今日は、特別な日だ。
それは、ここに集った人々から感じられる雰囲気からも分かる。
この場所一帯を包み込む異様な空気。
押し寄せるような大歓声。
俺は、ぺろり、と唇を舐めた。
俺の唇は、乾いていた。
『白球』
1対0。
9回裏、2死満塁。
野球マンガなんかにはありがちな状況だ。
だが俺は、その状況に立っている。
この試合に勝ったほうが、今年度のペナントレースの覇者。
極限状況だ。
そして、相手のチームのバッターボックスには…
雅史が立っていた。
俺は、5球目をミット目掛けて投げ込んだ。
少々、狙ったコースから外れただろうと言う事は、指から離れるボールの感覚で分かった。
これで、フルカウントだ。
もう後が無い。
どうしてかな、俺は雅史とこうやってペナントレースの最終戦で、
優勝を賭けて争う事になったいきさつを思い出していた。
俺は2年の夏から、野球部に入った。
何故始めたか…それは今となっては思い出せない。
ウチの野球部ははっきり言って弱かった。
お遊びでやっているようなものなので、割とあっさり俺はこの部活に溶け込んだ。
2年の夏、甲子園の予選。
そこで俺は、自分でも考えられないような活躍を見せた。
4打席3安打、2本塁打。
我が東鳩高校8年ぶりの初戦突破、19年ぶりのコールド勝ちであった。
その年は、3回戦まで進んだ。
はっきり言うのもなんだが、俺の活躍だ。
俺達を破ったチームは、その年、甲子園で準優勝した。
2年の秋。事件が起きた。
雅史が、サッカー選手の生命線、足をヤってしまったのだ。
医者からは、短時間ならともかく、長時間動きつづけるサッカーなんて絶対にやるな、
と言われたらしい。
失意に沈む雅史を、俺は野球部に誘った。
野球なら、20分も30分も走りつづける事は無いし、
特にキャッチャーなら殆ど動く事は無い、そう考えたからだ。
それに、雅史の冷静な判断力はきっとチームにとってプラスになる。
こうして、後に東鳩の竜虎、とまで呼ばれた俺と雅史のバッテリーが誕生した。
3年の夏。高校野球最後の夏だ。
1回戦から3回戦をコールドで勝ちぬけ。
はっきり言って余裕だ。
1年にも恵まれ、チームの総合力は去年とは比べ物にならないくらいだ。
準々決勝。
去年破れたチームに、8−1でお返しをしてやった。
準決勝。
優勝候補の筆頭、と言われたチームを4−2で苦戦しながらなんとか破った。
決勝の相手は、準決勝の相手よりも、全然楽だった。
7−0。
完封勝ちで、我が東鳩高校は、甲子園進出を決めた。
甲子園では、さらに強い高校が待っていた。
3回戦の鹿児島代表、桜島高。
準決勝の大阪代表、LP学園。
そして決勝の神奈川代表、横浜大附高を破ったとき、俺達の夏は終わった。
俺はドラフトで、4球団から1位指名された。
だが、俺はまだ自分の実力に疑いを持っていた。
俺は、逆指名どうこうじゃなく、大学に進学する事にした。
雅史は、3位で指名された。
「プロで待ってる」
雅史は別れ際、そう言った。
「そうして今、俺はここに居るわけだ……」
思い出に浸り終わった俺は、ふっ、と軽く息を吐いた。
さっき俺は、後が無い、と言った。
それは多分、俺だけだろう。
雅史は、高校時代、ずっと俺の球筋を見ている。
勿論、俺だって高校とは違う。
そんな自信はあった。
だが、雅史はプロで4年ももまれた。
奴はもう、名実ともにリーグNo.1バッターだ。
負ける勝負。
それは勝負とは言わないかな?
俺は、振りかぶった。
同じ打たれるなら、せめてこの1球に悔いを残さない為に。
俺の腕が振り下ろされた。
コースも、球速も。
今の俺の最高のストレートだ。
俺の球が打たれる。
その光景は、ひどくスローに見えた。
絶妙のタイミングで振られる雅史のバット。
それは、1ミリたりとも芯をはずす事は無い。
終わった。
白球が、俺の頭上を越えて行く。
俺はマウンドを降りた。
後ろを見なくても、結果は分かりきっているからだ。
わっ、と歓声があがった。
恐らく、雅史の優勝を決める一発がスタンドインしたからだろう。
そして、ウチのチームのベンチから選手が一斉に飛び出し…
?
バッターボックスには、呆然とへたりこむ雅史。
おかしい、と思い俺は外野を見た。
そこには、外野手のグローブに収められた白球があった。
ビジョンでは、今のシーンのリプレイをやっている。
そこには、必死の形相でフェンスを登り、その頂点から更にジャンプをして
ボールを掴み取る外野手…
矢島、の姿があった。
恒例のビールかけも終わり、日本シリーズもウチのチームの4勝1敗で幕を閉じた。
俺は、新人王にも選ばれ、多額の賞金を手にした。
12月。
あかりにクリスマスプレゼントを買ってやることになった俺は、
二人で歩いているとき、矢島を見かけた。
そして、3人で居酒屋にでも行こう、といった話になった。
「だからぁよぉ〜、礼をさせてくれって言ってんだよぉ〜」
「だからいいんだって藤田。」
「それじゃあ俺の気が収まらねーんだよ」
「だから…」
すっかり酔った俺は、例の最終戦の礼をさせてもらおうとしていた。
いくら何でも何も無し、では俺のプライドが許さないからだ。
対照的に矢島は殆ど酔ってない。
そりゃあそうだ、全然飲んでないんだから。
「矢島君、浩之ちゃんもこう言ってる事だし、好きなこと頼んでいいのよ?」
「おうそうだ!奴隷にでも何でもしやがれぃ!」
「分かった…じゃあ……」
「何だ?遠慮せずに言ってみろって!」
「神岸さんを俺にくれぇぇぇぇ!!!!!!!」
3分後、かつて矢島と呼ばれたリーグきっての名外野手の屍が、人通りの無い路地裏に横たわっていた。
END
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闘魂「日々野様が、矢島いぢめはいい加減にしろ、と言っていた。
貴方は正しい心を持っている…」
影「で?辞めるの?矢島いぢめ。」
闘魂「……もしかしたら、辞めるかもしれん。辞めないにしても、暫くは…」
影「まあ、TH7が詰まってるからってこんな安直なネタを書く奴だからな。
暫く考えてみろってもんだ。」
闘魂「ん〜、この日々野さんのお叱りで、多分矢島いぢめは下火になっていくでしょうねえ。」
影「とりあえず、文句があったなら(いい加減にしろ!とか)、メールか何かで
送ってください。これは消去、もしくはいぢめ部分を無くしたりするので。」
闘魂「ん?影、他のは?」
影「いや、他のは一時期、こういうブームもあったんだなぁ…と思わせる為に…」
闘魂「ブーム…ねぇ…」