セイント・トゥ・ハート 第三話その2 投稿者: とーる【葵】
 耕一、祐介達と分断されてしまった浩之。
 暗き闇の底で、浩之が見たものは!? そして、浩之に救いの神が舞い降りる!
 新キャラ登場! まずはとくとごらんあれ。

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第三話 幻惑の双児宮(後編)〜黒の幻影、白の幻影


 どさっ。
 これは自分の身体が床にぶつかる音だと浩之が気づくまで一瞬の間があった。

「痛ってぇっ」

 どれだけ落ちたのかわからないが、どうやらマグロになることだけは免れたようだ。
 辺りは暗く、浩之自身以外のものは何も見えていない。
 ここが双児宮の底だとは言いきれない。己の闘気に反応してほの明るく光る聖衣の
輝きがなければ、辺りは一切の闇。踏みしめている床が本当に床なのか、落ちてきた
はずの穴が本当に存在しているのか、それもまったく確かめられずにいた。
 ともすれば恐慌に陥るかもしれない状況だが、くそ度胸だけはすわっているようだ。
浩之はさっきまで闘っていたセバスチャンのように両腕を組んで首をかしげた。

「さてと、どうすりゃここから地上に出られるんだ?」

 風もなく、物がある気配もない。
 当然のことながら道も示されていない。

「ま、しかたないな。とりあえず歩いてみるか」

 当てのない歩みである。
 時間の感覚を削り落としながら、浩之は慌てることなく歩いていく。
 それはほんの数秒後だったかもしれないし、数年後なのかもしれない。
 浩之の目の前に、唐突に人の姿が浮かび上がってきた。

『ハァイ、ヒロユキ!』
「ん? レミィ?」
『何こんなつまらないところをうろうろしてんのよ、ヒロ?』
「志保?」
『浩之さぁん、ここ暗くて怖いですぅ』
「マルチじゃねえか……」
『浩之、ひろゆき……早く、来て』
「……綾香」

 ため息一つで、浩之はその人影を見やる。
 奇妙に存在感のない彼女たちは、恐らく幻影なのだろう。
 頭の中でそれはわかっていた。理解していたのだが。

「……ま、ついていかなきゃ多分脱出できないんだろうなぁ」

 そも、この暗闇に叩き落された時点で何かの力に振り回されていることは理解でき
ていた。
 芹香センパイと違って、目に見えないものをどうこうできる能力はないからなぁ。
 諦観にも似た思いに支配されて、浩之は綾香たちの幻影に向かって歩み出そうとし
た。そのときである。

『ちょーっと、まちい!!』

 浩之を制止するこの声。
 独特のイントネーションからケンカ腰とも取られかねない口調で話し掛けるこの声
は。

「……いいんちょう?」
『ったく、そんなしょーもない手にひっかかりにいくんか自分? なっさけなー』

 声しか聞こえてこないが、肩をすくめて三白眼で呆れ顔になっているのが容易に想
像できる声音であった。浩之に向かってここまで容赦なくツッコミをいれるのは、あ
の志保ですら不可能だ。
 浩之が「委員長」と呼ぶ彼女、保科智子でなければ不可能だ。

『あんたのことを心配しているモンが呼ぶんなら、なんで筆頭がそこにおらんの? 
その程度の矛盾、よもや気づいてないなんてことは』
「いわねーよ、でも、ほかに方法がないんだよなこれが」
『方法なら、ある』

 智子が自信たっぷりに言いきる。
 浩之の歩みは止まっていた。

「なら、どーする?」
『ちょいと待ってや、その幻影、私が吹き飛ばすから』
「吹き飛ばすって、どうやって?」
『目には目を、歯には歯を、幻影には幻影を、や』

 智子の声が切れた瞬間、浩之は理解した。自分の周りに風船やシャボン玉のような
影響力のある力場が形成されていることを。
 そして、その風船を押しつぶすように、外側から何かとてつもない力が干渉してい
ることも。

『フェニックスの幻影を、なめたらあかんでぇ!! 鳳凰、幻魔拳んんんんん!!』

 一面黒の世界に白い亀裂が入る。その、燃え盛るような白に飲みこまれて、浩之は
別の幻を見た。
 琴音、葵、芹香、学校の風景日常の風景、笑顔笑顔笑顔、そして……

「あかり……あかりっ!!」

 浩之を飲みこんだ白が、現実世界へと身体をはじき出した。

「……こ、ここは?」
「いつまでも呆けてるんやない。ここは双児宮の出口よ」

 眩んだ目が視界を取り戻すと、そこにはおさげにメガネのクラスメート、智子が立
っていた。

「出口、か」
「……うーん、よもやと思うんやけど、私の幻魔拳、食らってたりするん?」

 そういう智子の身体には、鳳凰の羽根を思わせる5本の飾りがついた聖衣が覆って
いた。

「委員長、そのカッコ」
「そや、これは鳳凰座(フェニックス)の聖衣。私はどうやら黄金聖衣には嫌われた
ようやな」

 3次遭難組の中にいた智子は、浩之たちよりも先に聖衣を受け取っていたようだ。
しかも聖衣が覚えていた技をすでに使いこなしている。先の闘いでセバスチャンにあ
そこまで追い詰められて、ようやく浩之は天馬座の聖衣の技、流星拳を会得したと言
うのに。
 まじまじと浩之に見つめられて、智子は大いに照れて視線をそらした。

「なにしげしげと見とるん? 減るやんか」
「見られると減るのか?」
「あんたに見られたら減らんものまで減りそうや」
「すっげー言われよう」
「命の恩人に感謝の言葉もないのかあんたは?」
「……そんなにやばかったのか?」
「自覚のないやっちゃ。ええか、この双児宮は双子座(ジェミニ)の黄金聖衣が守護
する宮や。けれど、ここに黄金聖衣はおらん。せやな、芹香センパイ?」
「……」

 こくこく。
 ふと気づくと、黄金の杓杖を携えた芹香が後ろに立っていた。健脚である。

「双子座の黄金聖衣は様々な幻術を使いこなすって話や。あんたを飲みこんだ闇、あ
れはきっと双子座の黄金聖衣の仕業やろな」
「おい、ここには黄金聖衣はないって……」
「ここにないのにここにいる人間に攻撃をしかけてきたんや。相手はそれができるっ
てこと」

 噛んで含んで聴かせる智子の説明を飲みこんで、浩之は目を見張った。

「そいつぁそうとう」
「やばいやろな」

 不安材料が増えたと言うのに、安堵の気持ちが強いのは、こんな状況でも冷静に状
況を把握できる智子を見たからだろう。
 浩之は、思っている以上に追い詰められていたことを改めて自覚した。

「ま、なんにせよ、委員長の無事が確認できただけでも収穫だな」
「当たり前や、そう簡単にくたばってたまるかい」

 胸を張る智子を見て、心底ほっとしたかのごとく浩之は緊張の解けるため息を吐い
た。
 その浩之の背後の床から、突如としてガラガラガラと大きな音を立てて鎖が伸びて、
傍らの柱に巻きつく。
 さっきまでの闇を思わせる床の黒ずみから這い出てきたのは、

「……祐介? 瑞穂ちゃん!?」
「なんとか、無事だよ、二人ともね」

 手甲の鎖を手繰り寄せて登ってきた祐介と、気を失ったまま抱きかかえられている
瑞穂だった。
 二人を吐き出すと、床の黒ずみは消えうせ、ただの床板に戻った。
 これも幻影だと言うのだろうか。だとすると、双子座の黄金聖衣はとんでもない能
力を持っているといえる。いったい誰がその聖衣を身にまとっているのか……?
 そんなことを考えつつ、浩之は祐介に智子を紹介した。

「へぇ、その聖衣、鳳凰座の聖衣なんだ」
「せや。うちが加わってとりあえずの戦力は5人になったってわけやね」
「……んにゃ、そうはいかないかもしれない」

 まだ気づかぬ瑞穂を気にしつつ、浩之は双児宮の出口を見ながらぼそっとつぶやい
た。

「ここにいるのは、5人じゃない、4人だ」
「芹香センパイを勘定しないなら、うちと浩之、長瀬くんと藍原さんの4人やね」
「……耕一さんは?」
「いない。多分、人の意識をたどるのは祐介のほうが得意だと思うけど」

 浩之が意味深にあごをしゃくる。祐介は眉をひそめたが、思うところがあったのか、
ぐるりと宮殿の中を見まわした。

「……? 耕一さんの気配がどこにもない。気を失ってても、ここにいれば電波に干
渉するはずなのに……」
「1、何らかの事情で物置の外に出ていった。2、別の何かが見つけようとしている
のを邪魔している。3、コーイチさんはもうこの世にいない」
「……不穏当だね、浩之」
「可能性を上げただけさ」

 普段の浩之ならたとえ口が悪いといってもここまでひどいことはいわない。
 普段どおりを装っているが、耕一の身を案じているのは智子にはよくわかった。
 そして、終始茫洋としていた芹香も、ここにいない耕一の身を案じていた。

「……」
「なにセンパイ? 白羊宮にも金牛宮にも白鳥座の聖衣の気配はありません? あ、
その杖が教えてくれるんだ。出ていったという連絡もないから、きっとコーイチさん
はこの先にいる? うーん……」

 浩之にわかるレベルで、芹香は熱弁を振るっていた。万事控えめな芹香が、ここま
で自分の意見をはっきりと言うのも珍しい。
 らしくないなと思いつつ、浩之はそのこと自体はあまり気にせずに、双児宮の先を
見つめていた。

「この先は……えーと」
「双子座の次は蟹座。巨蟹宮っていうんやて」
「どこにいるのかわからないけど、コーイチさんまで探さなきゃならないのかよ、っ
たく」

 頭をかきつつ浩之は盛大にため息をつく。
 そして、まっすぐ前を見据えて祐介たちを促した。

「行くぜ。何があろうと最後までたどり着いて、全員無事に助け出してやる」

 理不尽を嘆く前に行動する。そんな浩之の背中を見ながら、祐介は彼の持つ強さを
うらやましく思っていた。

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 ども、とーるです。
 後編でございます。え? 一人入れ替わってるって?
 細かいことは気にしないでください(笑) 双児宮の話はあと1つだけあります。

 ということで委員長です。
 難しいです。神戸弁は関西弁とちゃうんや! といわれても正直関東の人間にはぴ
んとこないものがありまして……。
 憤りは多々あると思いますが、ご容赦のほどを(^_^;) アドバイス、ご意見などあ
りましたらご一報いただければ幸い。

 本当は柳川にしようかとか月島兄にしようかとかいろいろあったんですが>鳳凰座
 結局、こうなりました。だって上記の二人じゃどうがんばっても協力してくれない
と思うので(^_^;)

かんそー
 HMR-28さん、ワイズ長瀬! いいですねぇ(^_^) 私はラファーガ使いですが、
ワイズダックのシナリオには出てこないなぁ……やっぱゴルディバス柳川とかになる
んでしょうか?
 あと、チズル17とか(あ、背後から冷気が……(笑))

 ニャンヒデさん……表現方法は読んで盗む、あとは書くしかないですよ。
 いい味出てると思いますので、あとは数こなして自分のスタイルを……って、オレ
なんかえらそうだなぁ(^_^;)

 MAさん、いいですねぇ。SF、好きです。ファンタジーよりの書き手が多い中、貴
重な存在ですから(笑) 楽しませていただきました。

 ARMさん……どーしたんですか一体(^_^;)? 何かお疲れなんでしょうか(^_^;)
 まぁ、マママの反動と思えば納得できないこともないですが(笑)

 荒竹さん、はじめまして。おお、こういう発想は今までなかったですねぇ。
 このあとが楽しみ、と思う引きです。よかったら続き希望ですね(^_^)

 少ないですがこの辺で。ではではー。