LF98(18) 投稿者:貸借天
第18話


「あ〜あ、馬鹿なおじさんだな。僕よりも強いシューガルさんに勝てるわけないの
に」
「──さあ、それはどうかしらね」
 トルーヴは英二を嘲笑し、好恵はそんなトルーヴを一瞥して冷笑を浮かべた。
 それが気に入らなかったのか、トルーヴは唇を尖らせた。
「じゃあお姉ちゃんは、あのおじさんがシューガルさんに勝つと思うの?」
「ええ」
「無理だよ。絶対にシューガルさんが勝つよ」
 好恵は溜めた息を一つ吐き出し、
「……まあ、いいから見てなさい」
「絶対に絶対にシューガルさんが勝つよ!」
 トルーヴは頑なにそう言い張った。
 しかし、好恵にはこの勝負の展開が見えていた。トルーヴ同様、シューガルも能
力を引き上げただけの素人だということに彼女は気が付いている。
 当然、刃を交えている英二もとうに気が付いているだろう。
 それならば……。


 踏み込んできた英二を間合いにとらえ、シューガルは剣を振り下ろした。
「ふんっ!!」
 それをあっさりと左に避ける。すると、英二を追いかけるように太刀筋が急角度
で曲がり、横薙ぎへと変化した。
「ぬっ……!」
 英二は後方に跳ね飛んだが、完全には避けきれずに衣服の前面を斬り裂かれた。
 二人は互いに得物を構え直し、距離をとって対峙した。
 シューガルの口元に余裕の笑みが浮かぶ。
「勝てないとわかってて、なお立ち向かう……ですか。でも残念ながら、勇気だけ
では私を倒すことはできませんよ」
「……くくっ」
 すでに勝利を確信しているかのようなシューガルの言葉に、英二は肩を小さく震
わせた。
「……何がおかしいのですか?」
 シューガルの言葉にトゲが含まれる。英二の顔に冷ややかな笑みが浮かんでいた
からだ。
「――いやな。これはまた、えらく自信満々な勘違い男がいたもんだと思ってな」
「……それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味さ。おまえ、自分は強いと勘違いしてるだろ? ま、勘違いって
やつは、真実に直面しないといつまで経っても気が付かないものだしな。この闘い
は、いい勉強になるだろうぜ」
 英二は訳知り顔でうなずいた。しかし、顔に浮かんでいた冷ややかな笑みは、ま
だ沈んではいない。
「――なかなか言ってくれますね。それではどっちが勘違いしているのか、実地で
確かめてみることにしましょうか」
「そうだな」
「手足を斬り落とされてようやく自分の過ちに気づくなんて、あなたも愚かなこと
ですね」
 シューガルは底光りのする目で英二を見据え、唇の間から殺気をはらんだ低い声
を押し出した。
「ふふん、それは予言のつもりか? できるものなら、やってみるんだな」
 英二の冷めた言葉に、シューガルが猛然と襲いかかった。
 横薙ぎを英二は後退して避け、すぐに自分の胸元付近の空間を短剣で薙ぎ払った。
 直後、激しい金属音が響く。
 シューガルが、引き上げられた筋力にものを言わせて横薙ぎから突きへと強引に
変化させたのだが、それを読んでいた英二が、突きに力が乗り切る前に素早く打ち
払ったのである。
 実に簡単にあしらわれたことにシューガルの表情が凍り付き、また、剣は流され
て大きく体勢が崩れていた。そのスキを逃さず、英二が斬りかかる。
 右の剣がのどを狙う。シューガルはのけ反るようにしてかわしたが、今度は横殴
りの一撃がこめかみを襲った。あわてて身を沈めてそれもかわしたが、いつの間に
か引き戻されていた右の剣が、ふたたびシューガルののどへと疾る。
「うぬっ……!」
 シューガルは泳いでいた剣をなんとか引き戻して、英二の斬撃を受け止めた。硬
質の金属音があがる中、打ち合わされた刃の間で火花が散る。
 シューガルは力任せに剣を押し返した。しかし、英二はその動作からリズムを創
り出すと、スルリと剣を外して転身した。
 力の行き場を失いシューガルがたたらを踏んだところを狙って、英二が鋭い斬撃
を連続的に繰り出した。シューガルはなんとかかわし、あるいは受けて反撃を試み
るが、英二は易々とさばいてすぐに自分のリズムに持ち込んでゆく。
 まるで舞っているかのような華麗な体さばきから放たれる攻撃はシューガルを絶
えず追いつめ続け、いつしか攻め手と受け手が入れ替わることがなくなってしまっ
た。


「……防戦一方ね」
 英二とシューガルの闘いを見物している好恵がぽつりと呟いた。隣にいたトルー
ヴがビクッと身体を震わせる。
「ま、まだだよッ。これからシューガルさんが反撃に出るんだから!」
 二人の対決を食い入るように見つめていたトルーヴが顔を上げ、強い調子で反論
した。しかしその顔は不安に曇っていた。
(……まあ、決着がつくのは時間の問題ね)
 好恵がそう思った矢先、
「――ひぎゃああああああああっ!!」
 シューガルの絶叫が耳に飛び込んできた。見ると、シューガルが右腕の先端を押
さえ、身体を小刻みに震わせながら屈み込んでいた。その近くの地面には、剣を握
ったままの右手が落ちている。何があったのかは一目瞭然だった。
「そ……そんな……シューガルさんが……」
 トルーヴは信じられないという顔つきで狼狽していた。
(……ま、素人の浅はかさってやつね)
 好恵はそんなトルーヴをちらりと見、二人に視線を戻した。
 英二は傷一つ負っていない様子で、油断なく立っている。
 対して、重傷のシューガルはなんとか立ち上がり、よろよろと後退しているとこ
ろだった。失った右の手首からどくどくと血があふれている。このまま放っておい
たらあっという間に失血死するだろう。
 助かる命を無駄に散らすこともあるまい。好恵は二人に近付いて声をかけた。
「勝負あり。そこまでよ」
 英二は顔を動かすことなく好恵に一瞥を投じ、また前に戻した。
「ふっ、ふざけるな……! 私はまだ闘える……!」
 シューガルのあきらかな強がりに、好恵は溜め息をついた。
「いい加減にしなさい。その出血じゃ、あんたの命、10分と保たないわよ」
「ぬっ……くっ……」
 彼女の言葉に改めて自分の怪我の大きさを認識したのか、シューガルは頭をふら
つかせてふたたび膝をついた。
「シューガルさん!」
 そこへトルーヴが駆け寄ってくる。
「しっかり……しっかりしてよ、シューガルさん!」
「早く止血してあげなさい」
「ど……どうすればいいの!?」
 大の男が泣きそうな表情になっているのを見て好恵は渋面になったが、このトル
ーヴという男がまだ八歳の子供と変わらないという話を思い出した。
「──仕方がないわね」
 見た目では、自分よりはるかに歳上の男が顔をくしゃくしゃに歪めているのを情
けなく思ったか、それとも気の毒に思ったか、好恵は手を貸そうとしゃがみ込んだ。
同時に、英二は背を向けて走り出そうとする。
「あっ、待て! シューガルさんのカタキ!」
 それに気がついたトルーヴが回り込んで、英二の前に立ちふさがった。得物の剣
を両手で正眼に構え、
「おまえは僕がやっつけてやる!」
 野太く低い声でありながら、子供特有の口調とイントネーション。冗談でやって
いるのではなく、本人はいたって真面目だ。
 見た目では、自分とそう歳が変わらない男の言葉とその様子に、英二はげんなり
した。
「……やるのか?」
 それでも、とりあえず気を引き締めなおして静かに言葉を発した。
 凛、とした空気が英二を中心に渦巻き始める。
「シューガルという男はおまえより強いんだろう? それでは俺に勝てないんじゃ
ないのか?」
「うっ……さ、坂下さん! どうしてシューガルさんが負けるってわかったの!?
どうすればこの人に勝てるのか、教えてよ!」
 無茶なことを言い出すトルーヴ。
 一応の手当を済ませた好恵は、顔をしかめて立ち上がった。
「……あのねぇ。そんな、口伝えで教えてもらったぐらいで勝てるなら、誰も修行
なんてしないわよ」
「く、くちづたえ?」
 その言葉の意味が理解できなかったらしい。好恵は大きな溜め息をついた。
「……はぁ……とにかく、今のあんたの実力じゃ、あたしがどうこう言ったところ
でその男には到底かなわないわよ」
「な、なんでだよぅ」
「単純なのよ、あんたたちって。常人離れした動態視力や反射神経、異常な筋力な
ど確かにやっかいなものがそろってるけど、でも所詮は素人なのよね。身体のほん
の小さな動きや目線とかでも次にどういう行動をとるのかすぐにわかるし、攻撃も
単純だから太刀筋を読むのも難しくないわ。だからウラをかくのも簡単なワケ」
 好恵は視線を落としてシューガルをちらりと見た。
「さらに言うなら、その男を相手にする時はシューガルみたいな闘い方してたら駄
目よ、あたしだって勝てないわ。その男の創り出したリズムに乗せられると、たぶ
んどんな達人でも手玉に取られてしまうでしょうからね。それが自分で理解できる
ようにならなければ、どんなに頑張っても勝ち目はないわよ」
「う……うーーん……」
 トルーヴは腕を組み、気難しい顔をしてうなった。やはり、あまりよく理解でき
なかったらしい。
「もういいから、あんたは早くシューガルを連れていって医者に診せなさい。カタ
キを討つのと命を助けるのと、どっちが大事なの?」
「う、うん……わかったよ」
「……ふん……ずいぶんと偉そうですね……。まあ、そうやっていられるのも今の
うちだけです……せいぜい威張ってるがいいでしょう……」
 促されたトルーヴが動き出す前に、好恵の足元でうずくまるシューガルが唇をゆ
がめながら呟くように言った。
「……今のうちだけって……どういうこと?」
 ただの負け惜しみかとも思ったが、気になったので訊いてみた。
「……くっくっく。子供に戻ったらたっぷりとかわいがってあげますから、覚悟し
ておくんですね……。まあ、いま覚悟したところで、手術が終わると記憶を失って
しまうから意味はないか……」
「……はあ?」
 シューガルは小声でブツブツと続けた。
「しかし、ドグルス様も物好きな……なんで、こんな男女を……」
「……あんた、さっきから何言ってんの?」
 好恵は、気味の悪いものでも見るような視線でシューガルを見下ろした。すると、
トルーヴが口を挟んできた。
「ああ、それは多分あれだよ。ドグルス様がお姉ちゃんのことを気に入ったから、
奴隷にするんだって」
「はあ!?」
 好恵は絶句した。
「ちょっと、それってどういう意味よ!」
「……つまりはこういうことです。トルーヴにやったのと同じ手術を、あなたに施
すんですよ。そうして、あなたの精神を子供状態に戻し、アメとムチを使い分けて
奴隷同然にしてしまうということです。簡単ですからね、子供に言うことを聞かせ
るのなんて」
「そう、簡単簡単」
 シューガルの言葉はトルーヴに対する言葉でもあったのだが、トルーヴはそれに
気が付いていないらしく、のん気そうな顔でうんうんと頷いていた。
 そんなトルーヴに冷めた一瞥をくれ、シューガルは好恵に目を戻した。
「仕事仲間だというのに、ドグルス様に随分つれない態度をとっておられたようで
すねぇ。ドグルス様がおっしゃってましたよ、年寄りに対する礼儀がなってないっ
て。だから……だそうです。その気の強い眼差しがどんな風に変わるのか、楽しみ
だと」
「あ、あの色ボケ爺さん……そんなこと考えてたのっ……!!」
 好恵はおぞけと怒りで、きつく握りしめた拳をぶるぶると震わせた。
 仕事仲間ということで依頼主に紹介されて以来、いったいどこを気に入られたの
か、好恵はたびたびドグルスに好色そうな視線を向けられ、やたら馴れ馴れしく話
しかけられては身体を触られたりもした。
 彼女は無論、年長者に対する礼儀というものを持ち合わせている。いや、同じ年
頃の男女と比べてもかなり礼節を重んじる方だ。しかしドグルスの振る舞いにはさ
すがに我慢ができず、彼とは極力、顔をあわせないようにしていた。
「……冗談じゃない……! 仕事にケリがついたら、さっさとオサラバさせてもら
うわ……!!」
 好恵はぎりっと歯を鳴らした。
 ドグルスに対する不満はあっても、かなり待遇がいい仕事だったので決意が揺ら
いでいたのだが、ここへ来てようやく気持ちに整理がついた。
 しかし、シューガルは嘲るように彼女の言葉を否定した。
「無理ですよ……あなたは私たちと一蓮托生です。逃れることはできません……」
「なんでよ!? 依頼主と掛け合って契約を切れば問題ないじゃない!」
「何も知らないというのは、かわいそうなことですねぇ……」
 気の毒そうな言葉ではあったが、内心どう思っているのかはその表情が雄弁に語
っていた。
「……なんのことよ」
「さて……ね。……と、疲れてきたので私はそろそろ行きます。では坂下殿、仕事
にケリがついた後にでもお会いいたしましょう。この応急手当のお礼は、その時に
させていただきますよ」
「……別にいいわよ。この仕事を終えたら、もうあんたたちと会う気はないし」
「無理ですよ……ま、いずれわかります。では」
 ひときわ強い嘲笑を残して、シューガルはきびすを返した。トルーヴが走り寄っ
てきてその横に並び、肩を貸す。
 二人は一歩一歩確かめるようにして歩きだしたが、表通りにつながる路地の入り
口に差し掛かったところで、トルーヴがやおら振り返った。
「今度会ったら、おまえは絶対、僕がやっつけてやるからな!」
 英二を睨みつけて捨て台詞を吐き、そして二人は角を曲がって姿を消した。
 それを見送ったあと、ややあって好恵は不可解そうに呟いた。
「……なんだっていうのよ、いったい……」
 シューガルが何故あれほどハッキリと断言できるのか、好恵にはさっぱりわから
なかった。あれこれと思い浮かべてみるが、しかしそれらは形にならないまま霧散
した。
「そうか。やっぱりきみは知らなかったんだな」
 背後から聞こえたその言葉に、好恵は目をぱちくりさせて英二を顧みた。
「……って、じゃあ、あんたは知ってるの?」
「ああ」
 予想もしなかった展開に目を見開く。
「じゃあ、教えてくれない? どういうことなの?」
「ふむ……」
 英二はあごに手を当て、思案顔になった。しかし内心では、ほくそ笑んでいる。
教えてやればいったいどんな反応が返ってくるのか、想像に難くないからだ。
 だが、英二がどんなことを黙考しているのか当然わかるわけもなく、好恵は自虐
気味に口元をゆがめた。
「あ……ひょっとして、敵に教えてやる義理は無いとか……?」
「ん? いや、違う違う」
 英二は軽く手を振ると、いつもの締まりのない笑顔でもってひとつ頷いた。
「……うん。いいぜ、教えよう」
「本当? で、なんなの? いったい」
「つまりだな、きみの依頼主が人身売買組織とつながってるってことさ」
 現在の時刻を告げるようなどうでもいい口調で、さりげなく爆弾を落とす。
「……………………なん……です……って……?」
 英二の説明を聞いて全身を硬直させた好恵は、半ば驚愕で半ば惚けたような表情
をした。そして、そんな彼女の声は、やはり半ばかすれていた。
 無理もない。
 実にあっけらかんとしたその説明の中には、好恵にとって聞き捨てならない単語
が含まれていたからだ。
「じんしん……ばいばい……?」
「そう」
 好恵の反応を楽しんでいることを相変わらずの笑顔の下に隠して、英二は小さく
うなずいた。
「きっ、聞いてないわよそんな話! 本当なの!? 本当に人身売買を……!?」
 予想通り詰め寄ってくる好恵の両肩を優しく押さえて、
「本当だ」
「…………」
 英二のきっぱりとした言いように、好恵は顔を青ざめさせた。
 知らなかったとはいえ、彼女は人身売買組織のために闘っていたことになり、逮
捕されれば間違いなく何らかの罪を負うことになるだろう。人身売買とは無関係に
仕事をしていたと申し立てて、果たして通用するかどうか。
 いや、用心棒を請け負っていた以上、知らないのはおかしいと判断され、規定通
り極刑に処される可能性の方がよほど高い。
 状況は、はっきりいって絶望的であった。好恵は紫になるまで唇を強く噛み締め
て、身体を大きくわななかせた。
 シューガルがやけに自信たっぷりだったワケを、彼女はやっと理解した。
 ルミラ大陸においては、人身売買、奴隷といったものは完全に禁止されている。
今ここで仕事を放棄しても、事が明るみに出てしまえば大陸中に好恵の手配書が回
されるだろう。つまり、ルミラ大陸に居場所が無くなってしまうのだ。そうならな
いためには、事実を知っている者全員の口を完全に封じてしまうしかない。
 仮に関係者すべてを抹殺し、事を内密に処理できたとしても、好恵は組織から離
れることができない。もし離れたら、その瞬間から好恵は組織にとって抹殺すべき
対象になる。保身のために、どんな手段を使ってでも彼女の口を封じようとするに
違いない。
 一蓮托生。
 逃れることはできない。
 つまりは、そういうことだったのだ。
「俺たちは、ここの奴隷商人に捕らわれたある女性を逃がしている最中だったのさ。
その中に藤田くんたちの女友だちがいて、その女友だちが組織の人間に追いかけら
れているところを目撃して、彼らも助太刀に加わってきたというわけだ」
「…………」
 呆然と虚ろな視線をさまよわせる好恵の耳には、英二の言葉は届いていなかった。
今からいったいどのような行動をとればいいのか、必死に頭を働かせていたからで
ある。
 相手のことをよく調べずに仕事を引き受けてしまったのは、明らかに好恵のミス
であった。
 もとより、関係者全員の抹殺など彼女の念頭にはない。この事態は自業自得が招
いた結果なのに、我が身かわいさに浩之たちの口を封じるなどもってのほかである。
 無論、組織の仲間入りをする気もさらさらない。好恵は人身売買とは無関係なの
である。これからも関係を持つ気などない。
 となると、船にでも乗ってどこかよその大陸に移るか。だが、そうすると弁論の
余地が無くなる。あくまで無実を主張するなら、逃げるのは得策ではない。
 組織をつぶすことも考えたが、依頼主――悠凪の高位貴族が絡んでいるとなると、
好恵独りで立ち向かえる相手ではないだろう。
「…………」
 身の振り方を真剣に考えていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「ええと、坂下さんだったかな? ちょっと俺の話も聞いて欲しいんだけど」
「え、ああ――なに?」
 英二の困ったような声に対し、彼の存在を忘れていたような顔で見上げる。
 そんな好恵に苦い笑顔を返しながら、
「うぅん。察するに、きみはいま大ピンチってところなんだろ? で、だ。実は、
その危機を乗り越えるいい方法があるんだが……」
「いい方法? どんなの? それ」
  好恵は期待と不安の入り混じった視線で英二の目を見た。
「さっきのはともかく、こっちはただで教えてやるわけにはいかないな。ギブ・ア
ンド・テイクだ。俺は妹たちを助けたいんだが、きみに手伝ってもらえるととても
助かるんだけどな」
 英二は唇の端をゆるめた。
 逆に、好恵はやや不満そうに唇を曲げ、
「……足もと見てるわね……でもまあ、一理あるか。だけど本当にいい方法なの?
信用してもいいわけ……?」
 かすかに不安げな表情を浮かべた。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
 好恵としては藁にもすがる思いなのだが、自信たっぷりな言葉とは裏腹に、英二
の表情はやっぱり締まりのない笑顔である。
「…………」
「どうした?」
「……なんか、その顔じゃ説得力ないんだけど……」
 好恵は疑いのまなざしで、上目遣いに英二を見上げた。
「失礼な青年だな。俺は決して嘘は言ってないぞ」
「だから、あたしは女だってば! ……はあ……わかったわ、一応あんたを信じて
みる。手伝うわ」
「よし。そうこなくっちゃな」
 英二は満足げに頷いた。
「で、その方法って?」
「あいにくと説明している時間がない。妹たちが危ないんだ」
「…………」
 好恵の顔に不安と疑念の影がさす。
「……何を考えているのか、だいたいわかるぞ。騙して味方につけて土壇場で裏切
るなんて、俺はそこまでひどくないぜ」
「……よくわかったわね。まあ、いいわ。どのみち逃げられないんだったら、組織
とトコトンまで戦り合ってやるわ。でも、どう言い繕ってもこれって寝返りなのよ
ね。一度受けた仕事を放り出して敵側につくなんて、これじゃあ、もしあんたの言
ういい方法のおかげで軽い罪ですんだとしても、傭兵として復帰したところでもう
仕事がこないかもね……」
 好恵はやりきれないというように深い溜め息をついた。
「うぅん、それに関してはなんとかしてやれそうにないなぁ……」
「ああ、いいわよ別に。あたしの自業自得なんだから。さて、行きましょうか。時
間がないんでしょ?」
「よし。行こう」
 二人は並んで走り出した。ふと、英二が思い出したように、
「ああそうそう、助けるのは妹以外にあと二人いるんだが、彼女たちの安全も完璧
に確保してくれ」
「了解」
 英二がなぜ『完璧に』とまで念を押したのかを好恵はあまり深く考えなかったが、
すべてに決着がついた時に彼女はその理由を知ることになる……。




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貸借天:「好恵の扱いがひどいなぁ……」
好 恵:「空中足払いッ!!」

 げしっ!!

貸借天:「アウチッ」

好恵が仲間になる……ご都合主義かなぁ、やっぱ……。
ところで、PS版THをやってみました。
好恵は自分のことを「あたし」じゃなくて「私」と呼んでいました。
ひえー。変えた方がいいのかなぁ……うーん。
今回から、週一ペースを復活させます。
っても、こんなん楽しみに読んでる人なんていないでしょうから、別に報告するこ
とでもないか(苦笑)