LF98(39)  投稿者:貸借天


第39話


「さて」
 実年齢よりはだいぶ若く見える悠凪国王はそう言って、招聘に応じてくれた客人
たちを見回した。
 客人というのは彼の娘の、悠凪第二王女である由綺の危機を救った者たち――英
二、理奈、冬弥、彰、美咲、はるか、浩之、あかり、雅史、志保、葵、好恵、芹香、
綾香、理緒、フラン、セリオ、初音の計十八名である。
 厳密に言うと、由綺の救出に関して特になんの功績を挙げていない者もいるのだ
が、とにかく今回の事件に関わった主要メンバー全員が顔をそろえ、会議室の大き
な円卓の周りに腰を落ち着けていた。
 その反対側辺りの席には、悠凪側の人間――国王、由綺、弥生をはじめ、国王付
きの近衛騎士数名と、国防長官、審問長、書記官らが陣取っている。
 みなからの注目が集まり、言葉の続きを待っていることを察した国王は、客人た
ちに向ける視線はそのままに、いったん閉じていた口を開いた。
「このたびはわざわざ足を運んでもらって、まことにかたじけない。いや、本当に
感謝すべきことはもちろん娘の命を救ってくれたことにあるのだが、一国の王女が
拐かされた事件よりも、今回に限っては我が国にとって実に嘆かわしい事実が判明
してしまった。そのことについて詳しい話を聞かせてもらいたかったがために、こ
うしてお呼び立てしたわけなのだが、一人も欠けることなく集まってもらって本当
にありがたく思っている」
 国王は客人たちの顔を順繰りに見ながら言葉を続けた。
「当事者であるあなた方はすでにご存じのことと思われるが、ことの起こりは我が
国に根付く人身売買組織の手の者が、由綺を王女と気づかずに奴隷候補として誘拐
したところから始まる。
 去年発足された、ルミラ大陸全土における共通の規律――人身売買と奴隷制度の
完全撤廃。にもかかわらず、そのような組織が大陸最大と言われる我がリーフ祭の
裏で暗躍していたというだけでも問題であるのに、組織の元締めが我が国に仕える
伯爵家の者であったというのだから、まったくもって如何ともしがたい」
 国王は目を閉じて溜め息をついた。
 そして顔を上げ、さらに話を続ける。
「昨日、由綺から話を聞いてのち、この件について夜を徹しての討議を行った結果、
大陸全土にすべての事実をさらけ出すという結論に行き着いた。そのためには事件
の全容を正確に把握しておく必要があり、それゆえあなた方から直に話を伺いたく
て集まってもらったのだが、協力してもらえるだろうか?」
 国王はもう一度、客人たちの顔をゆっくりと見回した。


 まずは由綺から話が始まった。
 城を抜け出し、たくさんの人々で賑わう街を歩いていたこと。途方もない渋滞の
ため近道しようと裏通りに入って歩を進めているうちに、横合いから何者かに腹を
一撃されて気を失ったこと。
 それらを二人の書記官が逐一書き連ねていく。
 次に英二が、夕刻、祭の喧噪のなか、悲鳴を聞いたような気がして裏通りに入り、
空耳でなかったことを確認して理奈とともに組織の隠れ家に侵入したことを語った。
 そうして話が進み、好恵の名が出てきたところで国王が口を開いた。
「なるほど、君がディクシル伯爵に雇われていた傭兵か。“狼牙”の傭兵たちのな
かでも上位にランクされるほどの腕前だとか」
「いえ、そんな……」
「謙遜せずともよい。それと、由綺が危ないところを身を挺してかばってくれたそ
うだな」
「え……っと」
「あの、ほら、魔法のとばっちりを受けそうになった私と初音ちゃんを脇に抱えて
避難したときだよ」
 由綺の言葉で、好恵はようやく思い出した。
 確かにそんなことがあった。ドグルスが放った白熱球の巻き添えを食いそうにな
った二人を助け出し、それで自分が左脚のふくらはぎに大怪我をしたのだ。
「ああ、あの時の……」
「たしか、足にひどい怪我を負ったと聞いたが大丈夫かね?」
「大丈夫です。腕のいい術者に治療してもらいましたから」
 好恵がちらりと視線を投げかけると、ちょうど美咲が気恥ずかしげにうつむいた
ところだった。
「そうか、それなら結構だ。……さてと、では君の処分についてだが……」
「……はい」
 国王の口調が急に改まったものになり、好恵は表情を引き締めた。
「“狼牙”所属の傭兵、坂下好恵。人身売買組織に荷担した罪ということで、城の
地下にある牢にて三日間の拘留処分を受けてもらう。それで君は自由だ」
「み、三日間の……拘留……ですか?」
 どんな厳しい沙汰が下されるかと戦々恐々していた好恵は、国王から言い渡され
た判決に拍子抜けしたような呟きを洩らした。
「よ、よろしいのですか? その、私が言うのもなんですが、人身売買が絡んだ処
罰は極刑が通例なのでは……」
「その通りだ。しかし君は契約後もそれとは知らずに働いていたのだろう? まあ、
普通ならそのことは言い訳にもならないのだろうが、君が組織壊滅に大きく貢献し
たことも事実だ。また、娘の命の恩人に対してそのような厳しい処分を下したくは
ない。むろん、人の上に立つ者として、このような場合に私情を持ち込むことは許
されたものではないことも理解しておる。それでも……な」
「……ですが、それでは近隣諸国にいろいろと攻撃の材料を与えてしまうことにな
るのでは?」
 控えめに言う好恵の言葉に、国王は頬をゆるめた。
「ほほ、心配してくれるのか? 大丈夫だ。どのみち、今回の事件を諸国に通達す
るということは、それだけでこの上ない攻撃材料を与えることになってしまうから
な。何しろ、国に仕える重鎮の一人が人身売買組織を創設し、そして我らは長い間
そのことに気づかなかったのだ。こちらとしては、何を言われても返す言葉もない。
君の処分に関しても何事か難癖をつけられるだろうが、そっちの方はどうとでもな
るから安心したまえ」
「……そう……ですか」
 どんな顔をすればいいのかわからないといった面持ちで、好恵は口を閉ざした。
「ふむ。傭兵といえばすぐに荒くれ者を想像してしまうのだが、認識を改める必要
がありそうだな」
 国王が穏やかに目を細める。
「正直なことを言うと、君は無罪放免にしたいところだったのだ。しかし、組織の
人間は下っ端の者まで一族郎党厳重処分を下している以上、そういうわけにもいか
ないだろう、何か処罰を、ということで三日間の拘留に決定したのだ。まあ、そう
いうわけで済まないが、今宵の宴を楽しんでもらってから、明日より三日間地下牢
で我慢してもらいたい。よいかな?」
「はい、もちろん異存はございません」
「そうか、納得してもらえてなによりだ。では、だいぶ横道にそれてしまったが話
の続きをお願いしようか」
「承知しました。まず私が単独で姫君たち一行に突入していって分断を図り、その
あとに組織に雇われていた他の傭兵たちが現れ……」
「……その傭兵を倒したあと、また新たな傭兵が参戦してオレたちも……」
「…………」
「……そして来栖川先輩が合流して、僕たちと一緒にあの魔物と……」
 しばらくのあいだ、静かな口調でそれぞれ自らの行動を語る声と、書記官たちの
筆を動かす音と、羊皮紙をめくる三つの音だけが、厳かな雰囲気が漂っている会議
室の空気を震わせ続けていた。


「ふぃー、終わった終わった」
 会議室の大きな扉を出た浩之がうーんと伸びをした。
「ああいう堅っ苦しい雰囲気って、やっぱ苦手だな」
「その割には普通に話してたじゃない。他の人は多かれ少なかれ明らかに緊張して
たのに、浩之はいつもとぜんぜん変わってないように見えたわよ」
 綾香がひょいと顔を覗き込んで揶揄するように言う。
「そうか? まあ……オレは緊張はしても、体が固くなったりってのはあんまりな
いからな。しかし、お前とか先輩とかはさすがだな。なんか場慣れしてるっつうか、
ああいう空気に違和感なく溶け込んでるって感じだったぜ。そういえば、エイジさ
んやリナさんもそんなふうだったな。あの人たちって、ぜったい庶民の生まれじゃ
ねーよな。そんな気がする」
「確かにそれは言えてるわね、私もそう思う。でも詮索すべきことじゃないわ」
「わかってるって。さてと、あとはパーティだけだな。盛装して参加する宴って、
なんか肌に合わねー感じだけど、まあたまにはいいか」
「その前に行くところがあるでしょ」
「ああ、わかってるよ。先輩が先に行ってるらしいし、今からオレも行くわ」
「ん。じゃあ、またあとでね」
「おう」


 会場への入り口、大扉の前に立っている城仕えの男に名乗る。
「藤田浩之様ですね。お待ちしておりました」
 丁寧な仕草で一礼し、男は大扉の番をしている衛兵へと合図を送る。
 重そうな音を立てて、観音開きの扉が左右に口を開けた。
 明るい光が漏れ、ふんだんな調味料を用いて調理された食物のかぐわしい香りや
酒類の様々な匂いが鼻腔の奥へと押し寄せる。
「うわぁ……」
 扉の内側を目の当たりにし、あかりは小さく歓声を上げた。
 扉の向こうは玉座の間であるが、その広さはちょっとした公園ほどもあり、赤い
絨毯が敷かれたその広間には盛装した人々が集い、グラスを片手に和やかに談笑し
ていた。
「なんだか、知らない世界に迷い込んじゃったみたい……」
「ま、オレたちにゃ普段、縁のない世界だからな」
「どうぞ、こちらへおいでください」
 男が先に立って歩き出した。
「ほれ入るぞ」
 と、浩之があかりの背中を押すと、
「わ。っとっと」
「なにやってんだ……」
 浩之は呆れ口調で、つんのめって倒れかけたあかりを支えた。
「だ、だってびっくりして……」
「行くぞ」
 一人さっさと歩き出す。
「あ、待ってよぉ……」


「あら、遅かったじゃない二人とも」
 淡い紫のドレスをまとう志保が、傾けていたグラスを戻して口を開いた。
「ああ、思ったより時間かかっちまってな。宮廷魔道士のじいさん、驚いてたぜ。
個人の力でここまで天地の精気を集めることができるとは……てな」
 苦笑しながら言う浩之の身体からは、あの圧倒的な気配がすべて消えていた。
 事情を話して、城に使える宮廷魔術師に、はるかに施された術を解除してもらっ
たのである。
 おかげで、広間に入ったとたん宴に参加していた貴族たちから一斉に注目の視線
を浴びるという、あまりしたくない経験をせずに済んだのだった。
「はるかさんってすごいんだね」
 雅史が感心したように言う。
「まったくだ」
「ちょっと照れるね」
「でも、ちゃんと元に戻せたらもっとすごいんだけどなぁ」
「ごめんね」
「……え?」
 気がつくと、いつの間にか隣にはるかが立っていた。
「ハ、ハルカさん!?」
「ん」
 呑気にうなずくハルカの後ろから、見知った顔ぶれが近づいてきた。
「あれ? いま来たのか?」
「こんばんは」
「やあ」
 冬弥と美咲と彰である。
「あ、こんばんは」
 浩之たちもそろってペコッと頭を下げた。
「あれ? 浩之、元に戻ったのか?」
 冬弥が目を開いて訊ねた。
「ああ、そうなんすよ。このままじゃあまずくないかって相談したら、タスケさん
っていうこの城で最高の魔道士にまで話が通って、それで術を解除してもらえたん
です。そのせいで少し遅れたんですけどね」
「へえ……でも、よかったじゃないか」
「まったく。あのままここに来てたら、すげぇ居心地悪かったっすよ」
「ごめんね」
「あ、いや、ハルカさんにはマジで感謝してますよ。こうして無事にいられるのも、
あの術のおかげなんすから」
 しおらしく謝るはるかに、浩之は慌てて手を振った。
「まま、ハルカさん。一杯どうぞ」
「ん」
 浩之の差し出したグラスを受け取り、はるかは琥珀色の液体を一気に喉に流し込
んだ。もちろん、中身は酒である。
「わ。すげ」
「ん、おいしい」
 まったく顔色ひとつ変えることなく、にこりと微笑む。
「オレも呑もっと」
 テーブルに置かれたグラスに手を伸ばすと、あかりが釘を刺した。
「浩之ちゃん、呑み過ぎないようにね」
「そうだよ、ひろゆきちゃん」
「……ハルカさん、もしかして酔ってる?」
 あかりと並んで浩之を見上げているはるかの笑顔は、いつものようにほんわかと
している。
「酔ってないよ。ひろゆきちゃん」
「…………」
「どうしたの? ひろゆきちゃん」
「……トーヤさん。すいませんが、ハルカさんをなんとかしてください」
「無理」
 浩之の懇願を、冬弥は言下に否定した。
「ほら、ひろゆきちゃんも一杯」
「ハルカさん、『ひろゆきちゃん』はもう勘弁してくださいよ……」
 浩之が情けない顔をしていると、
「ああ、いたいた」
 今度は好恵たちが現れた。隣に葵がいて、その後ろにはフランとセリオ、さらに
その後ろでは理緒と初音がにこやかに話をしている。
 皆、それぞれがドレスで美しく着飾っていた。
「おう」
「こんばんは」
 軽く片手をあげたり、にっこりと微笑んだりしながら挨拶をかわす。
「うわ。これが坂下のドレス姿か……」
「ぜったい何か言うと思った……!」
 好恵がこぶしを振るわせながら浩之を半眼で睨み付けた。
 彼女は黒と濃紺の色調でシックにまとめられたドレスを着ており、髪は付け毛を
せずにさっぱりと短いままにしてある。
「こういう敷居の高いパーティなんて、本当は来たくはなかったのよね……場違い
なのは自分でもわかってるから」
 首から下げた銀のネックレスを弄びながら、しみじみと嘆息して言う。
「いや、べつに変だとはひとことも言ってねーぞ。なんつーか、見慣れてないから
単に驚いただけで……」
「悪かったわね。どうせあたしは普段、女の子らしい格好してないわよ」
「あの好恵さん。私はそのドレス、とってもお似合いだと思いますけど……」
 見かねた葵が割って入った。
 しかし、彼女はお世辞を言ったわけではない。
「……あんたのことだから本心で言ってくれてるんでしょうけど……なんか素直に
喜べないのはなぜかしらね……」
 こういう服装には多分に苦手意識がある好恵が自虐気味に呟いた。
「ところで、先輩とか綾香がどこに行ったのか知らないか?」
「さあ……ね。そういえば、緒方さんたちもいないわね」
 首を巡らせていると、冬弥が奥の方の玉座のある一角を指さした。
「たぶん、あの辺りだ。もうすぐ紹介されるんじゃないかな」
 ちょうどその時、冬弥の言葉が終わるか終わらないかのうちに、国王が玉座から
すっと立ち上がった。
 そして、背後に控えていた由綺がしずしずと歩を進めてその隣へと並ぶ。
 会場にいるすべての者がそちらへと注目し、口を閉ざして王の言葉を待った。
 ホール内が静寂に包まれる。
「皆、楽しんでいるところを申し訳ないが、しばしこちらに注目して欲しい。本日、
娘の由綺が蛍崎内においてとある事件に巻き込まれ、あわや命を失いかけるという
ゆゆしき出来事があった。そのおり、娘を助けようと行動してくれた者たちがいる。
それが彼らだ」
 と、国王が浩之たち一団の方に紹介の手をさしのべた。
 おお……と列席者たちの間から感嘆の声が上がり、興味の視線が集まる。
「事件そのものは衛兵や警官たちによって鎮圧されたのだが、彼らがいなければ由
綺は助からなかったといっても過言ではない。自らの身を危機にさらしてまで、娘
に害をなそうとする者たちを退けてくれたのだ。娘ともども、あらためて礼を言わ
せてもらいたい」
 国王は浩之たちの方にまっすぐ顔を向け、強い感謝を込めた言葉を述べた。
 それに合わせるように、由綺が深く丁寧に頭を下げる。
 またもや、おおお……と貴族たちの間から驚嘆の声が上がり、ふたたび浩之たち
に集まった視線には、今度は感心と敬意が込められていた。
 顔の向きを戻し、国王が話を続ける。
「また、このたびの宴において我々は滅多とない客人を招くことができた」
 こちらに参られよ、という合図とともに四人の男女が玉座へと近づく。
「東の大貴族、来栖川本家のご令嬢、芹香殿と綾香殿。並びに、大陸一と称される
芸能人、緒方英二殿と理奈殿だ」
 おおおお……と、ひときわ大きなどよめきが沸き起こる。
「こちらの四人もまた、由綺の命を救ってくれた恩人たちだ。合わせて十八名の恩
人たちを、我々は王家の賓客として遇することとする。皆もそのつもりで心得てお
いて欲しい」
 会場内にいる者たちに確認するかのようにゆっくりと見回し、
「私の話は以上だ。それでは各人、ゆるりとくつろいでくれ」
 最後にそう締めくくり、国王は退がって玉座の人となった。
 それを機に広間内にざわめきが戻り、人々の興味はふたたび歓談と飲食へと移っ
ていった。




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 うーむ。
 我ながら、変な内容だ。