…それは、ある朝の出来事。 「ぐはあっ!」 「耕一!」 「耕一さんっ!」 「耕一お兄ちゃんっ!」 「あ…」 俺はみそ汁を飲んだ瞬間、のどに焼け付くような激痛を覚えた。 意識だけは何とか保っていたが、体がしびれ、身動きがとれず、しゃべることもできない状態だった。 常人なら一発で意識不明の重体、運が悪けりゃあの世行きというところだろうが、さすが『鬼の血』、 なかなか楽に死なせてはくれないらしい。 「耕一ぃ、しっかりしろぉっ!」 「耕一さん! しっかり!」 「耕一お兄ちゃん、死んじゃやだよぉ…」 「…………」 そのとき、梓がはっと何かに気付いたように俺が飲んだみそ汁のお椀を手に取った。 お椀の中身をじっと見つめ、においを嗅ぎ、少しだけ口に含む。 「…!」 梓は口に含んだみそ汁を素早く吐き出した。 「千鶴姉! 私が作ったみそ汁、自分が作ったのとすり替えたなっ!」 「そ、そーなの? 千鶴お姉ちゃん!」 「…そういえば、さっきから一人だけリアクションが違ってました…」 「や、やだなあ…私がそんな事する訳無いじゃない!」 「だったら誰が作ったんだよ! こんな猫も飲めないようなもの!」 「ひ、ひどいわ梓! 耕一さんの為に一週間前からこっそりと作っていた自信作をゲテモノ扱いするなんて!」 やっぱり千鶴さんが作ったものらしい。しかし一週間前から作ったみそ汁っていったい…。 「ゲテモノって言うより、毒だこれは! 見ろ!」 といって梓はみそ汁を金魚鉢の上に持っていった。 たぶん金魚鉢の中にみそ汁を入れて、中の金魚がプカーッと浮いてくるというオチなのだろう。 そして梓は金魚鉢の中にみそ汁を数滴垂らす。 ボシューーウッ!! ゴボゴボゴボゴボ…。 金魚鉢の中の水がすごい勢いで泡立ち、泡が消えた後の水の中には金魚の骨しか残っていなかった。 どうやら俺はオキシジェンデ○トロイヤーを飲まされたらしい。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 …誰もこの展開を予想できていなかったらしく、皆しばらく呆然としていた。 「…ど、ど、どうやったらこんなもの作れるんだよ!」 「…毒というよりは兵器ですね…」 「千鶴お姉ちゃんが死の商人なんて、わたしやだよぉ…ぐすっぐすっ」 「だ、誰にだって間違いってものはあるわよ、ねっ、ねっ!」 「元々料理が下手な千鶴姉が間違ったらどうなると思ってるんだよ! だから嫁にも行けないんだよ!」 ビシイッ! 屋敷の中に緊張が走る。 「あ、梓ちゃん?そ、それはどういうことかな…?」 「そ、そ、そのまんまの意味だよ! じ、実際いるのかよ、相手!」 梓は一瞬ひるんだが、ここで負けてはならないと思ったのか、強気で、しかし半ばやけくそ気味に答えた。 「そ、そういう人くらいいるわよ! ね〜っ、耕一さんっ!」 「そんな胸も色気もない奴に耕一がぐらつく訳無いだろうがっ!」 ビビシイッ!! あうあう、そ、そんなこと無いよ千鶴さん。お、俺、千鶴さんのこと、とっても魅力的だと思うよ! そんな俺の言い訳じみた千鶴さんへの『勇気を出して初めての告白』は、声を出す事もできないため、 千鶴さんに伝わることは無かった。 「わ、私の胸が無いんじゃないわ! 梓の胸がありすぎるのよ!」 「じゃあ、自分の胸のサイズ言って見ろよ! この貧乳!」 「きーーっ! もう許せないわ! 楓! 初音! みんなで協力してあの胸デカ女を倒すわよ!」 「…………」 「…楓?」 楓ちゃんは千鶴さんに呼ばれてもその場から動かなかった。初音ちゃんはそんな二人の間でオロオロしている。 「…ごめんなさい。私、千鶴姉さんに協力できません」 「ど、どうして! あの女は自分に胸があることを自慢してるのよ! 悔しくないの?」 「…私、千鶴姉さんとは違うから…」 「ち、違うってどういう事よ!」 すると、楓ちゃんは千鶴さんの胸を指さし、 「貧乳」 そして自分の胸を指さし、 「つるぺた」 と答えた。 ガーーーン! 千鶴さんは少なからずショックを受けているようだった。 「そ、そんなの呼び方を変えただけじゃない!」 「いえ、大きな違いがあるわ」 「お、大きな違い?」 すると、楓ちゃんはさっきと同じように千鶴さんの胸を指さし、 「ウィークポイント」 そして自分の胸を指さし、 「チャームポイント」 と答えた。 ガガーーン!! …どうやらクリティカルヒットだったらしい。 「…さ、初音、こっちに来なさい。あなたはこっちの世界の人間なんだから…」 「う、うん…。ごめんね、千鶴お姉ちゃん」 千鶴さんは、すでに真っ白な灰になっていた。 真実を知ることがこんなにつらい事だなんて、神よ、あなたは残酷すぎる! 「…ふ…ふふ…ふふふふふ…」 千鶴さんは低く笑いながら、ゆら〜りと立ち上がった。 「…梓にはけなされ、楓には裏切られ、初音には見捨られ、耕一さんには見放され、もう私には何も残ってないわ…」 ちょっ、ちょっと待て! 俺が千鶴さんに、いつ、何をした! 「いくわよ梓! 全てを無くした者の強さを見せてあげるわ!」 「おうっ! 望むところだあっ!」 ああ…とうとう始まってしまった。サンダ対ガイラ級の史上最悪の兄弟ゲンカが…。 ところで姉妹でケンカする時も兄弟ゲンカというのだろうか? とりあえず、そんなことよりも俺の体を何とかして欲しかったが、さすが『鬼の血』、闘争本能が『俺』という存在を、 この姉妹から消し去ってしまったらしい。 「でりゃああああぁぁぁぁっ!」 「たああああぁぁぁぁっ!」 さすがの俺でも食らったらただでは済まないような重い一撃を梓が打ち込む。 それをぎりぎりでかわしながら千鶴さんが連続技を繰り出す。 お互い、相手に対しては決定的な一打を与えることが出来なかった。 しかし、お互い屋敷に対しては確実に決定的な一打を与え続けていた。 こ、このままでは家族の絆どころか、屋敷まで崩壊してしまう! 頼む、楓ちゃん! 君の力で何とかしてくれ! 俺は楓ちゃんに目で必死に訴えかけた。 すると楓ちゃんは、死闘を繰り広げている二人を見つめながらすっくと立ち上がった。 おおっ! 俺の心が通じたかっ! 「…技の1号、力の2号…」 …へ? 「…だとしたら私はやはり…」 そして、楓ちゃんは二人の方にすたすたと歩いていった。 「ダブルタイフーーン!」 ビュオオオッ!! 「どわああああぁぁぁぁっ!」 「きゃああああぁぁぁぁっ!」 かまいたちのようなものが二人を襲う。 「な、何をするの楓っ!」 「楓っ、殺す気かっ!」 「ふふふっ、姉さんたち、力と技を併せ持つ私にかなうとでも?」 …どうやら、俺の心が通じたわけではなく、ただ単に楓ちゃんの闘争本能にも火が付いただけらしい。 …さすが『鬼の血』。 「仕方ない、こうなったら一時休戦よ! 二人で楓を迎え撃つわよ!」 「おうっ! わかった! コンビネーションBだ、千鶴姉!」 「ふふふっ、そんな技では私を倒すことは出来ないわ…」 ああ、だめだ、意識までもうろうとしてきた。どうやらもう限界らしい。 初音ちゃん、君だけが頼りだ。君の愛でみんなを目覚めさせてくれ…。 「うっ…私…私…」 初音ちゃんは三人の姉たちを見ながら、なぜか涙ぐんでいた。 「私…ライダーマンは嫌だよおおおおぉぉぉぉっ!」 そう言いながら初音ちゃんは走り去ってしまった。 …そうか、確かライダーマンって4号だったよな…。 もう半分意識を失いかけた俺は、何故初音ちゃんがそんなことを知ってるのか疑問も持たず、ただ納得していた。 …そういや俺、小さい頃ストロンガーになりたかったなあ…。 そんなことを最後に思い出し、俺は…意識を…失っ……た……。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― …私はスーパー1にあこがれてました。