コンテストに出よう! −彼女の憂鬱はヤツのせい− 投稿者:ちひろ 投稿日:5月18日(木)00時55分
「はあ…… なんであんなこと約束してしもうたんやろ……」

 部屋の机に突っ伏して、1人の少女が溜息をついていた。
 長い髪の毛を三つ編みに結った髪型、特徴的な神戸弁。
 もちろん、保科智子−いいんちょである。

「でもなぁ 今更引くに引けへんし…… どうしよぉ」



   『コンテストに出よう! −彼女の憂鬱はヤツのせい−』



 ことの起こりは数日前の放課後。
 学校からの帰り道。
 すでにまんざらでもない仲になっていた浩之と商店街を歩いている時のことだった。

「なあ、委員長」
「委員長って言うのはやめてっていうてるやろ」
「ああ、ごめん。 ……その、智子」
「なに?」
「いや、あんなポスターがあるんだけど、い、じゃなくて、智子が出たら面白いかな?
ってさ」

 ショーウィンドウの端の方に貼ってあったポスターには、ミス商店街コンテストの文字。

「ふーん。……で?」
「あ、だ、だから、智子なら入賞間違いなしだと思ってさ」
「あほくさ。なんで私が出なあかんの。ええさらしもんやないか」
「副賞はペアで沖縄4泊5日らしいぜ。モノは試しって言うしさ」
「あのなあ、だからなんで私が出なあかんの。沖縄やったら、バイトしてお金貯めれば
済む話や」
「いや、ほら、うちの学校バイト禁止だし」
「黙認状態やけどな」
「そ、それにさ、バイトするってったって貯まるまでに夏が終わっちまうぜ」

 季節は春から夏に移ろうとしていた。
 確かに浩之の言うとおり、今からバイトしても夏までに軍資金が貯まるとは
思えなかった。

「沖縄でなくたってええやない。それこそ近くの海でも私は満足や」
「そうだけどな。でもさあ……」

 それからしばらくの間、浩之は嫌がるいいんちょをあの手この手で説得した。
 なんのことはない、コンテストの水着審査が目当てだ。
 このコンテストの密かな売りは、水着審査が今時珍しくビキニタイプの水着で
行われること。
 もちろん夏になって、2人で泳ぎに行けばいいんちょの水着姿は見れるのだが、
いいんちょのことだからワンピースタイプの地味目な水着の可能性が高いので、
浩之はこうして粘っているのだ。
 この時点で浩之の煩悩に満ちた頭の中には、自分の彼女のビキニ姿を自分以外の
人間も堪能できる、と言う悔しい状況が全く想定されてなかったのは言うまでもない。
 さすがは下半身でモノを考える男。
 少しは彼女のことも思いやった方がいいぞ。

「な? 2人の思い出作りのためにもこの夏は沖縄だと思うんだよ」
「んー それはそうかもしれないけど、な……」

 2人の思い出作り……いい響きではある。
 が、よくよく考えるとそのために自分の彼女を人前にさらそうってんだから
浩之もいい面の皮だ。
 もっとも、そのくらい厚顔無恥でないと、さっきから嫌がっているいいんちょを
こうまで説得はできなかっただろうが。

「よし、じゃあこういうのはどうだ?」

 浩之が妥協案を出す。

「この間、オレのテストの成績がどうこう言ってただろ?」
「え? ああ、少しは勉強せなあかんよ、って言うたけど」
「じゃあさ、来週の実力テストでオレが1科目でも智子に勝ったらコンテストに出る、
って言うのはどうだ?」
「はあ? なに言うかと思ったら随分虫のいい交換条件やないか」
「もちろん、ただとは言わない。もしオレが1科目も勝てなかったら、その次の休みは
一日智子の言うことを聞くぜ。それでどうだ?」

 いいんちょにとって、それはかなり魅力的な条件だった。
 ここ最近、デートと言っても浩之に引っ張り回されてばかりだし、いくつか行って
みたいところもあった。
 なにより罰ゲームの口実の元に、浩之に思う存分甘えられるのだ。
 彼女の心は揺れていた。
 まかり間違って浩之に負けるようなことがあったら、そんな気はまずしないが、
コンテストで水着にならなければならない。
 商店街のイベントだ、クラスの連中に見られるのは必定。
 間違いなくさらし者だ。
 しかし、冷静に考えてみれば、自分が浩之に1科目たりとも後れをとらない自信もある。
 まず間違いなく分のいい賭だ。
 リスクは大きいが。

「わかった。その賭乗ろうやないか」
「そうこなくっちゃな」
「そしたら確認やけど、今度の実力テストで藤田くんが私に1科目でも勝ったら、私が
コンテストに出る」
「オレが1科目も勝てなかったら、その次の休みは1日智子の言うことを聞く。じゃあ、
決まりだな」
「言うとくけど、負けへんからな」
「あー はいはい」

 話はついた。


 それから数日。
 浩之は寄り道もせずに帰っている。
 授業とかでわからないことがあると、いいんちょのところに聞きに来るようになった。
 聞くところによると家でも結構真面目に勉強しているらしい。
 おそるべし、煩悩パワー。


 実力試験の前日。

「へー それでこんなにがんばってるんだね。浩之はやればできるからね」

 いいんちょが浩之に勉強を教えていると、横を雅史が通りがかった。
 話の行きがかり上、もちろん何を賭けたかは伏せて、例の賭の話をしたらこんな
コメントが返ってきたのだ。

「やればできるって、ほんま?」

 ちょっとびっくり顔のいいんちょ。
 いつもの感じからすると結構意外な一面かも知れない。

「うん、浩之って単に面倒くさがってやらないだけで、本気出すとすごいんだ。
サッカーだってそうだよ」
「雅史、いい加減あきらめろよ。サッカーはもうやらないっていってんだろ」
「もったいないなあ、ちょっと本気出せばすぐにレギュラーなのになあ」
「ま、その話はまた今度な。でさ、ここの式なんだけど…… って、おーい」
「えっ!? あ、ごめんな。ちょっと考え事してたわ」

 幼い頃から浩之を見てきた雅史の一言だけに、言葉に重みがある。
 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、この勝負楽勝と思っていたいいんちょの
心の中に不安が宿った。

 気になってそのことを、それとなくあかりに聞いてみると……

「うん、浩之ちゃんは本気出すとすごいんだよ」

 と即答され、しかもご丁寧に高校入試の時の浩之のラストスパートのすごさを聞か
されてしまい、不安がどんどん膨らんでしまった。
 確かにここ数日の浩之のレベルアップには、いいんちょ自体舌をまいていた。
 考えれば考えるほど、明日の試験が憂うつなものになっていく。
 ”負ける気がしない”と言う当初の自信は、今や”万が一負けたらどうしよう”に
トーンダウンしていた。
 その結果、冒頭の状況になったわけだ。


「まあ、悩んでも仕方ない。やれるだけやっておこか……」

 机から顔を上げると、あまり乗り気でない頭を励ましつつテキストに向かう。
 脳裏を、コンテストの壇上でさらし者になる自分の姿が浮かんでは消えていった。

「人前で水着なんて絶対嫌やー」

 深夜、いいんちょの部屋からそんな絶叫が響いたとか響かなかったとか。


 そして実力試験当日。
 目の下にくまを作った浩之といいんちょが、黙々と問題を解いていた。
 休み時間も特にしゃべることはなく、机に突っ伏したり、問題集開いたり。
 別に意識してしゃべらないわけではなく、浩之はこれまでの疲れと前日の徹夜が
たたって、いいんちょは前夜悪いこと想像ばかりが頭をめぐって寝付かれず、
共に寝不足でそれどころじゃなかったからだ。

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが全科目の終了を告げた。
 試験終了、である。
 チャイムと共にバタッリと机に突っ伏す浩之。
 大きく、深呼吸とも溜息ともつかない息をつくいいんちょ。

「なあ、どうだよ調子は」

 浩之が突っ伏したまま聞く。

「そっちこそどうやった?」

 机に肘をついて、そのうえにあごを乗せたいいんちょがそう返す。

「まあ、まあかなあ……」
「ふーん」
「ま、とりあえず、帰るか」
「うん」

 帰りの坂道。
 のろのろと坂を下りていく。

「で、試験の感触は?」
「まあまあだな」
「ふーん」
「えらくそっけないな」
「まあまあ程度で勝てるほど、甘くないってことや」
「まあ、そりゃあそうだな。ホントのとこ、どれもこれも8割程度ってとこだ。
そっちのミスでもない限り負け確定だな」
「ふーん、なら勝てるかも知れへんで」
「へ?」
「化学でちょっとケアレスミスしてな、普段なら間違いなく取れる問題を落として
しもうたんや。これじゃ学年順位もかなり下がってしまうわ」
「マジか?」
「嘘ついてもしかたないやろ」
「じゃあ、この勝負は返却されないと結果がわかんないってわけか」
「そう言うことや。まあ、それでも負けてないと思うけど」

 坂を下りきって、商店街の方へ。
 例のポスターの前で立ち止まるいいんちょ。

「なあ、藤田くん」
「なんだ?」
「なんでこれに私を出したいと思うたん?」
「いや、副賞に目がくらんで」
「ほんまにそれだけか?」

 鋭いツッコミ。
 女の勘ってのは恐ろしいものです。
 もっとも、今回のはバレバレかもしれないけど。

「おお、それだけだ」

 内心冷や汗もので答える浩之。
 とその時、2人の後ろからどっかで聞いた声が聞こえてきた。

「あれ〜 ヒロに保科さんじゃない。そんなポスターの前でなにやってんのよ?」

 歩くスピーカーでお馴染みの志保だ。

「どんなヤツが応募すんのかと思ってね」

 とりあえず気のなさそうな返事をする浩之。
 ここで今回の一件が志保にばれると面倒だと思ったらしい。

「ああ、これ? うちの学校からも何人か応募するみたいよ。もち、この志保ちゃんも
応募」
「マジでおまえこれに応募すんの?」
「悪い?」
「悪いとは誰も言ってないだろう」

 突っかかってくる志保。
 でもまあ、今回は浩之のリアクションは責められないだろう。
 こんな場末のイベント、まともに行われるとも思えないし。

「長岡さん、なんでこれに出よう思うたん?」
「ミス商店街としての名声もそうなんだけどね。副賞が沖縄旅行でしょ? ちょっと
魅力的かなーって」

 しかし、なんで沖縄くらいでこんなに盛り上がれるのか不思議だが、志保はやる気
満々と言ったところだった。

「でもねー ちょっと不満あるのよねー このイベント」
「不満? 不満って何が不満なん?」
「この手のイベントで水着審査があるのは仕方ないとしてー 問題はその水着」
「水着?」
「そう、なんでか知らないけどさ、セパレートのビキニタイプ限定なんだって。
きっと商店街のおっさんたちの趣味よ。これ」
「へー それは知らんかったわ。なんや、趣味丸だしな指定やな」

 そう言いつつ、いいんちょは浩之の方を向く。
 さっきまで横にいたはずの浩之の姿はそこにはなく、志保の後ろをむこうに向かって
一目散に走ってるところだった。

「でしょぉ。ま、この志保ちゃんのナイスバディなら、ビキニだろうとなんだろうと
問題ないけどねー。ただで見せちゃうのはもったいないかなーって思うけど」

 1人で盛り上がる志保を後目に、無言でいいんちょが駆け出した。

「でね、水着審査の他に歌の審査もあるのよ。歌はもういただきって感じだからぁ。
問題は水着よねえ。どんなのを着てもこの志保ちゃんならOKだけど、より引き立てる
ようなデザインがいいでしょ? だからさっきから……」

 志保、視界からフェードアウト。
 浩之にロックオンされたいいんちょの視線は、逃げる浩之を確実にとらえていた。

「藤田くん、どこ行く気や〜〜」
「わりい、急用思い出した〜〜」
「そんなバレバレないいわけ、見苦しいで〜〜」

 悪いことはできないもんです。
 今日は月に一度の商店街のセールの日。
 当然のようにごった返す商店街の中心部。
 人波に行く手を阻まれた浩之は、アッという間にお縄になったのでした。

「藤田くん。ちょっとこっちにきぃ」

 ズルズルと引きずられるように公園に連れて行かれる浩之。
 さて、どうなってしまうのでしょう?
 って、言うまでもないか。




 夕暮れの公園。
 夕焼けに照らされるベンチ。
 灯り始めた街灯。
 すごくいい雰囲気。
 甘くささやきあう2人のためのシチュエーション。
 そんな絶好の状況で浩之は……
 反省ザルのようにうなだれながら、上目遣いに目の前に立つ少女を見上げていた。
 仁王立ちする少女。
 ま、自業自得ってヤツである。
 同情の余地無し。
 逃げなけりゃまだ情状酌量があったかも知れないのにねえ。

「……で、なんで逃げたん?」
「……」
「なんで逃げなあかんかったの?」
「……」
「黙ってたらわからんやないか」

 いいんちょ切れる寸前。
 でもさすがに「いいんちょのビキニ姿が見たかったからやりました」とは言えないよね。

「あー もうええ。そんなにしゃべりたくないんならしゃべらんでええ。いきなり
逃げ出したかと思えば黙りで、あー もう無茶腹立つわ」
「……志保の言ってたとおりだよ」
「え?」
「志保が言ってただろ? あのコンテストは水着審査がビキニだって」
「そう言えばそんなこと言うてたような……」
「見てみたかったんだよ、智子のビキニ姿」
「なーっ」

 いいんちょが見る間に赤くなっていく。

「普通に海に行っても、恥ずかしいとか似合わないとか言ってああ言うのは着ないだろ?
だから、コンテストみたいなシチュエーションなら見れるかな……と」
「はぁ……」
「でも、こんなこと言ったらきっと嫌がるだろうし、ばれたら怒るだろうと思ったから
……」
「ばれそうになって逃げたんか?」

 うんうん、とうなずく浩之。
 かなり格好悪い。

「……あほ」
「確かに今考えるとすげえあほだったと思う」
「そうやない」
「へ?」
「なら最初から、コンテストがどうこういわんとそう言うてくれれば……」
「言えば、どうなったんだ?」
「あほ、恥ずかしいこと言わさんといて」

 プイとあらぬ方を向くいいんちょ。
 かなり可愛い。


 ちょとした沈黙。
 空が茜色から紫になって、そして暗くなっていく。

「藤田くん、これからちょっとつきあってもらえるか?」
「いいけど、塾は?」
「今日はええから」
「智子がそう言うならオレはいいぜ」
「なら、行こか」

 そう言って商店街のほうへと歩き出す。

「ちょっ、ちょっと待てよ。どこに行くんだ?」
「決まっとるやない」

 そう言っていいんちょが浩之のほうへ振り向いた。
 穏やかなちょっとはにかんだような笑顔で。

「夏に着るビキニの水着を探しに行くんよ」



fin20000512


おまけ。

 そして数日後。

「うそやーーー」
「3点差で化学はオレの勝ちーー!」
「なあなあ、夏に一緒に行く海でビキニ着るんやから、コンテストの話は……」
「んー どうしようかなあ。どうせなら沖縄のほうがいいしなあ」
「そんなー 堪忍やー」

 そんな会話があったとかなかったとか。


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思いつきでこんな話を書いてみました。
委員長の雰囲気が出てればいいなと思います。
時系列的にはいいんちょシナリオの5〜6月くらいに
入ってくるお話になります。
浩之がいいんちょのことを「智子」と呼ぶのには
かなり違和感があるのですが、学校の外で委員長と
呼ばれるのを嫌がるという話ですので、智子と呼び捨てることに
してみました。

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タイトル コンテストに出よう! −彼女の憂鬱はヤツのせい−
コメント 浩之煩悩大爆発?
ジャンル ほのぼの/TH/保科智子