障子を開け放ち、仏壇の前に座り込む。 静かに流れる夜気を肺に吸い込みながら夜空を伺う。 流れる雲が夜空の白い痕をそっと埋める様を眺めながら今日のことを思いそれへと話しかける。 「なぁ、兄貴は何処で飲んでたんだろうな?」 その気もないのだが、何故か口調は愚痴のようになる。 今日のことを思い出すと、何故か首の辺りがこそばゆくなる。 其処に手を当て、ほぐすように首を動かす。 「俺はあっさりみつかってたよ」 「今日帰ってきたらあの子達に初めて酒をすすめられたよ。 いつもあの子達の前では、ビールくらいしか飲まないようにしていたんだ。 なのに、あの子達はこの酒を持ってきたんだ……」 傍らの酒瓶をそっとなでる。中の液体は軽く波打ち、雲の合間から幽かに漏れる光を乱す。 「多分……兄貴は秘密にしてたんだろうなぁ」 この家に来て、最初に見つけた兄貴の秘密。 押入の奥の奥にひっそりと隠してたモノを見つけてから、俺もゆっくりそれをやるようになった。 まじない以前の問題だとわかってはいたんだけどな。 なんとなく飲み続けてた……。 「だけどな、これは効くような気がするんだ」 ゆっくりと酒瓶を持ち上げ、栓をあける。 しかし、ふと自分が杯を持ってきていないことに気がついた。 辺りを見回すが、当然台所以外にそんな気の利いた物が置いてあるはずもない。 が、仏壇に水を張った器があるのを見つけ…… 「……ま、水なんてしみったれた物よりはこっちの方が良いよな」 我ながら勝手な言いぐさだとは思うが、器を手に取り、庭へと水を捨て、代わりに酒をとくとくと注ぎ込む。 そっと器に口を付けるが、離してしげしげと眺める。 「何せあの子達が振る舞ってくれた酒だからな。 なぁ、兄貴。 もし兄貴が隠し通せたんだとしたら、残念なコトしたかもしれないな? もしかしたら、逝かなくてもすんだかもしれないのにな? 一人であるのではなく……」 そこから先は言いよどむ。 自分にはその先を人に言い聞かせる権利を持っていないことに思い至った。 秘密を抱えながらも死の間際まで家族と一緒にあった者、 家族を危険にさらしたくないからと逃げ出した者、 どちらが最善か……昨日までなら、あるいは自分の方が正しいと言えたかもしれない。 しかし、今は…… その心の中の迷いをうつすかのように杯が揺れる、波が起こる。置いてきた家族の顔が映る…… 最後に映ったのは笑み、己自身を哀れみながらも嘲笑う笑み。 飽きるまでそれを見続け、静かに杯を干す。 そして、また注ぎ、今度は一気に飲み干す。 もう家族の顔を映すことのない空の杯を眺めた後、兄夫婦の位牌の前に杯を返し酒瓶を傾ける。 飲むほどに 酔うほどに 体の中の鬼を追い出す 銘酒「鬼ごろし」がゆっくりと杯に満たされていく。