LF98(26) 投稿者:貸借天
第26話


 ゼルガーの蹴りが天へと駆け上がり、英二がそれを避け、そして二人の攻防が始
まった。
 しばらくの間ドグルスは憎々しげにその様子を見ていたが、やがて興味を失った
ようにふいと顔を背け、そこで力なく地面に横たわっている理奈と、そのそばでひ
ざまづいて心配そうに声をかける由綺と初音の姿を見つけた。
 歯軋りをともなった苛立ちが沸き上がり、波紋のように速やかに広がっていく。
 至福の瞬間が訪れるまで、あと一秒掛かるか掛からないかというところで、肩す
かしを食わされたのだ。己の注意力不足が原因であることはわかっているが、今か
らやり直しはきかないので、自分に対してよけいに苛立ちが募る。
 だがそれ以上に、直接的に妨害した女に対して憎悪の炎を燃やしていた。
 ドグルスは知らなかったが、その女とは美咲のことである。
 彼女に制裁を加えるべく、この老人は朱髪朱眼の魔道人形に命令を下したが、そ
の方法については失敗したと思い始めていた。
 心臓をえぐり取るだけでは生ぬるい。
 もっとむごい殺し方を命令しておくべきだった、と奥歯をこすり合わせて悔やみ
ながら、ドグルスは由綺たち三人を見るとは無しに見ていた。
 と、ぼんやり彼女たちを眺めていると、ある考えに思い至り、不満そうな顔をし
ながらもなにやら浮かれた顔をした。
 そしてその考えを実行に移すために、ドグルスは三人の方に向かって歩き出した。


「理奈さん理奈さん、しっかりして!」
「理奈ちゃん!」
 初音と由綺が必死に呼びかけるが、理奈は瞳を閉ざしたまま小さくうめくばかり
だった。ときおり、その形良い柳眉の間に深いしわが刻まれる。
 斬られた右脚の具合はすでに確かめてある。
 傷口を二重に縛ったハンカチはかなり赤黒くなっていたが、一応出血を抑えるこ
とは出来ているようだった。もっとも、激しく動いたらどうなるかわかったもので
はないのだが。
 そこまで考えて、初音は複雑な気分になった。
 今の理奈は、激しくどころか普通に動くことすら出来ないのだ。意識不明の原因
は出血がひどいからか、それとも、疲労が濃すぎるせいなのか。どちらにせよ、歓
迎したいことではない。
 問題は、今からどのように行動するべきなのか、であった。
 とりあえず、血は止まっている。呼吸もしている。あとは意識が戻ってくるのを
待つしかないのだが、出来ることなら安全な場所でそうしたい。
 だが、どこへ行けばいいのか。少なくとも、この辺りに安全地帯はない。
 理奈をおぶって表通りへ向かうことも考えたが、脚の傷がどのくらい深いのかよ
くわかっていない。
 ヘタに動かして怪我が悪化してしまうことを初音は恐れていた。
「……ッ!!」
 息を呑む、由綺の言葉無き声が聞こえた。初音がそれに反応して振り返り、そし
て同じように呼吸を止める。
 彼女たちをこんな目に遭わせた張本人が、ゆっくりと歩み寄ってきていた。
 見る者の肌を粟立たせる暗い笑みを浮かべ、眼は異様なまでにギラギラと輝いて
いる。
 思わず二人は立ち上がり、表情に怯えの色をにじませてジリジリと後ずさった。
 が、理奈のことを思い出し、初音はそこらに転がっている剣に手を伸ばした。そ
の時には由綺もいつの間にか剣を構え、理奈をかばうようにして立っている。
「ど、どうしてこんなことをするの!?」
 初音が震える声を張り上げた。
「ただの趣味じゃよ」
 ドグルスは唇をつり上げたまま、簡潔に答えた。
「生物は強制的に『死』を与えられる時、様々な負の感情を生み出す。憎悪、恐怖、
絶望。わしはそういった暗い想念がこの上もなく好きなんじゃ。最初からそうだっ
たわけではないぞ? まあ、ちょっとした魔道的手術における副作用のせいなんじ
ゃが、別に後悔はしとらん」
 しわだらけのドグルスの顔に、邪悪極まりない笑みが浮かんだ。
「いや、むしろ楽しくて仕方がないわい。ええぞう、『死』というものは。生命、
魂、そういった目に見えぬものが消えて無くなる瞬間。それが過ぎると、ついほん
のさっきまで『生きていたもの』が、『ただの物体』に変わる。万物の創造神アク
アプラスによって創り出されたこの世界、生き物たち。それらの『生』をこの手で
摘み取る時、特に人間どもの吐き出す負の想念は他のどんな生物のそれよりも美味
でなあ」
 舌なめずりをするドグルスの顔には、いつしか魔物じみた影が宿っていた。また、
その全身からは黒い気配が放出され、初音たち三人の身体にねっとりと絡みついて
くる。
(う……)
 由綺は嘔吐感を覚え、ぎこちなく口元を押さえた。恐怖に身体がすくみ、ただ腕
を動かそうとしただけなのに、それすらままならない。
 初音も脂汗をにじませて口元を押さえ、頼りなく笑う膝をどうすることもできな
いまま、力なくへたりこんだ。
 脳髄と臓腑をメチャクチャに掻き回されるような不快感――瘴気がとぐろを巻い
て、二人に重くのし掛かっていた。
「……くっくっくっく。その中でも、わしの一番のお気に入りが圧殺黒呪でな。い
ろいろと試してみたが、この術は他のどの術よりも苦痛と恐怖を長引かせるんじゃ。
むう……しかしどうも、おぬしらの負の想念はあっさりとしててあまり旨くなかっ
たのう。もっとこう、歪んでよどんでドロドロに濁ったものを期待しておったんじ
ゃが……まあ、よいわ。できればもう一度あの術をかけ直したいところじゃが、間
の悪いことにいま触媒をきらしておっての。仕方がないから他の術で我慢すること
にした。これは対象者の周りの空気を奪って窒息死させるものなのじゃが、知って
おるか? 窒息死は相当に醜く汚いぞ? もがいてもがいてもがき苦しんで、最後
にはヨダレ糞尿を垂れ流して死んでゆくんじゃ。くっくっくっくっく」
「…………!」
 二人の顔に絶望がよぎったのを見て取り、ドグルスは例の気色の悪い喜色満面の
笑みを浮かべた。
 そしてひときわ強烈な瘴気を吐き出し、呪文の詠唱に入る――が、10文字詠み
上げることもなく中断すると、唇の間から黄色い歯を覗かせた。
 その視線が自分たちを見ていないことに気づき、由綺と初音が恐る恐る首を巡ら
せた。
 振り返った先には、きつく唇を引き結んだ好恵がいた。燃え盛る激しい闘気に身
を包んで雄々しく立っている。
「あ…………」
 二人とも、黒い疾風と化して襲いかかってきた彼女の顔を覚えていた。
 果てしない絶望感が全身をギリギリと締め上げてゆく。
 と、好恵が初音たちの方へと近づいていった。すでに抵抗する気力が残っていな
い二人は、立ち上がることさえ出来ない。
「心配しないで。今のあたしは敵じゃない……」
 緊張して固まる二人の脇をゆっくりと歩きながら、好恵が小さく呟いた。
「…………!」
 驚きに目が見開かれる。
「さがってて……」
 好恵の言葉に由綺と初音は希望に彩られた瞳を見交わすと、小さくうなずき合っ
て理奈の傍らへと退いた。
「……ふふん、坂下か。ちょうどいいところに来たの。たった今からわしのお楽し
みタイムじゃ。なんなら、おぬしも見ていくか? しかし邪魔するつもりなら容赦
はせんぞ?」
 にたり……と嗤うドグルスを無視し、好恵が言った。
「ドグルス……あんた、あたしを副作用付きの能力強化手術で精神を子供状態に戻
して、自分の奴隷にするつもりだったそうね?」
「おや、なんで知っとるのかな? シューガルあたりが喋ったのか?」
「ええ、そうよ。それから……訊くまでもないような気もするけど、あんた、ディ
クシル伯爵が人身売買に手を染めていること、知ってたの?」
「無論。じゃが実に間抜けなことに、おぬしは知らんかったと見えるがの。どうす
る? いったん引き受けた仕事を途中で放り出すか? それとも、悪とわかってて
人身売買に手を貸すか? どっちみち、傭兵としてのおぬしの名は地に堕ちること
になるのう。もっひょっひょっひょ」
「く……!」
 射抜くような視線で睨みつける好恵に、ドグルスは嘲りの笑みを返した。
「……そうね。どうせあたしには選択肢はないんだし、不愉快だからあんたの邪魔
をさせてもらうわ。それにしても、人身売買につながっている者となんの疑いもな
く契約してしまうなんて、自分自身に腹が立つわね。これからは、もっと人を見る
目を養うことにするわ」
「ふふん? おぬしに『これから』があるのか?」
「……一応、アテはあるわ」
「ふん? そういう意味で言ったのではないんじゃがなぁ」
 ドグルスの顔に、からかうような笑みが浮いていた。
「……なんのこと?」
 いぶかるように眉根を寄せた時。
「!!」
 突然出現した、凄まじいまでに猛々しい殺気を感じ、好恵は全身を緊張させた。
「く……!?」
 反射的に殺気の出所へ目を向ける。そこに立つ男の顔を見て、好恵はひどく驚い
た顔になった。
「なっ……ディ、ディクシル伯爵……!?」
「おい、お前たち。侵入者のたかが数人、始末するのにいつまで手こずっておるの
だ!?」
 居丈高に言うその人物は、好恵やドグルスを雇った依頼主で、悠凪の貴族階級で
も上位に位置している男だった。
「これはこれは……。閣下自らのお出ましですか?」
「お前たちが、いつまで経っても任務達成の報告に現れんからではないか。いった
い何をやっておるのだ? それとも、侵入者どもはそれほどまでに強いとでもいう
のか?」
「いえいえ……。実は、そこの坂下が寝返ったのですよ」
「なに!?」
 薄ら笑いを浮かべるドグルスの言葉に、ディクシルは首を勢いよく振り向けた。
「坂下ッ。それはいったいどういうことだ!?」
「う……っ」
 ディクシルの放つ殺気がさらに勢いを増し、好恵の身体に殴りつけるようにぶつ
かってきた。
 それは、まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭く、実際には物理的な衝撃があった
わけではないのに、切り刻まれるような痛みさえ覚えるほどのものだった。
(なッ……!? こ、この男、これほどの殺気を放てるヤツだったの……!?)
 好恵は内心、息を呑んでいた。
 普段のディクシルは貴族であることからプライドの高い人物ではあったが、それ
でも好恵にとっては、関わりたくないと思わせるような人間ではなかった。
 そして、見た感じ、戦闘とは無縁の存在といった雰囲気をしていた。
 もちろん、貴族の男子たるもの、幼少の頃から騎士剣術の一通りは習っているだ
ろうが、しょせんたしなみ程度のものだろうと好恵は思っていた。
 実際、闘いに身を置く者なら誰もが持ってる匂いとでもいうべきものがディクシ
ルからは感じられず、だからこそ傭兵を多く雇って身を護らせているのだろうとい
う風に解釈していたのだ。
 それが、こんな強烈な殺気を放てるほどの実力の持ち主だったのだから、好恵と
しては驚きを禁じ得ない。
「答えぬか、坂下ッ! ふん……そうか。しょせん、傭兵とは金次第でどうにでも
なるもの。買収されおったか」
「……違うわよ」
 忌々しげに鼻を鳴らすディクシルに、好恵は鋭い一瞥をくれ、単刀直入に切り出
した。
「……ディクシル伯爵。あなた、人身売買組織とつながりがあるんでしょ?」
「っ!」
 突き刺してくるようなその言葉と視線に、伯爵の顔色がはっきりと変わった。
「……何を言って……」
「…………」
 真っ直ぐ見据えられ、ディクシルは言葉を呑み込んだ。そして小さく息をつくと、
「……どうやら、とぼけても無駄のようだな。なるほど、そうか。それで侵入者に、
逃がす側についたのだな」
 納得がいったようにうなずいた。
「あなたから受けた命令は、侵入者を抹殺すること。侵入者がどういう目的でもっ
て忍び込んできたのか、あなたは初めから知っていた。あたしだけが知らされず、
とにかく逃げる者はすべて始末せよってことだったわよね? そうやって、侵入者
と奴隷の娘を殺して、死人に口なしとするつもりだったわけね……?」
「別に初めからすべて知っておったわけではない。どうやったかわからんが、奴隷
が逃げた。しかし、何も知らないお前に奴隷を追いかけろとは言えん。それゆえ、
賊が侵入したということにしたのだ。しかし、本当に侵入者がいたとは思わなかっ
たがな。それもかなり腕が立つらしい。私の私兵やドグルスの創り出した土人形こ
とごとくを、なんの苦もなく一刀のもとに斬り伏せておるのだからな。まあ、それ
ならそれで都合がよかった。すべてを知ってる他の者はいざ知らず、これでお前に
はなんの疑いもなく動いてもらえる、とな」
「だけど、知られてしまった……」
「仮に人身売買のことに気づかれたとしても、なんとかする自信はあったのだぞ。
いや、ある……と言うべきかな?」
 好恵は眉をひそめた。
「へえ……? いったいどうするつもりなのかしら……?」
「……坂下。今、逃がす側に付いているとはいっても、もともとお前は私に雇われ
た傭兵。この闘いにお前たちが勝ったところで、お前一人だけ、我らとともに衛兵
に引っ立てられて裁きを受けることになる。よいのか? 人身売買の罪は非常に重
い。わかっているとは思うが、自分はなにも知らずに働いていた、などという抗弁
はまかり通らぬぞ?」
「……一応、アテがあるのよ」
 やや、自信なさげに言う。
「アテ? なんだ、それは?」
「さあ……。あたしも詳しくは知らないのよ」
 好恵の口調がますます自信なさげになった。
「ふむ……そういえば、さっきもそのようなことを言っておったが……くっくっく。
いったい何を根拠としているのか知らぬが、おぬし本気で、自分は助かるとでも思
っておるのか? わしらとおぬしは一蓮托生。もはや逃れることなどできんよ」
 鼻で笑い飛ばすようなドグルスに、好恵は少し表情を暗くしてうつむいた。
 が、すぐに顔を上げると、
「……たぶん、そうでしょうね。でも、あたしは人身売買に荷担するなんて真っ平
御免よ。だから、敵対することにしたのよ。あんたたちの組織をつぶしてやろうと
思ってね」
 力強い笑みを見せた。
(っても、ま、たぶん、それも無理でしょうけどね……)
 表情とは裏腹に、胸のうちでそんなことを自嘲気味に呟いていると、
「……面白いことをぬかすなぁ……坂下ぁ」
「感心せんのぅ……できもせんのに、そのような大口を叩くのは……」
 ディクシルとドグルスの二人から、人間離れした気配が漂い始めた。
「――――!!」
 無意識に、好恵の足が一歩後ろに退がる。
「私が苦労して創り上げた組織をつぶすだと? 言ってくれるではないか……!」
 ディクシルが低く押し出した言葉に、好恵の目が見開かれた。
「……私が……創り上げた……? そ、それじゃ、人身売買組織につながってたど
ころか、総元締めだったの……!?」
「ディクシル閣下。これ以上言葉を費やしたところで、この娘をこちらに引き込む
ことはできそうにありませぬ。それどころか、こやつを生かしておけば、のちのち
大きな禍根となりましょう。それに、こやつは侵入者とも面識があった様子。その
者らも含めて、確実に消してしまわねばなりますまい」
「……そのようだな。その若さの割に腕の立つ、格闘術を得意とする女……珍しい
から雇ったのだが、完全に失敗だったようだ。いまここで、髪の毛ひとすじ残すこ
となくこの世から消し去ってくれる……! そのあとに、後ろの三人だ……!!」
 毒々しい瘴気を叩きつけられ、初音と由綺の表情が凍りつく。
「こんなことなら、もっと早く手術を施して、わしの奴隷にしておくべきじゃった
な……。まあ、よい。死ぬまでに、せいぜい旨い想念(もの)を吐き出してくれよ、
坂下……!」
「く……!」
 好恵は歯を食いしばった。吐き気を催すドス黒い気配が、締め上げるように身体
にまとわりついてくる。
(こ、これはまさか瘴気……!? この二人、本当に人間なの……?)
 心中で驚愕していると、好恵ははっと顔を強張らせた。背中にかばう由綺、理奈、
初音のさらに後ろから、数人の気配が近寄ってきたのを感じ取ったからだ。
(――敵か!?)
 もしそうであるのなら、はっきりいって打つ手なしである。
 ディクシルとドグルスは相当に手強い。この上、さらに敵が出現したとなると、
好恵独りで由綺たち三人を護りきることは、もはやできそうになかった。
(く……!)
 絶望感が頭の隅をかすめたが、しかしそうたやすく諦めるわけにはいかない。
 敵であると仮定して、彼女は大急ぎで状況を打破するための算段を整え始めた。
 が、その努力は無駄に終わった。ただしこの場合は、好恵にとって良い意味でで
ある。
「初音ちゃんっ!!」
「初音ちゃん、大丈夫!?」
 好恵は、その声のどちらにも聞き覚えがあった。
「理緒さん! あかりさん!」
 初音が弾みのある声を返した時、好恵の隣に雅史が現れた。
「えっと、坂下さん……だったよね? 手伝うよ」
 やや幼い作りの顔立ちは正面に向けつつ、雅史は目だけを動かして好恵を見た。
「……それは助かるけど、この二人、かなりやばい相手よ。肝に銘じておいて」
「うん……わかってる」
 同じく視線だけを寄越して返す好恵の言葉に、雅史は緊張を満面にたたえて、小
さくうなずいた。
 ここへと近づくにつれていやな汗が背中に浮き始め、そして対峙したとたん、そ
れは身体全体にまで及んだ。
 目の前に立つ二人が放っているのは、人間が本能的に受けつけないモノなのだ。
 そんなモノを身にまとうような相手を前に、油断する気などさらさらおきない。
「くっくっく……。仲間が何人来たところで、わしらにはかなわぬよ……!」
「ついでに、他の者も全員ここへ呼んだらどうだ? その方が、こちらとしても手
間が省けて助かるのだがな」

 ぞわり。

 言葉と同時に、二人の身体から瘴気がさらに膨れ上がり、その場にいる全員が全
身の毛を逆立たせた。
「……まるで全身が蝕まれてゆくようね……」
 顔を青ざめさせて好恵が呟いた。
 あまりにも濃すぎる瘴気がディクシルとドグルスの周囲の空気を黒く侵し、いま
や凝集した闇のようになっている。
 輪郭さえおぼつかないその二人が、ゆっくりとした足取りで動き始めた。もちろ
ん、好恵たちに向かって。
「あ、あかりちゃん。大急ぎでみんなを退がらせて……!」
「う、うん……わかった」
 これ以上はないくらいの緊張をはらませて言う雅史に、あかりは震え声を返して
頼りなくうなずいた。
 不気味にうごめく漆黒に取り巻かれた二人は、目とおぼしき二つの光だけを爛々
と紅く輝かせ、寒気やおぞけなど、およそあらゆる不快感を四方八方に撒き散らし
ながら、じわじわと迫ってくる。
「なっ、なんなのよ、こいつら……」
 好恵の声はかすれ、口の中はカラカラになっていた。
 自らを奮い立たせようとはするものの、闘う気力がまるで沸き上がってこない。
そがれた気勢も甦ってこようとしなかった。
「……あの人たち……どうやら、普通の人間をやめちゃったみたいだね」
 はるかがぽつりと呟いた。




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最後の二行がなければ、読んでる人はたぶん、はるかも一緒にやってきていたこと
を忘れてただろうなあ……(苦笑)

うーむ、週一ペースが崩れつつある……もっと早く上げねば……。