生徒 プロローグ その日、沖縄は快晴だった。 人類史上初のイベントの開催に、相応しい日和と言えた。 藤田明浩は、滑走路にある一機の宇宙機を見つめた。 美しい。明浩はそう思った。 その鶴を思わせる機体は、日本民族の美意識が凝固したものに見えた。 宇宙港の中央管制センターの屋上にある観覧席からは、原色で彩られた様々なもの が見えた。 世界初の宇宙往還機。 合衆国のX‐30関係の計画が、不幸な事故により停滞したおかげで、この分野で の遅れを一気に取り返した日本。 そして、その成果は超伝導カタパルトの始点にある一機の宇宙機が全てを語ってい る。 その光景は、この星が誰のものかは語ってはいないが、あの宇宙が誰のものかを明 確にしていた。 「綺麗な飛行機だ」 明浩は言った。 「本当に綺麗だ」 明浩の言葉に、彼の妻と娘はなにも答えず、ひたすら心配げな眼差しで宇宙機を見 つめていた。それを操るのは彼女等の息子であり、夫であるのだ。 しかたあるまい。明浩は思った。最愛の者が非日常的な行為に挑もうとしていると き、超然としていられる女はいない。 無論、明浩の内心も平常な物ではない。だが、それを押さえつける術を持ち合わせ ていた。 眩しい陽光を手で覆い隠しながら、宇宙機を見つめた後、傍らにいるもう一人の女 性に視線を向けた。 その女性は、明浩にとって、母であり姉であり妹であり友人であり、そして娘でも あった。明浩の幼い日の記憶のまま、変わらぬ姿をしている。 来栖川製メイドロボ、HM‐12<マルチ>、それが彼女の名前だ。 明浩は思った。彼女にこの光景は一体どの様に見えているのだろう。 過去、藤田家の全てを見てきた彼女。そして、この先永遠に、何かを見つづけるだ ろう、その純真な瞳で。そこに、俺はいないだろうが。 宇宙機が、地球から飛び立つ瞬間が迫ってきた。 ふと、沖合いの方向に視線を向けた。 そこには、さまざまな種類の艦船が数え切れないほどいた。日本が、派手な宇宙開 発と、金のかかる大艦隊を同時に持つ余裕があることを世界に知らしめるためだ。 この日のために貸しきられた豪華客船。純白の船体に深いブルーの斜線を描いた優 美な巡視船。明るいグレイの施されたミサイル護衛艦。そして、飛行甲板にヘリと戦 闘機を並べた超大型航空母艦。 航空母艦に目が行った時、過去の記憶の中で最も複雑な物である父親の事が、明浩 の脳裏に浮かんだ。 たった一つの事を成す為に、全てを――家族さえも捨てて、この世界をかき回した 男。 そして、傍らのメイドロボが唯一愛した男。 彼は、この地から程遠い北の大地で、今も眠る続けている。 いや、もしかしたら、今日ばかりは目を覚ましているかもしれない。父だけでない、 弟や――母も…… 頭を軽く振り、内心で荒れ狂うなにかを押さえつけようとする。 だが、思いはとめどなく溢れてきた。