邂逅〜改めて始まったもの 投稿者:とーる
 ある晴れた日のことだった。

「ついに、来たんだなぁ」

 学園の門に一人の少年が立っていた。成長著しい青年の風貌を持つ少年は、緩やか
な風に栗色の一本おさげを揺さぶられながら、校舎を見上げていた。

「父さんは、ここにいれば大丈夫っていってたけど、本当にそうなのだろうか……」

 彼の疑問は当然だろう。なぜなら、刹那の隙間を穿って死角の右側から強烈な勢い
で迫るのは、殺気だからだ。

「はぁっ!」
「浮島ぁっ!!」

 地面を削って迫る衝撃波を、自らも右の手刀で繰り出した衝撃波『浮島』で相殺す
る。
 だが、これは囮だ。
 見せ技が派手ならば、その後に必殺の攻撃が来る!
 身構えて、土煙の向こうからの攻撃に備える。
 すっと伸びる腕が、白いカッターシャツの胸倉をつかむ。だが、慌ててはいない。
 ゆっくりと、口を開く。

「来ましたよ、幻八さん」
「来たね。待ってたよ、とーる」

 とーるの胸倉をつかんでいた幻八の腕が離れると、二人は互いに拳をぶつけ合った。

「いきなり刃拳ですか……」
「ま、前にも話したけど、この程度軽い軽い。これで驚いてたら、この学園じゃやっ
ていけないぜ」
「……戦闘の緊張には慣れているつもりですが……」
「はっはっはっはっ」

 ばしばしばし。
 結構力のこもった平手で、幻八はとーるの背中を叩いた。

「あうぅ〜、ほ、骨に響く……」
「そんなもん目じゃないぜ。ここは、すごいところだよ」
「そ、そうなんですか……?」
「入って見りゃわかる」

 このときの幻八の『にやり』の意味を、とーるはじきに理解することになるが、そ
れはまた後日の話である。

「それにしても……」
「どうかしましたか?」
「お前、学園に知り合いいたんだな」

 いぶかしむとーるに、幻八は自分の背後を立てた親指で示して見せる。
 そこにはHMX-12型に酷似したメイドロボが三体立っていた。人間年齢に換算すると
7・8歳と言ったところだろうか。
 左隣の少女がのほほーんと、右隣の少女がきっとにらみつける間を縫って、真ん中
の少女がとてとてと歩み寄ってきた。

「オフラインでお会いするのは初めてですね。ようこそ試立Leaf学園へ、とーるさん」
「お招きありがとうございます、マールさん」

 マルティーナ3姉妹。
 マルチの設計思想を発展させた『次世代機の雛型』である。
 性格と性能の設定差をつけ、3体分に人格プログラムを分割して作られたのが、
とーるの目の前に立つマール、ルーティ、ティーナだ。
 3姉妹の長女であるマールは、にこやかに微笑むとすっと右手を差し出した。
 とーるは苦笑しつつもその手をとろうとはしない。
 一瞬の逡巡の後、マールは何かに気づいた様子で慌てて手を引っ込めた。

「あ、握手は……」
「ええ、まだ克服できていないんです。すみません」
「いえいえ、気がつかなかった私がいけないんです。すみません」

 ぺこぺこと頭を下げあうとーるとマールを見ている幻八の脳裏に、まやが呼びかけた。

『気づいた、幻八?』
『なににだ?』
『オフラインで、といってたでしょ、マールちゃん』
『どっかで俺達の知らないオフ会でもあったんじゃないか?』

 そんなことはありません、第一、西山さんや風見さんに関東から会いに行くのは骨
が折れます(笑)
 ……閑話休題。

『冗談はさておき、電脳空間のことは俺にはわからんよ。お前のほうが詳しいだろ?』
『マルティーナについては来栖川でもトップシークレットなのよ。いくら私でも全力
でいかないと太刀打ちできないの』
『……まだ、秘密があるってことか』

 こりゃもうひと波瀾ありそうだな。
 人知れずほくそえむ幻八であった。
 頭下げ合戦がひと段落ついたとーるの目の前に、今度はルーティが歩み出る。

「……あんたがとーる? マール姉さんから話は聞いていたけど」
「あなたがルーティさんですね。はじめまして、A-Toll(えい・とーる)と申します。
呼びにくければとーると呼んでください」

 にこやかにいうとーるに対して、ルーティの表情は硬い。
 ルーティにしてみると、よくわからないんだけどなんか合わない、虫が好かないと
いうか、相性が悪いというか……。
 とにかく、第一印象は最悪だった。

「姉さんに迷惑をかけたら、承知しないからね」
「……覚えておきます」

 殺気までこめられているような強い視線を受けて、とーるは微笑を苦笑に変えた。
 一人ぽつんと立っているティーナは、とーるを見ているのかいないのか、興味のな
さそうな顔でそこにいた。

「えぇと、マールさん、ルーティさん、ということは彼女が……」
「はい。末の妹のティーナです。ティーナ、ティーナ?」

 マールに促されて初めてその存在を認識したように、ティーナはきょとんとした顔
でとーるを見ると、ぺこりと大きく頭を下げる。

「ボク、ティーナです。よろしく」
「とーるといいます。よろしくお願いします、ティーナさん」

 挨拶が終わったところで、改めて襟を正し、とーるはマールの目の前に片ひざをつ
いた。

「お、おい?」

 幻八がいぶかしむのも無理はない。右ひざをつき、右腕を胸の前に置くその体勢は、
いわば最敬礼だ。
 だが、とーるとマールは別段慌てることもなく、とーるは首をたれ、マールはその
頭上に右手をかざした。

「それでは、いきますよ」
「はい、よろしくお願いします」

 マールが目を閉じると、マールの指先ととーるの頭の間に紫電が走る。

『データ交換……』

 幻八の目を通してその光景を見たまやがふとつぶやく。
 疑問の意思だけをまやに向けると、今起こったことを説明し始めた。

『マールちゃんととーるさんの間に走ったのは、静電気とかじゃなくて、データよ。
あの二人、どうやってるのか知らないけどデータの交換を行ってるみたい』
『……マンプラスって話、本当だったのか……』

 マンプラス。日本語で言えば強化人間。
 身体構造を薬物や機械、遺伝子操作などで補強し、人間以上の能力を発揮すること
ができる。
 ただ、製作は人道にも劣るとされているため、表の社会には登場しない。
 強化人間とはそういうものである。

『で、あの二人、何のデータを交換してるんだ?』

 当然の疑問である。だが、問題のデータを参照しているわけでもないまやにそれが
わかるはずもない。

「……終わりです」
「ありがとうございました。これで迷わずにすみます」

 ゆっくりととーるが立ち上がるのを見て、幻八は当人に直接尋ねてみた。

「あぁ、マールさんから学園の見取り図、俯瞰図、生徒一覧、教職員一覧、および学
園内の特筆すべき事件、集団についてのデータをいただいたのです。この学校の生徒
となるのですから、必要になると思いまして」
「そこまでの必要はないと思ったんですが、とーるさんがどうしてもというので」

 どうも、「人間の記憶」と「データ」は別物らしい。
 新しい世界を垣間見た幻八であった。