の表情もちゃんとついてるし。 なるほど、こういう参加の仕方もあるんだな。 「すいません、俺もこれください」 俺は日本人形を一個手にとって、おばあちゃんにそれを見せた。 「ありがとうね」 おばあちゃんはまたにっこり笑って、人形を小箱に入れてくれた。 俺がお金を渡そうと、手を伸ばしたときだった。 「由宇ちゃんの彼?」 「は、はい?」 おばあちゃんの突然の問いに、俺は変な返事をしてしまった。 「ふふふっ、冗談よ」 「は……はぁ」 「あ、うちの彼やで」 「ぶっ!」 嬉しそうに笑う由宇に……俺はとどめを刺された。 「若いっていいわねぇ」 「あ、あはは、あははははは……」 俺はカラ笑いしながら、おばあちゃんに相槌を打とうとしたけど……完敗。 「それじゃおばちゃん。がんばってぇな」 「あ、が、がんばってください」 「ええ。由宇ちゃんたちも、気をつけてね」 俺と由宇は、おばあちゃんに見送られながら、そのスペースを後にした。 「なあ和樹、どうやった?」 「そうだな……なんかびっくりしたよ。ああいう人たちも、こみパの参加者の一人だなんてな」 「せやから、前から言ってるやろ? ほんまにそのジャンルが好きな人たちが、ここには集まってるんや。あのおばちゃんたちの場合は歴史工芸やろな。ああいう風にこだわってるサークルって、歴史系に多いんやで。 それだけやない。海外ドラマとかのテレビ系サークルも、しっかりアメリカやイギリスに行って取材したり、果てには俳優にまでインタビューしたり、ほんまいろいろやってんねん」 「そんなことまでか!?」 「そうや。はっきり言うて、好きなんやろな。その作品が。他にも旅行や料理っちゅうジャンルかてあるし、中には飲料レポートかてあるねんで」 「い、飲料レポート!?」 「そうや。一年間に発売された紅茶やコーヒー、スポーツドリンクにニアウォーターをほとんど全部飲んで、その分類ごとに番付を作っていくっていうサークルやな」 「……はっきり言って、根性だな」 「そこのサークルのHP行ってみぃ。ほとんど毎日、そういう飲み物のレポートが載ってるで」 「はぁ……」 ほんとに、いろいろな世界がまだまだあるんだな……こみパって。 壁際で売ってるだけのサークルだったら、きっとこんなこと知らなかったんだろうな。 「こみパっちゅうのは、いろいろな『好き』が集まってる場や。ただ商売するためだけの場所やない。自分の『好き』を、どう自分なりに上手く表現するかが勝負の場で、売れた冊数はその『好き』が、いかに買うてくれた人たちに伝わったかのバロメータになるんや」 「確かにな。俺たちだって、同人誌が好きで、作品にこだわってやってるんだし……俺たちは、それを伝えたくてやってるんだよな」 「そういうことや。せやから、うちらかてもっとがんばらなあかんねん!」 こういうことを語るとき、由宇の眼差しは真剣になる。それに、言葉にも熱が篭っていて……本当に同人が好きなんだなってわかる。 本当、こういう奴とコンビが組めて、それに恋人になれて……俺って幸せ者だよ。 と、そのときだった。 ぐぅうぅぅううぅ…… 「あ……」 「…………」 今の音は…… 由宇の顔を見ると、まるでタコのように赤くなって、少しうつむいていた。 「あのー……由宇さん?」 「も、もう昼過ぎとったんやなぁ。あ、あはは……」 確かに、時計を見るともう一時半をまわっていた。かれこれ開場から三時間半も駆けずり回っていたことになる。 「ほ、ほな、お昼食べに行こかっ!」 由宇は俺の手を取って、ホールの出口のほうへスタスタと歩きだした。 「へいへい」 俺は苦笑しながら、由宇に引きずられるまま歩くことにした。 ま、由宇のこんなところもいいんだけどね。 * 「おっちゃん〜、ソフトクリーム大盛り二つなぁ〜!」 由宇の威勢のいい声が、レストラン街によく響く。 「はいよ〜」 店の中にいるおじさんは、相槌を打つと後ろのマシンを操作しはじめた。 横を見ると、由宇はわくわくしながらその様子を見ているみたいだった。 ヤクドでバリューセットを食べた後、由宇に「デザートでも食べて行かへん?」って言われて、ついてきてはみたけど……ただのソフトクリーム屋だよな。 「なあ、由宇」 「なに?」 「ここのソフトクリームって、そんなにおいしいのか?」 「もちろんや。あ、それだけやないで。ここのソフトは、一風変わってるんや」 そう言って、含み笑いをする由宇……一体なんだっていうんだ? まあ、おいしいんだったら文句はないけど。 「はいっ、お待ちどうさま」 「ありがとうご……おわっ!!」 店内のおじさんに目を移したとたん、俺はびっくりして後ずさった。 だって……白い柱が2本、おじさんの柱からそびえ立ってるんだから。 「な、なんなんですかこれは!?」 「ああ、だから『大盛りソフトクリーム』2つだよ」 ニコニコおじさんは笑ってるけど……これ、優に一本三十センチはあるぞ…… 「おじちゃん、おおきに〜」 由宇はそう言うと、おじさんに二人分のお金を渡して特大ソフトクリームを手にした。 「ほれ、和樹もはよせんかい。おじちゃんの手が疲れてまうで」 「あ、ああ」 「はいよっ」 由宇に促された俺は、おじさんからソフトクリームを受け取った。 「ぐぁ……」 手にしてみると……バランスが取りづらい。それどころか、さっきから手の震えで、クリームのところがぶるぶる震えてるし。 横を見てみると、由宇はニコニコ笑いながら、おいしそうにソフトクリームを食べてるけど、手慣れてるみたいだなぁ。 「いただきまぁす」 そう言って、一口食べてみる。 ……うん、うまいっ! 「へえ、結構うまいじゃん!」 「うちのおすすめやからな、ここのソフトクリームは」 「ああ、それにしても、この量は……すごいな」 「和樹のこと、びっくりさせたろう思ってなぁ」 由宇はそう言いながら、いたずらっぽく笑った。 それからある程度の量をぱくついて、俺と由宇は食べながら歩くことにした。 「あのソフトクリームの他にもな、この会場の名物に『紅茶アイス』っちゅうのもあるねん。結構ミルクとか入っとって、こみパの帰りにはそれ食ってくゆう参加者もおるんやで」 「紅茶アイスかぁ……他にはどういうのがあるんだ?」 「……それがなぁ、この会場にはレストランが十一あるんやけど、そのほとんどの店が、ほんっっっっっっっっっっっっっま! マズイねん!」 「お、おいっ!」 待て! ここはそのレストラン街だぞ! 「マズイのは本当なんやからしゃあないやん。ここで食べるくらいやったら、目の前にある『東京ファッションタウン』で食べたほうがなんぼもマシや」 「東京ファッションタウンって……あのビルか?」 俺がレストラン街の窓から見える、遊歩道沿いのビルを指さすと、笑顔で大きく頷いた。。 「あそこにはミスドとか天やとか、食べ物屋だけでも二十はあるんや。せやから、ここで食べるよりもずっとマシなんや」 「へえ、そうなのか……」 「ここのはほんまに高うてなぁ、コロッケ丼なんか八百円もすんねん」 「は、八百……」 確かに、それだったらここで食べなくても……けど、以外と近くに、そういうところがあったんだな。 「安うてうまいもんを食べる! これが一番やろ?」 「確かに、な」 「いくらこみパでも、お腹が空いたら戦なんかでけへん。倒れて救護室でマグロなんかなっとったら、せっかく来たこみパが楽しゅうなくなってまう」 「本が買えなくて、本を売れなくて、それでヘロヘロになって帰ったりしたら、こみパに来た意味がないからなぁ」 「そういうこと。せやから、なんでもいいから腹に何か入れとかんと。それが夏のこみパでは大切なことなんや」 「なるほど、ね……」 ソフトクリームの最後のコーンを食べ終えて、俺は頷きながら言った。 「さてっ……腹ごしらえも終わったところで最後の一時間、本探しに行こか!」 「おうっ」 「あ、西のホール行ったら、あとは別行動せえへん? またバボちゃんとこで待ち合わせして」 「それもいいな。んじゃ、なにかいい本があったら、俺の分も買っておいてくれよ」 「わかった。和樹もそれたのむわ」 「ああ」 そして、俺と由宇は西ホールのほうへと歩き出した。 由宇と別行動を取ってから、俺はいろいろなサークルをまわって本を買っていった。 しかし……この量は多すぎだな。スポーツバッグからもはみ出しそうだし……あ、そうだ。 俺はあることを思いついて、外周のほうに行ってみることにした。 時折、通行する人にぶつかりそうになったけど、それでもなんとか目的地にたどり着くことができた。 けど…… 「……あちゃ〜」 そこも、すごい混雑には変わりなかった。 俺が行こうとしたのは、通称「犬」と呼ばれる宅急便のところだったんだけど、やっぱり閉会間際っていうこともあってか、そこはほとんど荷造りしていたり、発送している人でごった返していた。 「はぁ……」 「あら? 和樹さんじゃないですか?」 ため息をついていた俺の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。 「あ、南さん」 後ろを振り向くと、こみパスタッフ時の格好をしてる南さんが、にこにこ笑顔で立っていた。 「こんなところで会えるとは思えませんでしたよ。ここ、人だらけですし」 「ふふふっ、私もです。今回、和樹さんと由宇ちゃんが一般参加するって聞いていたので」 そういえば南さん、俺たちがサークル参加しないって言ったら、残念そうな顔してたっけ。 「まあ、今回は原点の見つめ直しみたいなもんです。一般参加して、もっといい本が作れればと思って」 「そうなんですか。次回以降の本、楽しみにしてますね」 そう言って、南さんはまたにこっと笑ってくれた。 「俺も由宇も、がんばって作りますから」 「その意気ですよ、和樹さん。 そういえば、由宇ちゃんはどうしたんです?」 「あ、由宇はまだいろいろなサークルをまわってるはずです。東のほうでは一緒に買っていたんですけどね」 「由宇ちゃんも和樹さんも、ほんと元気ですね。今日は救護室も大盛況ですよ」 だ、大盛況って、マグロ市場じゃないんだから…… 「あ、あはは……そういえば南さん、今日は西の担当だったんですか?」 「ええ。混雑のほうはそんなになかったんですけど、やっぱりいろいろ大変です。暑さで倒れる人とかがいて……でも、いろいろな人と会えて楽しいですよ」 スタッフの苦労は間近で見ているけど、南さんの言動はあまりそれを感じさせない。 だけど、やっぱり並じゃない苦労をしてるんだろうな……俺たちサークルや一般参加の人間は、この人たちに支えられている。そう思うと、感謝してもしたりないぐらいだ。 「あまり無理しないでくださいね、南さん。体が資本なんですから」 「ふふふっ、善処しておきます。けど、無理してでも来たくなる場所なんですよ、この場所って。 いろいろな人がいて、いろいろな本があって……まるでお祭りをしている場所みたいで、毎回それが楽しみなんです」 確かに、文化祭みたいで楽しい場所なんだよな。だから、参加し続けたいっていうか…… 「だけど最近、ちょっとサークルさんと一般の人の間に、なんだか壁があるみたいで……一般の人たちには『お客さん』っていうスタンスじゃなく、サークルさんや私たちスタッフと一緒『お祭りの参加者』になってほしいです。 買い手と売り手っていう関係だけのこみパなんて、楽しくなくなっちゃいますから」 「そうですね……買って売ってだけじゃなくて、コミュニケーションする場でもありますからね、こみパは」 今まで、俺はそんな読者の人たちに支えられ続けていた。立川さんや、いろいろ手紙を書いてくれる人、そしてこみパ会場で出会った由宇や、南さんに…… それはやっぱり……大志にこの場に連れられて、いろいろな人とコミュニケーションができた結果だろう。 本当に、こみパっていう場所には感謝したいところだ。 「和樹さんも、お祭りみたいにこみパを楽しんでいってくださいね」 「もちろんですっ!」 南さんの笑みに、俺も笑顔で応えた。 「本当、楽しみにしていますから」 こういう風に言われると、やっぱり嬉しい。だから、ちゃんと応えないと……。 「あっ、ちょっと待ってください」 そう言って、南さんはインカムのヘッドホンを軽く押さえた。 「……はい、わかりました。すぐ行きます。 すいません和樹さん。ちょっと本部のほうから呼び出しがあったので……」 「あ、大丈夫ですよ。それより南さん、ラストスパートですから頑張ってくださいね!」 「ふふっ、頑張ります!」 南さんはそう言って、本部方向の人混みの中へと消えていった。 「さて、俺も頑張ってこれを持っていくか……」 結局、人混みに包まれている犬の利用はあきらめることにした。 と、その時……今まで幾度も聞いてきたチャイムが、ホール全体に響き渡った。 『ただいまの時間を持ちまして、《こみっくパーティー》八月を閉会いたします』 その瞬間、ホール中が大きな拍手と歓声で包まれた。サークルの島中や壁際では、万歳や三本締めをしているサークルもある。 俺もそんな中、バッグを腕にかけて拍手の輪に加わっていた。 やっと終わったっていう安堵感が、そしてもう終わったっていう寂しさが、胸の中でこみ上げてくる。 そして、来月からもっと頑張ろうっていう意気も…… * 「すー……」 俺に寄りかかりながら、由宇が小さな寝息をたてている。 地下鉄に乗ってからすぐ、よっぽど疲れていたのか、由宇は眠ってしまった。 今回のこみパの戦果に満足したように、幸せそうな寝顔でバッグを抱えながら。 少し苦しいけど、こんな由宇の寝顔を見れるのはそうないから、まあいいだろう。 それにしても、一般で参加するこみパって、こんなに大変だったなんてな。まあ、それ以上に楽しかったけど……今回、その大変さを味わえてよかった。 由宇が言っていた『和樹もこれを機会にしっかり覚えておくんやで? 一般で来る人らも、こんなに苦労して本を買いに来てるっちゅうことやからな』っていう言葉が身にしみてよくわかったし、なにより、俺もそれでいろいろな本に出会うことができたんだから。 確かに、サークル参加っていうのも大変だ。だけど、一般で参加している人たちもいろいろな準備をして、目当てのサークルを目指して、大変な思いをしながらやってくる。 サークルだけやっていた俺にとっては、新鮮なことだった。なにより、ベテランの由宇にいろいろ教えてもらったことで、ためにもなった。 一般で行きたいっていうのは俺から持ち出したことだったけど、由宇がいたことで、本当にいろいろなことを教えられたと思う。 だから……感謝しなきゃな。こいつには。 俺は寄りかかってる由宇の顔に、頬を寄せるみたいにして顔を寄りかからせた。 そして、そのまま……意識が、薄れていった。 おやすみ、由宇…… 「このドアホっ!」 ばしっ!! 「だ、だからちょっと寝ようとしただけだって!」 「せやからって、なんで埼玉のほうまで寝過ごさなあかんねん!」 そう……今、俺たちは『森林公園』と書かれた駅で立ちつくしていた。 乗換駅なんてとっくに過ぎて、県も越えて…… 「しょうがないだろ!? 疲れていたんだから……」 「せやったら、なんで寝たウチのこと起こしてくれなかったんや!?」 「そ、それは……幸せそうに寝てたしさぁ」 「そっ、そか……」 俺の言葉に、由宇は顔を紅くしてわずかにそらした。 「まあ、さ……ゆっくり帰ろうぜ」 「そ、そやな」 「来月の本のことでも、話しながらさ。 もっと……がんばろうぜ!」 「……うんっ!」 元気な由宇の笑顔が、夕焼けに映える。 もう一度、由宇のこんな笑顔が見れるように……もっとがんばらないとなっ! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 【 あとがき 】 はじめまして、たかとり和樹と申します。 初のこみパSSでしたが、いかがでしたでしょうか? とはいっても、コミケ参加手引きSSみたいな感じになりましたが(^^; 楽しんでいただけると幸いです。 いろいろと資料探しをしていて大変でしたけど……今回、このSSを書いていて、またコミケに一般参加してみたいなぁって思いました。 というわけで、今回はこれまでっ。 それでは、また♪ 《 参考資料 》 ・コミックマーケット50〜57カタログ ・コミケットプレス6号「有明RETURNS」 ・コミケット'20s「コミックマーケット20周年記念資料」 ・Tokyo Walker ・東京ビッグサイト・パンフレット - Angel Blue…… - Kazuki Takatori B.G.M. " [ 風と海との対話 ] from La mer - 3Esqiuisses symphoniques -"http://www.tea-room.ne.jp/~angel-blue/