どす恋ジゴロの河流れ 投稿者: たろすけ
 その日、俺は初音ちゃんと買い物をしに街に出てきていた。
「ごめんね耕一お兄ちゃん、買い物色々つきあわせちゃって…」
「いや、そんなこと無いよ。むしろ初音ちゃんと一緒に色々歩けて楽しかったよ」
「えへへ、そう言ってくれるとうれしいな。私も…耕一お兄ちゃんとふたりっきりでいろんな所歩けて…なんかデー…」
 そこまで言うと、初音ちゃんは顔を赤らめてうつむいてぽそぽそと何かつぶやいた。
「え? なに? 今、デー何とかって…」
「な、なんでもないよお兄ちゃん!」
 そう言うと初音ちゃんはいっそう顔を赤らめた。う〜ん、やっぱりかわいいなあ…。
「…ねえ…耕一お兄ちゃん…」
「ん?」
「…手…つないでいい…?」
「あ、う、うん…」
 まるでお互い、つきあい始めたばかりの中学生のような純情さで、おずおずと手を伸ばす。
 お互いの手が触れ、そして重なり合う…。
 その時。
「どすこーーい!」
「ぐはあぁぁぁっ!」
 いきなり俺はものすごい力ではじき飛ばされてしまった。
「こ、耕一お兄ちゃん!」
 初音ちゃんが駆け寄ってくる。
「な、なんだ一体!」
 一瞬鬼の力を解放しかけた俺は、俺をはじき飛ばしたものを見た。
「…え?」
 そこには…『おすもーさん』が立っていた。
 目をこすって、もう一度よく見る。そこには…。
「…柳川?」
 そこには、ドリフのコントで使うような、『おすもーさん』の着ぐるみを着た柳川が立っていた。
「違う! 俺の名前は柳川祐也などではない! 俺の名前は…そう、柳吹雪だ!」
 …俺、名前まで言ってないけど。そもそも柳川の名前が祐也だったなんて知らんかったし。しかし何故着ぐるみ…。
「そんなことより柏木耕一! いくら同族とはいえ、女などといちゃいちゃしおって! 貴様、狩猟者としての誇りを
忘れたか!」
「いや、誇りって言われても…」
「耕一お兄ちゃん、なんだかあの人怖いよぅ…」
 初音ちゃんはそう言って、俺の後ろに隠れた。
 まあ、確かにいろんな意味で怖いわな。
「ええい、言ったそばからひっつくな! 本来、狩猟者とは、いかに美しく魂の炎を散らすかということを探求し、
日々精進するべきもの! それを貴様という奴は…!」
「…あ、お前、初音ちゃんといちゃいちゃしてる俺がうらやましいんだろ?」
 ぴくっ…。
「……な、な、な、何を馬鹿なことを! 誰がかわいい姪っ子と仲良く買い物したり、喫茶店で一緒にパフェを食べ
てみたり、ちょっと照れながら手をつないでみたりしたいものか! 恥を知れ、恥を!」
 …どうやら図星だったらしい。それにしてもこいつ、俺達の行動を一部始終見てやがったな。
「…恥を知れって、じゃあ、お前のその格好はなんなんだよ。つーか、なんで着ぐるみ?」
「なにおう!? 貴様、日本の国技を馬鹿にするつもりか!」
「…いや、むしろお前の方が馬鹿にしてると思うが…」
「ええい、問答無用! こうなったら腐った貴様の根性を俺が叩き直してやるわぁっ!」
「ちょっ、ちょっと待っ…」
「でぇぇい! 上手投げぇっ!」
「どわああぁぁぁっ!?」
「どりゃああぁぁぁっ! 呼び戻しぃっ!」
「ぐはぁっ! ま、幻の大技だとぉっ!?」
「ぬおおぉぉぉっ! スーパー頭突きぃっ!」
「うおおぉぉぉっ! お、俺のサイコクラッシャーがああぁぁぁっ!」
 …ふざけた格好をしているが、どうやら柳川の鬼パワーは健在らしい。いや、前より磨きがかかってると言えよう。
 既に俺は身動きできない状態になっていた。
「…弱い、弱すぎる! 貴様の力はそんなものなのか! 柏木耕一!」
「くうっ…」
「…貴様には失望したぞ…。まあいい…これで最後だ!」
 柳川がとどめの張り手を打ち出す。しかし体が動かず、よけることが出来ない。
 だ、だめだ…やられる…!
「もうやめてーーーっ!」
「!?」
 その時、俺の前に初音ちゃんが飛び出してきた。
 いけない、このままでは初音ちゃんに柳川の張り手が炸裂してしまう!
「ぬ、ぬおおぉぉぉっ!」
 ガシイィィィッ!
「な、なんだとっ!」
 俺は残る全ての力を振り絞り、ぎりぎりで柳川の張り手を止めた。そして…。
「どすこおおぉぉぉいっ!」
 逆の手で放った張り手が、見事柳川に炸裂した!
「ぐはああぁぁぁっ!」
 俺の渾身の一撃をくらった柳川は、それを防ぐことも出来ず、5mほどふっ飛んだ。
「やったね! 耕一お兄ちゃん!」
「はあはあ…ああ…はあはあ…」
 俺は柳川の所に行き、立ち上がろうとしている柳川に手をさしのべてやった。
「…いい張り手だったぞ、柏木耕一」
 俺の手を掴んで立ち上がると、柳川はいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「柳川…いや、柳吹雪…」
「…また勝負できる日を楽しみにしてるぞ…」
 そう言って、柳吹雪は去っていった。
 強さの中に、どこか寂しさを感じる…そんな背中を俺はじっと見つめていた。
「…行っちゃったね…」
「…ああ…」
「…あの…耕一お兄ちゃん…」
「…ん…?」
「さっきは…助けてくれて…ありがとう…」
 そっと初音ちゃんが寄り添ってくる。
 俺はそんな初音ちゃんの両肩をそっと掴んで、じっと瞳を見つめる。
「…初音ちゃん、俺…」
「え…な、なに? お兄ちゃん…」
 俺の心には、ある決意が固まっていた。
「…俺…『おすもーさん』になる!」
「…えっ、ええええ〜〜っ!」
「俺、一日も早く、柳関みたいに着ぐるみの似合う男になってみせる! もちろん、応援してくれるよなっ!」
「あっ、あのっ、私…」
 初音ちゃんは非常に困った顔をしていた。
 ちっ、所詮女には理解されない生き方か。まあいい、俺は俺の道を進むだけだ!
「柳関〜〜! 俺、一生ついていきます〜〜!」
「あっ、こ、耕一お兄ちゃああぁぁーーん!」
 初音ちゃんの呼ぶ声にも振り向かず、俺は駆け出していった。そう、栄光の明日へと…。

「うっ、ううう…耕一お兄ちゃんが遠い所へ行っちゃったよぅ…」

 そして冬の寒い北風が吹きすさぶ中、商店街では少女が一人、二度と還らぬ人を想いながら泣き崩れていた…。



 狩猟一筋二十余年

 戦いこそが漢(おとこ)道

 色恋事には目もくれず

 求め続ける滅びの美学

 だけど一度は好いた子に

 呼ばれてみたい『おにいちゃん』

 男も惚れる憎い奴

 柳川祐也ここにあり

 ア〜〜どす恋  どす恋

 ( 新作狩猟甚句 作詞 呼出し  たろ男 )

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