RED SUN RISING 第2章―IRON STORM!― 投稿者: てるぴっつ
IRON STORM!
鋼鉄の嵐!

2025年12月9日 午前6時30分 アメリカ西海岸 ロサンゼルス郊外

 海面を埋め尽くさんばかりの艦艇が、水平線のあたりに広がっていた。
 その様子を双眼鏡を使って眺めているアメリカ人がいた。
「スティーブ、まったく、凄まじい数だな。船が七分、海が三分といったところか」
「ジョー、そのとおりだな」
「ジャップめ、いつの間にコミーの手下に成り下がったんだ。畜生め、自由主義の兄弟だ
と思っていたのに」
 スティーブの見るところ、ジョーはこの世のすべての現象は共産主義者の陰謀である、
と決め付ける類の、いささかアレな人間だった。
 それでも友人付き合いをやめない理由は、それを除けばいたって良い奴だからだ。
「くそ、前から怪しいとは思っていたんだ。奴らの国の郵便ポストの色は赤だ……」
「ジョー、本部に連絡しよう。ジャップに見つからないうちに」
 何やらぶつぶつと危ないことを呟いているジョーを、とりあえずこちらの世界に連れ戻
すために、スティーブは言った。
「ああ、そうだな。無線機が使えたら楽なのに。畜生、ジャップめ。ECMが酷すぎるぞ」
 西海岸一体は、日本人が投入した電子妨害専門艦と、旧式化したF‐4Jファントムを
改造した電子戦闘機――通称<サンダーファントム>により、レーダー並びに無線通信機
器が使用不可能となっていた。
 彼らは背後の茂みに隠しておいたジープに飛び乗ると、第7師団本部へと車を走らした。

同 ロサンゼルス沖合 100km

 横一列に並んだ <七瀬>級強襲揚陸艦から、次々とLCAC(エアクッション型揚陸
艇)が吐き出される。
 飛行甲板上からは、物資と人員を満載した大型輸送ヘリが慌しく離陸していく。彼らは、
ヘリボーン部隊もかねている。そのあいだ、一度で運びきれない物資を載せたトラックが、
次の便を待っている。
 LCACが、海上をすべるように――実際に浮いている――走っていく。
「衝突に注意。間隔を十分に取れ! 上陸地点を確認せよ。海岸線まで20キロ!」
 母艦から通信が入る。
「こちら、E‐88。上陸地点確認。抵抗は無い! 後3キロ」
 揚陸艇から見える海岸線は、黒煙が幾つも上がっていた。
 友軍が敵抵抗線を徹底的に叩いてくれたのだろう。
 砂浜に乗り上げ、そのまま内陸部を目指す。ホバークラフトにしかできない芸当だ。
 乗用車やジープを弾き飛ばしながら、LCACは進んでいく。
 適当な位置で停止すると、浮上用のファンを停止させ、前部のハッチを開く。そこから
1台の戦車と、数十名の陸上自衛隊隊員が飛び出す。
「戦車前進しろ。第一第二班、左右へ。第三第四班戦車へ続け。突撃!」
 矢継ぎ早に、小隊長が命令を下す。
 その戦車――15式主力戦車は、車長席の上部にある小型砲塔に備え付けられたバルカ
ン砲を放った。この小型砲塔は、車長が車外に身をさらさなくても対歩兵戦ができるよう
にと装備されたものだ。無論、限りなく薄く――つまり敵弾が当たりにくいように設計し
てある。
 15式の太い銃身から、対歩兵用の榴弾が放たれる。それは着弾寸前に近接信管が発動
し、周りにいる合衆国軍人を吹き飛ばす。
 遮蔽物を利用しながら歩兵部隊が前進する。
 それに向けて、合衆国陸軍も応戦する。
 当たりに銃声が響き渡り、人々の泣き叫ぶ声や、断末魔の悲鳴が聞こえる。
 そこは、限りなく地獄に近い場所であった。
 建国以来、一度も戦場となったことの無かったアメリカ合衆国の大地に、ついに敵が上
陸した。
 それは、アメリカ人が最も恐れる悪夢的情景であった。
 陸上自衛隊は橋頭堡の拡大を目指し、戦線を拡大していった。
 それを押しとどめようと、合衆国陸軍も懸命に戦ったが、如何せん、不意打ちに近い状
態だったので、各地で押されていた。
 ついに合衆国は、戦力の五月雨式の投入を嫌い、一度後退し戦線を整える方針に切り替
えた。
 だが、その為には多大な犠牲を払わなくてならなかった。
 撤退戦ほど、被害が出る戦は無いのだ。

同 午前8時 第4師団本部

 まだ戦闘の傷跡が生々しく残る市街地に、簡単なテントで作られた指揮所はあった。
 その中で、軍服姿の男たちが慌しく動き回っていた。
 地図の広げられた机を囲んで、師団長をはじめ、彼の幕僚が戦況の確認を行っていた。
(こちら練馬4、本管どうぞ。アメリカ第7師団と交戦中なり。捕虜多数)
 スピーカーから流れた前線からの報告に、一同安堵の表情を浮かべる。今のところ、戦
争のイニシアティブを握っているのはこちらだ。
「さて、君には第二戦車大隊に行ってもらう。まあ、簡単な道案内だと思ってくれたまえ」
 師団長が話し掛けた相手は、どう見ても日本人ではなかった。
 肩の当たりで切りそろえた見事な金髪、そして師団長を見つめる瞳は青色をしていた。
 しかし、彼女は、れっきとした日本国籍を持つ女性であった。
 名を、レミィ・クリストファ・ヘレン・宮内という、陸上自衛隊中尉であった。

 宮内レミィにとって、祖国とは常に二つ存在していた。
 日本とアメリカ合衆国である。
 かつて彼女はそのどちらも誇りに思い、愛していた。
 だが、高校時代に起きた一つの事件が、彼女を変えてしまった。
 高校二年のとき、彼女は日本を離れ、アメリカの高校へと通うこととなった。そんなあ
る日、地元の警察に一つの事件が持ち込まれた。
 合衆国において、あまり珍しくない事件だった、レイプ事件である。
 最大の不幸は、被害者が彼女だったという点であろう。
 地元ではかなりの有力者であった彼女の両親は、娘の将来を考えあらゆる手段を使い、
それが表ざたにならぬよう勤め、そして犯人に徹底的な報復を行い、それを社会的に葬り
去った。
 だが、彼女の精神を癒すことは、できなかった。
 彼女は合衆国を再び離れ、日本へと帰国した。しかし、かつての友人たちと接触しよう
とはしなかった。
 事件以来、彼女はどこか決定的に変わってしまった印象を回りに与えた。時がたつにつ
れて、目映い笑顔が戻り始めが、どこか心に暗い部分を引きずっているという点は無くな
らなかった。
 彼女の精神は均衡を保つために、憎しみと、復讐の対象を求めていた。
 その対象となったのは、やはり合衆国だった。
 それとは対照的に、彼女は以前よりまして日本文化へとのめり込んでいった。
 そして、彼女は、ちょうど拡大期に差し掛かっていて優秀な人材を男女問わずかき集め
ていた陸上自衛隊の士官候補生試験を受け、それに合格した。
 周囲の人間には、日本で銃が大っぴらに撃てる職業だから、と言う理由で受験をしたの
だが、大部分に精神的外傷が影響を及ぼしているのは明らかだった。
 ――私は、今この状況をあの日から待ち焦がれ、そして楽しんでる。
 厳しい訓練で、常に冷静な部分を心にもてるようになった彼女は、今自分の状況をそう
分析した。
 彼女は見事な――実に色気のある敬礼を師団長にすると、師団本部を後にした。

同 午前9時30分 ロサンゼルス郊外

「中隊長」
 木村興司陸上自衛隊中尉は、戦車の上に座り込んで地図を眺めている斎藤貴文少佐に話
し掛けた。
 斎藤少佐はこの第二戦車大隊所属第二中隊長だ。
 外見の通り、攻撃的な指揮をするが、その一方守りを疎かにしないことで知られていた。
「何だ、木村中尉」
 斎藤少佐は地図を手早く折りたたむと、戦車から軽やかに飛び降りた。
「斥候より連絡が入りました。これより我々の前方に敵さんが防衛線を張っているとのこ
とです」
「で、師団本部はなんと言ってきている」
 不精髭の生えたあごを掻きながら、斎藤少佐は言った。
「敵を排除し、前進せよ、です」
 斎藤少佐は、簡単に言ってくれるぜ、と思ったが、それを表情に出そうとはしなかった。
「よし、砲兵科に支援を要請しろ。あと海自と空自との回線はつながってるな?」
「はい、今のところ大丈夫です。一部周波数帯にジャミングがかかっていますが、無視で
きる範囲内です」
「おい、矢島一等兵、いよいよ始まるぞ。準備はいいか」
 戦車の陰で用をたしていた操縦士の矢島一等兵に、凄みのある笑顔で、斎藤少佐は話し
掛けた。
「はい、大丈夫です」
 緊張が滲み出た面立ちで、矢島一等兵は敬礼をした。
 周りでも慌しく出撃の準備を行っていた。束の間の休息は終わりを告げたのだ。
「よし、行こう。戦車前へ!」
 斎藤少佐は無線を通じ、彼の中隊に命令を下した。
 轟音を撒き散らしながら、戦車の群れが前進していく。
 それは見るものに何か圧倒的なものを感じさせる、純粋な暴力と力に満ちていた。
「木村ぁ。ハリウッド見物できなかったな」
 さも残念そうに斎藤少佐は言った。
「中隊長、仕方がありませんよ。それより、午後にはディズニーランド見物ができますっ
て」
「ああ、そうだな」
 郊外に出ると、そこは荒涼とした荒野が続いていた。日が昇るにつれ、気温が上昇して
いく。だが、皮膚をなでる風は、爽やかさに満ちていた。
 彼は、中隊の前進を止めた。
 そろそろ砲兵隊による支援砲撃が始まるはずだった。
 彼は腕時計を見た。
 そのとき、上空から大気を切り裂く音が響いてきた。
 数秒後、前方から黒煙が上がり爆発音が聞こえた。
 ――ついに始まったな、戦争だ。
 上空には弾着観測のために、ヘリが飛んでいるのが見えた。そして、彼らを守るための
護衛戦闘機たちも。
 ――戦場の神、か……。
 彼は砲兵に対するスターリンの言葉を思い出していた。
 ――今、あそこは控えめに言っても地獄の釜の蓋が開いた状態だろうな。
 事実はまさにその通りだった。
 アメリカ兵にとっての唯一の幸福は砲弾の雨が降り続く限り日本兵が突撃してくること
が無いということだけだった。
 そのような事を行う軍隊はソビエト=ロシアぐらいしか存在しない。
 砲撃音がやんだ。
 彼は座席に備え付けられている液晶モニターで中隊に所属している戦車たちの現在位置
を確認した。今のところ落伍者はいない。
 ――早く戦闘を終わらさして、整備をしなくてはな。
 戦車という乗り物は、戦闘をしているより整備をしているときのほうが長い。それほど
デリケートな乗り物なのだ。
 大隊長からの命令が下り他の中隊たちの進撃が始まった。
「行くぞ、突撃。遅れをとるな」
 砂煙を上げながら鋼鉄の軍馬が突撃していく。
「距離1000。敵黒(戦車)! 弾種、徹鋼弾。発射!」
 彼は砲手の木村中尉に矢継ぎ早に命令を下した。
 一瞬送れて、15式主力戦車に備えられた62口径140ミリ滑腔砲が火を吹く。
 初速、毎秒1800メートル近い速度で劣化ウラン鋼芯の徹鋼弾が敵戦車に襲い掛かり、
その敵戦車――M−1A1エイブラムスの前面装甲、1メートルの厚さを誇る複合装甲を
紙切れのように打ち抜いた。
 車内を徹鋼弾が駆け回り、そこにいる人間をミンチに変えた。
 そして砲弾に引火。
 誘爆。
 砲塔が弾き飛び、車体から炎が吹き上がる。
 それを見た斎藤少佐は新たな獲物を捜し求めながら言った。
「いいぞ、木村。敵を見つけしだい放て」
 死と破壊と轟音を撒き散らしながら、日本軍はバーサーカーのように前進していく。
 斎藤少佐の車体に衝撃が走った。
「くっ、何だ?」
「おそらく敵対戦車砲です。先ほどの衝撃はリアクティブ・アーマーが反応したせいです」
 冷静な声色の木村中尉とは対照的な、野獣のような声で斎藤少佐は言った。
「とにかく、雑魚は後続の歩兵部隊に任せる。俺たちは戦果の拡大のために、このまま敵
戦車部隊を追撃する」
「よーそーろ」
 後に「カリフォルニア・ポケット」と呼ばれる日米の機甲部隊による一大決戦が、始ま
った

同 午前10時 カリフォルニア上空

 藤田浩之海上自衛隊中尉は与えられた任務に、少しばかりの不満感を感じていた。
 敵飛行場に対する爆撃任務。
 その任務の有効性事態に何も疑うことは無い。飛行場が使えなくなれば、航空機は飛べ
なくなる。そして、味方は有利になり、結果的に損害は減る。
 だが、彼はファイターパイロットだった。
 心のどこかに敵を倒すのならば、華々しい空中戦で、という誰もが抱くロマンチシズム
を持っていた。
 さらに彼の気分を不愉快にさせるものがあった。
 この任務に使用するための250キロ通常爆弾48発である。
 ウェポン・ベイに入る道理が無いから、翼下に特設した兵装架にぶら下げてある。
 そのため、この機体――<烈風>の自慢の1つであるスーパークルーズ(超音速巡航)
能力が失われるのだ。
 気にくわない、と彼は思った。爆撃なんか俺たちの仕事じゃないぜ、まったく。
(こちら<アリス>。まもなく爆撃進入コースに入ります)
 彼はモニターの表示を広域レーダーモードに切り替えた。<烈風>の機首にあるフィー
ズド・アレイ・レーダーに加えてAWACSとリンクしたデータが表示される。
 敵は……、見当たらない。
 西海岸の航空優勢――制空権はこちらにあるようだ。
「こちら、ベア。マニュアルに切り替える」
 彼は、スティックを傾け、機体を降下させた。
 喪失感――一般的には下りエレベーターが動き出す瞬間の感じといえばわかりやすい―
―を感じ、前を見ると目の前に飛行場があった。
 定められた高度に達した瞬間、自動的に爆弾が放り出される。
 ぱらぱらと48発の爆弾が、飛行場めがけて落下していった。
 機体が一気に軽くなったことにより、浮き上がる。
 彼の仲間たちも合わせて、百トンを超える爆弾が降り注いだ。ひとつの空港に対する爆
撃としては、過剰なまでの破壊活動だった。
 燃料タンクか弾薬庫に命中したのだろう、衝撃波が彼らの機体を揺らした。
(爆撃成功。これより帰還します)
 自動航法システムが空母<蒼龍>に向けて帰還するコースを取る。
 その間、彼の仕事は目視による周囲の監視。そして各種センサーを用いて、不意打ちを
食らうことを避けるだけである。
(こちら、ガディム・リード。友軍が困ったことになったらしい。航空支援だ。これより
中隊は、全速をもって現場に急行する。繰り返す、全速前進だ。ケツに火をつけろ)
「アリス、状況をモニターに出してくれ」
(了解。陸上自衛隊第四師団第二戦車大隊からの航空支援要請です)
 浩之は自機の残弾を確かめた。
 モニターには
  LRAAM(22式長距離迎撃ミサイル)×2
  IRAAM(赤外線探知空対空ミサイル)×4
 と映し出されていた。
 自重が1トンもある22式長距離迎撃ミサイルをつんでいるので、あとは軽いIRAA
Mしか積んでいない。
 彼はアフターバーナーを点火した。
 排煙に燃料が噴射され、そこに無理やり火をつける。
 爆発と共に、エンジンの推力が3割増となり、機体を急速に加速させる。
 その間、燃料はほぼ垂れ流しに近い状態となっている。だが、それに見合うだけの、利
点があった。位置エネルギーを稼ぎながら、同時に運動エネルギーも得られる点である。
つまり、上昇しながら加速ができる、ということだ。
 十分な初速が得られた後、アフターバーナーは切られる。
 彼らはマッハ1,8という巡航速度で戦場へと駆けて行った。
 澄み渡るようなカリフォルニアの青い空というキャンバスに、幾本かの白線が描かれて
いた。

同 午前10時10分 ロサンジェルス郊外

 狩は続いていた。
 日本自衛隊によるものではない。
 合衆国空軍によるものだった。
 エアカバーの一時的な喪失の隙を突いて、合衆国空軍は温存していた航空隊を、集中投
入した。
 それは旧式機までかき集めた徹底したものだった。これと呼応して、陸軍も果敢な反攻
を行った。
 魔女の釜のスープは煮詰まりつつあった。
「木村ぁ。ちょっとばっかしヤバくなってきたぞ」
「そのようですね」
「くそ! 俺の中隊も二台食われた」
 彼はIVIS(車両間情報交換システム)と、POS/NAV(自己位置航法システム)
のデータが表示された車長用ディスプレイをのぞきこんで言った。
「仕方ありませんよ、中隊長。敵は例の新型、<スーパー・エイブラムス>とか言う、1
40ミリ砲を積んだ奴だったのですから」
「それはわかっている。しかし、絶対に敵は取ってやるぞ」
「それよりも、中隊長。隣の大隊が航空攻撃を受けているそうですよ。こっちにも来るん
じゃあないですかね」
「大隊長がすでに、航空支援要請を出してるよ」
 そのとき、彼の車体にいつもと違った衝撃が走った。
「何事だ」
「中隊長、爆弾ですよ、爆弾。味方の対空砲はどうなってるんですか」
 木村中尉の声に少しあせりが滲み出していた。
 斎藤少佐は、車長席のハッチを空けると、そこから身を乗り出し私物の双眼鏡をのぞい
た。やはり状況を把握するには肉眼に勝る物は無い。
「おいおい、アメ公め。博物館の遺物を持ち出してきやがった。ありゃあ、<サンダーボ
ルト>じゃねえか」
 A‐10<サンダーボルトU>――この機体の特徴はなんと言っても「30ミリガトリ
ンク砲」の一言に尽きるだろう。この化け物のような「大砲」は湾岸戦争で十分な戦果を
発揮したという。
 何しろ本体だけで、小型のワゴン車を上回る大きさがあり、射撃時の反動も桁違いだ。
空中で機体が一瞬ストップするとか、ジェットエンジンが止まるとか、各部のビスやナッ
トが緩んでしまうとか言う伝説が残っている。
 しかし、その威力は絶大で、戦車の最も装甲の薄い砲塔上部や、エンジンルームあたり
を簡単に撃ちぬいてしまう。
 現代版、戦車キラーIL−2<シュトゥルモビク>やHs129<空飛ぶ缶切>といえ
る機体だろう。
 その中の一機が、斎藤少佐の戦車に向かってきた。
 ――こいつは、絶体絶命ってやつだな。
 斎藤少佐はそのとき死を覚悟した。
 敵機の射線は確実に自分の戦車と重なっていた。
「矢島、回避だ、回避」
「了解」
 その時だった。
 それまで自分たちを狙っていた敵機が急激な回避運動を行ったかと思うと、爆発と共に、
空中で四散したのだった。
 助かった、と斎藤少佐は思った。あの状況では、俺たちは確実に戦死していただろう。
「おい、友軍だ。戦闘機が来たぞ」
 喜びを込めて、斎藤少佐は言った。
「もう少し早く来てくれたら良かったんですけどね。友軍の戦車が、かなり食われました」
「まあ、そう文句を言うな、木村。少なくともあいつらは、俺たちの命を救ってくれた」
 少し不満感がにじみ出た口調の木村中尉とは対照的な口調だった。
 斎藤少佐は、SINCGARS(単チャンネル地上・空中無線システム)を使い、先ほ
ど自分たちの命を救ってくれたパイロットに話し掛けた。

 少しばかり時間を戻す。
 第二戦車大隊から航空支援の要請が出されたとき、一番現場に近かったのが、藤田中尉
の所属する飛行中隊であった。
 戦場に必ず存在する齟齬で一時的なエアカバーの喪失が起きた。
 偶然にも、その時合衆国空軍の全面反攻が始まった。
 やはり、最悪の状況とは最悪のタイミングを選んで発生するという経験則は、その魔力
を失っていなかったのだ。
(こちら、ガディム・リード。作戦を指示する。まず敵AWACSをしとめる。その後、
中隊全機で22式を放つ。目標は、F‐22だ。ベアの小隊は、別行動をとれ。攻撃機を
叩くんだ。忘れるな、俺たちの仕事は敵を引っ掻き回して時間を稼ぐだけだ。無理はする
な。無駄死にするだけだ)
 中隊長の命令した迎撃パターンが、<アリス>によってくみ上げられる。
 まず、AWACSのE‐3を打ち落とし、敵の目と耳を奪う。そして一番厄介なF‐2
2<スーパースター>に残りの22式を撃ちこみ、これを撃破。中隊本体が護衛戦闘機を
引き付けている間に、浩之たちの小隊が攻撃機を排除する。
 12機の烈風から次々と巨大なミサイル――22式長距離迎撃ミサイルが放たれた。
 それらは一つの意思を持つかのように、敵に対する進路を取った。
 敵はすでにこちらを補足している。正確な位置はわからないだろうが、「敵が存在する」
ということは判明しているはずだ。
 22式は搭載されたセンサーによって、目標の差異を認識、識別し、進路を変えた。
 24発のうち、21発が命中した。
 3発は最終的な誘導段階で、誘導装置が作動しなかったのだ。
 多くのパイロットたちは、何が起きたかも認識する間も無くこの世から去った。
 少数のパイロットは、自分目掛けて突進してくる物体を見ることができたであろう。し
かし、それについて何かを考えようとした瞬間には、機体にその物体が突き刺さっていた。
 先頭は、近接戦闘に移った。
 中隊長の指揮通り、日本軍は混乱の拡大に努めた。
 終結しつつある友軍の到着を待ちながら。
(ミサイル、ミサイル! ガディム・ツー、急降下で振り切れ)
(糞、アメ公め。殺してやる)
(燃料がもう無い)
(増援は、まだか)
(よし、当たった)
(畜生、後ろにつかれたぞ)
(こちら第5航空戦隊。到着したぞ)
(こちらガディムリード。深追いするな。もうそろそろ燃料がヤバくなってきた。これよ
り帰還する)
 中隊長は、列機に帰還命令を送った。それを受け取った列機は、彼の元に集合し始める。
(おい、ベアはどうした?)
(小隊長は……)

同時刻 日本 藤田家

 夢を見ていた。
 彼女の最も輝けるときの夢を。
 夢の中で浩之は、自分のことだけを見つめていた。そして彼女も浩之だけを見ていた。
 嬉しかった事や楽しかった事、悲しかった事や、つらかった事が、次々と浮かんでは消
えていった。
 幼いころの記憶が蘇ったとき、彼女は目を覚ました。
 藤田あかりはベッドから起き上がると、上着を着てリビングに下りた。
 まだ日は昇っていない。深夜と呼ぶべき時刻だった。静寂が空間を支配する中、時計の
針が時間を刻む音だけが、微かに響いていた。
 台所に入り、あかりはお湯割を作ることにした。
 彼女は心の中で荒れ狂う何かを静めるために、アルコールを欲していた。
 食卓の自分の定位置に座りながら、ゆっくりとグラスを傾ける。
 ――そう言えば、お酒を飲めば気分が落ち着くって教えてくれたのも、浩之ちゃんだっ
たね。
 彼女は高校生のときから伸ばし始めた髪を撫でながら、浩之との会話を思い出していた。
 おまえ、ますます義母さんに似てきたな。うん、そうかな。ああ、小さいころの記憶に
そっくりだぜ。浩之ちゃんだって、義父さんに似てきたよ。げ、親父にかよ〜。そんな事
言わないの。
 何かしら、この胸騒ぎは。
 もう空になったグラスをもてあそびながら、彼女は思った。
 不安感と焦燥感がない交ぜになったような、そんな落ち着かない気分だった。
 今夜は眠れないかもしれない、と彼女は思った。
 ――寂しいよぅ、浩之ちゃん。
 彼女の予感は、的中した。


続く

後書き

てるぴっつ(以下てと略す) ようやく終わったぜ。
浩之(以下浩と略す) なんじゃい、あの終わり方は!
て これはこれは、同志藤田浩之帝国海上自衛隊少佐ではないか。
浩 って、二階級突進してる!? どう言うことだ、同志政治将校。
て さあ、悪逆非道な資本主義者の陰謀ではないかな。(にやりと笑う)
 おい、いつの間に日の丸は残りの部分も赤くなったんだ?
浩 貴様、覚えておけ。弾は前から飛んでくるとは限らないのだぞ。
て そうだな、少なくともミサイルはケツに刺さる(笑)。
浩 ほざけ、貴様の家に22式を撃ちこんでやる。
て それは困る。うちは間借りだからな。
 ふざけるのはそれくらいにして、とっとと解説に移れ。
て 実を言うとだな、この話は書く予定は無かったのだよ。
浩 どう言うことだ?
て 本当は3部構成にして、痕・雫の主人公を持ってくる予定だったんだよ。
浩 じゃあ、なぜ書いた。
て まあ、気まぐれ。でも苦労したんだぞ。「新・戦争のテクノロジー」を読んだり、「新
  世紀日米対戦」を読みなおしたり。
浩 ああ、これか。(傍らの本を見る)定価6800円……、何だこの値段は?
て 資本主義者の陰謀だな。図書館にあって助かったよ。
浩 ネタばらしと補足に移ろうか。
て リーフ図書館の掲示板に同時に上げている一章の改訂版の1906年に竣工した戦艦
  というのは<ドレッドノート>のことです。これが努級の元になりました。
  登場人物はモデルがいます。斎藤・木村は僕の友人から取らしていただきました。他
  は、仮想戦記作家さんたちです。
浩 この話の最初に出てくる二人組は例の「天国製」(同音異義語の日本語訳)か?
て その通り。あのゲームをだな、主人公を「耕一」ヒロインを「初音」にしてプレイし
  たんだが、結構楽しかったぞ(笑)。
浩 おまえ、あとで消されるぞ。(ジト目)
て (もう遅かったりして)うぎゃ〜〜(断末魔の叫び)。
浩 あ、耕一さん。お久しぶりですね。そんなもの早く捨ててしまいましょう。

後日談
て すまなかった。
浩 げ! 生きてやがったか。
て LFTCG、スターター2BOX買ったのに、君が出なかったのだよ。
浩 は、ざまがいいわ。
て 頼むから出てくれ。出ないと破産してしまう。


第3章 この悪しき世界
をお楽しみに。

http://www.aax.mtci.ne.jp/~tirpitz