耳たぶ 投稿者:貸借天
「んーーー、そろそろか」
 置き時計が示している時刻を確認する。
 今日も今日とてマルチと一緒に廊下の掃除をして、一緒にバス停まで行って、そ
こでセリオと三人でバスが来るまで話をしてたんだが、何だかよく分からんうちに
二人がオレの家に来て晩メシを作ってくれることになった。
 その約束の時間までもうすぐなんだが……。


 ぴんぽーーーん。


 あ、来たか。
 玄関へと向かい、ドアを開ける。

「こんばんわですー」
「浩之さん、こんばんは」

 マルチのにっこり笑顔と、セリオのすまし顔がなんか対照的だな。

「おう、よく来たな。上がってくれ上がってくれ。もう腹ペコで死にそうなんだ」
「まかせて下さい、腕によりをかけてお作りしますー」

 どこぞのスーパーかなんかで買ってきたらしい食料品が入った袋を持ち上げなが
ら、にっこりと微笑むマルチ。
 セリオも一袋ぶら下げてる。
 いや、こりゃあ楽しみだぜ。
 あとは、マルチが大ポカをやらかさないことを祈るのみだな……。




「はわわわわっ、セリオさーーーん!」
「落ち着いて下さい、マルチさん。大丈夫です。すごいのは見た目だけです。こう
やって、まんべんなく火を通してるんです」


 早くもマルチの焦った声。しかし、すぐにセリオのフォローが入る。
 んー、なかなかいいコンビじゃねーか。


「セリオさん、一応これだけ出来ましたけど……」
「お上手です、マルチさん。ですが、本番はここからです。私と呼吸をピッタリ一
致させて、焼き上げなければなりません」
「ええッ? そ、そんなの難しすぎですぅ」


 ……呼吸をピッタリ一致?
 あいつら、いったいどんな料理をつくってんだ?


「マルチさん、大丈夫です。私たちならきっと上手くいきます。まずはゆっくりと
深呼吸から始めましょう。私にあわせて下さいね」
「わ、分かりましたー」
「それではいきますよ。さん、はい。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」


 それはラマーズ法じゃねーか!
 だ、大丈夫か、あいつら?
 セリオがついてるから安心だと思ってたけど、なんか不安になってきた……。
・
・
・
・
「……おっ」
 とか言いつつ、なんだかんだでいい匂いが漂ってきたぞ。
 よし、ちょっくら台所を覗いてくっか。

「うおーい。なんか、すげーいい匂いがするぞ。もうすぐか?」
「あ、はいですー。もう少しだけお待ち下さいですー」
「んんー? どれどれ?」
「ああっ、浩之さん、つまみ食いはダメですぅ」
 オレは、テーブルに並べられていた何かの天ぷらを指でひょいとつまむ……と、

「あちちっ」

 それは出来立てだったらしく、メチャメチャ熱かった。
 反射的に耳たぶをつまむ。
「あっ、大丈夫ですか、浩之さん!?」
「大丈夫ですか?」
 あわてて、マルチとセリオがそばまで寄ってきた。
「ああ、大丈夫だいじょーぶ。なんだよ二人とも、大げさだなぁ」
 オレが苦笑していると、

「…………」

 マルチが、やけに不思議そうな顔でオレのことを見ている。
 なんだなんだ。

「……どうしたぁ? マルチ」
「いえ……浩之さん、どうして耳たぶをつまんでらっしゃるんですか?」
 マルチが不思議そうに見ていたのは、今も指でつまんでいるオレの耳たぶだった。
「ああ、これか? いや、メチャメチャ熱かったから、ついな」
「熱かったら耳たぶをつまむんですか?」

 マルチはますます不思議そうだ。

「ああ、『反射』っつってな。人間はなんかつまんだとき、それがやたらと熱いも
のだったりすると、反射的にその熱いものを触った指で耳たぶをつまむんだよ」
「そうなんですかー?」
「おう。マルチにはそういうことってないのか?」
「はい。私は今まで知りませんでした」
「ふーん、そうか。マルチはやけに人間っぽいところがあるけど、そこまではプロ
グラムされてないんだな」
「そうですねー」
「んじゃ、セリオもそうか……って、そういやセリオはあんまり不思議そうにして
なかったけど、ひょっとして知ってるのか?」
「はい。存じております」
「へえ、そうなのか。でも、実際にはそういうことしねーよな?」
「いいえ、そうでもないですよ」
「えッ? やるのか?」
「はい」

 これは驚きだ。だけど……。

「じゃあ、そのとき耳カバーどうすんだ?」
「外します」
「……いちいち外してたら、なんか『反射』って感じがしねーよーな気がすんだが
……」
「大丈夫です。素早く外しますから」
「そ、そういう問題か? ああ、そいじゃ、どんな感じなのかいっぺん見せてくれ
よ」
「それはできません」

 セリオは、やけにマジメくさった顔でキッパリと拒絶した。

「な、なんでだよ」
「綾香さまに禁じられております」

 ……はあ? 綾香にか?

「なんで禁じられてんだ?」
「……その動きがいまだ完成されておらず、致命的な弱点があるからです」

 じゃ、弱点? なんのこっちゃ。

「おいおいセリオ。いったいなんの話をしてるんだ?」
「実は、耳たぶをつまむまでの一連の動作の中、逆の手で耳カバーを素早く外すわ
ずか千分の一秒ほどの間に、ガードが無意識のうちに下がって心臓が無防備になっ
てしまう瞬間があるのです。そのスキを狙われてぺガ○ス流星拳を打ち込まれたら、
私はひとたまりもありません。ですから、多用は控えろと……」

 ちょっと待てぃ!!

「それは廬山昇○覇の弱点だろうが!! お前はドラゴンの紫龍か!!」
「いえ、私はメイドロボのセリオです」
「分かっとるわい! 真顔で返すんじゃねーッ!!」
「セリオとシリュウ……少し似てるけど違います」
「1文字しか合ってねーよ!!」
「廬山での修行の日々が懐かしいです……」
「似てるけど違うんとちゃうんかい! なんで修行の日々があるんだよ、しかも廬
山で!!」
「老師……春麗……お元気でしょうか……」
 どこか遠くを見やりながら言うセリオは、あくまでマイペースだった。

 ダメだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!
 セリオが壊れちまったぁーーーーーーッ!!
 こっ、これはオレの手にはおえん!!
 長瀬のおっさんに電話して、事情を説明しなければ!!
 そう思ったオレは電話に向かい、受話器を持ち上げる……。


 がばっ!!


  うわっ!!
「セ、セリオか! 何すんだよ、放せって!」
 セリオはオレを後ろから羽交い締めにし、何やら悲壮な声で言った。
「綾香老師……このワザを使うことをどうかお許し下さい……」
「って、ちょっと待て! この流れはもしかして……!」
 あ、足が地面から離れたぞ!!
 や、やばい。やばすぎるぅーーー!!
「マ、マルチ助けてくれ! セリオをなんとかしてくれーー!!」
 必死にもがきながらマルチに助けを求めるが……、

「はっ……こ、このコスモが燃え尽きてゆくような感じ……ダ、ダメです、セリオ
さん!」
「ど、どこに行くんですか、マルチさん!」
「セリオさんのところに行くんですぅ! このままでは、セリオさんが……!」
「それはダメです、マルチさん! 浩之さんの相手はセリオさんにお任せして、私
たちは先に進まなければならないのですぅ!」
「で、でもそれじゃセリオさんが……! 冷たいです、マルチさん! セリオさん
は私たちの仲間……ハッ!?」
「……わ、私だって……私だって辛いんですぅ……ヒック」
「……マ、マルチさん……グスッ」

 一人二役を演じてやたらと盛り上がってるマルチの耳には、オレの声は届いてい
ないようだった……。


「う、うわぁーーーーー!!!」


 どがしゃーーん!!


 セリオはオレをつかんだまま勢いよく天井めがけて頭から突っ込み、そのまま屋
根をも貫通して空へと飛び出し、そしてオレたちは二人して夜空の星になったのだ
った……。
 ホントはこの場合、オレがセリオを助けてやるはずなのだが、そんなもんオレの
知ったこっちゃねーー。




 ……同時刻……。

 私は夜空を見上げていた……。
 愛弟子が光となって燃え尽きてゆくのを、一筋の涙とともに……。


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なーんか、中途半端って感じが否めないんだよなー。
耳たぶのネタ、他の作家さんならもっと上手く使えるんじゃないかなぁ……。
頭文字「t」のあの方だったら、どんな話に仕上げるんだろう……。

廬山の「廬」が分からなくて最初は平仮名でいこうと思ってたんですが、ダメモト
で「セイントセイヤ」で検索かけたらいっぱい出てきました。
いやあ、結構あるもんですね。それにしても、検索システムって便利ですねぇ。
しっかし改めて見てみると、主人公5人はまだ13〜15歳だったんですよね。
なんて恐ろしいマンガだ。(笑)

ところで皆さんは実際に熱いもの触ったとき、反射的に耳たぶに手が行きますか?
オレはそういうこと一度もなかったです。せいぜい手を引っ込めるだけ……。