LF98(28) 投稿者:貸借天
第28話


 黒い陽炎を身にまとうドグルスが、ゆらりと前に出る。
 勝手に退がろうとする脚を叱咤して、好恵は腰を落として身構えた。
 その顔には怯えこそなかったが、痛々しい緊張感に彩られていた。身体の動きも
やや固い。
 これほど魔素の強い相手と闘うのは初めてだった。今のドグルスは、ほとんど魔
族に近い。
 えてして、魔族とは人間を大きく逸脱した技を振るう。経験がないので、好恵に
は相手がいったいどんな攻撃を仕掛けてくるのか予測がつかなかった。
 そんな好恵に対し、構えらしい構えもとらないまま歩みを進めていたドグルスが、
不意に身を踊らせて襲いかかっていった。五指をそろえ、異様に伸びた刃のように
鋭い爪を突き出す。
 好恵はあっさりとそれを避けたが、目の前に突如現れた四つの白熱の光球を見て
顔をひきつらせた。
 慌てて、ドグルスの左に回り込むようにしてその場を離脱すると、直径十センチ
ほどの白熱球は光の尾を曳いて、今まで好恵がいた空間を貫いて飛び過ぎていった。
 普段なら、このまま流れるように死角に回り込んで攻めていくところだが、好恵
は足を止めて様子をうかがっていた。どんな方法でもって反撃してくるのかもわか
らないので、うかつに動けない。とにかく、相手の引き出しをある程度開けること
に専念するつもりだった。
 ふたたびドグルスが攻めかかってきた時、好恵はドグルスの口が何事かを呟いて
いるのを見た。そういえば、先ほどゆっくりと前へ出てくる時も、口もとが少し動
いていたような気がした。
 手刀……というよりはむしろ長い爪で斬り上げるような一撃をかわし、返しの振
り降ろしから逆の手による突きまでをかわしたあと、今度は一本の巨大なつららが
ドグルスの手もとにいきなり現れ、撃ち出された。
 好恵が身をひるがえすと、つららは空中を飛びながら大量のカケラに砕け散るや、
猛スピードでさながら氷の弾丸と化して戻ってきた。
「うっ!?」
 眼を傷つけられないよう腕で隠すようにして顔を護る好恵を、手足といわず胴体
といわず氷の弾丸は容赦なく打ちすえる。頭部にもいくつか当たり、額から頬にか
けて朱い液体がすべり降りた。
 嵐のような攻撃を耐えしのいだあとには、ドグルスの爪が迫っていた。痛む身体
を引きずるようにして、好恵は後退する。
「どうした、坂下ぁ? 逃げてばかりでは勝負にならんぞ?」
(くっ……!)
 毒々しい呼気を吐き出しながら言うドグルスに、好恵はしかめっ面で応えた。
 とりあえず、引き出しのひとつだけは中身を確認できた。ドグルスは物理攻撃と
魔法攻撃を同時に行える。おそらくは、かなり有効な一人時間差攻撃も可能だろう。
(闘い、特に接近戦では常に相手の動きに注意し、そして攻防どちらをするにせよ、
自分の動きも完全に制御しなければならない。そんな中で、魔法のための精神集中、
呪文の詠唱、術の発動までを同時進行できるんだから、やっぱりこいつ、とんでも
ないわね。芹香さんでさえ、単に移動しながらだったらともかく、相手と物理戦闘
をしながら魔法を放つことはできないと言っていた。まあ運動全般が苦手だから、
物理戦闘自体できないとも言ってたけど)
 好恵は間合いを計りながら、特殊なストロークによる呼吸法を行い始めた。これ
は“氣”の流れを滞りなく全身に行き渡らせて身体の回復を行うとともに、もとも
との回復能力を一時的に高める効果がある。といっても、治癒魔法などに比べたら
回復量など微々たるものでしかないが。
 事実、好恵の身体の前面では、いまだ痛覚が大暴れしていた。時間が経てばいた
るところが腫れ上がり、青アザだらけになっているだろう。
 だが、もう様子見はここまでにして、好恵は攻めに出ることにした。物魔を同時
に扱えるとなると、待ってるのは不利だ。はっきりいって攻めても不利なのだが、
同じ不利なら勝てる要素のある攻撃に転じた方がいい。古今東西、ひたすら防御に
徹して一度も攻撃することなく相手を倒したなんて話は、ついぞ聞いたことがない。
 軽い音を立てて、足もとをぐっと固めた。両の拳を胸元に引きつけ、右肩右脚を
引いた半身状態になる。
 ドグルスの身体からは相変わらずの瘴気があふれていたが、好恵はそれを跳ね返
すように闘気を燃え立たせた。
「ほう? 逃げるのはもうやめにしたのか? まあ、そうこなくては面白くないが
な」
 落ちくぼんだ目を細め、黄色い乱ぐい歯をむき出しにして笑うドグルス。
 好恵は氣勢を維持したまま、すり足による、身体の浮沈を極力抑えた歩法でつか
ず離れずの距離を保ち、攻撃のスキをうかがった。
 しばらくそのまま、互いの出方を見極める視線だけの闘いを展開していたが、血
臭を乗せた風が二人の間を通りすぎた時、均衡が破れた。
 紫電の踏み込みで、好恵が距離を詰める。
 リーチで劣っているため、まず先にドグルスの間合いに入り、迎撃の横殴りを避
けてから、好恵は相手を間合いにとらえた。
 その時にはすでに、ドグルスは第二撃の準備動作に入っている。
 襲いかかる爪をかわし、好恵はがら空きのボディへ拳を叩き込んだ。
 命中。
 呪文を呟いていたドグルスの口が止まる。
 今度は左拳を脇腹にめり込ませ、さらに右拳がうなりを上げた。
 あごを砕くような勢いの正拳突きをまともに受け、ドグルスの上体が大きくのけ
反る。
「ぐぅ……! こっ、小娘がァーーッ!!」
 ドグルスの力任せの一撃を難なく避け、好恵は反撃に転じた。
 左右のコンビネーションから、遠心力を効かせた回し蹴り。そのどれをも、ドグ
ルスはさばききれない。
 慌てて間合いを広げようとするが、好恵はあくまで接近戦を強いる。
 もともと彼は魔道士で、近距離での物理戦闘は得意としていない。付け焼き刃の
攻撃が好恵に通用するはずがないのだ。
 ドグルスは怒りに我を忘れそうになったが、打たれながらも心を落ち着かせた。
 体内に棲まわせた魔物が少し具現化しているので、老人にはあり得ないほど今は
打たれ強くなっている。それをうまく使って闘えばよいのだ。
 ドグルスは護りを固め、ふたたび呪文を呟き始めた。
 感づいた好恵が攻撃を激しくする。が、詠唱を中断させる一打を与えられず、魔
法が発動した。
 黒い錐のようなものが十数本、好恵を挟むようにして左右に現れる。それらが飛
来するのと同時に、鋭い爪が正面から伸びてきた。
 好恵が退く頃には、ドグルスはすでに次の術を完成させている。
 頭上から数個の白熱球が降り注ぐ。最前同様、好恵はなんの気なくかわしたが、
地面に落ちた光球が石畳を瞬時に蒸発させるのを見て顔色を変えた。
(なっ……!? これ、かなり強力な魔法じゃないの! これだけ連続で放ってく
るんだから、初歩の術だと思ってたのに……! それにしても、呪文の詠唱から術
の発動までのタイムラグが異常に短い。なんでこんなに……)
 好恵は何かの文献で読んだことのある魔族の特質を思い出した。
 魔族や魔物は術を使うのに、呪文の詠唱はほとんど必要ないとされている。強力
な術や、よほどの大魔術ともなれば話は別だが、それでも人間と比べるとはるかに
単純で、短く済ませることができるのだ。
 目の前に立つ老人は、もはや人間をかけ離れている。おそらく、魔族となんらか
の契約でもしているんだろう、と好恵は見当をつけた。
 そうなると、相手をするのがやや辛いかもしれない。白熱球の威力はいま見たと
おりだ。他にもいくつか魔法を使ってきたが、そのどれもが必殺の威力を秘めてい
る可能性がある。先刻受けた氷の弾丸は耐えることができたが、もう魔法攻撃は絶
対に喰らうわけにはいかなくなった。
 しかし、だからといって攻めあぐねてはならない。後手に回れば、いずれ術の餌
食になってしまう。とにかく先手をとって、魔法を完成させないよう激しい攻撃を
しかけ続けるしかない。
 好恵がもう一度ドグルスを間合いにとらえる前に、新たな術が放たれた。
 頭上から、青白く光る牙の群れが迫る。
 そちらにのみ注意を向けていると、戦士としての勘がそれ以外の危機を告げる警
報をかき鳴らした。
(下ッ!?)
 上からの攻撃をかいくぐってドグルスに肉薄しようとしていた好恵は、前進の勢
いを瞬時に殺して後ろへ避難した。
 その直後、いままで好恵が立っていた地面から青白い牙の群れが飛び出した。上
下の牙が勢いよく咬み合うそのさまは、獣のあぎとを連想させた。
 空振りするやいなや、青白光の残滓を空中に留めてあぎとが消える。その時には、
好恵はすでに地面を蹴っていた。
 次の魔法が発動される前に、好恵は相手を間合いにとらえていた。同時に、拳が
飛んでいる。
 ドグルスはまたも護りに入った。手は出さず、護り一辺倒である。
 女ながらに好恵の攻撃はかなり重いのだが、今の彼には耐えられないほどではな
かった。また、耐えきれなくなる前に術を完成させることができる。
 そして、ドグルスの術が放たれ攻防が逆転した。
 無理だと思った時は後退し、大丈夫なら今の距離を保ったままかわす。今回は第
二陣の魔法攻撃をさせず、好恵は再度、攻防を逆転させた。
 そうやって、どちらが有利ともいえぬ闘いを繰り広げている間に、新たな援軍が
到着した。
「由綺ッ!!」
「由綺ちゃん!」


「冬弥くん!! 美咲さん!!」
 満面の笑顔で迎える由綺。
 一度、恋しい人に名を呼ばれたものの、それからはなんの音沙汰もなく不安に捕
らわれていたのだが、ようやく顔を見ることができた。心と身体が安堵と喜びで満
たされていく。
「大丈夫か、由綺?」
 息せき切って駆けつけてきた冬弥が、開口一番そう言った。
「うん。なんとか」
「ごめん、遅くなって……」
「ううん、私は平気だから。あ、そうだ美咲さん。ちょっと診て欲しい娘がいるの」
「え?」
 美咲を手招きして理奈を指し示し、大きな怪我をしていることを告げる。そんな
由綺を見て、初音と理緒は顔を見合わせた。
(この人たちが由綺さんのお友達だよね、きっと)
(うん)
(で、あの人が由綺さんの好きな人だね)
 今度は二人そろって冬弥を見る。
(かっこいい人だね)
(うん。そうだね)
 こんな状況だというのに、顔を寄せ合ってひそひそとこんな会話をしている初音
と理緒。そこに、
「どうしたの、二人とも?」
 由綺が不思議そうな表情でひょいと覗き込んだ。とたん、慌てふためく二人。
「えっ!? あ、う、ううん。な、なんでもっ、ないの」
「う、うん。な、なんとか助かりそうだねって、言ってた、だけっ……」
「そう? なんだか私と冬弥くんを見ていた気がしたけど……」
(由綺さん、鋭い……)
 二人は冷や汗を流した。
「由綺? 呼んだ?」
 名前を呼ばれたと思ったのか、冬弥が三人のもとへやってくる。
「え? あ、ごめんなさい。なんでもないの」
 由綺が振り返って手を振っていると、さらに芹香が現れた。
 冬弥の袖を軽く引っ張り、
「…………」
「え? うん、わかった。美咲さんは……」
「うん、もう済んだ。由綺ちゃん、彼女、治癒魔法はかけたけどまだ目を覚まさな
いの。体力がだいぶ低下しているだけみたいだから、大丈夫だとは思うけど……。
しばらく、そばにいてあげてね」
「うん。二人とも、気をつけて……」
「ああ。よし、美咲さん、行こう」
「はい」


 さらに敵が増えたと知って、ドグルスは大きく後退した。好恵はすぐに間合いを
詰め直そうとするが、
「“月影の魔女”……! こんな所まで追ってきおったか……!!」
「……え?」
 ドグルスの言葉に思わず動きを止めた。
「月影のって……芹香さん……?」
 確認したいが、後ろを見るわけにはいかない。
「ふん……だが、来たところでどうしようもあるまい……? わしらに手も足も出
なかったおぬしにはな……」
「…………」
 つと、好恵の隣に芹香が並んだ。
「!? 芹香さん!? え? ええ、大丈夫ですけど、どうして……あっ、そうい
えば、セリオやフランはいったいどうなってるんです?」
「…………」
「……わかりました。そうですね、お話は敵を倒してからゆっくりとうかがいます」
「ほう。敵とはもちろん、わしのことじゃな。しかし、その女がいまさら加わった
ところでどうにもならんぞ。わしはその女から力尽くで、それもあっさりとセリオ
とフランをいただいたのじゃからな」
 ドグルスはニヤリと唇をつり上げて、芹香に視線を向けた。
「“月影の魔女”とは、来栖川が誇る魔道人形HM−12、HM−13の生みの片
親として名付けられたもの。おおかた、幼き頃から地下の研究室に閉じこもって、
魔道工学に精を出していたのじゃろう? それでは、戦闘などできるわけがないわ
なぁ。そんなおぬしがここに現れて何ができるというのじゃ? おとなしく部屋に
引きこもって、新たな研究でもしておればよいものを」
「…………」
 芹香は何も答えずしばらくドグルスの目を見ていたが、やがて、ディクシルと闘
っている雅史にすっと視線を移した。
 雅史は基本的には衝撃波主体の遠距離戦に持ち込んでいたが、寄ってこられると
接近戦に応じている。ディクシルもドグルス同様、物魔の同時攻防が可能らしく、
雅史は苦戦を強いられていた。勝てる見込みが無いわけではないが、一度でもまと
もに受ければ敗北必死の術を矢継ぎ早に繰り出してくる相手と闘っているのである。
精神にかかる負担も大きい。
 そこに、冬弥と美咲が参戦した。
 驚く雅史をよそに、冬弥がディクシルに斬りかかってゆく。
 接近戦のさなかにディクシルが魔法を完成させて解き放とうとしたが、それを美
咲が消去<イレイズ>する。
 美咲に何かを言われた雅史がうなずき、衝撃波で冬弥を援護し始めた。
 そのあたりまで見て、芹香は視線を返した。
「無視か……? まあよい。闘う力のないおまえがやってきたところで目障りなだ
けじゃ。早々に始末してくれよう」
 ドグルスが口の中で小さく呪文を呟き始めると、芹香も素早く反応して精神集中
に入った。
 呪文を詠唱する二人の足もとの地面に、自身の立つ位置を中心として魔法陣が浮
かび上がった。呪が紡がれるにつれ、それは緻密で複雑な形に整えられてゆく。
 完成はドグルスが早かった。
 瘴気が烈風をともなう黒い刃と化して芹香を襲う。自分の身体からあふれる瘴気
を利用したので、魔法の完成までにものの一秒と掛かっていない。
 が、芹香はなんの動作もせず、身体の手前に魔法障壁を張り巡らせて、それをい
とも簡単に弾き散らした。
 ドグルスが大きく目を見開いた時、芹香の術が完成する。
 先刻、セリオに対して放ったのとは違い、手加減一切なしの雷光衝。ほとばしる
巨大なイカズチがドグルスを直撃した。
「ぅごわぁぁぁっ!!」
 とっさに腕でかばったが、雷光衝のような術にはほとんど意味がない。苦しむド
グルスに、芹香はさらに二発連続で撃ち出した。呪文の詠唱はしていない。
「なッ!?」
 詠唱もせず、しかも初めのを合わせると三連発で術を放ったことに驚愕するドグ
ルス。結局なんの抵抗もできず、強烈な雷撃が全身を貫き、腕の血管が破裂して赤
い液体が噴き出した。
「かっ……かかッ……!」
 よろめき、じわじわと後退する。
「おっ……おのれ……!」
 気を抜いたらうずくまりそうになるのをこらえながら、ドグルスはゆっくりと退
がっていく。その身体から絶えず漂っていた瘴気はいつの間にか立ち消えていた。
代わりに、黒い煙が身体のあちこちでくすぶっている。
「ドグルスッ!!」
 ディクシルが冬弥、雅史、美咲の三人に追い込まれて、這々の体といった様子で
ドグルスの隣に並んだ。
 芹香と好恵も合わせて、五人で取り囲む形になる。
「こっ、こやつら手強いぞ。ヴォルフやゼルガーたちは何をしておる!?」
「……あやつらは、どうも敗れ去ったようです。助太刀は期待できますまい」
「ぬ……! ならば、いったいどうするのだッ」
「ご心配には及びませぬ。我らには、まだ奥の手がございます」
「……あ、あれか? しかし……」
 逡巡するような素振りを見せるディクシルを無視して、老人は足もとに転がって
いる屍体のひとつに手を伸ばした。
 それを引き寄せつつ、好恵たち五人を順繰りに見回し、
「ふむ、たしかにおぬしらはなかなかやる。じゃから、こちらも最終手段を取らせ
てもらうとしよう。しかし、こうなったらもう楽には死ねんぞ……!」
 見る者に不快感を与えるような愉悦の笑みとともに、やせ細ったその両腕がドス
黒く変色し、異様な音を立てながら巨大化していった。
 そして死骸を軽々と持ち上げると、頭上に掲げたその屍体の胴を雑巾を絞るよう
にねじるや、力任せに真っ二つに引きちぎる。
 とたん、弾けるように大量の血がどばっとあふれ出し、重力に引かれて紅い滝と
化して落下した。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!」

 目を覆いたくなるようなその凄惨な光景に、女性陣がこぞって悲鳴を上げる。
 当のドグルスはといえば、血の滝を頭からかぶって、相も変わらず愉悦の笑みを
浮かべていた。
 血だけにとどまらず、臓物がぼとぼとと落ちて地面に転がる。血だまりの中に立
つ老人は、それらをぐしゃりと踏みつぶした。

 どくん。

 その時、場にいた全員の心臓がひとつ、やにわに跳ね上がった。
 次の瞬間、身の毛がよだち、背筋が凍りついた。血流までもが凍りつきそうだっ
た。
「な……!!」
 一同が鋭く息を呑んで見守るなか、圧倒的な瘴気がドグルスの身体から爆発的に
膨れ上がった。その圧力に押されるように、ちり、ほこりがもうもうと舞い上がる。
 空気を黒く侵したのは、今度はドグルスの周りだけではなかった。裏通りのその
一角が、一足早く夜を迎えたように薄い闇に染まる。
 ただ闇に染まっただけではない。
 むせ返るような血臭がさらに強烈になり、嘔吐感がこみ上げた。
 周囲に充満する瘴気がゆるやかに吹きつけ、体内に侵食しては嵐のように蹂躙し
て去っていった。そして休む間もなく、すぐまた新たな瘴気がまとわりついてくる。
 身体だけでなく、精神までもが蝕まれてゆくような感覚。
 震えが止まらない。
 その場にいるだけで生命力が削り取られ、寿命が縮まっていきそうだった。
「なっ……なんて瘴気……! さっきまでの比じゃない……!!」
 さながら地獄にでも迷い込んだような表情で、好恵がひきつったかすれ声を出し
た。




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……このシリーズ、書き続けるのが恥ずかしい……。

ああ、結局今回も感想が書けず……。