拳鬼Z 投稿者:たろすけ 投稿日:9月3日(日)11時17分
 それは、ある日の放課後。
 俺と葵ちゃんはいつものように、神社の境内でエクストリームの大会に向けて練習をしていた。
「えいっ! やあっ! たあっ!」
 パンッ! パシィッ! スパンッ!
 辺りにサンドバックを打つ快音が鳴り響く。
「よ〜し、葵ちゃん、ここらで休憩にしよっか」
「あ、はいっ!」
 俺は葵ちゃんと木陰に腰を下ろした。
「葵ちゃん、動きに無駄が無くなってきたよね。俺が素人目で見ても良く分かるよ」
「え!? あ、ありがとうございます! でも、私なんか綾香さんとかに比べたらまだまだ…」
「そんなこと無いって! 葵ちゃんは充分強い! ただ、もうちょっと自分の力に自信を持たなきゃな。そうすれば
もっと強くなるよ」
「はあ…」
「ま、綾香ほど自信過剰になられても困るけどな」
「あ〜っ! 綾香さんをそんな風に言うなんてひどいです!」
「でも、そう言ってる葵ちゃんだって顔が笑ってるじゃないか」
「え!? だって………クス」
「「クスクス………アハハハハッ!」」
 辺りには、俺達二人の笑い声がこだましていた。
「さ〜て、一汗かいたから水分補給しなきゃな。はい、これ」
 と、俺は葵ちゃんにスポーツドリンクを手渡した。
「あ、ありがとうございます! …ん…んぐっ…ぷはぁ! ふ〜っ! 生き返りましたぁ!」
「あ、俺にもちょうだい」
「え!? あ…」
 と、俺は葵ちゃんの飲んでいたスポーツドリンクの残りを飲み干した。
「ぷはぁ! あ〜こっちも生き返ったよ! …葵ちゃんどうしたの?」
 ふと見ると、葵ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいて、何かモジモジとしていた。
「え…いや…その…」
「あれ…実はまだ飲み足りなかった?」
「いえ…そうじゃなくて…」
「?」
「その………ス…」
「え?」
「………間接………キス………」
「あ…」
 俺は特にそんなこと気にも止めてなかったけど、葵ちゃんはメチャクチャ意識してしまっていたらしい。
「………」
 ますます真っ赤になってうつむく葵ちゃん。
 …や…やべ…そんな顔されたら…。
「あ…あのさ葵ちゃん…」
「…はい?」
「その…間接じゃないの…してもいいかな…?」
「…え?」
「だめ…かな…?」
「…あ…その…先輩となら…いい…です…」


 …その瞬間、辺りからざわめきが消えた。


 お互いの顔が次第に近付く。


 相手の息づかいがわかる距離。


 葵ちゃんはそっと目を閉じる。


 鼓動が高鳴る。


 二人の唇がそっと触


「ちょっと待ったあああぁぁぁーーーっ!!!」
 すさまじい怒号とともに神社の中から何かが飛び出してきた!
「なっ!? なんだぁっ!?」
「さ、坂下さん!?」
 そこには、もの凄い闘気を見にまとった坂下好恵(彼氏なし)が立っていた。
「『彼氏なし』は余計だぁぁ!!」
 うおっ! 心を読まれた!?
「ふんっ! それはそうと葵! せっかく私がちゃんと練習してるかどうか見に来てやったってのに…あんたなに男
となんかいちゃついてるのよ! あんた真面目にエクストリームやる気あるの!? 空手を捨ててまで選んだ道っ
てそんなに軽いものだったの!?」
「そ、そんな…私は…」
「あのさ〜『見に来てやった』って、お前いつから神社の中に…」
「外野は黙ってろ!」
 ドゴォッ!
「ぐふぅ!」
「ああっ、せ、先輩! 坂下さん! いくら何でもひどいです!」
「ひどい? 葵…私はあんたの為を思って…。いいわ、じゃあ勝負よ! 葵が勝ったらこれからも藤田と練習を続
けて構わない。けど私が勝ったら…あんたは私のもの!」
「え…『私のもの』?」
「あ、わ、も、もとい! あんたは私がもう一度鍛え直す! いいわね?」
「…判りました」
「だ、駄目だ葵ちゃん!」
「…大丈夫です。先輩さっき言ってくれましたよね。私は強いんだって。自分の力に自信を持てばもっと強くなるっ
て。先輩がそう言ってくれたから…私、頑張ります! 自分のためにも…そして先輩のためにも!」
「葵ちゃん…」
「葵、準備はいい?」
「はいっ!」
「では…いざ尋常に…」

「「勝負!」」

「ストォ〜〜〜〜〜〜〜〜プッ!!」
 と、木の上から何かが飛び降りてきた!
「うわっ!」
「えっ!? えっ!?」
「なっ!? なんだぁっ!?」
 そこには三人の人影が。
「…綾香?」
「ちっが〜〜〜〜う!」
 それはどこからどう見ても来栖川綾香その人だった。寺女の制服も着てるし。
 ただ…その顔全体は黒くペイントされ、白字で大きく『A』と書かれていた。
「私はただの通りすがりの格闘家。人読んで…そう、『拳鬼A』!」
 そして、残りの二人の人影が後ろから姿を現す。
「お、同じく『拳鬼M』ですぅ〜」
 と、同じ様に顔に『M』と書いたマルチが名乗りを上げる。
「…マルチ、お前何やってんだ?」
「はわっ! ひ、浩之さん! ちっ違います〜! 私は拳鬼Mですぅ〜!」
「そして私は『拳鬼S』」
 と、胸に大きく『S』とプリントされた青いコスチュームに赤いマントをたなびかせたセリオ。
 セリオ、ちょっと勘違い。
「拳鬼A…一体何者なんでしょう…」
 葵ちゃん、本気で気付いてない模様。
「あのさ〜綾…」
「拳鬼A!」
 綾…もとい拳鬼Aが訂正する。
「…じゃあA。何でそんな格好してんだ?」
「ん? この前読んだマンガで面白いのがあってね〜。んで、ちょっと真似してみようかな〜って思って」
 …金持ちの考えることは分からん。
「どお? 今なら仲間募集してるけど」
 と、Aはチラシを見せる。
 そこには『集え若人! ただいま拳鬼募集中! 日当なんと二万円!!』と書かれていた。
「…やらん」
「え〜っ! どうして〜っ!?」
「日当二万でもそんな格好するなら土方の方がいいわ!」
「え〜っ!? つまんないの〜」
「…ところで、そっちの二人にもちゃんと日当払ってんのか?」
「ん、こっちは単一電池を六本ずつ」
「うわ、安」
「まあ、私達はロボですし」
「あ、でもマンガンじゃなくてアルカリなんですよ〜!」
 …それでいいのか、お前等…?
「まあそれはいいとして。さってと…そこの空手家! 自分のお気に入りを取られたからってひがむのはみっともな
いわよ! これ以上葵に付きまとう様だったらこっちがお相手するわよ!」
「誰もひがんでなんかない! …まあ、いいわ。じゃあ、あんたと決闘して私が勝ったら葵は私のもの。それでいい
わね?」
「別にいいわよ〜。その代わり、こっちが勝ったらこれからはあなたを『空手家』じゃなくて『カラテカ』って呼ぶから」
「カタカナで呼ぶなあっ!」
 …今の世代にはわからんぞ、そのネタ…。
「ま、錆び付いてるあなたの相手はこの拳鬼S一人で充分ね。行きなさい、拳鬼S!」
「はい、綾香様」
 と、ズイとSが前に出てくる。
「くっ、なめてくれるわね…。いいわ、私の力を思い知らせてあげる!」
「…ところで坂下様」
「…何?」
「これは『決闘』なのですね?」
「…そうだけど?」
「と言うことは『真剣勝負』と言うことなのですね?」
「当たり前よ! 全力で来なさい! とことん打ちのめしてやるから!」
「…判りました」
「じゃ、準備はいい〜? では、いざ尋常に…」
「「勝負!」」
 
 バシィッ! 

 ドウッ!

 勝負は一瞬で決まった。
 坂下は地に伏し、それをSが見下ろしている。

 …そしてSの手にはスタンガン。

「ひ、卑怯な…」
「卑怯? 生死をかけた真剣勝負に卑怯という定義があるのですか? 内容はどうあれ、最後に立っていた者が
勝者。違いますか?」
「くっ…」
「それではお約束通り…『全力』で行かせていただきます」
「わ、ちょっ、ちょっと待っ…うっきゃーーーっ!」
 容赦ない拳鬼S。しかも口元にはちょっと笑みが。
 その行動、正義の味方の格好と見事にアンマッチ。
 なお、このSSには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。
 
 …数分後、そこには『坂下だったモノ』が転がっていた。

「終わりました」
「ご苦労様〜。葵、これでもう何も心配しなくていいからね〜」
「あ、ありがとうございます! 見ず知らずの私にこんなにまで親切にしていただいて…私…」
 いい加減気付けよ、コラ。
「ん、いいっていいって。これからも練習頑張りなさいね。じゃあね〜」
 と、去っていく三人。
「ま、待ってください!」
「ん? 何?」
「私も…拳鬼の仲間に入れてください!」
 マジか、おいっ!
「…ん〜と、だめ」
「な、なんでですか!? 私、必ずお役に立って見せます! だから…」
「だって葵が入ったらMと見分けが付かなくなるもの」
 あ、確かに。
「じゃ、そゆことで。ば〜い♪」
 と、今度こそ本当に去っていく三人。
「そ…そ…そんなぁぁ〜〜〜っ!!」
 辺りには残された葵ちゃんの叫び声が空しく響きわたっていた…。

 
 ちなみに、一方その頃。

「…日当二万円かあ…お札なんてしばらく見て無いなあ…」
「ねーちゃん、なに顔に塗ってんだ?」
「あ! りょ、良太! ち、違うの! こ、これはその…み、見ないで〜!!」
 雛山家には日当二万円に目が眩んだ拳鬼Rがいましたとさ。

 どんどはれ。