LF98(41)  投稿者:貸借天


第41話


「ふう……」
 欄干に背を預けた初音は、満天の星空を見上げて一息ついた。
 酔いざましのために夜風に当たろうと、たくさんの人々が行き来する大きな部屋
をいくつか抜けて、ひと気のないバルコニーへと出てきたのである。
 あまり呑み慣れていない酒を口にしたせいで、頬がほんのりと熱を持っていた。
 頭もほんの少しだけぼうっとしていたが、ここでしばらくじっとしていればその
うち元に戻るぐらいのほろ酔い気分だった。
 初音は気持ちよさそうに目を閉じて、かすかに湿気を帯びた風に身をまかせた。
 前髪がさらさらと揺れ、寝癖のようにぴょこんと飛び出た一房が静かに踊る。
 リーフ祭の間、城内では毎日おこなわれているというパーティの騒がしさ、人々
の話し声、笑い声、宮廷の楽人たちによる種々の音楽なども、ここまではほとんど
届いてこなかった。
「いい風……」
 大きな瞳をゆっくりと開きながらそっと呟く。
 風が吹いてドレスの裾をゆらゆらとなびかせ、火照った頬から熱がどんどん逃げ
てゆくのが実感できた。
 淡い桃色の衣装に合わせて整えられた髪を手でくしけずりながら、初音はもう一
度、「いい風……」と呟いた。
 真円に少し足りない月が柔らかな光を投げかけ、城壁を淡い蒼に染め上げている。
 眼下では相も変わらず祭の喧噪で活気づいており、にぎやかな雰囲気がここまで
漂ってくるようだった。
 そのことが何故かおかしく感じられて初音は相好を崩した。穏やかな微笑をたた
えたまま、星々がまたたく天を見上げる。
 黒のビロードの上に宝石箱をぶちまけたような星空を眺めていると、不意に家族
のことが思い出された。
 遠い昔に、家の縁側に腰掛けて、今と同じような星空をみんなで一緒に眺めてい
たことがあったのだ。その時に、夜を切り裂くようにしてひとすじの流れ星が疾っ
ていったことも覚えている。いったいどんな願い事をしたのかは、もう忘れてしま
っていたが。
「…………」
 初音は懐かしい気持ちになって、うっすらと目を細めた。
 早くみんなに会いたいと心から思った。
「でも……」
 人一倍あどけなさの残った顔に翳りが落ちる。
 綾香と葵、柏木一族と闘いたいと言うあの二人が、近いうちに隆山へとやってく
る。その際、鶴来屋の旅館に宿泊すると言うので、予約を取り付けておくことを約
束してしまったのだ。
 初音本人としては、恩がある以上、二人の力になってやりたかった。
 綾香と葵は信頼できる。
 秘密を厳守することを言い含めておけば、本名――柏木初音――を名乗っても、
また、自分があの柏木一族であることを明かしても、決して口外したりはしないだ
ろうと思っていた。
 しかし、この問題は自分一人で処理すべきことではない。
 もし初音が鬼の力を自在にふるうことができれば何も問題はなかったのだが、そ
れは叶いそうもないので、自然、一族と手合わせしたいという二人の相手をつとめ
ることができるのは、姉たちか従兄の耕一しかいない。
 相談もせずに、いきなりそんなことになってしまえば迷惑だろう。みんな優しい
から笑って許してくれるだろうが、自分で責任を取れないのに安請け合いはしたく
なかった。
「……やっぱり、あの約束は軽率だったかな……」
 だが、どのみち綾香と葵は隆山にやってくるのだ。それなら、恩返しということ
で宿を提供する分には別段差し支えはないだろう。そこから先のことは、家族会議
を開いて話し合う必要がある。
「隆山に帰ったら……あったこと全部話して、みんなと相談してみよう……」
 呟き、ふたたび天を振り仰いで夜空を見上げた。
 気がつけば、いつの間にか顔の火照りもなくなっており、吹きつける風を肌寒く
感じて小さく身震いする。
 酔いもほとんど醒めていたので、初音はむき出しにした自分の肩を抱くようにし
ながらその場をあとにした。


「冬弥くん」
 由綺がドレスの裾をなびかせながら、嬉しそうに歩いてきた。
「あ、由綺……」
 冬弥は片手を上げながら軽く答えようとして、名前以降の言葉を出せなかった。
 由綺は当然のように盛装している。
 長い髪を高く結い上げ、淡い青で飾り模様をあしらったドレスを身にまとい、顔
には薄く化粧を施していた。
 若さとみずみずしさが同時に引き立てられた由綺の華やかな美しさに、冬弥はし
ばし目と心を奪われた。
「どうしたの? 冬弥くん」
「あ、い、いや。……もうこっちに来てもいいのか?」
 あどけない瞳で見上げられ、冬弥は我に返って狼狽したように訊ねた。
 由綺は先まで、入れ替わり立ち替わりやってくる国の重鎮たちから無事救出され
たことに対する喜びの口上を受けていて、椅子から動けなかったのである。
 どうやら、ようやくそれから解放されたらしい。
「うん。もうほとんどの人から声をかけられたから」
 そして、恥ずかしそうに続けた。
「私、ああいうのっていつまで経っても慣れないんだよね……」
「それでこそ由綺って感じもするけどな」
「ええ〜? そうかなぁ……」
 由綺はやや苦笑気味に首を傾げた。
 それから少し神妙な顔つきになって、
「……うん。でも、やっぱり私ってお姫様の器じゃないのかもしれないね。どっち
かというと、理奈ちゃんの方がよっぽどふさわしい感じもするし……」
「なあに? 由綺。呼んだ?」
「えっ?」
 振り返ると、背後から理奈がやってきた。
 すぐ隣に冬弥がいるのを見て取ると、
「あら冬弥くん。あ、お邪魔だったかしら?」
 そう言って悪戯っぽく微笑む理奈のドレス姿は、宴の席に花を添える宮廷婦人た
ちと比べて遜色ないほど、あでやかで堂に入ったものだった。
 それだけでなく彼女には、由綺には無かった大人の色香までもが漂っている。ま
た、歩き方や物腰などは由綺以上に優雅でしなやかだった。
 冬弥は思わず感嘆の声を上げそうになって、かろうじて踏みとどまった。
「理奈ちゃん……。も、もう。からかわないで……」
 由綺が頬を赤らめて訴え、理奈はくすっと目を細めた。
「……? どうしたの? 冬弥くん」
 理奈から不思議そうに問われ、まばたきもせずに彼女を見つめていた冬弥はいさ
さか慌て気味に答えた。
「あ、い、いやっなんでもないよ。ちょ、ちょっとぼんやりしてた……」
 ははは、と乾いた笑い声を上げ、取り繕うように言葉を続ける。
「と、ところで昨日の仕事は休んだみたいだけど、今日はどうするの?」
「もちろんやるわよ。だからこのパーティは時間を見計らって退席して、劇場の方
に足を向けるつもり」
「そっか……あ、そういえば英二さんは大丈夫? 傷どうなった?」
「ええ大丈夫。澤倉さんのおかげで全快したわ、すっかり元気よ。……あら?」
 自分の言葉の正しさを改めて認識してか、そっと苦笑を漏らす理奈の視線の先に
は、貴婦人たちに取り囲まれて歓談している英二の姿があった。
「なるほど。たしかに、すっかり元気みたいだ」
「ったく、あの男ときたら……なんか私の方が恥ずかしくなるじゃない」
 冬弥が小さく笑い、理奈はわざとらしく仏頂面をしてみせた。
「でも理奈ちゃん、よかったじゃない。今日はたぶん無理だと思うけど、明日から
は私、毎日二人の舞台を観に行くからね」
「くすっ、ありがと。それじゃ、こっちでいい席確保しておくわ。冬弥くんたちも
時間があるならぜひ来て。損はさせないわよ?」
「時間がなくても絶対行くって。せっかくこうして知り合ったんだし、それでなく
てもあの『緒方兄妹』のステージなんだから、這ってでも観に行くよ」
「ええ、待ってるわね」
「冬弥くん、その時は一緒に行こうね」
「ああ」
「あら、お熱いことで。それは私に対する当てつけかしら?」
 理奈が皮肉っぽく笑ってみせると、冬弥と由綺はそろってあたふたした。
「そ、そんな違うって……!」
「あ、あのっ別に二人っきりってわけじゃなくて、美咲さんとか彰くんも含めてっ
てことで……」
 まるでタイミングをはかったように同時に弁解する二人に、理奈は肩を振るわせ
てうつむいた。
「くすくすくす、冗談よ。それにしてもあなたたちって、なんか似た者同士って感
じでホントにお似合いね」
「も、もう……理奈ちゃん意地悪だよ……」
 由綺が眉を困ったような八の字に下げた。
 それを見て理奈はもう一度くすりと笑みをこぼし、
「さて、そろそろ頃合いかな。じゃあ、私は兄さんを引っ張ってぼちぼち行くとす
るわね」
「あ、もう行くんだ。それじゃ理奈ちゃん、がんばってね」
「ええ、ありがと。じゃあね、ふたりとも」
 軽く片手を上げてから颯爽ときびすを返し、いまだに輪を作って談笑している兄
の元へと近寄っていった。
 すると、その接近に気がついたのか、英二は手にしていたグラスをテーブルへと
戻し、周りを取り巻く貴婦人たちにいとまを告げた。
 名残惜しそうな彼女たちに英二が一人一人別れの抱擁をしようとすると、
「そんなことはいいから、早く王様のところに行くわよ!」
 理奈がぎゅっと足を踏んづけた。
「いててて、わかったわかった。そ、それじゃあ、俺たちはこれで」
 妹に引きずられるようにしながらその場を離れてゆき、そして二人は国王の元へ
と並んで近づいていった。
 仕事でパーティを中座することをあらかじめ伝えてあったので、退席することを
国王に告げて簡単に挨拶をかわし、そして大陸一といわれる芸能人の兄妹は大嶽城
の玉座の間をあとにした。


 宴は和やかな雰囲気のまま進行し、現在は広間の中央にて人々はダンスを楽しん
でいた。種々の楽器が美しい音色を奏で、たゆたうようなリズムに乗って軽やかな
ステップが刻まれる。
 最初の一組が現れると、我も我もとそれぞれの想い人の手を取った男女が加わっ
て、あっという間に踊りの輪が形成された。
 そして輪から抜ける者があれば、機会をうかがっていた別の一組がすぐにその穴
を埋めてゆく。
 演奏はゆるやかなものからリズミカルな曲までさまざまに移り変わり、踊りに参
加していない人々の耳も楽しませていた。
 そんな中、篠塚弥生はグラスを片手に壁の花を決め込んでいた。
 動きやすそうな軽装に化粧も薄い口紅ぐらいで、ほとんど普段着と変わらない出
で立ちである。
 大事がなかったとはいえ、命に代えても護るべき姫をこの上ないほど危険な目に
遭わせてしまった。まさに大失態である。ドレスを着る気分ではなかった。
 長年の習慣で、目線は右に左に動いては思い出したかのように瞳を閉じ、今の自
分の行動に対してほんのかすかな微苦笑を浮かべる。
 彼女のあるじである由綺は、人混みに紛れると何故かすこぶる見つけにくくなっ
てしまう。そして由綺はよくお忍びで城下へと遊びに行くので、彼女に災いが降り
かからないよう後をつける時はとても難儀してしまい、おかげで一人ひとりの顔を
じっくり見定める癖がついてしまったのだ。
 今は由綺を捜す必要はないのに、これまた長年の習慣で、無意識のうちにその姿
を捜し求めていた。
 少し頼りなげな感じがして目が離せないというのがその理由の半分だが、もう半
分は、弥生個人のもっと感情的な部分によるところが原因であった。
 前者はともかく、後者の理由についてはその意味をよく理解し、またそれに対す
る葛藤も抱えてはいたが、決して表に出ることはない。
 グラスを口に運んで渇いた喉を潤した時、踊りを見ている者たちの間から小さな
歓声が上がった。
 そちらに目線を送ると、美しく着飾った少女、来栖川の令嬢である綾香が踊りの
輪に加わったところだった。相手をつとめているのは眼光が鷹のように鋭い少年、
浩之である。
 二人は互いの腰に手を回して踊っていたが、特に浩之の方はかなりぎこちない動
きで、なんとか綾香についていっているといった風情だった。しかし、相手の足を
踏みつけたりつまずいたりもせず、二、三分もすれば優雅に軽快なステップを踏ん
でみせていた。
 その踊っている姿を見るとはなしに見ていた弥生は、二人と知り合った昨日の闘
いをふと脳裏に浮かべ、気がつかぬうちに愛剣を挿している腰に手を伸ばしていた。
 が、そこには何もない。
 当然だ。警護をしているのならともかく、パーティに出席している今の彼女にそ
んな無粋な物は要らない。
 弥生は小さく苦笑を漏らし、グラスを口元へと運ぶと中身を一気に飲み干した。
 宝剣マネイ・ザー。
 由綺直属の近衛騎士を拝命した時、由綺本人から授けられた、悠凪王家に代々伝
わる白銀の輝き放つ強力な魔力剣である。
「弥生さん、これからよろしくお願いします」
 にっこりと微笑みかけられたあの瞬間、弥生は由綺をすべてをなげうってでも護
るべきあるじとして認識した。
 以来、約六年の時を一緒に過ごしてきたが、いつしか彼女のことを他のすべてに
勝るこの上なく大切な存在として、誰よりも近い場所で見守り続けている自分に気
がついた。
 だが、それ以上は望めなかった。望んではいけないことだ。
 わかってはいても、由綺と近くで触れ合っていれば思わず抱き締めたい衝動に駆
られることがある。そしていつも、胸を掻きむしるような気持ちで必死に押さえ込
むのだ。それもまた、決して表に出てくることはない。
 物心ついてから、人と比べてはるかに冷めた感情で物事を判断していた自分が、
これほど激しく誰かを想う気持ちを有していたことが不思議で、そして少し誇らし
かった。
(いま、由綺様はあの冬弥とかいう男のところかしら……)
 ちくりと胸が痛む。
 由綺に誰か想い人がいることは知っていた。
 弥生にはお見通しなのだが、由綺は忍んで街に出ているつもりなので市井の人間
の話をするはずはなく、もちろん弥生の方から話を振るわけにもいかなかったので、
どんな相手なのかまではさすがにわからなかった。
 最後まで尾行できた者がいない以上情報もいっさい無いし、どんな男性が好みな
のかもいまいち判然としなかったので、想像することですら困難だった。
 それが今日、初めてその人物を目の当たりにしたのである。
 関わりがよくわからない者も含めてその場には数人の男がいたが、冬弥という名
の青年が意中の人であることはすぐに察しがついた。彼に接した時の由綺の瞳の色
や雰囲気、物腰などが普段と明らかに違ったからだ。
 弥生はその時の場景をできるだけ鮮明に思い出そうとつとめた。誰よりも大切な
由綺が想いを寄せている男――いったいどんな人物なのか。
 しかし会話を交わす機会すらなかったので、外見は思い出せても人物像までは見
えてこなかった。
(仕える姫君を恋い慕う女騎士と、身分が違いすぎる市井の男。いったいどちらに、
より高い可能性があるのかしらね……)
 もちろん後者だろう。明らかに由綺の想いは冬弥に向けられているし、由綺が同
性愛に目覚めるとも思えない。
 万が一、仮に目覚めたとしても同性同士の婚姻は認められていない。
 いや、結婚なぞしなくても、常にそばにいてココロもカラダも許しあえるような、
由綺にとっての一番大切な存在になることができるなら、弥生としてはそれ以上望
むものはないのだが。
 しかし、それも可能性としては限りなく低い。
 弥生は鬱々としたその思考を、深い溜め息とともに頭からすべて吐き出した。
 瞳を閉じ、気分を変えてまぶたを開いた時、視界のすみを長い黒髪の美少女が横
切っていった。
“月影の魔女”こと来栖川芹香である。
 彼女は弥生の姿に気がつく風でもなく、たまに周りからかけられる挨拶にはそれ
なりに受け答えしながら、いつものぼーっとした表情で歩き去っていった。
 弥生はパーティが始まる前に行われた会合での、彼女の話を思い出した。

「『電波』、と呼ばれる力があります」
 ささやくような声で、芹香は語った。
 魔道人形セリオとフランは、来栖川魔工の最新の魔道技術を駆使して生み出され
たものであり、それが何故ああも簡単に支配されてしまったのかという質問に対す
る答えである。
 あの二人の額にはめられていたサークレットには、電波という特殊な力が宿って
いたのではないかというのだ。
 ある程度の素質を持つ者のみ修得が可能な技術として白魔法、黒魔法、召喚魔法
の三つがあるが、さらに限定された素質、才能の持ち主にしか許されない特殊な能
力がこの世には存在する。
 そのうちの一つが電波である。
 使い手自体が極めてまれなためその実態は明らかになっていないが、電波とは運
動を司る神経に直接作用して、相手の意志に関わらず使い手の思い通りの行動をと
らせることができる力とされている。
 そして、この力の波動は目には見えず、防御も回避も不可能というほとんど無敵
の能力であると認識されていた。
 もちろん、その認識は魔道を携わる者にとってである。弥生をはじめ、場に居合
わせた者たち全員が『電波』という単語に馴染みはなかった。
 しかし、電波という力は存在こそ確認されているものの、やはり希有な存在であ
るので、芹香自身でもくわしくは知らなかった。それゆえ推測の域を出ない答えを
返したのだ。
 また、サークレットに支配されている間セリオとフランは自我を失っていた。ど
んな行動をとったのかは覚えていたが、自分がとった行動に対してなんの感情も沸
き起こらなかったというのだ。となると、意志を無視して行動させるという電波の
力とは別物である可能性がある。むろん、セリオとフランは人でなく、魔道人形で
あったためという可能性も考えられるが。
 とにかく、まだまだわからないことだらけである電波だが、そのサークレットに
も不可思議な力が備わっていることは確かなので、ひとつは悠凪で、もうひとつは
来栖川の魔道工学研究所にて調査・分析を行うという話に落ち着いたのだった。

(電波……か)
 人ひとりを思い通りに操ってしまう、魔法とは異質の力。しかも、目には見えず
防御も回避も不可だという。
 そんな恐ろしい能力がこの世にあるなんて、いままで聞いたこともなかったし、
考えたこともなかった。
(世の中には、当然だが私の知らないことが山のようにある)
 だが、知っているのと知らないのとでは雲泥の差がある。
 知っていれば対策を立てることができ、そして危機を回避しやすくなるという状
況は間違いなくあるだろう。
 堅固な城にいる限りでは、今までは剣術を中心に打ち込んできてそれでよかった
のだが、これからはそうもいかなくなった。
 由綺が、「旅に出たい」と父である悠凪国王に訴えたのだ。そしてあろう事か、
その嘆願が通ってしまったのである。
 もともとは英二が冗談混じりで誘ったのだが、由綺は真に受けてしまったらしい。
 ただでさえ王宮での箱入り生活に嫌気がさしていたのである。理奈の説得も天然
の笑顔でかわし、祭最終日の翌日、そのまま一緒についていくことになった。
 誘いの声は冬弥たちにもかかり、美咲はわずかにためらったが同行を承諾し、結
果、緒方英二、その妹の理奈、藤井冬弥、河島はるか、七瀬彰、澤倉美咲の六名と
ともに、由綺は初めて悠凪の外の世界に触れることとなったのであった。
「彼らが一緒なら大丈夫だろう。見聞を広めてきなさい」
 そう言って、悠凪国王は末娘の旅立ちを許した。
「近衛騎士隊長、篠塚弥生。そなたもついてゆきなさい」
「はい」
 弥生は間を置かずに即答した。
「ははは、一瞬の迷いもないな」
「私は由綺様直属の近衛騎士です。我があるじが旅立つというのなら、お供しない
道理はありませぬ」
「その通りだ。そなたは王家直属の近衛騎士たちの隊長であるが、それ以上に由綺
の側近中の側近だ。加えて、我が国最強の騎士でもある。もはやそなたほどの適任
者もいまい。それでは娘のこと、よろしく頼んだぞ」
「心得ましてございます」

 トントン拍子に話が進んでしまったが、祭の初日、由綺のあこがれの対象である
緒方兄妹と出会ったあの時から、弥生には何となくこういうことになる予感がして
いた。
 少なくとも、もし由綺が緒方兄妹と話をするようなことがあれば、外の世界を見
て回りたいと言い出すような気はしていた。お忍びで街に出掛ける以外にも、由綺
には宮廷での生活を窮屈に感じている節があったからだ。とはいえ、これほどあっ
さり許可が下りるとはさすがに思ってもみなかったが。
 しかしどんな状況であれ、弥生の仕事はあるじである由綺をあらゆる災厄から守
り抜くことである。それは城の中であろうが、旅の道中であろうが変わりはない。
 ずっと城仕えをしてきた弥生にとっても、悠凪の外は未知の世界だ。旅慣れた緒
方兄妹から教わることはたくさんあるだろう。
 剣一本では対処できない事態に見舞われることだってあるかもしれない。
 だが、彼女のやるべきことはただ一つである。
(宝剣マネイ・ザーにかけて、由綺様は必ず守り通してみせる……!)
 表情にはいっさい現れていないが、弥生は心の中で固い決意をみなぎらせていた。
 だが、彼女は知らなかった。
 旅立ちの日の朝、自分一人が悠凪に残り、遠ざかる彼らの後ろ姿を見送らねばな
らない数奇な運命が待っていることを。




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 あ〜、なんか話をすっ飛ばしてる感じ……。
 手抜き入ってるかなぁ……。