LF98(29) 投稿者:貸借天
第29話


 浩之、猛攻。
 はるかに施してもらった不思議な術のおかげで、今の彼は体力無限の状態になっ
ている。とにかく、疲れ知らずの元気にまかせてひたすら暴れ回った。
 闘いながら、浩之は綾香のことを考えていた。
 葵がフランに押されまくっていることを知って駆けつけてきたものの、綾香もま
た、男と狼もどきのコンビネーションに大苦戦を強いられていることを見て取り、
どちらへ向かえばいいのか少なからず迷った。
 しかし綾香が「先に葵の救助に向かえ」と言って、手助けを拒んだのだ。
 それでまずは葵のもとに向かい、とにかく一刻も早くフランの解放に専念するこ
とにしたのだが、そうたやすくはいきそうになかった。
 攻めて攻めて、スキを見てサークレットに手を伸ばすのだが、まったくうまくい
かない。
 魔道人形は疲れ知らずなこともあって、体力切れを待つ戦法はとれなかった。激
しい一撃を浴びせて、ひるんだところを一瞬のうちに取り除くしかない。
 しかし、フランの強さは半端ではない。
 その激しい一撃がなかなか入らないのだ。

 ギシイイィィ!!!

 全力のストレートを手のひらの魔力文字で受け止められる。フランは小揺るぎも
せず、そこから反撃に転じた。
 力強さと、圧倒的な体力による強引さで押していく浩之とは異なり、キレのある
技とスピードで押していくフラン。
 彼女の猛攻をどうにかしのぎながら、
「まっ、またかよ! なあ、葵ちゃん。あのやっかいなモノ、ありゃいったいなん
だ!?」
 浩之が声を張り上げる。
「…………」
 しかし、彼の闘いぶりに魅入られているような表情で葵は答えなかった。
 フランとの闘いにより命も風前の灯火という状況で、彼女は浩之に救われた。
 どうしてそんな強大で圧倒的な気配と氣勢を放っているのか訊きたかったのだが、
綾香もまた自分に負けず劣らずの危機に瀕していることを知って、のんびりしてい
るヒマはなくなった。
 早くなんとかしなければという思いはあっても、しかし身体が動かない。
 体力がきれていて動けない葵の代わりに、今度は浩之が一人でフランと闘うこと
になった。
 葵は体力の回復を急ピッチで進め、できるだけ早く参戦するつもりだったのだが、
整える呼吸が思わず止まってしまった。
 浩之は、フラン相手に一歩もひけを取っていなかったからだ。
 葵独りではひたすら防御に徹することしかできなかったフランに対して、浩之は
果敢に攻め込み、押しつ押されつの攻防を繰り返しているのだ。
「なあ、葵ちゃん!」
 再度の浩之の呼びかけに、葵は我に返った。
「あっ……な、なんですか先輩!」
「あの、フランの手のひらに浮かぶ魔力文字、ありゃいったいなんなんだ!? 完
全に受け止められて、ビクともしねーじゃねーか!」
 正拳を受け流しながら言う。
 この激しい猛攻にさらされながらも会話する余裕があることに、葵は驚きを禁じ
得なかった。
「えっ、えっとですね。私もあまり詳しくは知らないのですが、なんでも強力な防
護魔法を幾重にも重ね、それを一文字の魔力文字に集約して手のひらにおさめたも
のだそうです。芹香さんがその技術を編み出して、施したと聞いています」
「そうか、芹香先輩の仕業か! ちっくしょー、さすがは“月影の魔女”だな。だ
けど、すっげぇやっかいだぜ、これは!」
「はい。私の崩拳も完璧に受けきられてしまいました」
「葵ちゃんの崩拳もか! マジかよ!」
 驚き叫んだ言葉の割には、口もとには笑みが浮いている。
 そんな浩之を見て、葵の脳裏に過去の記憶が甦った。
 それは旅立つ前のことである。
 芹香が“月影の魔女”の称号を得て半年ほど経った頃、いつも共に練習をしてい
る綾香からの誘いを受け、好恵と二人で来栖川の邸宅へと向かった。
 広大な庭へと通されると、そこには綾香と、二人のHMがいた。
 セリオとフランである。
 彼女らは製品版ではなく、芹香の護衛として特別な処置が施された、Xタイプと
いうことだった。
 特別な処置とは何か?
 それは、若かりし頃“武神”と呼ばれていた長瀬源四郎によって、戦闘訓練を受
けたというものである。
 最初はそれを知らされず、綾香に促されて葵がフランと、好恵がセリオと組み手
をすることになった。
 葵も好恵も、初めのほうこそ普通にやっていたのだが、手加減した自分の攻撃が
何一つ通用しないことを悟り、本気になっていった。
 そして……結果は惨敗だった。
 何度やっても勝てなかったのだ。
 地面に寝転がって荒い呼吸を繰り返す二人に、綾香が悪戯っぽい笑みを浮かべな
がら言った。
 セリオとフランは戦闘ができないHMのなかでも特殊な存在で、芹香を護るため
に源四郎が直に鍛え込んだということ。
 かく言う自分も一度として勝てなかったこと。
 そんなこんなしているうちに、源四郎をともなって芹香が現れた。
 特別仕様のセリオとフランについていくつか教えてもらったのだが、魔道にうと
い葵には内容はチンプンカンプンで、あまりよく理解できなかった。
 それでも、崩拳さえ受けきった手のひらの魔力文字がどういうものかということ
と、製品版で使われている脳を司る宝玉が、このセリオとフランに関しては桁違い
にすぐれたものを搭載していることぐらいはわかった。
 なにしろ普通のHMに備わっている全能力に加え、“武神”が教え込んだ極めて
高度な格闘術をも内在しているのである。
 もっとも、源四郎が言うには自分の知るすべてを教えることができなかったとい
うことだった。時間がないとか素質がないということではなく、単純に容量が足り
ないのである。
 素質に関してはセリオもフランも申し分なかった。わずか半年で、源四郎が伝授
した格闘術によって、一対一なら葵たちでは歯が立たないほどの強さにまでなった
のである。
 そしてその半年で容量がいっぱいになってしまい、これ以上のレベルアップはな
くなった。
 武芸百般でどんな闘いにも精通している源四郎は、格闘術だけでなく、剣や槍も
仕込みたかったと無念そうだった。
 それもそうだろう。
 セリオとフランは自分に変わって芹香を護衛するのだ。万全を期しておきたいの
は当然だ。
 葵は、あれだけ強いセリオやフランに対してまだまだ教え足りないという源四郎
の底の深さと広さに、ただただ驚くばかりだった。
 また、いつかは自分もこの高みにまで上り詰めたいと思った。
 そして、そのためにはまず、芹香の守護神たちを独りで倒せるようにならなけれ
ば……などと考えていた。
 そんな思いを抱いたことを綾香はその場で一目で見抜き、冗談めかして「どっち
が先にこの子たちを超えられるか勝負ね」とセリオとフランを指さして言い、葵を
慌てさせた。
 すると源四郎が、綾香も葵も好恵も今と同じような厳しい修練を続けていれば、
一年もあればまず間違いなく超えるだろうと太鼓判を押した。
 あの“武神”のお墨付きである。葵は喜び、ますます修行に励むことを固く心に
誓った。
 とにかく圧倒的なまでに強く、その老齢にして計り知れない実力を秘めた源四郎
だったが、来栖川に仕えて五十年、ただの一度も弟子をとったことはない。
 その彼が、浩之をこう評価したのである。
 あの小僧の潜在能力は自分でも見極められない。何かのきっかけがあれば、あの
小僧は化ける。
 もし自分が鍛え上げたのなら、あるいは自分を超えるやも知れぬ――と。
 本人を前に言ったことはなく、また口止めされてるため浩之自身は知らないのだ
が、あの“武神”をしてここまで言わせたのだ。
(……何かのきっかけって……今の状態のことなのかな……?)
 いったい何があったのか、とても人間とは思えないような凄まじい“氣”を放つ
浩之の背中を眺めながら、葵は回復を忘れてぼんやりとしていた。
 普通なら絶対にできない無茶な攻め方をしているが、決して力任せというわけで
はなく、ちゃんと基本にのっとった攻撃。そして防御。
 しかも、戦闘開始直後フランに攻め込まれた時は技とスピードで押されまくって
いたのに、今ではほとんど互角の動きをしている。徐々に、浩之の攻撃時間が長く
なっていた。
「すごい……」
 葵がポツリと呟いた時、
「おぉああぁ!!」
 咆吼とともに、浩之が渾身の力を込めた左の中段正拳突きを放った。
 これに対し、フランの右の手のひらから鉄壁の魔力文字が浮かび上がる。

 ギシイイィィ!!!

 お返しとばかりに左正拳を繰り出すフラン。
 側頭部に受けた強烈な一撃を意に介さず、浩之は拳を止められたままの左腕に力
を込めて闘気を爆発させた。
 猛々しい氣流が激しく渦を巻いて足もとから立ちのぼり、すべてを薙ぎ倒す竜巻
と化して吹き荒れた。
 まるで突風に吹かれたように、フランは風下のほうに身体を流された。一瞬バラ
ンスを崩すが、すぐに持ちこたえる。
 その間にも浩之の氣勢はますます上がっていた。
 彼の拳を受け止めている魔力文字が、重そうな軋み音をひっきりなしに上げ続け
る。
「――おらぁッ!!」
 一声吠えた時には、左腕は振り抜かれていた。鉄壁の魔力文字を打ち砕き、手の
ひらにぶつかってその小柄な身体を吹き飛ばす。
 あらゆる攻撃を退けてきた魔力文字を破った瞬間だった。葵が心の中で歓声を上
げる。
 しかし、フラン自身は驚愕や狼狽など反応らしい反応をなにも見せず、無表情の
まま空中で体勢を立て直して足から綺麗に着地した。
 その時には、浩之はすでに彼女の眼前にまで迫っている。
 同じタイミングで二人は拳を繰り出し、逆の手が同じタイミングでさばく。
 次の瞬間、回し蹴り同士をかち合わせた。
 力で勝る浩之が競り勝つ。
 細く引き締まった脚を弾いたあと、そのまま懐へと踏み込む。
 迎撃の発勁にはさすがにヒヤリとしつつ、これを片手で身体の横に流して、もう
一方の手をフランの額へと伸ばした。
 水月に膝を叩き込まれながらもサークレットに手をかけ、その小作りな頭から一
気に取り除く。
「ッッぐふぅぅっ!!」
 浩之は腹を押さえてよろよろと後退し、苦痛にゆがんだ顔でフランを見た。
「ど、どうだ……?」
「――――」
 フランは放心したような無表情でしばらく動きを止めていたが、
「――浩之さん……? 私は……いったい……」
 やがて、まるで今眠りから覚めたような顔つきで、きょろきょろと周りを見渡し
た。
「へ……へへっ……。元に、戻ったか……!」
「ふ、藤田先輩ッ! す、すごいです……!!」
 喜び勇んで駆け寄ってくる葵。
「ど、どうだ葵ちゃん。なんとかうまくいったぜ……!」
「すごいです! 本当にすごいです藤田先輩!! 一対一なら、私や綾香さんでも
かなわないフランさんを一人で……!!」
「つっても、ま、それはハルカさんのおかげなんだけどな」
「あ、あの……私はいったい……」
 盛り上がる浩之と葵に、フランは遠慮がちに声をかけた。と、そこで初めて気が
ついたように、無表情ながら軽く目を見開く。
「お二人とも……そのお姿は……」
 例によって、浩之は全身傷だらけ。にじんだ鮮血が、灰色がかった衣服をとこと
んまでに紅く染め抜いている。
 葵も、むき出しの腕や脚にいくつものアザを作っていた。顔も少し腫れている。
「ん。ああ、これは……」
 言葉を最後まで聞かずに、フランは何か重大なことを思い出したようにハッとな
った。かすかに開いた唇から、頼りなげに言葉を洩らす。
「私は……操られていたのですね……?」
「え? あ、ああ……」
「覚えています……好恵さんと、葵さんと、浩之さんと闘ったこと。そして闘って、
怪我を負わせたこと……。私は……なんということを……」
「い、いや、それはしょうがねーだろ? すべては、このサークレットをはめやが
ったヤツが悪いんだ。そんな気にすんなって」
 目を伏せるフランの細い肩に手をおいてなぐさめていると、
「先輩ッ。綾香さんが……!」
「! そうだっ、綾香……!!」 
 葵が飛ばした鋭い声に慌てて首を振り向け、目標の人物を目にするや息を呑む。
 綾香は、浩之に負けず劣らずの傷だらけになっていた。遠目にもわかる顔色の悪
さと荒い息づかいから、全身を彩る朱が返り血でないことは明らかだ。
 おそらく致命傷はなんとか避けているだろう。しかし右腕の、肘から下のダメー
ジはかなり深刻そうだった。見た感じ、治癒魔法でもかけてもらわなければ、しば
らく使いものになりそうにない。
 綾香はそんな状態だったが、対して敵とおぼしき男は傷ひとつ負ってないようだ
った。長剣で肩をとんとんと叩きながら、余裕の笑みを浮かべている。
 さらに、剣士風の女が綾香のそばへと近づいていた。
 絶体絶命だ。
「くっ! 葵ちゃん、フラン、行くぞ!!」
 言いざま、浩之は猛スピードで駆け出した。


 綾香は地面に片膝を立てて、肩で大きく息をしながら突き刺すようにヴォルフを
睨み付けていた。
 右腕の、手首と肘との間に激痛が走る。顔をゆがめて、少しうめいた。
 痛いのは当然だった。なにしろそこは先刻、魔狼タレストラによって肉を盛大に
食いちぎられたからだ。
 そのタレストラはというと、通りのすみ、壁際で横たわってピクリともしない。
 右腕を犠牲に、発勁を撃ち込んだ結果だ。
 はじめ、ヴォルフとタレストラとの連携攻撃に綾香は手も足も出ず、一方的に攻
められ続けて損傷は増加の一途をたどるのみだった。脚をやられていたため、かわ
すことでさえ難しいのだ。
 このままでは助けが来るまで保たないと判断し、多少強引でもどちらか一方をな
んとか倒すことにした。
 そして、ターゲットにタレストラを指定。大きくあぎとを開いて咬みつきにきた
ところを、右腕を差し出して受け止めた。
 硬氣功で防御しているのでダメージはまったくないが、このやり方はそう何度も
通じない。いまこの時に確実に仕留めなければならなかった。
 血が噴き出るどころか、牙さえ突き立たないことに驚く魔狼。そのスキに綾香は
“氣”を極限まで練り上げて絞り込み、渾身の発勁を繰り出した。
 刹那、硬氣功が解除されたので牙が肉に穴を開けてめり込み、それに気づいたタ
レストラがいただきますとばかりにあぎとを強く閉じた。
 そのあとに発勁が叩き込まれたため、タレストラは咬みついていた綾香の腕の肉
を食いちぎりながら吹っ飛んでいったのだ。
 そうして、どうにか一対一まで持ち込んだものの代償はやはり大きかった。この
戦闘には、もはや右腕は使えない。拳を作ることさえできなかった。
「う……っ」
 歯を食いしばり、力なく立ち上がる。
 食いちぎられた右腕、右肩。そして、左脚の裂傷も決して浅くはない。
 限界はもう、すぐそこだ。
 しかし、著しい流血によって頭を少しふらつかせながらも、綾香は地面をしっか
りと踏みしめた。もとより、たやすく諦めるつもりはない。
 ヴォルフは、倒れて動かないタレストラをちらりと横目で見、
「いやはや、ホント殺すにゃ惜しいわ。とはいえ、なあ、あんた。もう右手は使え
ないだろ? 脚の怪我も深い。体力も切れかけて動きも明らかに鈍ってる。一方、
俺は全然ピンピンしてる。それでもやっぱり抵抗すんのか?」
「……何回言わせる気? 当たり前でしょーが」
「ちっ……」
 小さく舌打ちして、剣を片手で構える。
「っつってもまあ、今なら楽勝で勝てるな。別に斬り殺さなくても、うまいこと気
絶させりゃいいことだ。あんた、もう逃げられねーぜ」
「……くっ」
 憔悴した顔に痛々しい表情を張りつけ、綾香はじわじわと後退した。
 じゃり……。
「!?」
「おおっ!」
 瞬間、綾香とヴォルフの二人は、こちらへと近づく何者かの気配にまったく同時
に気がついた。
 しかし、そのあとの反応はまるで正反対だった。
 余裕からか、ヴォルフは第三の人物に目を向けてパッと顔を輝かせ、綾香は顔を
正面に向けたまま、ピンと気を張り詰めたからだ。
(新手……? だとしたら、もう絶望的ね……)
 心中で苦々しく呟いていると、
「おほー、こっちもいい女だな! なあ、あんたの仲間か?」
 舌なめずりせんばかりの口調で、ヴォルフに訊ねられた。
 その質問を綾香は無視で応じた。代わりに、少しだけ緊張をやわらげる。ヴォル
フが知らないということは、少なくともヴォルフの仲間ではないということだから
だ。
(いえ、断定はできない。今の状態ではたかが知れてるけど、どういう行動に出ら
れてもすぐに対応できるようにしておかないと……!)
 再度、気を引き締めなおし、ゆっくりと歩を進めてくる人物を横目で盗み見る。
 長身。長い黒髪。特に、片目が隠れる特徴ある前髪。
 腰には剣。動きやすい服装。
 旅の剣士風の出で立ちをした二十半ばの女だ。
 一瞬でそれだけを見て取り、その女剣士に三、ヴォルフに七の割合で意識を分け
て警戒する。
 と、女剣士がまっすぐこちらへと近づいてきた。自然、警戒の割合が五対五にな
る。
(いったい何者? どこかで会ったかしら……? まるで見覚えがないけど……)
 段々と距離が縮まり、綾香の両足に力がこもった。
 ゆっくりと足を進めながら、女剣士が口を開く。
「手をお貸ししましょうか?」
 冬の夜空のように澄み切った声音。それが誰に向けられたのか、綾香は一瞬理解
できなかった。
「――え?」
 戸惑っていると、女剣士がすっと隣に並んだ。
「その怪我では、これ以上の無理は禁物です。あの男の相手は私がしましょう。よ
ろしいですか?」
「え……」
 考えもしていなかった展開にとっさには応えられずにいると、
「おう、よろしいよろしい! 俺好みの美女が二人もいっぺんに手に入るとは、い
やー、今日はついてるねぇ」
 ヴォルフのたわ言など耳に入っていないような表情で、女剣士は静かに綾香の目
を見つめている。
「え、ええ……じゃあ、お願いするわ。あ、その男、けっこう手強いから気をつけ
て……」
「大丈夫です」
 女剣士は小さくうなずくと、ヴォルフへと向き直った。
「へへへ。祭りもたけなわって時に、裏通りでの乱闘騒ぎに気づいてわざわざ止め
に来たのか? 普通なら部外者は引っ込んでろってとこだが、あんたみたいな美人
だったら大歓迎だぜ」
「……では、今からあなたの相手は私がします。ですが、その前にひとつだけ。お
となしく降伏する気はありませんか?」
「う〜ん。顔といい身体といい、こうして改めて見るとますますいい女だな。二人
とも、絶対俺のものにしてやるぜ」
「……訊くだけ無駄だったようですわね」
「いや、ていうか、降伏の勧告は俺からさせてくれ。おとなしく俺の女になる気は
ないか? その綺麗な顔に傷を付けたくねーだろ?」
 女剣士は無言で鯉口を切った。
 キン。
 硬く澄んだ鍔鳴りの音が響く。
「……うーん、訊くだけ無駄だったか」
 やれやれと唇を曲げる。
「……はぁ〜、しょーがね。ま、世の中ってのはおおむね、欲しいものは闘いで勝
って手に入れるもんだしな。それじゃあ、行くぜ!!」
 大きな溜め息を一つこぼしてから、ヴォルフは剣を脇に構えて突進した。
 対して、女剣士は得物を抜きもせぬまま、悠然と立っている。
「――りゃあぁぁぁ!!」
 雄叫びを上げながら、長剣を袈裟斬りに振り下ろした時だ。

 キンッ。

 乾いた硬質の金属音が鳴った。しかし、先の鍔鳴りの音とは明らかに異なってい
る。
「なっ!?」
 剣を振り抜いた格好のままで硬直していたのもつかの間、ヴォルフは慌てて後ろ
に退いた。手にした長剣が半分ほどの長さになっている。
「な……」
 綾香が呆然と呟いた時、キリキリと回転する折れた切っ先が着地した。硬い悲鳴
を連続的に響かせながら地面をしばらく転がり、やがて止まる。
 見ると、女剣士はいつの間にか右手に剣をぶら下げていた。もちろん、腰に挿し
ている鞘には中身がない。
 その剣は白銀の輝きを放っていた。魔力を宿していることは一目瞭然だ。
 だが、そんなことは綾香にとって問題ではなかった。
 見えなかったのだ、女剣士が剣を抜いた瞬間が。
 また、ヴォルフの剣を叩き斬った瞬間も見えなかった。
 何が起こったのか見えていないのだから斬ったと断定できないはずだが、しかし
現在の状況と照らし合わせればまず間違いないだろう。
 鋼をあっさりと切断した魔力剣よりも、それ以上に凄まじいのは女剣士の恐るべ
き技量だった。
 戦慄にも似た震えが、一度だけ全身を激しく揺さぶる。
 迅すぎて見えない。
 綾香には初めての経験だった。
「無益な殺生は好みません。もう一度訊きます。おとなしく降伏する気はありませ
んか?」
 冷たく静かな表情で、女剣士が言った。




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 さて、新たに現れた謎の女剣士はいったい何者なのか。
 ……なんかもう、バレバレのような気もするが(^^;;