ギャンブる(1) 投稿者:貸借天
「やっほ、浩之。待った?」
「うんにゃ。オレもいま来たとこだ」
「そ? じゃ、行こっか」
「おう」
 オレと綾香は並んで歩き出した。
 待ち合わせていた駅前には、うちの制服や寺女の制服を着た男女が、そこらでち
らほら見受けられる。
 ま、平日放課後の駅前だし、当然といや当然な光景だ。
「さて、どこに行く?」
「あれ? 言わなかったっけ? 駅前のゲーセンに、新作のDDFが入荷したから
行こって」
「そうなのか? 聞いてねーぞ。まあ、いいや。そーか、ついに出たのか」
「くすっ、嬉しそうね浩之。でも、勝負が終わったあとでも、そんな顔してられる
かしら?」
「当然だろ。おまえにヤックおごらせて、ホクホク顔だろうしな」
 ふっふっふ……と、オレたちはお互いの顔を見て不敵に笑い合う。


 いつから始まったのか覚えてもいない、志保とのヤックを賭けた勝負。
 ある時それを綾香に話してやったら、眼を爛々と輝かせて言ってきた。
「おもしろいわね、それ! ね、浩之。私とも勝負しよっ!」

 綾香はニューヨークにいた頃、その境遇から向こうの奴らにありとあらゆる勝負
をふっかけられていた。そして、そのすべてを返り討ちにして実力を認められ、仲
間として迎えられるようになった。
 それでも挑戦者はあとを絶たなかったが、どんなジャンルで挑まれようとも勝利
を収め続けた綾香は、いつしかプリンセスとまで呼ばれるようになったんだそうだ。
 今でもその腕は衰えてないらしく、また、日本に帰ってきてからもいろいろ遊ん
でいて、ゲーセンでも、ボウリングでも、ビリヤードでも、カラオケでもなんでも
ござれって言ってやがる。こいつの正体って、実は単なる遊び人なんじゃねーの?
 まあ、勉強だって本気を出せば楽勝なのだそうだが。そのあたりはさすが、芹香
先輩の妹ってとこかな。
 今は格闘技に熱くなってるが、基本的に綾香は勝負事が好きなんだな。で、オレ
とのヤックを賭けた闘いが始まったってわけだ。
 そして、今日の対決はダンス・ダンス・ファイター。
 あの不朽の名作、ストライキ・ファイターシリーズは2D格闘だったが、その別
口バージョンとして、2Dも3Dも飛び越えたダンス対決ものが出現した。それが、
ダンス・ダンス・ファイター、通称DDFだ。
 初めは抵抗のあったユーザーたちだったが徐々に受け入れられ、ついには大ブレ
イクを果たしたゲームなのだ。
 SFシリーズはオレも初代からやりこんだクチで、ダンスバージョンにもハマり
まくった。いったいどれだけの金が、あの細いコイン投入口に消えていったことか
……。
 しかし、かなり鍛え込んだおかげで、DDFは得意中の得意だ。
「うふふ、余裕ね〜浩之。そんな楽しそうに笑って……」
「ん? そうか?」
 自分の頬を撫でてみる。
 まあ、確かに今日は綾香と勝負することになってるが、もともとオレはあのゲー
ムが大好きなのだ。その新作が登場したとあっちゃ、ついつい顔もゆるむってもん
だ。
「ま、お手並み拝見といきますか」
「そう言うおまえこそ、ずいぶん余裕そうじゃねーか」
「ん、そう? まあ、身体動かすのは得意だしね。それに、DDFは私も結構やっ
てるからね」
「ほほう。それこそお手並み拝見だな」
 にやり。
 オレたちはふたたび、不敵に笑い合った。


「あちゃー、混んでるわね。しかも順番待ち」
 ゲーセンに入るなり、綾香は開口一番そう言った。
「う〜ん。まあ、人気シリーズだかんなぁ」
 目当てのDDFには人だかりができていた。ギャラリーが八割以上といったとこ
ろだろうが、それでもプレイヤーの数も多い。
 長蛇の列とまでは言わないが、しかし順番待ちをするとなると、そこそこ時間が
かかりそうだ。
「どうする? また今度にする?」
 渋面を向ける綾香にオレは首を振った。縦じゃない、横だ。
「いーや、オレは並ぶぞ。いまやんねーと、たぶん次の機会まで何も手につかねー
だろうからな」
「あらあら。あんたも好きねぇ」
 なんかよくわからんコメントを返す綾香。
「じゃ、並びますかぁ」
「おう」
 オレたちが人垣を割って入っていくと、
「ん?」
 ふと、順番待ちをしている連中のなかに、うちの制服を着たボブカットの女生徒
がいるのを見つけた。
 って、あれは……。
「志保じゃねーか」
「え?」
 オレの呟きに綾香が反応する。
「志保っていうと、確かあなたとしょっちゅう勝負をしている……」
「ああ」
 と、やおら志保が振り返った。このくそやかましいボリュームのなか、オレたち
の会話が聞こえたわけじゃないだろうが、何かクルものがあったんだろう。
 そして、こっちに気がついて少し驚いた顔になった。
 オレは綾香を従えて、志保のそばへ向かった。
「ヒロじゃない。な〜に? あんたも新作入荷の情報、手に入れてたの?」
 少しだけ眉をしかめている志保に、オレはなんとなく閃くことがあった。
「ははーん。情報流布大好き人間のお前も、流すのは内容によるってわけか。一足
先にこのゲームをやりこんで、有利な状況でオレに勝負をふっかける気だったんだ
な?」
 うぐ、と言葉に詰まる。見かけによらず、根は正直なヤツだ。
「と、ところで、あんたの後ろにいるコは? どこかで見たような顔してるけど…
…」
 状況を不利と見たか、志保は綾香に視線を向けて強引に話題を変えてきた。
「ああ……」
 一歩横に動いて、綾香に場所を譲ってやる。
「はじめまして。私は来栖川綾香。あなたの学校に私の姉さんが通ってるわよ。知
ってるわよね?」
「えっ!? じゃあ、あんた来栖川先輩の妹さん……? なるほど、言われてみれ
ば納得だわ……確かに似てるもの」
「性格はぜんぜん違うけどな」
「でも、根っこの部分は同じだってば」
 オレとやりとりする綾香を、志保が「ほえー」という顔で見ていた。芹香先輩の
おっとりした様子とのギャップが激しいんだろう。
「で、あなたは自己紹介してくれないの?」
 呼びかけられ、志保は我に返った。
「え、ああゴメンゴメン。あたしは長岡志保。真実を……」
「虚偽と嘘偽りを撒き散らす、年がら年中エイプリルフールな女だ」
「ちょっとヒロ! 誰が年がら年中エイプリルフールなのよ!」
 オレの横槍に噛みつくように抗議する。
「おまえ以外に誰がいるってんだ?」
「……ヒロ。あんたとは一度、じっくり腰を据えて話さなければならないようね」
「ふふん、いいぜ。ま、そのうちな」
 オレと志保の視線が激しくぶつかり合い、バチバチと火花が散った……ような気
がした。
「さて、お互いに紹介は終わったことだし、オレたち並んでくるから」
「あ、待ちなさいよ。その来栖川さんとあんたが、どーしてここにいるわけ?」
「ヤックを賭けた勝負をするのよ」
 代わりに答えた綾香の言葉に、志保は目を大きくした。
「なに、ヒロ? あたしとの勝負はもう終わりにするわけ?」
 ごく自然な態度を装ってはいるが、ほんの一瞬だけ哀しそうな顔をしたのをオレ
は見逃さなかった。
 ったく、しょーがねーヤツだな。
「誰がンなこと言ったよ。ヤックを賭けた勝負のことを話してやったら、綾香が乗
ってきただけだ。これからも、ちゃんとお前とも遊んでやるから心配すんなって」
「なっ! か、勘違いしないでよね! 遊んでやってるのは、このあたしの方なん
だから!」
「はいはい。ま、そういうことにしといてやるよ」
「ム、ムカつく〜」
 オレと志保がやりあう様子を見て、綾香は目を細めてクスリと笑った。
「さて、浩之。早く並ばないとどんどん遅れちゃうわよ」
「おっと。そうだな」
「あ、ちょっと」
 オレたちが行こうとするのを、志保がもう一度引き留めた。
「なんだ?」
「ねえヒロ。この際だから、今日あたしとも勝負しない?」
「ん〜? まあ、別にいいけどよ。ヤックか?」
「もち。んじゃあさ、あたしの順番が来たら、そこで勝負すればいいんじゃない?
二人同時にしたところで、特に後ろに迷惑がかかるわけじゃないし」
「まあ、確かにそうだが……」
 DDFの対戦型モードは、三種類の曲をそれぞれ二人一緒に踊って競い合い、最
終的に点数が高い方が勝ちとなる。
 一人用の場合、あまりに出来が悪すぎると一曲目で終わりになってしまうことも
あるから、その場合は対戦型モードよりも早くゲームオーバーということになる。
しかしオレたちに限っていえば、まずそんなことにはならない。
 よし、とりあえず後ろの奴に訊いてみるか。
 と、振り返ると、
「いいですか?」
 すでに綾香が訊いていた。
「あ、ああ、どうぞ」
 後ろのニイチャンは快く承諾してくれた。
「どうもありがとう。……オッケーよ、浩之」
 すんません、とオレも頭を下げてから志保に向き直った。
「じゃ、ほらヒロ。ここに来なさいよ」
「待て待て」
 足もとの床を指さす志保に、もったいぶるように手を振って応える。
「なに? まだなんかあんの?」
「いや、そうじゃなくてだな。オレへの挑戦権をかけて、先に綾香と志保で勝負し
ろ」
「え?」
 オレの言葉に、二人の声が重なった。そして、顔を見合わせる。
「――そうね。私は別にいいわよ」
「あたしも。じゃあ、先にしましょうか」
 意外にも二人はあっさり了承した。志保が手招きして、その隣に綾香が並ぶ。
 と、その綾香が含み笑いを浮かべて言った。
「はは〜ん、読めたわよ浩之。あんた、まず私たちで闘わせといて、腕を見極める
ハラなんでしょ」
「あ、なーるほどね〜。こすっからいというか、なんというか……」
 やれやれと志保が両手を広げる。
「るせっ。おめーらは挑戦者だろ。ということはオレは王者というわけだ。特権だ、
特権」
「ねえ、どうする? あんなこと言ってるわよ?」
「いいんじゃない? 言わせとけば。どーせこのあと、あたしたちのどちらかに王
座を引きずり落とされるんだから」
「それもそうね」
 力強い笑みを交換しあう二人。
「けっ。おめーらこそ言ってやがれ」
 そうこうしているうちに順番が回ってきて、二人は台に上がった。
 いまさら言うまでもないような気がするが、綾香も志保もそこいらのグラビアア
イドルを数段上回る、掛け値なしの美少女である。おまけに、そろってスタイルも
いい。
 そんな二人が踊るとくれば、自然、周りのギャラリーたち(特に男衆)の視線が
今まで以上に集まってきた。
 って、ちょっと待てよ……。
「お、おいおい。そういやおまえら、そんなミニ履いてちゃ見えるぞ」
 そう。
 二人とも、超が付くとまではいかないが、そこそこ丈が短いスカートを履いてい
る。そんな格好で派手に動き回ってはパンチラ続出になること請け合い、下手をし
たらパンモロになる可能性だってある。
 そしてその言葉を裏付けるように、一部のギャラリーの間から「くっ、余計なこ
とを……」とでも言いたげな雰囲気が漂った。
 しかしオレの心配をよそに、二人は我が意を得たりという表情を浮かべて、自信
ありげに笑った。
「だーいじょうぶよ。この間も言ったでしょ? ミニを履くからには、見せないテ
クも身につけてるんだって」
「あら、セリフ取られちゃったわね。ま、そういうこと。安心して見てなさい」
 ホントかよ……。
 まあそれなら、オレも存分にギャラリーに徹することにしよう。
 そして二人はコインを入れ、軽快にスタートボタンを押した。
 さあ見せてもらおうか、おまえらの腕前のほどを。




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……腕前という割には、使うのは足ばっかりだけど。

えー、連載まだ終わってないというのに、またもや続きものです。
やれやれです。
まあこれに関しては、いちおう最後まで書き終わってはいるのですが。

次回以降もそうですが、このSSは少し大げさに書かれています。たぶんパンモロ
なんてなりません。パンチラでもそうそう起こらないのではないかと思います。
つっても、ミニスカ履いた女の子が踊ってるところって見たことないから、真相は
わかりませんが。
なにぶん、DDRはじめてまだ日が浅いもので。
しかも、オレがやってるのは初期バージョンだし。近所にゃ、セカンド以降がない
のだ。

うーん、このSSってジャンルがわからん……。
コメディでいいのかな……。