良いおっぱい悪いおっぱい 投稿者:たろすけ 投稿日:4月21日(金)02時12分
 それはいつもと変わらない朝食の風景…のはずだった。

「…ふわぁ…おはよう…」
「あっ、おはよう! 耕一お兄ちゃん!」
「おはようございます…」
「こらっ! おせーぞ耕一! こっちは食ったもの片づけてから学校行かなきゃ無いんだぞ! いくら自分だけ休み
で暇だからってのんびりされちゃ困るんだよ!」
「あーはいはい、わかったわかった。…あれ、ところで千鶴さんは?」
「あ、そう言えばまだ起きてきていないね」
「千鶴姉さん、夕べ自分の部屋で遅くまで何かやってたみたいだから…」
「もう、ただでさえ朝弱いってのに…。いいよ、千鶴姉はほっといて先に食べちゃおうよ」

 そうしてみんなで先に朝食をとりはじめた頃…。

「るんるんるるーるるんるるーん♪」
 廊下から千鶴さんのハミングとパッタパッタという足音が聞こえてきた。
「あ、千鶴お姉ちゃん起きてきたみたい」
「やけにご機嫌みたいだね千鶴姉…」
「あの足音は間違いなくスキップ踏んでます…」
 と、そのとき居間の障子が開いた。
「おっはよ〜っ♪」
「あ、おはようございます、ちづ…!?」
 ブフゥッ!!
 俺は思わず口の中のご飯を吹き出してしまった。他のみんなも呆然としている。
 ち、千鶴さんの胸が…でかい! むちゃくちゃでかい!!
 そりゃあもう、『梓、よくも今まで散々馬鹿にしてくれたわね。もう、あんたの胸なんか目じゃないわよ』ってな位に
でかい!!

「さってと。初音〜、ご飯ちょうだ〜い♪」
 と言って千鶴さんは勢い良く自分の席に着いた。これでもかという位に胸がブルルンと揺れる。
「あ、う、うん!」
 初音ちゃんはあわててご飯を盛った。
「ありがと〜♪」
 千鶴さんは上機嫌に朝御飯を食べ始めた。
「るんるん♪ るるるるるるるーん♪」
 …しかも、『わたしはマチコ』をハミングしながら…。

 …その間、うちら4人の間では鬼の力を駆使した秘密のテレパスィ〜が君に届けとばかりに飛び交っていた。

― な、なんなんだ? あの胸は! ―

 俺がみんなに尋ねる。

― 尋常な大きさじゃありませんね… ―

 さすが電波系楓ちゃん、話し方が流暢である。

― なんらかよくわかららいけろ、あんらのちづるおねえたんらないよぉ…えぐっえぐっ ―

 初音ちゃんはちょっと舌っ足らずだけどそれはそれでよし!

― 梓、お前なんか知らんか? ―

― チヅネエ、ムネデカ、オレ、ワケ、シラナイ ―

 梓はいつまで経っても下手だよな。つーかそれ以前の問題だぞ。

― そういえば、昨日千鶴姉さん宛に『来栖川生化学研究所』って所から小包が届いてました… ―

― そ、それか! ―

― れ、れもいったいろうすれば… ―

― カユ、ウマ ―
 
― と、とりあえずだな、今日はあの胸に関しては何も聞かない方がいい! 下手にその話題に触れると生命の
  保障が無… ―

― な、に、を、こそこそ話してるのかな〜? ―

― で、でええええええええええええええーーっ!(一同) ―

「な、なんでもないよ、千鶴さん! あ、あは! あはははは!」
 なんで千鶴さんもこの秘密の会話にっ! …ってそりゃそーだ、千鶴さんも鬼なんだし。
「そお? ならいいんだけど」
 千鶴さんは相変わらず鼻歌混じりで楽しげだったが、周りは実に静かなものだった。カチャカチャと食器の音だ
けが鳴り響く。…空気が…空気が重い!
「あ、あのさ! 千鶴姉!」
 そんな沈黙に耐えきれなかったらしく梓が立ち上がった!

  てんててんてんて、てんててんてんて、てんててんてんて、てんててんてんて、ひゅお〜♪

 おお、BGMに『鬼神楽』が流れ始めた! 頑張れ梓! 天も味方しているぞ!
「ん? なあに?」
 慈母のような瞳でにっこりと笑って応える千鶴さん。
「そ、その胸なんだけどさ…!」
 ギシイッ!
 あまりのプレッシャーに部屋の家具までもが悲鳴を上げた。
「ん? む・ね・が・ど・お・か・し・た・の・か・な?」
 羅刹のような瞳でにっこりと笑って応える千鶴さん。
「う゛…いや…ちづねえ…あの………なんでもないですぅ…」
「梓ちゃん? 言いたいことがあったらはっきり言った方がいいわよ?」
「いや、あたしは別に…」
「言いづらいようだったらお姉さんのお部屋でゆっくり聞いてあげるわ。さ、行きましょ」
 逃げようとする梓の首根っこ…もとい襟首を掴んで、問答無用で引っ張っていく千鶴さん。
 どうやら『鬼神楽』は千鶴さんの方のBGMだったらしい。
 …5分後、大地を揺るがす衝撃が一発。ただそれだけだった。 

 ぱたぱたぱたぱた…

 …廊下を歩いてくる足音は一つだけだった。
「さってと。初音〜、ご飯おかわり〜♪」
 と言って千鶴さんは勢い良く自分の席に着いた。これでもかという位に胸がブルルンと揺れる。
 さっきと違うのは服におびただしい量の血が付いてることだった。
「あ、う、うん!」
 初音ちゃんはあわててご飯を盛った。
「ありがと〜♪」
 千鶴さんは上機嫌に朝御飯を食べ始めた。
「るるん♪ るるん♪ るるるるるるん、るるん♪」
 …しかも今度は、『Lはラブリー』かよ…。
「あ、あの千鶴さん、その血…」
「ん? ああこれ? 大丈夫ですよ、私の血じゃないし♪ それにドイツの科学力が生んだイオンマルチクリーナー
を持ってすれば汚れだってちょちょいのちょいですぅ♪」
 どうやら最近千鶴さんは通販に凝ってるらしい。
「いや…そうじゃなくて…」
「耕一さん♪」
 ギンッ!
 …このとき俺は『目は口ほどにものを言う』ということわざの意味を深く理解した…。


 …その夜。
「おっ、お帰り楓ちゃん、初音ちゃん。珍しいな、一緒に帰ってくるなんて」
「あっ、ただいま! 耕一お兄ちゃん!」
「帰り道の途中で偶然会ったから…」
「こらっ、耕一! さぼってないで早く皿持っていってよ! こっちは次がつかえてんだから!」
「あーはいはい、わかったわかった。…しかしお前よく生きてんな?」
「そりゃま、陸上部は体が資本だからね」
 …そういう問題なのか?
「…あれ、ところで千鶴お姉ちゃんは?」
「千鶴姉さん、今日遅いって言ってたから…」
「しょうがないなあ。もう若くないってのに…。いいよ、千鶴姉はほっといて先に食べちゃおうよ」
 みんな今朝のことなんか何事もなかったかのように会話を進めている。
 っていうか、何事もなかったことにしたいんだろうな…。

 そうしてみんなで先に夕食をとりはじめた頃…。
 
 カラカラカラ…。
「あ、千鶴お姉ちゃん帰ってきたみたい」
「なんだ、ずいぶん早いな」
 ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ…。
「…るーるーるるるー、るーるーるるるー…」
「な、なんだ? 無茶苦茶テンション低いぞ?」
「…しかもハミングしてるの『夜明けのスキャット』です…」
 と、そのとき居間の障子が開いた。
「…ただいまー…」
「あ、お帰りなさい、ちづ…!?」
 ブフゥッ!!
 俺は思わず口の中のご飯を吹き出してしまった。他のみんなも呆然としている。
 ち、千鶴さんの胸が…無い! まったく無いっ!!
「…初音、ご飯…」
 と言って千鶴さんは音も立てずに自分の席に着いた。
 朝ははち切れんばかりの胸だったためすっかり伸びきってしまったブラウスが、今は何処からか吹いてくる風に
ハタハタと空しくなびいていた。
「あ、う、うん!」
 初音ちゃんはあわててご飯を盛った。
「…ありがと」
 千鶴さんはもそもそと御飯を食べ始めた。
「…るーるーるるるー、るるるーるー…」
 …『夜明けのスキャット』は今だ続行中だ。
 しかし何でまたこんな事に…。
「耕一さん、これ…」
 呆然としている俺に、楓ちゃんがテーブルの下からすっと何かを差し出した。
 それは千鶴さんが使った薬の説明書だった。
 楓ちゃんが指し示したところにはこう書かれていた。

 『この薬を一度に大量に服用すると、副作用が起きる場合があります』 

 …千鶴さん、説明書なんか読まない人だからなあ…。

「ち、千鶴姉!」
 そんな千鶴さんがいたたまれなくなったらしく梓が立ち上がった!
「お、女の魅力はさ! 胸じゃないと思うんだよ私は!」
 ば、馬鹿! お前がそんなこと言ったらかえって逆効…


 ピャウッ!


 と、その時なにか空気を切り裂くような音がした。
 そして…。


 …ころん。


 ※ここで映画「犬神家の一族」の菊人形のシーンを思い浮かべていただければ、より一層臨場感が味わえます。


「う、うわうわうわうわあああーっ! くっくっくびっくびっくびっ!!」
「…何騒いでるんですか、首の一つや二つ落ちたくらいで」
 平然と応える千鶴さん。
 楓ちゃんと初音ちゃんは、手にお茶碗を持ったまま既に失神していた。
「でっ、ででででもっ!」
「…耕一さんも…ああなりたい?」
 …このとき俺は『口は災いの元』ということわざの意味を改めて理解した…。


 …次の日の朝。
「…ふわぁ…おはよう…」
「あっ、おはよう! 耕一お兄ちゃん!」
「おはようございます…」
「こらっ! おせーぞ耕一! こっちは食ったもの片づけてから学校行かなきゃ無いんだぞ! いくら自分だけ休みで
暇だからってのんびりされちゃ困るんだよ!」
「あーはいはい、わかったわかった。…って何で生きてんだお前!?」
「ん? ああ、切り傷にはやっぱりオロナインだよね」
 いや、オロナインって…。
「ところで千鶴お姉ちゃんはまだ寝てるのかな?」
「千鶴姉さん、昨日はよほどショックだったみたいだから…」
「もう、もともと大して胸無かったくせに…。いいよ、千鶴姉はほっといて先に食べちゃおうよ」
「わ、私、千鶴お姉ちゃんのこと起こしてくる!」
 そう言って初音ちゃんは千鶴さんの部屋に行った。

 …数分後。
「た、大変だよ〜!」
「どうした初音ちゃん!?」
「千鶴お姉ちゃんいなくなっちゃった! 耕一お兄ちゃん宛にこんな書き置きが!」


    『妹たちのこと、たのみます(梓除く)。
								千鶴』


「…何であたしだけ…」
 梓は隅っこで『の』の字を書きながらすねていた。
「ど、どうしよう…もし千鶴さんの身に何かあったら…」
「大丈夫、心配いりません」
「え、どうして…?」
 問いかける俺と初音ちゃんに、楓ちゃんがテーブルの上にすっと何かを差し出した。
 それは千鶴さんが使った薬の説明書だった。
 楓ちゃんが指し示したところにはこう書かれていた。

 『この薬の効果は一回約二日間です』 

「多量に服用したとしても一週間くらいで元に戻るはずです。元に戻ればそのうち帰ってくるでしょう」
 …じゃ、いっか。
「初音ちゃん、ご飯いいかな」
「あ、は〜い」
「どうせあたしなんか、あたしなんか…」
「初音、おかわり…」
「あ、ちょっと待っててね」

 …それはいつもとあまり変わらない朝食の風景だった。


 ちなみに、鶴来屋の調理場の片隅でお腹をすかせて豆腐をかじっている千鶴さんを見つけたのは、それから10
日後のことだった。

 どんどはれ。