ギャンブる(3) 投稿者:貸借天
 曲にあわせてリズムに乗って、華麗なステップ踏む二人。
 いま流れているのは『バトルシーン2−鳥肌Mix』。
 アップテンポでノリがいい、激しい音律を刻むこの曲でオレと綾香は踊っていた。
 レベル7だけあって、さすがに忙しい。が、まだ余裕はある。
 どんなに難しくとも自分のペースを崩さない。それがコツだ。
 ときおり回転したり、ちょっとした振り付けを入れたりしながら、綾香の方をち
らりと見る。
 ギャラリーども(特に男)の熱い視線を一身に浴びながら、綾香も軽快なダンス
を『魅』せていた。
 その動きの鋭さとなめらかさは一曲目の比じゃない。さらに言うなら、志保戦の
時とも明らかに違う。
 やっぱりオレの読み通りだ。こいつ、いままで手を抜いてやがったな。
 と、ふと綾香がこっちを向き、視線が重なった。
「ふふっ」

 パチッ☆

 綾香のやつ、ウインクなんかかましてきやがった。余裕あるじゃねーの。
 ちっくしょー、志保戦の時のステップがほんの少しバタバタしてたのは、あれは
わざとだったってのかよ。
 このオレの目を欺くとは、まったくやってくれるぜ。
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 そして、二曲目が終了。
 点数は……げっ、リードされちまった。
 ほんのわずか程度だが、かなりショックだ。
 だがそれよりも何よりも、今のオレは「綾香、お前にひとこと物申す!」って心
境だ。
 しかしそれを実行に移そうとする前に、
「はーい☆ ストップ、浩之ぃ。今は勝負の真っ最中よ。言いたいことは、ダンス
で語りなさーい♪」
 綾香がしてやったりという笑みを浮かべながら、先にクギを刺してきやがった。
「くっ……わーったよ。それじゃあ、三曲目、お前が決めるんだろ? どれにする
んだ?」
「んーとねぇ……」
 まんまと騙せたことと、リードを奪ったことで気分がいいらしい綾香は、今にも
鼻歌でも唄い出しそうな楽しげな様子で、セレクトボタンに手を伸ばした。
 ボタンを押すたびに、画面に表示される曲名と、流れるBGMが次々に変わって
ゆく。
「あら? これ……」
 と、そのうちの一つに目が止まり、まじまじと見つめた。
「どうした?」
 隣に並んで声をかける。
 いや、声をかける前に気がついた。鳴り響くBGMに聞き覚えがあったからだ。
 そして、オレも綾香と同じように画面に注目した。
『瑠璃子−Ultimate Version“Crystal Moon Mix”』。
 それが、表示されている曲のタイトル名だった。
「これって、ひょっとして……」
 綾香が驚きの入り交じった呟きを洩らす。
「ああ。前作の難度S級を誇っていた『瑠璃子−jv1080Mix』のアレンジ
だ。間違いない」
 そうだ。
 うららかな小春日和に吹き渡るそよ風のような優しさと、突き刺さってくるよう
な真夏の日射しにも似た激しさと、晩秋、舞い落ちる枯れ葉のような切なさと、骨
の芯まで凍えるような冬将軍の厳しさとが見事に融合したこのメロディ。
 アレンジである以上、大もとはほぼ同じだが、リズムパターンはさらに複雑化し
ており、テンポもかなり速い。前作に輪をかけてTechno系だ。
 ダンスレベルは10。
 数値の上では前作と一緒だが、おそらく細かい部分で様々な微調整がなされてい
ることだろう。
 くっ……これは……ぜひ、プレイしたい。
 その思いが顔に出ていたのだろうか、綾香が小さく笑いながら言った。
「浩之、締めはこれにする?」
 もちろん断るはずがない。願ったり叶ったりだ。
「おうっ。勝負だ、綾香」
 オレはやる気満々といわんばかりに、拳を手のひらに叩きつけた。
 綾香がしなやかな手つきで決定ボタンを押す。
 台の上に立ち、闘いが始まるのを待つオレたち二人。
 場に緊張の糸が張り詰める……。
 ふと隣を見ると、綾香もちょうどこちらに目を向けたところだった。
 にやり。
 オレたちは不敵な笑みを交わしあった。
 しばらくして前奏が流れ、オレたちはゆっくりとリズムを取り……そしてついに、
最後の闘いの火蓋が切って落とされた。
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「さ〜て、ゴチになるかぁ」
「あぁーあ。自信あったんだけどなぁ……」
「やるわね、ヒロ……。てっきり来栖川さんの勝ちだと思ってたのに……」
 闘い終わって勝敗決まり、オレたち三人ゲーセン出てから、ヤックへ向かって歩
き出す。
 結果?
 上の会話の通りだ。王者の座、揺るがず。つっても辛勝だったけど。
 前作でパーフェクト取るまでのめり込んでいたおかげだ。途中で逆転し、そのま
まなんとか逃げ切った。
 いや〜、それにしてもいい曲だよなぁ、瑠璃子アレンジ。
 これもパーフェクトクリアできるまで踊りまくってやるぜ。
 しかし、前作の隠し曲だった『瑠璃子〜』が初めから選択できるとなると、今回
の隠しはなんなんだろうな?
 そのあたりも含めて、今後が楽しみだ。


 それぞれ注文したものを片手に、オレたちは二階へ上がった。
 席を埋めているうちの大半は、学生服に身を固めた男女だ。ひょっとしたら、見
知った顔も中にはいるかもしれない。
 学校帰りの生徒たちでにぎわう店内を見回し、オレは窓際に空席を見つけて腰掛
けた。差し向かいに綾香、その隣に志保が座る。
「それじゃあ、ありがたくちょうだいするぜ、綾香」
「ええ。どーぞ」
「それにしても、今回の『瑠璃子』はさらに難しくなってたわねー。あれでよく逆
転できたわね、ヒロ」
「ふふふん。前回の『瑠璃子』は、一度だけだがパーフェクトクリアしたことがあ
るからな」
 コーラをすすっていた綾香が、ストローを口にくわえたまま目を大きくした。
「うっそぉ。あれをパーフェクトしたの? なるほどねぇ。なんか自信ありそうだ
ったのは、そういうわけだったんだ」
「いや、でも志保の言うとおり確かに難しかった。勝てたのは、実はちょっとまぐ
れなのかもしんねーな」
「いいんじゃないの? それでも勝ったのは浩之なんだから」
「いやー、ごちそうさん」
 言って、オレは綾香のおごりのサンライズ・ステーキバーガーにかぶりついた。
いったいどのあたりがサンライズなのか、まったくもって謎だ。
「はいはい」
「それはそうと来栖川さん。あんた、あたしとやった時、手加減してたみたいね」
 その言葉に、オレは口の中のものを咀嚼しながら志保を見た。
 本気を出さないで、適当に相手をする――それをされた者にとっては、あまり愉
快なことではないはずだ。志保のやつ、不機嫌な顔をしてるかも。
 が、意に反して、彼女は初めからわかっていたみたいな落ち着いた笑みを浮かべ
ていた。
「ええ、まあね。でも、それはあなたもでしょ?」
「なぬっ!?」
 こともなげに言ったその台詞に、オレは一度綾香を見、それからふたたび志保へ
と視線を返した。
「し、志保も手を抜いてたのか!?」
「あ〜ら、ヒロ。そんなこともわからなかったの?」
 勝ち誇ったように笑う。
 それに便乗したように、綾香もクスリと笑った。
「王者を名乗るのなら、それくらい見抜きなさいよねー。だいたい、本命のあなた
があとに控えてて、しかも腕を見極めようと目を光らせてるのに、私も彼女も手の
内すべてをさらけ出すはずないでしょー?」
「ま、そういうことね」
「う、うぬぅ……!」
 小さくうめくオレの脳裏に、綾香vs志保戦の映像が鮮やかに浮かび上がった。
 二人とも余裕がないわけではなかったが、動きが少しバタバタしており、なんと
なくパフォーマンスに気を取られ過ぎている感があった。
 いくら男どもの熱い視線を集めたところで、点数には影響しないんだぜぇ、とオ
レは内心ほくそ笑んでいたものだ。
 また、二人ともリズムにはちゃんと乗れていたが、タイミングがずれた箇所がい
くつか目立っていた。
 が、それもこれもすべて、オレの目を欺くための演技だったというのだ。
 く、くぅぅー。なんてこった……!
 勝負には勝って、こうやっておごらせてはいるが、なんかすっげー悔しい。
 綾香のみならず、志保にまで完全に騙されていたとは……。
「まだまだねぇ、ヒーロ♪」
 やたらとご機嫌な志保に、綾香が含み笑いを投げかけた。
「ところで長岡さん。ありがと」
「え? なにが?」
「勝ちを私に譲ってくれたんでしょ?」
「え……」
 返事につまり、目を大きく開ける志保。ややあって、頭をポリポリと掻きつつ、
あさっての方を見る。
「ま、まいったわねー。それまでも見透かされてたなんて……」
「ふふふっ。長い長い闘いの日々に身を置いてきたおかげで、相手の手の内、腹の
中を読むのはけっこう得意なのよ、私」
 綾香が自信ありげに笑った。
 まあ、そうだろうな。オレと志保が勝負を始めたのは中学に入ってからだ。なに
しろ、知り合ったのがその時なんだから。
 しかし、綾香は違う。
 こいつはもっと幼い頃、特に空手を始めたのは小学校にあがる前だったそうだか
ら、キャリアとしてはオレたちよりはるかに上だ。
 格闘技ってのは相手の呼吸を読み、仕掛けるタイミングをはかり、その間を縫う
ように自分の技を繰り出していくので、読みと探り合いが大きな比重を占めてくる。
 がむしゃらに攻撃して勝てるほど、格闘技ってのは甘くない。相手の動きをよく
見て、そこから次の出方を読みとる――それも、一瞬のうちに。
 そして、それを一歩でも先んずることができた者に、勝利がもたらされる。
 もっとも、そうたやすく読ませないよう、高度な駆け引きに基づいたフェイント
なんかもあったりするわけだが、とにかくそういった点に関して言えば、オレたち
がやっているヤックを賭けた勝負なんかよりは、はるかにシビアな世界であること
は間違いない。
 もしかしたらニューヨーク時代、スクールの連中から挑まれた勝負に対して綾香
が無敗を誇っていたのは、その恵まれた才能もさることながら、幼い頃から続けて
いた空手が影響しているのかもしれねーな。
 鋭い洞察力と観察眼。格闘技者には、必要不可欠のものだ。
 などと一人思案にふけっていると、
「うん、気に入ったわあんた。これからは、あたしのことは志保でいいわよ」
「そう? それじゃ、私のことも綾香って呼んでくれる?」
「ええ」
 二人のギャンブラーが、ガッチリと握手なんか交わしていた。
「なんだぁ? この闘いで友情でも芽生えたのか?」
 揶揄するように言ってやるが、
「そうよぉ。いまここに、あたしたち二人による共同戦線が成立したのよ。覚悟し
なさいよ〜? ヒロォ」
「ふふふっ。私たちが手を組んだ以上、もう浩之には勝ち目はないわね」
 二人そろってしたたかな笑みを返してきやがった。
「なーにが共同戦線だ。へっ、まとめて返り討ちにしてやんぜ」
 不遜に言い放ち、オレはポテトの束を口の中に放り込んだ。


 ヤックからの帰り道、綾香が志保の顔を覗き込むように訊いた。
「ねえ志保。いちおう確認しておきたいんだけど……」
「? なに?」
「……スカートの中、見えてなかった?」
 と、小声で訊ねる。
「え?」
「あなたと勝負してた時は大丈夫だってハッキリ自信があるんだけど、浩之との、
特に最後の曲はちょっとエキサイトして、少し派手に動いちゃったから……。あと
になって思い返したら、あ、もしかしたら見えたかなーって場面があったような気
がして……ね」
 少しだけ眉をひそめている綾香に、志保はあっけらかんと答えた。
「ああ、たぶん大丈夫よ。って、そんな注意してたわけじゃないけど。でも、もし
見えてたんならギャラリー連中からなんらかの反応があったはずだし、そういうの
特になかったから」
「そう? ならいいけど」
「ああ、そういえばおめーらが踊ってる時も、見えそうで、しかし絶対に見えなか
ったもんなぁ」
 しみじみ言うと、
「それが見せないテクってものよ☆」
 綾香、ぱちりとウィンク。
「ま、ミニを履いてるからって、期待するのはムダだってこと、覚えときなさーい、
ヒロ♪」
「へいへい」
 と、そこで志保が何かを思いだしたようにポンと手のひらを叩いた。
「あ、そうそう、言い忘れてた。ヒロ、あんたのパフォーマンス、女の子たちにけ
っこうウケてたわよ」
「お! マジか!?」
 身を乗り出すように訊くと、志保のやつは肩を振るわせて小さく笑いはじめた。
 それを見て、オレは忌々しげに舌打ちして不機嫌な口調で言った。
「ちっ! なんだよ、また志保ちゃんジョークとか抜かす気か?」
「うくく……う、ううん。ウ、ウケてたのは、マ、マジなんだけど……ぷくく。あ
のね、ヒロ。女の子たちね、『あの人、なんだかかわいい〜』って言ってたのよ」
「ぷっ」
 その時の様子をゼスチャー混じりで忠実に再現しているらしい志保を見て、綾香
が吹き出した。
「か、かわいい……?」
 オレはやや呆けたように呟く。
「ぷぷぷ……う、うん。ほ、ほら。ヒロって目つき悪くて、どっちかっていうと悪
人ヅラでしょ? そんなあんたの『魅』せるパフォーマンスが、か、かわいいんだ
って……うくくく」
「くすくすくす。ね、ねえ志保。それってマジ?」
「マジマジ。あたしのすぐ横にいた女子高生の団体がねぇ……」
 二人してひそひそ話をはじめ、しばらくして、どちらからともなく腹を抱えてケ
ラケラと笑い出した。
「な、なんだよ、るっせーな。オレだって、好きでこんな目つきしてるんじゃねー
よ!」
「あははははははっ」
 憤慨して言い返したものの、火に油だったようだ。余計にツボにはまったらしく、
一段とおかしそうに笑っている。
「あははははははははは!!」
「ね、ねえ志保。そ、そんなに笑っちゃ、かわいい……あははははははっ!!」
 どうやら言葉を間違えたようだが、それが自分でウケたらしく、オレの顔を見て
一人で勝手に爆笑モードに入る綾香。
「お、お前らなぁ〜〜」
「あははははははははははははははははははっ!!!」
 ダメだ。
 こうなっちまってはもう、何を言ったところで火の勢いをあおるだけだ。
 なんなんだよ。オレがパフォーマンス入れちゃ悪いのかよ、ちっくしょー!!


「さて、それじゃ、あたしはここで」
「ええ。またね、志保」
「また明日な」
「学校、寝坊するんじゃないわよ、ヒロ」
「おめーにだけは言われたかねーな」
「あら。誰かさんと違って、あたしは真面目っ子ちゃんよ〜。じゃあねー、綾香」
 手を振り、志保は駅構内へと消えていった。
「……ったく、誰が真面目っ子ちゃんだ。さてと、オレはこっち。綾香は向こうだ
ろ? ここでお開きだな」
「そうね、また電話するわ。浩之も気が向いたら、私のケータイにかけてきてね」
「オウ。んじゃな」
「ええ。お休み」
 そして、オレたちはそれぞれ帰路についたのだった。




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 書き終わってはいたのに、前回からえらく間が開いてしまった……。
 それにしても、最初から最後までなんか盛り上がりに欠けるなぁ……。
 とくに最後の別れるシーンなんて、異様なまでにあっさりしているような……。

 さて一応終わりましたが、綾香と志保が手を抜いて踊っていたこと、読んでいた
 人いるんじゃないでしょうか? 
 いや、この話を読んでる人自体、少ないような気がするが(^^;;
 しかも、なんかもう、ミエミエの展開だったよーな気もするし(笑)
 ところで、アレンジサウンドトラックの「ORANGE」に収録されている「ふ
 ぬぬぬぶふごっのテーマ」って、いったいどの曲のアレンジなんでしょう?
 どなたかわかる人、教えていただけませんか? 
 VNのアレンジ集だから雫、痕、THのどれかにあると思ってたんですけど、違
 うのかなぁ……。 
 むー、リーフ本家で訊いた方が確実かな……?


 それにしても、やっぱり大げさ(?)
 踊ってる最中によそ見したり、ウインクかましたりするヒマないって(笑)
 しかも春だの秋だの、あの曲って、いったいどんなメロディなんだ?(笑)