櫻の下に・・・ 投稿者:東西
 ――櫻の下には何が立つ?

「楓ちゃん、あの櫻………何時から生えてるのかな?」

 俺は、柏木耕一、大学の春休みを利用して柏木家に遊びに来ている。

「あの櫻は、古くから植えられているモノです、何時からかは、私も知りません。

 ………お気づきになりませんでしたか?」

 楓ちゃんが少しおかしそうに頬をゆるめる。

 ポリポリ……

 気恥ずかしさに俺は頬を掻く。

 縁側から見える櫻………あそこに木が生えているのは知っていた。

 しかし、いま目の前にある美しい姿を見たことはなかった。

 白い……いや、薄紅色の花を付けた満開の姿を…………

「でも、私も初めてです………こんなにいっぱい咲いているのを見るのは………」

 楓ちゃんが見とれる……俺も見とれる、が楓ちゃんとは別の物……楓ちゃん自身にだ。

「お〜い、ご飯だぞぉ〜」

 梓の威勢のいい声が聞こえる。

「行きましょうか? 梓姉さんが怒り出さないうちに」

「蹴られるのはごめんだからね」

 俺は肩を竦める…

 楓ちゃんは笑っている、よく笑顔を見せてくれるようになった……

 それが何よりも嬉しい………



「………しや、次郎衛門………恨め………」

 声………俺は、夜中に目が覚める。

「誰だ? 俺を呼ぶのは………」

 俺……次郎衛門が目を覚ます……耕一の意識は眠ったまま……

(夢幻の世界か? 何故俺が外に出れる………)

「許されると思っているか? 次郎衛門………」

 先よりもはっきりした声………無機質な声………

 俺は立ち上がって障子を開ける……

 庭を見渡す……櫻が………薄紅色だった櫻が紅に染まっている……

 ちらちらと散る花びらの中、一人の男が立っている………


 ――櫻の下には何が立つ?

 ――櫻の下には、人が立つ………


「何者だ………」

 多少……それでも気の弱いモノなら、後込みするほどの気迫を込め、問い掛ける。

「わからぬか? お前の欲の犠牲になったモノが?」

 その男は、こちらの気迫に負けず、底冷えのする瞳でにらみ返してくる………

(この俺が怯える?)

 動けなくなったのは、男の瞳に射すくめられた俺の方………

「………我の………いや、我らの想い……受け取るが良い………」

 ………男の身体が変化する……

 この世のモノでは無かろう男が変化する………俺のもう一つの姿……鬼へと………


 ――櫻の下には何が立つ?

 ――櫻の下には、鬼が立つ……非業に遂げた鬼が立つ………


「我らが知らぬと思うてか? 我らが、お前とエディフェルの道具だったと言うことを………」

 鬼が涙を流す………赤い涙を………

「思い知れ………我らが背負わされた、業の重さを…………」

 鬼が凶悪な爪を振りかぶりながら近付いてくる………

 俺は動けない………

 怯えではない………今更ながらに感じる罪悪感………

 エディフェルと添い遂げたいが為に残した子孫……男子の業は、我が一子でわかっていたこと……

 それでも、口伝で残した……血を絶やさぬ事を………

 俺は……………

 目を瞑る……鬼の手が俺を散らす瞬間を待つために………


 ………………


「何故邪魔をする!?」

 今までと違う、怒気をはらんだ声に俺は目を開ける。

 頭を刈られる、寸前で鬼の手は止まっている……同じ……しかし別の主持つ鬼の手に………

「悪いな……こいつは一応俺の息子だからな………」

 聞き覚えのある声………柏木賢治………耕一の……俺の父親……

「そして………俺の娘達にとっての大事な人間だ………」

 もう一人………柏木姉妹の父親………

 後ろから聞こえてくる声達は、とても穏やかに俺の耳に届く………

「お前達は、我らと同じように鬼が! 元凶である次郎衛門が憎くないのか!?」

 鬼が、激高して吠える………

「言っただろう? 俺達の子供達なんだよ………」

 深く澄んだ………躊躇のない声………

 目の前の鬼の手を掴んでいるのとは別の鬼の手が、目の前の鬼を霧散させる。


  ザァッ


 櫻が………満開だった櫻が散っていく…………

 振り向けない………

 耕一と共に再び成長してきた俺が……詫びたいと思う人達が後ろにいるのに振り向けない。

「次郎衛門……いや、耕一………どちらでもいいか………楓を、皆をよろしくな」

「どちらでもいいとは失礼だな、兄貴………俺の息子は耕一だ。

 耕一、楓ちゃんだけでなく、皆を幸せにしてやれよ……」

 双方とも、多少、気迫を込めた声………優しい声………

 俺の迷いを断ち切ってくれる声………


「………一さ……耕一さん………」

 揺さぶられる………

 うっすらと、目を開ける、とてもまぶしい光が射し込む………

「朝です、耕一さん………」

 逆行の中………なのに微笑みがわかる………

「おはよう、楓ちゃん」

 俺も微笑みながら、挨拶をする。

「朝御飯の用意が出来ました………それから………」

 楓ちゃんが口ごもる。

「どうしたの?」

 のびをして、身体を伸ばしながら尋ねる。

「櫻が散ってしまったんです………」

 そう言う楓ちゃんの表情は、残念そうだ………

 ………櫻が散った? アレだけの花が?………

 昨日の………夢じゃなかったのか………?

「耕一さん?」

 我に返ると、楓ちゃんの顔が間近に見える。

「あ、何でもないんだ!」

 年甲斐もなく、自分の顔が真っ赤になるのがわかる………

「そうですか、あんまりゆっくりしてると、梓姉さんが来ますよ?」

 クスリと笑う。

「そうだね、じゃ、ちょっと部屋から出てもらえるかな? 着替えないと」

「! あ、ごめんなさい!」

 顔を真っ赤にして部屋から出ていく、

「楓ちゃん!」

 楓ちゃんの障子を閉める手が止まる………

「………幸せにするからね……」

 微笑みながら………唐突にそう言う………

 言葉にすることで、その通りになるとは想わない……

 でも…………

「はい……」

 微笑みながら答えてくれた。

 タッタッタ………廊下を少し小走り気味に行く足音が聞こえる。

 親父達に言われるまでもない……楓ちゃんも、みんなも俺が幸せにしてみせる!

 耕一として………幸せにしてみせる………

 そうすれば、次郎衛門も、エディフェルも、親父達も………

 業を背負わせてしまった人達に対する、罪滅ぼしになるはずだから………

 そう信じるから…………

 言葉は………誰かに聞こえるようにする、約束………

 自分に対する……確認………


 ――櫻の下には何が立つ?

 ――櫻の下には、人が立つ………思いを導く人が立つ…………


             了

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 また書きました………
 しかも、稚拙な……………(涙)
 今度は、もっと頑張ります…………
 そうそう、柏木家に桜があるかどうかの突っ込みは勘弁(笑)