LF98(24) 投稿者:貸借天
第24話


「ふう……」
 綾香と葵が走り去っていった後、浩之はゆっくりと屈み込んで地面に腰を下ろし
た。
「浩之ちゃん、大丈夫?」
「ああ、心配すんなって」
 心配そうなあかりにひらひらと手を振って応える。
「宿に戻ったらすぐに診てあげるから、頑張ってね浩之ちゃん……」
「だから大丈夫だっつーの。でもまあ、診てもらいたいのは確かだし、そん時は頼
まぁ」
「うん」
 あかりはかすかに微笑んでうなずいた。
「そういえば、おめーらは誰も怪我とかしてねーのか?」
「うん。みんなピンピンしてるよ」
「なんだ、オレだけかよ」
 浩之は不満そうな口調であったが、そのくせ、安心したのか瞳は優しかった。
 ふと通りの先に目を向けると、他の仲間の様子を観察している雅史の姿があった。
「雅史。他のみんなはどんな感じだ?」
「うん……」
 あちらこちらをひとしきり眺めてから雅史は振り返った。
「来栖川さんと松原さんは、坂下さんとともにフランと闘っているみたいだ。彼女
ら三人を同時に相手取っていては、さすがのフランでもどうしようもないみたいだ
ね、来栖川さんたちがだいぶ優勢に押してるよ。英二さんは僕の知らない人と闘っ
てて、こっちは苦戦してるみたいだ。それから来栖川先輩は、これもまた僕の知ら
ない人たちがそばにいて、こっちは逆に手を組んでセリオ相手に一緒に闘ってる。
由綺さんと理奈さんと初音ちゃんも無事みたいだね。あ、でも理奈さんはすごく辛
そうだ。あかりちゃんに診てもらった方がいいかもしれない」
「え? そんなにやばいのか?」
「うーん……ここからではなんとも言えない。でも、地面に横になってるよ」
 言いながら、雅史はもう一度理奈たちの方に目をやった。それを聞いて、浩之の
顔色が変わる。
「そういえばリナさん、脚を斬られてたからな……あかり、ちょっと行ってやって
くれよ」
「うん。わかった」
 うなずくあかりに、理緒が声をかけた。
「あ、私も行く。なんにもできないと思うけど……」
「ううん。一緒にいるだけでも、初音ちゃんきっと安心するよ。それじゃ理緒ちゃ
ん、行こ」
「ちょっと待って……!」
 警戒を宿した声で志保が言った。
「……すごいスピードで、なにかがこっちに来るわ」
「え?」
「なに!?」
 場に、緊張の糸が張り詰めた。一斉に志保の指す方に注目する。
 彼女の言葉通り、何者かが凄まじい迅さで浩之たちのところにグングン迫ってき
ていた。
 身体にむち打って立ち上がり、浩之は無言で雅史の隣に並んだ。あかりたち女性
陣を背後にかばって待ち構える。
 ほどなくして、その何者かが彼らの元に到着した。
 浩之たちより二つ三つ年上の若い女だ。
 その身体付きはスリム、スレンダーという言葉がこの上なくピッタリ当てはまり、
いやむしろ悪い意味で当てはまりすぎて、色気という言葉からこの上なく縁遠いも
のに思われた。
 そんな身体付きと、どことなく少年の面影を残した容貌とが相まって、やたらと
中性的な雰囲気を醸し出している。
 もっとも、少年とは言っても元気ハツラツという感じはまるでなく、逆にボーッ
としており、放っておいたら一日中でも流れる雲を眺めているような、そんな感じ
であった。
 ……こんな少年はいないかもしれない。
 深い海の底を思わせるダーク・グリーンの瞳は半ば霞がかかっていて、全体とし
て緩慢で鈍重そうな印象を与えていた。
 が、そのくせ残像を後ろに従えそうなほどの猛烈なスピードで走っているし、ま
たそうしていながら息切れひとつしないほどの恐るべき体力を有してもいる。
 ふわふわとしてどこかつかみ所のない、独特の空気を漂わせた女だった。
 浩之の顔を確認して、女が口を開いた。
「ん。目つきの悪い男の子、発見」
「な……」
 初対面の相手にヤブから棒にそんなことを言われ、浩之は絶句して目が点になっ
た。
 我を取り戻して何か言い返そうとするよりも早く、女が言葉を続けた。
「きみ、藤田浩之くん……だよね?」
「え……? あ、ああ、そうっすけど……」
 見知らぬ相手からあっさり名を言い当てられ、浩之は困惑顔でうなずいた。
「私、河島はるか。よろしく」
「え? あ、よ、よろしく……」
「うん」
「……じゃなくて!」
 女――はるかの持つ独特の雰囲気に呑み込まれるのを危ういところで脱して、浩
之は詰問するような口調で訊ねた。
「なんなんすか、いきなり!? それに、なんでオレの名前を?」
「“月影の魔女”さんから聞いた」
 はるかはいたって簡潔に答えた。
「月影の……あ、先輩か! 先輩……芹香さんとお知り合いなんすか?」
「ん。さっき知り合った」
「さっき……?」
「魔女さんにすごく小さな声で、『藤田浩之さんっていう目つきの悪い男の子に力
を貸してあげてください』って頼まれた」
「目つきの悪いって……先輩、ひでぇや」
 浩之は落ち込みそうになった。
「でも、力を貸すってどういうことなんですか……?」
 やや沈んでいる浩之に変わって、雅史が訊ねる。
「うん」
 答えになっていない答えを返して、はるかは浩之の方へと歩み寄っていった。
 そして、何をするつもりなのかと振り返ろうとする浩之を片手で制しながら、そ
のまま背後へと回り、いきなり脇の下に両手をさし込んで、後ろから背中に抱きつ
いた。
 浩之の着ている野戦服にはそこかしこに血がこびり付いているのだが、まったく
気にもとめていない様子である。
 ともかくも、やおら浩之を背後から抱きすくめたはるかに、はるか以外の全員が
呆気にとられて目をまん丸にした。
「なっ!? ちょ、ちょっと、ハルカさん!?」
 浩之は仰天して縛を解こうともがいたが、はるかは「どうどう」と言いながらも、
背中に張りついたまま離れようとはしなかった。
「オ、オレは馬じゃねーっすよ! いや、ンなことより、いきなりなにすんですか
!?」
 錯乱気味の浩之とは対照的に、はるかは落ち着き払って答えた。
「力を貸してあげる。だからじっとして」
「ち、力を貸すって、これでどーやって……?」
「もう少ししたらわかるから」
 その声には冗談の雰囲気など微塵も感じられなかった。まったくもって不可解な
行動ではあるが、なにがしかの意味があるようだ。
 仕方なく、浩之は大人しくされるがままになることにした。
 そうすると、背中に押しつけられた慎ましげな膨らみの感触にふと気がつき、心
臓が早鐘を打ち始めた。
 はるかに悟られたくないので、なんとか落ち着こうと、眼に見えるものに集中し
て違うことを考えようとした……が、二つ並んだささやかな圧力は強烈な自己主張
を続けており、すでに意識の九割以上が釘付けになってしまっている。
 結局、しっかりと開かれてはいるものの、浩之の眼は何も映してはいなかった。
 たぶんあかりの方がでかいな、などという不謹慎な考えが、知らず脳裏をよぎっ
てしまう。
「鼻の下伸ばしてんじゃないわよ、ヒロォ〜。っとに、あんたは手が早いわね」
 ジト目を向ける志保の言葉に、浩之はようやく意識を拡散させることができた。
「なっ……誤解を招くよーなことを言うな! 初対面だって言ってるだろーが!」
 わずかに顔を紅潮させて、浩之は言い返した。
「ふ〜〜ん、あらそぉ? ……志保ちゃんネットワークに流してやろうかしら。
『女たらしの藤田浩之には気をつけよう』って……」
「志保、てんめーッ」
 はるかを背中に引っ付かせたまま、浩之は志保と言い争いを始めた。
「……浩之ちゃん……」
 その様子を見ているあかりが、哀しそうな顔でポツリと呟いた。
 雅史と理緒も、この事態をどのように対処すればいいものかと複雑な表情を浮か
べている。
 と――。
「!!」
「!?」
 突然、なんの前触れもなく浩之の“氣”が一挙に膨れ上がった。それも、特にそ
ういったものを感知することに長けていない、あかりや志保、理緒でさえそれとわ
かるぐらいにである。
「あ……あん?」
 当の浩之は、自分の身に何が起きたのか理解できないという風に、胸元近くまで
持ち上げた両の手のひらを不思議そうな眼差しで交互に見比べていた。
 驚きの視線が集まるなか、浩之の“氣”が加速度的に膨れ上がってゆく。同時に、
彼の足もとからは風でない風が渦状に巻き上がり、はるかの分も含めた服装と髪の
毛をざわざわと揺らし始めた。
 身体に収まりきらなかった“氣”が、外にあふれ出したのである。
「ひ、浩之ちゃん?」
「オ、オレに訊くな……!」
 不安そうなあかりに、浩之はうろたえた声を返した。
 だが、そんな声とは裏腹に、気分は際限なく高ぶり続けて留まるところを知らな
い。浩之は、今ならなんでもできそうな気になった。
 疲労などとっくの昔に吹き飛んでしまっている。立ち上がるのも億劫なほどくた
びれきっていた身体は、今では有り余る元気にみち満ちて、なにか身体を動かして
いないと死んでしまいそうな気さえした。
 浩之の“氣”がさらに膨れ上がった。
 そのあまりに莫大な量に身体の方が耐えきれなくなり、いつしか爆発して木っ端
微塵になってしまうのではないかという危惧さえ抱かせた。
 これほど強大な“氣”を操るなど、どれだけ必死になろうが頑張ろうが、自分に
はとてもできそうにないことを浩之は自覚していた。いや、ここまで強大な“氣”
は、人間には持ち得ないものであるかもしれない。今の状態は、それほどまでに凄
まじいものだった。
 浩之は、胸に巻き付けられているはるかのほっそりとした腕を見下ろした。
 彼女はいったい何をやったのだろうか。
 しばらくして、はるかはするすると腕を抜き取り、浩之の背中から離れた。彼女
が離れても、浩之の周囲には風でない風が絶えず吹き荒れている。
 縛が解けると、すかさず振り返ってはるかに訊ねた。
「ハ、ハルカさん。こりゃ、いったいなんなんすか?」
「ん」
 はるかは答えず、強風にあおられたように逆立って暴れている浩之の髪に触れた。
「あはははは」
「遊んでないで教えて下さいよー!」
 浩之の全身を取り巻く氣流がにわかに勢いを増した。髪や衣服が、バタバタと音
が聞こえるほどに激しく揺れる。
 浩之は無限に湧き出るエネルギーを手に入れたような気分になった。
「天と地にあふれる膨大な精気のほんの一部をきみに集めただけ」
 はるかの薄い唇が言葉を紡いだ。
「え……?」
「その集めた精気が活力として、きみの身体に宿ったの」
「そ、それって、HMとなんか似てるな……」
「そうだね」
 浩之の呟きに、はるかはうなずいた。
 来栖川のHMは天地の精気を吸収し、魔力に変換して蓄積するのである。
「友だちを助けたいんだけど」
 浩之の髪から手を離し、前振りなくはるかが切り出した。
「え? 友だち……すか?」
「うん」
 はるかは振り返り、ある方向を指し示した。浩之たちの視線がそこに集まる。
「ユキさんたちだ……」
「ん。きみも由綺の友だち?」
「いえ、ついさっき知り合ったばっかりなんですけどね……」
「助けてくれる?」
「もちろんすよ。ていうか、もともとオレの連れの何人かが、あっちに行くつもり
だったんです」
 浩之はうなずき、背後を振り返ってあかりたちを見る。
 目をつむっていても背を向けていても、そこにいるということが即座にわかるぐ
らいの圧倒的な気配と存在感を放っている浩之に、あかりたちはいまだ驚き冷めや
らぬといった表情のまま一斉にうなずいた。
「ちょうどいいね」
 はるかがにっこり笑う。
「そうっすね。じゃ、行きますか」
「ん」
 言って二人が駆け出し、戸惑いながらも最初に志保が続き、雅史がしんがりに立
って後を追いかけた。
「あ、そうだ、ハルカさん。なんで芹香先輩とセリオが闘って……あ、セリオって
言うのは……」
「うん、わかるよ。セリオがなに?」
 自分の質問に関する補足説明をしようとした浩之に手を振ってみせてから、はる
かは小首を傾げた。
「えっとですね、芹香先輩とセリオは普段一緒に行動するような間柄なんですけど、
なんでその二人が敵味方に分かれて闘っているのか、わかります?」
「うん。操られてるんだって、敵の魔道士に。額にはめられているサークレットを
除去すれば元に戻るって」
「あ、操られてたのか……。それで、先輩と一緒に闘ってるのは、ハルカさんの友
だちっすか?」
「うん。友だち」
「そっすか、それじゃあ……あっ!」
 走りながらはるかと話していた浩之は、由綺たちがいる場所へ向かう道すがら、
綾香が謎の男と、そして葵がフランと闘っているところに出くわした。
 綾香の方はよくわからないが、葵はフランに完全に押されていて敗色濃厚だ。地
面を舐めさせられるのも時間の問題に見えた。
「葵ちゃん……! 雅史、悪ぃけど後は頼んだ!」
「うん。わかった」
「その前に、ちょっと忠告」
 一人、進路を変更しようとした浩之にはるかが声をかけた。
「きみは今ものすごいエネルギーに満ちあふれているけど、別に無敵になったわけ
でも不死身になったわけでもないから勘違いしないように。斬られたらちゃんと痛
いし、出血量が多すぎると死に至ることだってあるよ。ただ、ものすごく元気にな
ってて、どんなにメチャクチャに暴れ回っても絶対に疲れることはないから、その
辺をよく考えて頑張るように」
「オッケーっす!」
 威勢良く言いながら、浩之は一行から離れていった。
「……浩之ちゃん……」
 思わずあかりは足を止めて小さく呟いた。その瞳に不安の光が揺れている。
「行こ」
 いつの間に近づいていたのか、はるかがあかりの袖をくいくいと引っ張った。
「あ、はい……」
 最後にもう一度だけ浩之に心配そうな視線を送ってから、あかりはうなずいた。
そして二人が駆け出す。
「カレシ?」
 はるかは去ってゆく浩之の背中を視線で示しながら、顔を寄せて短く訊ねた。
「え!? い、いえ……そういうわけじゃ……」
「好きなんだね」
「え……その……」
「ごめんね」
 赤面してしどろもどろになっているあかりに、走りながらの状態で器用に頭を下
げる。
「いえっ……! そんな……」
「ん……」
 はるかはもう一度、浩之の背中に視線を投げてからあかりへと返し、
「頑張ってね」
「あ……はい……」
 ほんわかと微笑むはるかに、あかりは頬を染めたままはにかんだ。




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こんなの、はるかじゃねーーーっ!!
うう……はるかに長ゼリフ言わせるの、難しいよぅ。
あかりもねえ……。
頑張れっつっても、彼女は自分からは言えないだろうからなぁ……。
今回、かなり苦しいシーンが多いような……。

さて、はるかの能力は。
なんかよくわからんな……。
元ネタわかる人いるかな……?