LF98(16) 投稿者: 貸借天
第16話
 牽制の刺し合い。小技の応酬。
 互い、最小限の動きだけでかわしながら、ときにはフェイントを絡めた本命の一
撃を放つ……が、両者ともに当たらない。
 迅さは互角。リーチはもちろん英二の方が上だが、その利点だけではこの闘いを
制するものではない。
 英二は戦士顔負けの腕を有しているが、もともと彼は芸能人なのだ。戦闘を本職
としている好恵が相手では素直には通じない。やはり彼女の方が、様々な点で一枚
上回っている。リーチの差を技で補い、自分が有利になるように巧妙に仕掛けてく
る。
(冗談抜きで強いぞ、この子……! これほどの強さを持った戦士を相手にしたの
は初めてだ……!)
『プロとアマとの差』という言葉が脳裏に浮かぶ。今の状況がまさにそれだろう。
 英二、そして理奈は確かに強いが、これは自分の身を護るためにやむをえず鍛え
た結果なのだ。
 だが、戦士とはおよそ危険に身を置き、それを乗り越えるために修練を積み、そ
して自らの強さを売って生計を立てているのが普通で、そのあたりが緒方兄妹と根
本的に違う点だ。まあそれでも、戦士なら皆強いというわけではなくその実力は千
差万別ではあるのだが。
 緒方兄妹は親族から命を狙われる理由があり、二人は今日に至るまでに数多くの
襲撃を受けてきた。
 傭兵、暗殺者、賞金稼ぎなどなど、剣だけに留まらず槍術、魔道士といった様々
な使い手たちを敵に回し、しかしそのすべてを返り討ちにしてきた。
 それが出来たのは、英二が求め、編み出した舞踊の究極──足さばき、体さばき、
『間』の取り方、リズムなど──それらが高度な戦闘技術として準用できることも
そうだが、それ以上に、相手にしてきた刺客には大した使い手がいなかったのであ
る。
 だが、好恵の強さは完全に別格だった。今まで闘ってきた中でも、間違いなく最
強である。こちらは武器を持ち、しかも二刀流だというのに彼女は互角以上の闘い
を演じている。
「はっ……!」
 英二が首を薙ぎにいった。
 それを下へと避け、好恵がショートアッパーを放つ。
(ここだ……!)
 その攻撃をきっかけにして、英二がリズムを創り出した。回り込むように移動し
ながら左の剣が弧を描き、続けて右の剣を突き出す。
「くっ……!」
 好恵は一気に踏み込み、密着することで強引にリズムを崩した。頬が浅く切れた
が意に介さずに、懐深く入った状態のまま膝を跳ね上げる。
 英二がすれ違うようにしてそれをかわし、体を入れ替えた。
「ちいっ……!」
 振り向きざま、好恵がローキックを放とうとする。
(また、ローか……! だが、これは予想済み……!)
 好恵が左脚を動かしたのと同時、英二は右の剣で彼女の左ローの軌道上を狙って
袈裟斬りに打ち下ろした。
 だが次の瞬間、好恵はフォームをまったく崩すことなく脚を跳ね上げ、左ハイキ
ックに変化させる。
(下段蹴りと見せかけて……上段蹴りだとぉ――!?)
 わずかに前のめりになっていた身体を、とっさに後ろへと反らした。眼前わずか
数ミリの距離で、英二の視線と好恵の爪先が交差する。
 好恵は攻撃をかわされてもそこで終わらずに、身体を旋回させて上段後ろ回し蹴
りへとつないだ。
 頭を沈めてギリギリでかわす。鋭い蹴りが後頭部の髪の毛をこすって通り過ぎた。
 すかさず、英二は空振った右腕を引き戻しながら前に出て、のどと腹部を狙った
諸手突きを──
「! くっ!」
 慌てて左にかわした。一瞬遅れて、さっき頭上を吹き抜けた好恵の右脚が、かか
とから目の前を高速で落ちてゆく。
 それをやり過ごした後、英二はすくい上げるように左の短剣で好恵ののどを突き
にいった。
 好恵は半歩先にある右脚に重心を移しながらそれをかわして英二の懐に入り、さ
らに一歩踏み込みながら、右肘をひねり込むように英二の顔面めがけて打ち込んだ。
 英二は後方に跳び退く。鼻先を半円を描いた肘撃が疾り抜けた。
 そして、着地してさらに一歩退いて、対峙。
「はあ…………はあ…………」
「ふうぅ…………」
 紙一重の攻防を繰り返し、知り得るあらゆる技を繰り出すが互いに決定的な一撃
を与えることができない。
 武器を持った者、鎧や盾で身を固めた者なら敵の攻撃を受け止め、あるいは安全
な場所でわざと受けたりしてそのスキをついて反撃──という戦法も使えるだろう
が、この二人の防御法は、基本的には回避のみである。
 好恵の場合は、自分と同じく格闘術の使い手が相手の時ならガード、ブロックす
ることもあるが、そういうことは滅多にない。好恵のような素手での肉弾戦をする
者は少数派で、大概は何かしらの武器を帯びている。それゆえ彼女は受ける、ガー
ド、ブロックするという防御法は一応は捨てている。
 英二の方はといえば、攻撃で敵の武器と打ち合わせることはあっても、防御でそ
れをやることはまず無い。彼の編み出した戦闘技術では、受け止めるくらいならか
わして反撃する方を重視している。
 それゆえ、英二と好恵の回避力の高さは同レベルの戦士の中でも群を抜いていた。
 いつしか二人は距離を取って、何度目になったか分からない睨み合い状態に入っ
ていた。
「……あんたの闘い方、今まで見ていて何となく分かった。私にはとても真似でき
ない独特のリズムによる体術、そしてあんたのペースには絶対に巻き込まれてはい
けないってこともね」
「ったく……せっかく創り出したリズムを何がなんでも壊しにくるんだからな……。
それにしても、なんだ、今の蹴りは……。まるで魔法じゃないか……」
「……こっちとしてはショックなんだけどね……。まさか、初見でかわされるとは
思わなかったわよ」
「まったく、とんでもない動きだったな。すごい筋肉が付いてるんじゃないか?」
「……大きなお世話よ……」
「お。もしかして、図星か?」
 さらに眼差しをきつくした好恵に、英二は意地の悪い笑みを向けた。
  そして彼は目線だけを動かして、理奈たちの方を一瞬だけ見る。
 あの黒く輝く壁は、挟まれている人間がどんな状態か判らないぐらいにまで変色
していた。はじめは透き通っていたのに、今ではもう薄墨を流したような色合いで、
濃度に反比例しているかのように輝きは弱まっている。
 また、その内の一つのそばに魔道士姿の老人が一人と、他に二人の少女が立って
いるのも捕らえた。
(あの妙なものを創り出したのは、奴か……!?)
 英二としては早く妹のもとに駆けつけたいのだが、目の前に立つ少女がそれをさ
せてくれない。他のことを考えながら闘える相手ではないので、彼はなるべく理奈
たち三人の方を見ないようにしていたが、術者が現れたのなら先にそちらをなんと
かすべきではないか。それに今頃姿を現したのも気になる。あの魔道士はあそこで
何をやっているのか。
 その時──
「!」
 英二はとっさに身体を前に倒した。同時に、今まで首があった空間を背中側から
剣による一撃が吹き抜ける。
「ちっ……!」
 英二は左の短剣で、いま攻撃を空振って体勢を崩しているはずの男を斬り上げた。
 しかし、相手はそれを剣でがっちりと受け止める。
(なに!?)
 驚いたのも一瞬のこと、すかさず右の短剣でのどを突きにいくが──
「うおっ……!?」
 男は打ち合わせていた剣を力任せに押し、英二は左腕だけでは持ちこたえられず
バランスが崩れた。そこを狙って、男の斬撃。
「────!」
 ジャッ!!
 服の一部を斬り裂かれたがなんとか逃れ、追撃が来る前に英二は素早く間合いを
広げた。
(こ、この男……?)
 妙だった。
 あの時、男が自分の斬撃をかわされ剣が流れていたあの状態なら、英二の反撃は
たとえかわすことは出来ても、受け止めることはできないはずだ。しかも、かわす
としても相当の腕前でなければならない。
 英二は敵の実力を見極める眼力には自信がある。目の前に立つ男は、構えや身の
こなし、技から察するに達人というものではなく、彼の見立てでは実力は好恵より
もはるかに下──どころか素人である。ということは──
「強化人間……ってやつかな?」
 男は英二の言葉にピクリと反応した。
「やはり……か」
「なんですって?」
 好恵は、一対一の勝負に突然乱入してきた男を苛立たしげに見る。
「きみのお仲間だろ?」
「……全員の顔を覚えてるわけじゃないけど、多分そうなんでしょうね。だけど、
強化人間か、なるほどね。道理で、変わった動きをするわけね」
 男が英二の左斬り上げを受け止めたとき、好恵は目を見張った。
 背後から奇襲したのだから男の攻撃がフェイントや牽制の類であるはずがないし、
好恵の目で見てもあれは十分に力を込めた一撃だった。
 だから英二からの返撃をガードしようにも、思い切り腕を振り抜いているから間
に合わない、かわす以外にない──彼女はそう思っていた。
 しかし男はその予想をくつがえし、流れていた状態の剣を瞬時に引き戻して英二
の攻撃を受け止めてみせたのだ。
 強化人間──能力の一部、あるいは全部を魔法でムリヤリ引き上げた人間。
 ただし、それには弊害を伴うことが多い。能力を大幅に引き上げようとすれば、
まず間違いなく身体に何らかの障害が出るだろうし、万が一失敗すれば人外のもの
になってしまう可能性だってある。
「なんか気に入らないって感じだね、坂下さん」
「ええ、気に入らないわね」
「どうして? ひょっとして、僕の強さに嫉妬してるの?」
 男が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 好恵はスッと眼を細めた。
(お、もしかして仲間割れか?)
 好恵の“氣”に怒りがこもったのを感じて、英二は内心ニンマリとした。ひねく
れ者の彼はこういうのが好きなのだ。
「おい、トルーヴ。味方を挑発してる場合か?」
 そこへ、別の男が現れる。
「あ、シューガルさん」
「『あ、シューガルさん』じゃない、まったく……。すいませんね、坂下殿。こい
つ、まだ子供なんで……」
「子供?」
 シューガルと呼ばれた男の言葉に好恵はいぶかしげに眉をひそめた。
 その男がトルーヴと呼んだ乱入者はどう見ても好恵より歳上で、二十代後半とい
う感じである。
「能力強化の副作用ですよ。トルーヴの精神年齢は八歳なんです」
「だけど坂下のお姉ちゃんよりは強いよ」
 頬を膨らませて抗議するという、まさに子供のような仕草でトルーヴはシューガ
ルを見、ついで好恵に見下すような視線を向けた。
 好恵の顔から表情が消える。
「こら、いい加減にしろ」
 ゴン、と鈍い音がしてトルーヴは頭を押さえて顔をしかめた。
「痛いよ〜」
「まったく……」
 なにやら変な流れになってきたが、スキを見て英二は再び理奈たちの方に視線を
送った。
 壁はますます黒くなっており、妹たち三人の内の誰かと話しているらしい老魔道
士が肩を震わせて笑っているのが見てとれた。
 だが、まさか世間話で盛り上がってるわけではないだろうし、その動作から感じ
られるのも悪意のみである。
(何がそんなに可笑しいんだ……?)
「早く助けに行った方がいいですよ。まあ、あの三人のつぶれた死体を見たいので
したら話は別ですがね」
 英二のほんの小さな行動に気付いていたらしいシューガルが、のんびりと言葉を
投げかけてきた。
「──なに!?」
 英二はシューガルと視線をぶつけ合わせる。
「あの妙な黒い壁はいったいなんだ?」
「あれはね、圧殺黒呪っていう魔法だよ」
 答えたのはトルーヴだ。
「あっさつこくじゅ?」
「そうです。あの魔法をかけられた者は、黒い輝きを放つ透き通った壁に挟み込ま
れます。壁は中にいる者を押しつぶそうと互いに引きつけ合っています。そして壁
は輝きを弱めながら濃度が上がり、それにつれて圧力も上がります。最後に一切の
輝きが失われ闇よりも深い漆黒となった時、壁はミスリルをも完全につぶしてしま
うほどの強い力で、挟んでいる者を圧殺します。後に残るのは、骨すらも粉々にな
り原形を留めているものは何ひとつ無い圧殺死体だけです」
「あと数分ぐらいかな。ドグルス様の大好きな圧殺死体が出来上がるまで」
「なっ──!?」
 ドグルス様とやらが、あの老魔道士だということはなんとなく想像がついた。
「理奈っ!!」
 シューガルが進行方向上に立ちふさがったのは、英二が地面を蹴ったのと同時だ
った。
「早く助けに行った方がいいですが、その前に我々三人を倒してからですよ。まず
は坂下殿との決着をつけませんと」
 ニイイ……と唇の端をつり上げる。
 英二は、シューガルが割り込んだ瞬間いったんは立ち止まったが、構わずもう一
度地面を蹴った。
「どけぇっ!!」
「……やれやれ」
 一瞬、シューガルの身体が沈んだ……。
 その、次の瞬間―─
(なにッ!?)

 ギイィン!! 

「──くうぅっ」
 英二は短剣でシューガルの剣を受け止めていた。いや、受け止めさせられた。
 回避を身上としている英二をして、かわせなかったのである。
 英二の突進速度は決して遅くはなかった。だが、シューガルはそれをさらに上回
る迅さで一瞬にして英二との距離を詰め、そして、かわしきれないと判断してとっ
さに構えた英二の剣と激突したのだ。
「あなたでは私にかないませんよ」
 鍔迫り合いのさなか、咬み合わせた刃の向こうでシューガルが見下したように嗤
う。
「…………ふん」
 英二は鼻息一つで応え、後方に跳躍して距離をとった。しかし着地するやいなや、
両脚のバネを引き絞ると一気に弾けさせ、先のシューガルに勝るとも劣らない勢い
でもう一度踏み込んでゆく。
「ふうぅぅっっ……!!」


 少し離れた場所では、トルーヴと好恵がその様子を見物していた。
「あ〜あ、馬鹿なおじさんだな。僕よりも強いシューガルさんに勝てるわけないの
に」
「──さあ、それはどうかしらね」
 トルーヴは英二を嘲笑し、好恵はそんなトルーヴを一瞥して冷笑を浮かべた。




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……なにが、圧殺黒呪だ。(自虐笑)


MA様、設定、パクらせていただきます。m(__)m

ああ……なんつーか、こりゃもう二次創作物じゃないなぁ……。
リーフキャラクターでなくてもいいようなお話になってしまった。
英二は別人と化しつつあるし……。
こんなの書き続けて、ほんまにいいんかいな。(汗)

緒方兄妹が命を狙われる理由を知りたい人は、MA様の「旅立ち」を読んで下さい。
知りたい人なんて、いない気もしますが。(苦笑)