RED SUN RISING 投稿者: てるぴっつ
第1章 One More Pearl Herbor

2025年12月7日 午前6時 (以下全て現地時間) ハワイ ヒッカム島 

 その日、アメリカ合衆国空軍大尉マクドガル・アンダーソンは、いつものように太平洋
空軍(PACAF)司令部に向かって歩いていた。
 常夏の島とはいえ、さすがにこの時期の早朝は肌寒い。
 飛行場が視界に入ると、少しばかり旧式化した感の有るB‐2がエプロンで数機翼を並
べているのが目に入った。
 そのときである。彼の耳に聞きなれないジェットエンジンの撒き散らす轟音が耳に響い
たのは。
 そして甲高い金属音が聞こえた後、次々と閃光と轟音、衝撃が襲い掛かってきた。
 周りを見渡すと、黒煙が舞い上がっているのが見て取れた。
 彼の周りにも次々と爆弾の雨が降ってきた。
 衝撃波が襲い掛かり、彼は地面に叩きつけられた。
 体のあちこちが悲鳴を上げ、額から赤い液体が流れ落ち、地面にしみを作る。
 彼が空を見上げると、先ほどからこの地に死と破壊を撒き散らしているもの達の正体が
判明した。
 それは美しさと凶悪さを兼ね備えた鋼鉄の猛禽類達であった。
 そして、それらの機体に、あるものを見つけたとき、彼の中に強烈な怒りが湧き出した。
 レッド・ミートボール――日の丸を見ながら彼は怒りに満ちた口調でこう言った。
「くそ! ジャップめ!」
 視界が霞だし、彼の意識は急速に薄れていった。
 歴史に二度目となる、かの有名な電文が84年のときを経て打電された。
”パールハーバー奇襲さる。これは演習にあらず。繰り返す、これは演習にあらず(ディ
ス イズ ノット ア ドリル)”

同 午後3時

「中村、あれは何だ!」
 半ば、奇襲に近い形でハワイへの上陸に成功した陸上自衛隊は、さほどの犠牲を払わず
に占領に成功した。
 どこか戦場には不似合いなのどかさの有る風光明媚なこの地で占領軍司令官を務める佐
藤大輔准将は、ジープの隣の座席に座っている中村少佐に、湾内に浮かべるようにして建
造されている建築物を指差して言った。
「ああ、あれはですね、あの有名なパールハーバーメモリアルです」
 それを聞いた佐藤准将は、その凶悪な――口に咥えた葉巻とサングラス、そして頬に走
った傷痕で余計にそうなった面相を歪めて言い放った。
「目障りだ! 爆破しろ。そうだな、戦勝記念碑がいい」
 中村少佐は、やれやれ、といった表情を一瞬だけ浮かべ、すぐに顔面の筋肉を引き締め
た。
「飛行場と港湾施設の復旧は!」
 言葉を極端に惜しむこの尊大で偉大な司令官は、日の丸に「憂國」と書かれた扇子で顔
を扇ぎながら言った。
「おおむね、2ないし3日です」
「もっと急がせろ。原住民がいるだろ、原住民が。日系もサーファーもアメ公だぞ。強制
徴用だ」
 そう言うと佐藤准将は、悪魔的な笑みを浮かべながら、豪快に笑った。
 ――全く、無茶を言わないでくださいよ。やっぱりこれは懲罰人事だったのかな……。
 中村少佐は佐藤准将の副官に任命された己の不運を内心で嘆きつつ、職務を遂行してい
た。

2025年12月8日 (午前6時) 東京永田町

 今日、一番の臨時ニュースを、早朝にもかかわらず国民の大多数は興奮と少しばかりの
不安感を持って眺めていた。
「……臨時ニュースを申し上げます。防衛庁発表。本日未明中部太平洋において帝国自衛
隊は米国と交戦状態に入レリ。ハワイを占領しました……」
 そして画面は切り替わり、戦闘機から写されたと思われる爆撃シーンや、ハワイ現地の
現状などが流れた。
 それらを報道するレポーターはその大半が興奮覚めやらぬ、と言った様子だった。
 統合幕僚議長中滝亮大将は手に持ったリモコンでテレビの電源を切ると、一つ小さくた
め息をついて、豪華なソファーから立ち上がった。
 ――現場が懐かしい。まったく、こんなに先行きが気になるとはな。結果を待つだけと
いうのは、非常に精神衛生上よくないぞ。うん。
 彼は事が始まるまでは、非常に優柔不断な面があるのだった。
 だが、彼の心配をよそに、彼と彼の部下達が組み上げた罠は確実に作動していた。
 一般的なサラリーマンの給料ではとても手が出ないような値段の絨毯が敷き詰められた
廊下を歩いていくと、前方に幕僚の一人が敬礼をしてこちらを見ている。
 彼はその幕僚に敬礼を返した。
「首相と閣僚がお待ちです。統幕議長」
「ウム」
 その部屋――彼にとっての戦場に入ると、拍手を持って迎え入れられた。
 部屋の面々に敬礼をする。その表情は普段の彼の表情とは一線を画したものだった。
 彼の側に首相が歩み寄り、握手を交わす。
「やったな、中滝君。アメリカの核の報復は」
「大丈夫です。もうやるしかありません」
 彼の声は自信にあふれていた。

同時刻 帝国海上自衛体主力 攻撃型原子力空母 旗艦 <赤城>

 その空母は、あまりに巨大なものだった。
 何しろ、超大型航空母艦を3隻横に並べて飛行甲板でつなぎ合わせた外見。そう言えば
どのような怪物か、容易く想像できるだろう。
 全長は優に360mを超え、全幅にいたっては180mを超えるのだ。
 三胴化による利点とは、搭載機数の増加と、防御力――特に魚雷に対する水中防御の増
加が挙げられる。
 数1000mの距離をおいて、彼女の姉妹たちが、波涛を砕き、驀進している。
 その飛行甲板上には、無数の航空機が翼を並べ、出撃を今や遅しと待ち構えている。
 <赤城>の艦橋――イージスシステムを組み込んだその外見は、素人目にはあまり力強
さを感じさせない――のトップで第1航空艦隊指令長官長瀬源次郎中将は姉妹艦や、護衛
艦達を首からぶら下げた双眼鏡で眺めていた。
「そう言えば、第7艦隊の旗艦は<ミッドウェー>らしいな」
 双眼鏡を下げると彼は隣にいる艦長に話し掛けた。
「ああ、情報によればそのようですな」
「しかし、何でまたあの国は最新鋭空母の名前をあれにするかな」
「縁起が良いからでしょう。あの国にとってはミッドウェーという名前はエンタープライ
ズに並ぶものですから」
「おお、そう言えば、あの懐かしのエンタープライズもいる様だな」
「そうですね」
「つまり、我々は全帝国海軍の仇を取るチャンスを与えられたわけだ」
 艦長はこちらを見て微笑んでいる長官の顔を見て思った。
 ――そう言えばこの人の祖父は<ミッドウェイ>で<赤城>と共に亡くなったのだった
な。そして、それを行ったのは<エンタープライズ>の艦載機だ。
「長官、早期警戒機より報告! アメリカ西海岸上に多数の機影あり、集結中です」
 艦長が何か言おうとしたとき、通信参謀の言葉がそれをさえぎった。
「いよいよだな。各航空母艦に伝達! 第二段階を開始する。作戦仕官にゴーサインだ」

同時刻 攻撃型原子力空母 <蒼龍>

“戦闘機搭乗員に告ぐ! 作戦指揮室に集合!”
 その放送を士官室で仲間と共に聞いていた藤田浩之大尉は、助かった、と思った。
 なぜなら、そのとき仲間内の話題が今まで何人の女と床を共にしたか、と言う少々下世
話な話題になっていたからだった。
 周りを見渡すと、先ほどまで下世話な艶話をしていた連中の表情が変わっていることに
気がついた。
 その表情は緊張感と、少しばかりの不安感にあふれていた。薄ら笑いを浮かべている奴
もいるが、目は笑っていない。
 無理も無い、皆実戦は初めてなのだ。
 ハワイでは皆上手くいったが、まだあの戦闘は序の口だと思っている。
 ――俺も、生きて帰れるかどうかわからないな。
 確実にこの中の何人かは生きて明日の日を拝むことはできないだろう。

 作戦指揮所に入り、適当な位置の椅子に座ると、作戦士官の説明が始まった。
「傾注! そのまま聞け。ハワイ戦は序盤戦だ」
 その仕官は、皆を見渡した。
「いよいよ第二段階に入った。我々の仕事は、西海岸全域の制空権の確保、敵空母機動部
隊の撃滅だ」
 そして、少し表情を緩めると、
「敵さんに、ルールが変わったことを教えてやれ」
 と言った。
 作戦指揮所に、何やら興奮の入り混じったざわめきが走った。
「艦隊指令の訓令がある」
 士官が一歩横に移動をすると、前の壁に埋め込まれている大型の液晶画面に、艦隊指令
の顔が映った。
 浩之にとっては何かと縁のある独特の風貌をしている。
「皇国の興廃この一戦にあり。各員奮闘努力せよ」
 どこかとぼけた感じの長官は、そう言った。
 そのとき、旗艦<赤城>のマストに、Z旗が揚げられた。

2025年12月7日 午後3時 アメリカ ワシントンD,C

「計画通りだな。日本人は全ての問題を解決したわけだ」
 大統領は、両手をあわせ鼻の高さに掲げ、含み笑いをしながら言った。
「損害は?」
「ハワイにいたのは旧式化した老朽機だけです。しかし、中部太平洋とハワイを失ったの
は大きな痛手ですよ。大統領」
「リメンバーパールハーバーの再来だよ。歴史は繰り返す。これでこっちは核のカードが
使える。誰も反対はせんよ」
 人差し指を左右に振りながら、大統領は楽しげに言った。
「戦後処理としては日本資産の没収で十分に黒字です。GNPが逆転すれば次期大統領選
にも有利です」
 彼らには、アメリカの勝利はすでに既定路線だった。
「大統領、ハワイ沖で潜水艦が消えました」
「下で報道陣を待たせています」
「待たせておけ。どうせ対日宣戦布告文章のサインと演説だよ。それよりもNORADが
先だよ」
 そう言うと大統領は電話の受話器を手に取った。
 大統領がコロラドにあるNORAD(北アメリカ防空指令部)にホットラインを繋ぐと、
受話器の先にいる人物の口調はかなり焦っていた。
「大統領、NORAD司令官ウエスト・モーランドです。残念ながら、アメリカは目と耳
を失いました。NORADは完全に機能停止です。早期警戒システムの全部と87台のコ
ンピューター、7台のセンサーシステム、その他電子機器は全滅です」
「そいつは……、偵察衛星も通信衛星もか。悪い冗談にしか聞こえんぞ、将軍。原因は何
だ、原因は! 何、コンピューターウイルスとEMP兵器だって。反撃はできないのか」
 大統領の口調にも焦りの色が含まれ始めた。
「ハッ、大統領。そうとしか考えられません。エンジニアが分析中ですが全部のコンピュ
ーターが同時に機能停止しました。戦略ミサイル保有国も今のところ同様です。ICBM
(大陸間弾道弾)は使えません。衛星軌道上からレーダーステーションが攻撃を受けてい
ます。日本のビーム兵器です」
「ガッデム!」
 大統領は荒々しく受話器をたたきつけると、呪いの言葉を発した。
 これこそが、日本のしかけた最も重要な罠であった。
 核兵器を封じ込める。
 これを実現するためにあらゆる手を日本は使った。
 もし、一つでもあの独特のキノコ雲が日本の地に立ったとき、この戦争は負けになるだ
ろう。

2025年12月8日 午前6時 東部太平洋

 外界に比べれば、驚くほど静かなコックピットの中で、藤田浩之大尉はその瞬間を待っ
ていた。
 スロットルはミリタリー推力の位置にあり、この機体――<烈風>に備えられた推力1
トンを越えるターボジェットエンジン2基からは、凄まじいばかりの轟音と高熱が吐き出
されている。
 だがその轟音は浩之の耳には届かない。
 なぜなら、ジェットエンジンの構造上、排気と爆音は機体よりも後ろに吐き出されるか
らだ。
 これがレシプロ機ならば、ピストンエンジン自体が出す振動と轟音はコックピットに直
撃していたのだが。
 手際のよい甲板士官らの誘導で、カタパルトに運ばれ、カタパルト要員が機体と荷台を
固定する。
 浩之はカタパルト幹部に準備完了の合図と敬礼を送った。
 そして、カタパルト幹部は親指を立てた右腕を体全体を使いながら振り下ろす。
 カタパルト作動。
 戦闘重量30トンを超える烈風を軽々と放り出す電磁式カタパルト。
 このカタパルトは、超伝導技術の分野で最高水準の技術力を持つ日本と、そして大量の
電力を供給することが可能な反応動力――原子力の2つによって支えられていた。
 <蒼龍>自体が30ノット以上の速力で風上に向かって進んでいる。それに加えてカタ
パルトが2秒あまりで作り出した時速270キロと言う速度が、機体を失速から守ってい
る。
 艦隊の上空に達したとき、浩之が下を見渡すと、海面を埋め尽くさんばかりの艦艇が遊
弋しているのが見えた。

(こちらガディム・リード。編隊を組め。システムチェック)
 編隊長からの通信が入った。
「アリス、システムチェックだ。アリス、応答せよ」
 浩之は烈風に備えられた来栖川製軍用ボイスセンサー応答型統合戦術情報通信システム
に話し掛けた。
(全システム異常無し。おはようございます、ベア)
 スピーカーからは、耳当たりの良い女性の音声が流れた。
「作戦コマンドの入力は?」
(問題ありません)
「そうか、了解」
(ベア。奥さんとマルチさんにメールをちゃんと送りましたか?)
「ああ、っておい、何でそんなこと知ってるんだ?」
(簡単なことです。衛星を通じてあなたのパーソナルデータにアクセス、そして軍用メー
ルボックスの監視プログラムから少し情報を分けてもらっただけです)
「おいおい、そこまでやって良いのか?」
(大丈夫です。あと、この会話は記録には残りませんし、第三者に傍聴されてもいません。
ご心配なく)
 ――まったく……。
 藤田中尉は頭を抱えたくなった。
(前方監視レーダーに識別不明機多数。IFF(敵味方識別装置)により識別確認。戦闘
機動!)
 コックピットの前面に備え付けられている液晶パネルに現在の状況が映し出された。
 レーダーを見ると、かなり前方に雲霞のごとく敵機が涌き出ているのがわかった。
(こちらガディム・リード。コンピューター優先にする。スティックから手を離せ。チェ
ックせよ!)
(こちらアリス。チェック終了。目標識別確認。長距離迎撃ミサイル有効射程距離まで2
0秒)
 浩之の機体だけでなく、彼の所属する編隊の全ての機体に備えられているコンピュータ
ーとAWACS(早期警戒空中指揮管制機)からのデータがリンクを開始、その結果を元
に最も効率の良い迎撃パターンが決定される。
 簡単に言うなら、みんなで仲良く会議を行っているのだ。あなたはあの敵を、それじゃ
あ私はこの機体を、と言ったことが超高速で行われている。
 この来栖川製軍用ボイスセンサー応答型統合戦術情報通信システム――通称<アリス>
は、戦闘機パイロットの仕事を軽減することを主な目的として装備されている。煩わしい
操作が自動的に行われ、近接戦闘に入るまでの手間を軽減するのだ。
 そして、HM―12<マルチ>が備えた高度な感情システム。HM―13<セリオ>が
備えたデータリンクシステム。その成果をベースに開発が行われた完全な自己判断戦術補
助システム。これが状況に合わせて、最も最適な戦術行動を指示してくれる。
 このシステムは、飛躍的にパイロットの生存率を高める、と言われている。
 未だ同様のものをアメリカ合衆国は開発に成功していない。
 なぜなら、かの国は――宗教上の理由から――人工人格及び感情システムを搭載したロ
ボットの研究・開発・製造を完全に禁止しているからだ。
 一時期、いわゆるメイドロボ――汎用人型家事補助ロボットの分野で、感情を持ったロ
ボットの研究・開発で独走状態にあった日本に対し、この法律を国際条約として押し付け
ようとした動きもあった。
 ――確かあれは俺が大学受験の最中だったな。
 締結されたならば、「マサチューセッツ条約」と呼ばれることになったであろうこの条
約は、結局流産となった。
 なぜなら、この条約を締結する最大の目的である日本が、この条約を蹴ったからだ。
 ――あの時は、普段頼りなげに見えた首相の顔が英雄か何かに見えたからな。
 付け加えるなら、このときの首相は、80年代後半に始まった「NOと言える日本」と
言う政治姿勢を頑なに守っていた。
 感情を持ったメイドロボの販売――これが決定されるまで色々な駆け引きがかの企業内
であった――で、一気に市場を独占しようと考えていた来栖川グループからの圧力があっ
たとも伝えられる。
 余談ながら、感情を持ったメイドロボは爆発的人気を誇った。
 第1期製造バージョンでは生憎と――感情否定派の巻き返しにより――感情システムを
搭載していなかったHM―12だが、いざオプションで感情システムが配布されると、H
M―13にも同じものをと言う声が上がった。
 そして現在、<マルチ>と<セリオ>の双方の長所を併せ持ったHM―15<ティーナ
>はメイドロボの分野で、1906年に竣工した戦艦のような存在となっている。

 機体に何か引っかかるような抵抗感が感じられた。機体の腹の部分にあるウェポン・ベ
イのハッチが開いたのだ。
 その中から、巨大なミサイルが顔を出した。
(レーダー・ロックオン。慣性誘導でミサイル発射!)
 次の瞬間、次々と白煙を引きながらミサイルが前方へと加速していく。
(目標到達まで2分10秒。命中率95%。中距離ミサイル領域に入りました。速度・高
度・方位共に維持します)
 戦闘がすでに始まっているのに、それに関与する事ができない。そのことが多くのパイ
ロットの焦燥感をあおっていた。
(目標到達まで1分20秒)
「パイロットは、飾りだな……」
 浩之は、呟いた。
 <アリス>のようなシステムに危機感を覚える軍人は少なくない。このままでは機械が
戦場を支配するのではないか、人間の出番が無くなるのでは、と言ったものである。
 浩之は、それらの事をある種の楽観を持って眺めていた。
 彼はロボットに対する偏見をまったく持たないタイプの珍しい人間だった。
 メイドロボの開発にかかわる業界で、彼は事情通にとって有名人だった。彼が「あの」
マルチの……、と言えばそれで通じるぐらいである。
 それが元で、彼の事を特殊な性癖の持ち主ではないかと邪推する人間もいるが、彼が美
しい妻を娶り、愛らしい2児をもうけた事から、否定された。まあ、それはそれで妬みの
視線の元になるのだが。
 多くの軍人の心配事――ロボットのみの戦場と言う悪夢的情景――は、杞憂で終わるだ
ろう。
 なぜなら、ロボットと言うのは、あくまでも補助的なものであるからだ。
 昔、ある軍人が言った「戦争が複雑化して、その内誰もが面倒くさくなって、誰も戦争
なんかしなくなる」と言う言葉がある。その面倒くさい部分を、全て肩代わりするために、
ロボットがあるのだ。
 加えて、近代戦と言うのは、常備軍による戦争である。兵器が進化し、複雑化したこと
によって、戦争が始まってから徴兵していたのでは、一般人を軍人――高度な技術者集団
――に変える時間を考えると、肝心なときに役に立たないのである。
 たとえば、第2次世界大戦において、航空機のパイロットの育成は――民間パイロット
が多数存在していた欧米において――容易いものだった。
 だが、現在は違う。扱う航空機が、非常に高価で、複雑な物になったため、一人のパイ
ロットを育てるのに、非常な努力と金銭、時間がかかるようになったのだ。
 さらに「技術の進化が、戦争の速度を加速」させたことによって、各国が最初に持って
いた手持ちの兵力は、すぐに消耗してしまう。つまり、皮肉なことに大日本帝国海軍が目
指していた、「開戦劈頭の一大決戦」に大勝利し講和を勝ち取る、は、当時ではなく現代
で成り立つのだ。
 軍事活動の約9割に達する後方支援業務を、全てロボットに押し付け、浮いた人材を正
面戦力に回す。そうすれば、人口が絶対的に仮想敵国より少ない日本でも、実質的な戦力
を増やすことができる。
 さらに都合の良いことに、平時においてロボットを「リストラ」しても誰も文句は言わ
ない。
 それが自衛隊の考えだった。

 <アリス>が計算した通り、ちょうど1分20秒後、次々と22式長距離迎撃ミサイル
が、敵編隊に襲いかかった。
 その攻撃は、完璧な奇襲となった。
 ミサイル警告が、作動しなかったのだ。
 その理由は……。
 22式は、いったん最高速度まで加速すると、ロケットモーターを停止、惰性で飛行、
パッシブ・センサーと搭載されたAIにより目標の頭を押さえるように進路を取る。
 さらに、ミサイル自体のステルス性に加え、表面冷却装置によって空気との摩擦熱も消
す。これにより、まったく見えないミサイルと化すのだ。
 最高速度のマッハ四で突っ込んできた22式は内蔵されたコンピューターが作動しなか
ったものを除いて、ほとんどが命中した。
 米軍は仲間が次々と打ち落とされ、パニックに陥った。
 そして、約45秒後に、それは拡大した。

(命中!命中!)
「よし」
(目標識別確認。レーダーロックオン。中距離迎撃ミサイル順次発射!)
「全部あたれよ」
 浩之の機体から22式より一回り小さいミサイルが2発発射された。
(目標到達まで42秒。命中率87%)
 中距離迎撃ミサイルの命中率は<アリス>が予測したよりも、低かった。
 やはり、第二波目ともなると奇襲とは行かないからだ。
 だが今の所、戦闘はほぼ一方的な展開を見せていた。
(こちら<アリス>。まもなく接近戦です。ドッグファイト領域まで後25秒)
「見えないぞ」
(ドッグファイト領域まで後15秒)
「くそ……、見えた! こちらベア。マニュアル操作に切り替える」

2025年12月8日 午前10時 ワシントンD,C

「何か対策は無いのか。制空戦闘が始まっている。西海岸は最前線だ。ビーム兵器を破壊
できないのか。ICBMもミサイルも使えないのか」
 大統領は額に汗を浮かべながら、受話器に向かって早口に言った。
「ハッ、大統領。いま予備部品のモジュールと入れ替えてますが……、どのモジュールも
50%は日本製集積回路を使用しています。これは80年代からです」
「なぜ日本製品に頼るんだ。コストの違いか」
 大統領は、戦略兵器の重要個所に自国製ではなく日本製の部品が使われていることに、
不快感と疑問を感じていた。
「専門的な話ですが、集積回路の基盤シリコンウェハーの純度が高いのです。その為に誤
作動などの不良発生率が国産の10分の一以下です。いまシリコンバレーのメーカーに代
替品を作らせていますが、どんなに急いでも必要最低限の数しか手に入りません」
「戦略ミサイルを優先しろ。明日にも日本軍がカリフォルニアに上陸してくるぞ。奴らを
止めるには核しかない。わが国の運命がかかっている」
 大統領の表情には、明らかな焦りが滲み出していた。

2025年12月9日 午後1時 日本 藤田家

 昨日から自分の母親の様子がおかしいことを藤田明浩は、それがどういう理由からかは
わからなかったが、感じていた。
 その疑問を彼は目の前で自分の世話をしてくれている人物に聞いてみることにした。
「ねぇ、マルチおねーちゃん。ママもおねーちゃんも元気無いけど、どーしたの」
「そんなこと無いですよぉ。おねーちゃんもママも元気ですよ。さっ、もう寝ましょうね」
 マルチは長男をあやしながら、その感の鋭さに少しばかり驚いていた。
 ようやく寝付いた二人の子供を見ながら、先ほどから自分の心の大部分を占めている事
に、思いを馳せることにした。
 藤田あかりにとって、マルチは妹のような存在だった。大学生だったころ、彼女の最も
愛する人が、マルチを購入した時――2度目の出会いとなった時から数々の事を教え、教
えられてきた。
 自分の夫が、マルチの事をどの様に思っているか、彼女は知っている。そのことで、た
まにやりきれなく思うときもある。しかし、彼女は夫が自分のことを愛してくれているこ
とも知っているのだ。
 自分の心の中に、暗く沈んだ部分があることを、彼女は自覚している。尋常ならざる精
神状態に陥りかけるときもある。
 そのことを認めた上で、浩之ちゃんが私のことを愛してくれてるんだから、これで良い、
と彼女は思っていた。
 藤田あかりは、強い女性であった。
 ようやくマルチが子どもを寝かしつけたのだろう、階段を降りてくる足音をテレビを見
ながらあかりは聞いていた。
「あかりさん、子供たちぐっすりと寝てます」
「うん、ご苦労様。私も仕事、全部終わったから」
 浩之の両親も入れて7人の家族である藤田家の家事を、二人は分担して行っていた。
「それじゃあ、充電してきますね」
「うん。それじゃあ、お休み」
「……あかりさん、浩之さん、大丈夫でしょうか」
 マルチが振り向いて言ったことは、あかりにとっても一番の心配事だった。
「大丈夫だよ、きっと。浩之ちゃんからのメールにも書いてあったでしょう。俺は絶対生
きて帰るって」
 あかりはできる限り力を込めて言った。自分を元気付けるためにも。
「そうですね。浩之さんなら絶対帰ってきますよね」
「うん、絶対、ね。そうだ、浩之ちゃん戦争はクリスマスまでに終わるって言ってたでし
ょ。だから、お正月にはみんなで温泉旅行にでも行きましょ。それぐらいしてもらわない
とね」
 あかりはマルチに微笑みかけた。
「温泉ですかぁ。楽しみですぅ」
 マルチは子供のようにはしゃいでいた。

 アフターバーナーをふかすと、ドンという爆発音とともに、急速に機体が加速し、自分
の体がシートに押し付けられるのを感じた。
 浩之はいま一機の敵機を追いかけている。
 どうやら相当に腕のたつパイロットが操っているらしく、素晴らしい機動を見せ、なか
なかロックオンができなかった。
「<アリス>バックアップしてくれ」
 浩之は、<アリス>の力を借りることにした。
(さっきからやってますが、スティックの圧力センサーが異常値です。手の力を緩めてく
ださい)
 焦りから手に異常な力がかかっていたらしい。浩之は少し気を落ち着かせ、手の力を緩
めた。
(もっと左に回りこんで。そうすればロックオンできます)
 浩之は言われた通りに、思い切り左にスティックを傾けた。
 先ほどからしつこく逃げ回っていた敵機を、ついに捉えることに成功した。
 モニター上の敵機に円が重なり、ロックオンの成功である電子音が聞こえた。
 浩之はためらわずにトリガーを引いた。
 赤外線誘導ミサイルの弾頭部にある赤外線シーカーは、確実に敵機を捕らえていた。
 敵機はチャフとフレアを放出した。
 前者は無意味な行動だった。赤外線誘導にレーダー波をかく乱させるチャフなど意味が
無い。後者には惑わされかけたが、中赤外域の熱線を「点」ではなく「面」で捉えること
により、ダミーと本物を見分けることのできるフォーカス・プレイン・アレイタイプのこ
のミサイルは、確実に敵機を補足していた。
 数秒後、敵機にミサイルが食いついた。
 敵機は黒煙を吹きながら、重力に従い落ちていった。
「やったぞ<アリス>!」
(警告! 後方11時に敵機! S字スピリットで回避機動)
 それと同時に機体が自動的に緊急回避を行った。
 今度は浩之が追いかけられる番だった。
(浅く左にダイブして反転して。ロックオンできます)
 浩之は必死になってスティックを操った。
 こんな所では死ねない。
 脳裏に、彼の愛する妻と、子供たちと、マルチの顔が浮かんだ。
(ロックオンしました)
 いつのまにか、負う者と追われる者の立場が逆転していた。
 浩之はトリガーを引いた。
 そして、彼のスコアにまた一つ撃墜マークが付け加わった。
 浩之はようやく周りを見渡す余裕ができた。
 戦いは日本軍の優勢で終わったらしい、周りは日の丸をつけた航空機だらけだった。
(こちらガディム・リード。作戦終了。帰投する)
 彼の戦争は、とりあえずの所、終わりを告げた。

同 午前11時 超伝導推進攻型撃潜水艦 <くろしお>

「艦長! 水上艦のスクリュー音多数! 電位レベル、重力偏差レベル、磁気偏差レベル
共に大艦隊です。南東へ移動中」
 ソナー員の報告を聞いて艦長の林譲治大佐は副長の志摩少佐に話し掛けた。
「敵さんの第7艦隊か、第3だ。サブロック改を発射。爆発に僚艦が気づくだろう」
「こちら発令所。サブロック改発射用意。プログラム入力次第発射せよ」
「青木にしても三木原にしてもこの攻撃を待ちわびているはずだ」
 魚雷発射管からサブロック改が発射されるときの音が艦内に響いた。
「長距離ですので、命中まで四分弱」
「深度500! 急速潜航! 探知されてるぞ」
 林大佐は叫ぶように言った。
「艦長、四時方向海底より高速スクリュー音。魚雷です。急速に接近中。敵潜は見えませ
ん」
「大丈夫だ、振り切れる。サーマルモードと海水密度で海底をサーチしろ」
 林大佐は額に一筋の汗を浮かべながら、矢継早に命令を下した。
「いました。岩棚に張り付いています。原潜です」
「データをリンクしろ。ホーミング魚雷発射用意」
「遠方に衝撃波。サブロック改、命中です」
 志摩副長が冷静な声で報告した。
「増速!」
「艦長、前方に敵潜。9時方向より高速スクリュー音。囲まれました」
「全員何かにつかまれ。戦闘機動全速前進!」
 そして、スクリューとはまったく異なった音と共に<くろしお>は信じられないような
速度で加速を始めた。
 その音は米原潜のソナー員にとって、聞いたことも無いような音だった。
「何だ、この音は。魚雷を振り切った!?」
「信じられん……、70ノット以上だ」
 敵は彼らの常識を上回っていた。
「よし、かわした! 取り舵一杯。ホーミング魚雷1番から6番まで発射!」
「艦長! 全魚雷命中。船殻のつぶれるノイズ確認。全周クリーン」
 ソナー員の歓声が聞こえた。
「こいつなら宙返りもできるぞ」
 林大佐は自分の乗っている艦の性能に半ばあきれながら、それでもどこか可笑しさを堪
えきれず、志摩副長に話し掛けた。
「勘弁してください。年をとりすぎています」

同 午前2時 ワシントンD,C

「大統領サンディエゴの海軍飛行場が爆撃されました。西海岸では制空権を失いつつあり
ます」
 大統領は、国防長官の言葉に頭を抱えていた。
「大統領、第7艦隊が核機雷及び核魚雷の使用を求めています」
「使えるものは何でも使え。勝てるなら化学砲弾も細菌兵器も許可するぞ」
「……第7艦隊との通信が途絶しました。大統領……」
 その言葉に皆悲痛な顔をして黙りこくった。
 これで日本と西海岸を妨げるものは何も無くなった。
 明日にでも西海岸に日本人が上陸することになるだろう。
 アメリカにとっての悪夢の始まりだった。

続く


後書き

最初に諸注意
これはいわゆる火葬戦記です。
細かい所に突っ込まないように。

 いきなりなに書いてんねん、俺。
 こんなもの本当に掲載しても良いのだろうか……。
 何でこんなものを書いたかと言うと、なるるるさんの「光芒」を読んであの世界の日本
に少しばかり腹が立ったからです。
 あの世界では、マルチのような心を持ったロボットは、条約により製造できません。
 なら、条約を蹴ることのできる強い「日本」が出てくる世界を書こう。そう思い至った
のです。
 元ネタは、漫画「日米決戦2025」と三木原慧一著「新・第日本帝国の興亡」です。

 そう言えば、以前MAさんが衛星からの弾着観測がどうのこうのと書いていましたが、
「鋼鉄のリバイアサン」でしたっけ? が元ネタなのでしょう。
 結論から言うと、「技術的には可能だが、現実的には不可能」です。
 なぜかって? 金がかかりすぎる。わざわざ弾着観測のためだけに衛星を打ち上げるの
はばかげている。そんなことに金をかけるなら、完全な自己誘導のできるミサイルを大量
に配備すればすむことです。
 詳しいことは、佐藤大輔著「レッドサン・ブラッククロス 外伝」の45ページから書
かれております。
 ただ、「新・大日本帝国の興亡」に書かれているように、たまたま上空に着弾観測のでき
る精度を持った衛星がいるのなら、話は別でしょう。
 文字通り「使えるものは何でも使え」ですから。





石投げないでね……

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