LF98(13) 投稿者: 貸借天
第13話
「理緒ちゃん。土人形はともかく、この男たちはいったい何なんだ?」
 右正拳で男を打ちのめした浩之が、地面に落ちている剣を理緒に渡して訊ねる。
「奴隷商人……全員がそんなわけないよね。とりあえず、人身売買に関係のある人
たちに間違いはないと思う」
「なるほど、人身売買は極刑ものだしね。だから敵さんもこんなに必死なわけか」
 納得したように志保が頷いた。
「じゃあ雛山さん、奴隷商人に捕まってたの?」
「う、うん、あはは……いままでで一番のドジだよね」
 心配そうなあかりに、理緒は力なく笑った。
「おいおい。話をするなとは言わないが、あまり油断するなよ」
 苦笑を浮かべた英二が声をかける。
 いま彼らは内側に由綺、理緒、あかり、志保、初音、そして外側に英二、理奈、
浩之、雅史が取り囲んで一丸となって裏通りを突き進んでいた。
「わかってますって。しかしこいつら、数は多いけどえらい弱いっすね」
「まあ、それは確かにな」
 強気な浩之の言葉に、やはり苦笑を浮かべたまま英二は頷く。
「もし、君くらいの強さを持ってる奴ばかりだったら、とっくに捕まってただろう
な」
「ええ。この人数はさすがに予想外よ」
 理奈が口をはさむ。
 浩之たちが合流してからも、前方から後方から、これでもかというぐらいわらわ
らと敵が集まってきた。倒したのも含めると、人間、人形あわせて五十人は越えて
いるだろう。
 だが、それでも彼らはとことんまでに弱かった。土人形に一流の戦士の戦闘力を
求めるのは無理ってものだが、男たちのほうにもまともな戦闘訓練を受けた者は、
おそらく一人としていないだろう。
 接近戦では英二、理奈、浩之にはまるでかなわないし、雅史の方には近寄ること
もできない。彼はその鋭い蹴りで衝撃波を放つことができるのだ。単体ねらいなら
一撃で沈めるぐらいの威力があり、広範囲に巻き起こせば殺傷力は落ちる代わりに
多人数を一度に転ばせるぐらいはできる。さらに理緒が、男たちや人形たちが持っ
ていた剣を拾っては投げ、仲間に手渡されては投げているので、尋常でない速度で
飛来するそれを防ぐなり、かわすなりするので手一杯なのである。
 はっきりいって男たちには、浩之らが合流したいまの彼らを止めることはもうで
きなかった。散発的に土人形を数人単位で向かわせるが、理緒のために飛び道具を
提供するだけである。
 周囲を警戒しつつ足早に歩を進める浩之たちを包囲しながらも、結局は攻撃を掛
けられないまま一緒に移動することだけが、いまの彼らにできることだった。
「いつまでもこうしてても埒があかん。そろそろ、表通りのほうに行くか?」
「そうね、それがいいと思うわ。浩之君たちもこっちへ来れたんだしね」
 理奈が英二の提案に頷いた。
 もともと英二たちは仕掛け扉をくぐり抜けたあと、すぐに表通りへと向かい、人
混みに紛れ込むつもりだった。追っ手をかわすには単純にして有効な方法である。
無論、多少(?)ドジな由綺と理緒のことに関しては不安もあったが、やはりこれ
が最良の手だと判断した。
 そこで表通りへとつながる路地に飛び込んだのだが、出口に大勢で待ち伏せされ、
入ってきた方からも多人数が押し寄せ挟み打ちをくらい、本当に危ういところでな
んとか逃れることができたのである。
 そして、英二たち五人はもっと離れたところから表通りへ入ることにしてひたす
ら走っていたのだが、由綺たちの体力が限界になったのでやむなく防戦することに
なり、そこへ浩之たちが助っ人として乱入してきたのである。
 理奈のセリフ後半は、浩之たちの話によると裏通りへと来るのに何の障害もなか
ったということなので大丈夫だろう、という意味である。
「よし、では三人ずつのグループに分けよう。……まず、俺と由綺ちゃんと志保ち
ゃん。次に理奈と初音ちゃんと佐藤君。最後に藤田君、あかりちゃん、理緒ちゃん
だ。常に三人で固まって、絶対にはぐれないように行動すること。落ち合う場所は
……どこか適当なところ、無い?」
 英二は小声で訊ねる。
「うーん、あ、王城の前っていうのはどうですか?」
「いや、それは確かに一番安全な場所だと思うが、ちょっと遠いな」
 同じく小声で返してきた由綺に、英二は苦笑を向けた。
「っていうか、それだったら……」
 言葉半ばで英二は突然、張り詰めた表情になる。
「……緒方さん? どうかしました?」
 訝しむ由綺には応えず、英二はばっと身体の向きを変えた。
 彼の視線の先には浩之──いや、英二は浩之の向こう側を見ていた。
 鋭い殺気。そして、それをはるかに上回る闘気。
 その二つの気の持ち主が黒い疾風となって、一直線にこちらへと向かって突っ込
んでくる。
 迅い!!
「藤──!」
「浩──!」
 英二が、理奈が呼びかける前に浩之はすでに反応していたが、それでも間に合わ
なかった。

 がしいいぃっっ!!!

「────っ!」
 黒い疾風の繰り出した拳が浩之の左の頬にまともに入り、彼は声も出せないまま
吹き飛んだ。
「わぁっ!?」
「きゃあっ!!」
 そして、あかりと理緒を巻き込んで地面に倒れ込む。
「浩之!?」
「浩之君!!」
 雅史と理奈が思わずそちらに注意をそらした瞬間、敵が一斉に襲いかかってきた。
「くっ!!」
 すかさず雅史が衝撃波を放つが、一度に広範囲をカバーできるとはいってもさす
がに限度がある。逃れた十人ほどが雄叫びをあげながら、倒れている浩之、あかり、
理緒の方へ突っ込んできた。
「させないっ!!」
 そこへ、理奈が斬り込んでゆく。
「ちょっと、大丈夫、ヒロ? しっかりして」
「くっ、くっそ……!」
 志保に助け起こされながら、浩之は左頬から口にかけてをごしごしと拭う。口の
中を切ったらしく、拭った手の甲に血が付いていた。ダメージが残っているのか、
少しふらふらする。だが、足にはきていないようだ。
「……ワリぃ。大丈夫か、二人とも」
「う、うん。なんとか」
「こっちも……」
 浩之は志保と協力してあかりと理緒を助け起こす。ちょうどそのとき、浩之はす
ぐ近くから何者かに声をかけられた。
「──まさかとは思ったけど、あんた、ひょっとしなくても藤田?」
「……え?」
 呼ばれた当の浩之は振り返る。
 そこに立っていたのはベリーショートの髪にややつり上がった瞳、黒を基調とし
た武闘着を身にまとう、凛々しさあふれる少女だった。
「……お、お前、早坂か!?」
「その通りよ。それにしても驚いた。まさかこんなところであんたに会うとはね」
「それはこっちのセリフだ。……痛う〜〜、そうか、さっきの一発はお前か……」
 顔をしかめて、浩之は殴られた左の頬をさする。
「手加減しなかったんだけど、すぐに立ち上がれるあたりはさすがね」
「ちょっと待て、お前はオレたちの敵なのか?」
「そういうこと。あたしはいま、この国のあるお偉いさんの用心棒をやっててね。
あんたたちは敵だから行けって。でもまあ、一撃浴びせた相手が藤田だって気がつ
いたのは、ほんのいまさっきなんだけど」
「用心棒……か……」
「そういうことだから、本気でいくわよ」
 好恵は半身になり、膝を曲げて腰を少し落とした。
「くっ……!」
 そのとき、身構える浩之と好恵の間にスッと人影が割り込んだ。
「代わろう、藤田君。いまの君では分が悪い」
「エイジさん……」
「ここはまかせろ」
「……わかりました」
 背中を向けたまま話しかけてくる英二に、しばらく逡巡してから彼はゆっくりと
頷いた。
「あかり、理緒ちゃん、こっちだ。志保も」
 邪魔にならないよう、三人を連れてその場を離れる。英二があらかた片づけたら
しく、周りには敵はほとんど残っていない。そして、攻めてくる様子もない。
 浩之は三人を壁を背にして待機させた。視線を転じると、理奈が三人の男と斬り
結んでいるのが目に入った。由綺と初音をかばうように闘っているが助太刀の必要
はなさそうだ。見ていると、やがて一人が地面にくずおれる。
 そこへ雅史がやってきた。
「浩之、口から血が出てる。それに青アザも……」
「ああ、キツイのもらったからな……」
 もう一度、口の周りを拭おうとすると、
「見せて、浩之ちゃん」
 あかりが浩之の肩をつかんで、強引に正面を向かせた。
「お、おい……」
「あ……」
 戸惑う浩之にかまわず、あかりはまるで壊れ物に触れるかのように、彼の左頬に
そっと手をあてた。すでに青く腫れはじめているそこをじっと見つめていたが、や
がてその大きな瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「……ごめんね、浩之ちゃん。私、宿に道具、全部置いてきちゃった……」
 声もまた、少し濡れていた。
「ば、ばか、なんで泣くんだよ。それにお前が謝ることじゃないだろうが」
 狼狽する浩之。
「う、うん。ごめん……」
 一時の感情の高ぶりだったらしく、すぐに落ち着いたあかりは浩之の顔から手を
放した。
「…………えっと」
 いまの自分の行動に照れたのか、あかりは少し顔を赤らめて所在なげに視線をさ
まよわせる。
「──あ」
 ここから割と離れたところで闘っていた理奈が、由綺と初音を伴ってこちらへ向
かって歩いてくることに彼女は気がついた。
「ん」
 浩之たちもやってくる三人の方へ目を向ける。
 残っている敵がちらほらといるためまだ完全に警戒をといていない理奈だったが、
浩之たちが自分を見ていることに気づくとそちらへ視線を返し、淡く微笑んだ。
「とりあえず、これで決着はついたようだな」
「そうだね」
 その微笑を見た浩之のつぶやきに雅史が頷く。
「あとは、エイジさんが早坂を倒せば終わりか」
 そう思って気を抜いた瞬間、表通りへと続く路地から、あるいは石壁を模した仕
掛け扉から男たちとそれに倍する人形たちがぞろぞろ現れた。
「なっ……!?」
「えぇっ!?」
 目を大きく見開いた浩之たちは、突然の予想外の事態に硬直した。


「う、うそでしょおっ!?」
「そ、そんな……」
 理奈たちもまた呆然と目を見開く。その隙に敵は彼女たちを取り囲もうと動いた。
しかし、理奈もすぐ反応して由綺と初音の腕をひっつかむと壁際へ移動する。
「ど、どうなってるのよ、いったい!?」
 両の手に短剣を構えつつも、この事態にはさすがの理奈も驚きを隠せなかった。


「マズイ、あっちにやけに集まってる。雅史、こっち頼むわ。オレはリナさんのほ
う、助太刀してくる」
「うん、わかった。気をつけて、浩之」
「おう」


 一方、英二と好恵のほうだが、話は少しさかのぼる。
 浩之があかりと志保、理緒を連れて退いたのを見届けると、
「では、早速いかせてもらうわよ──!」
 好恵は言い放ち、一気に間合いを詰める。
 牽制の右ローキック。
 だが英二は当たるのを気にせず、右の短剣を真っ直ぐ突いた。迅い。が、好恵と
てこれをかわしてカウンターを取れないようでは牽制をした意味がない。
 胸元めがけて伸びてくる切っ先を身体を開いてかわし、懐に踏み込みながら英二
の右にかぶせるようにして、全体重を乗せた左正拳を放つ。
 それを読んでいた英二は、後方へ飛びすさった。だが、彼が予想していたよりも
好恵の正拳突きが迅い。顔面めがけてすさまじい速度で一直線に伸びてくる彼女の
左拳が、英二の視界いっぱいに広がる。英二の目が大きく見開かれる。
「────!」
 射程距離から逃れたのは、まさに紙一重のタイミングだった。そのつもりで見切
ってかわしたのではなく、今回のはたまたまである。英二の背筋に冷たいものが流
れた。少々甘く見すぎていたらしい。
「──いい腕だな、青年」
 しかし、彼はそのことをおくびにも出さずに言う。
「……?」
 誰をさして言ってるのか判らなかったらしく、彼女は一瞬だけきょとんとなり、
「あたしは女だっ!!」
 すると、今度は英二がきょとんとした顔をするが、それも一瞬のことで、すぐに
あの気の抜けた笑みを浮かべると、
「ウソはいけないな、青年」
「くっ! こっ、こんのぉ〜〜〜〜ッ!!」
 激昂した好恵が低姿勢で踏み込み、瞬時に距離を詰めて顔面ねらいの右正拳を繰
り出す。
(技が荒い!)
 英二は内心ほくそ笑んで、右に身体を振りながら彼女の右腕の下に潜り込ませる
ように左の剣を突いた。好恵の目から見れば、自分の腕が死角になって見えにくい
はずだ。おまけに彼女はいま、冷静さを欠いている。
 だが好恵は一瞬、唇の端にしてやったりという笑みを浮かべると、正拳をかわさ
れて伸ばした状態のままの右手で英二の首の後ろ襟をつかみ、左に身体を開いて英
二の突きをかわしながら彼の頭を下方へ押し下げた。同時に右の膝を跳ね上げる。
(うっ……おぉっ……!?)
 つかまれたまま、英二は強引に身体を振った。鋭い膝蹴りが顔のすぐ右隣の空間
を貫く。ふたたび、英二の背中に冷たいものが流れた。
(くっ!)
 英二は逆手に持った右の剣で、押さえつけられたままの自分の頭上あたりを下か
ら斬り上げる。好恵は襟をつかんでいた右手を離し、同時に自由を得た英二は距離
をおこうと地面を蹴った。そのとき、好恵は身体を左方向へねじって右膝を胸元に
引きつけており、すでに横蹴りの体勢に入っていた。
 後方へ逃れてゆく英二。それを上回る速度で、好恵の横蹴りが追いかけてゆく。
(かっ、かわせんっ……!)
 英二は短剣を持ったままの両の手を腹部のあたりでクロスさせた。一瞬おいて、
好恵の強烈な右足刀がそこにぶち当たる。

 がしいいぃぃっ!!!

(ぐうっ……!!)
 予定以上に跳躍距離が伸び、バランスを崩しながらもなんとか綺麗に着地する。
ブロックした腕がしびれていた。左はまだマシだが、まともに受けた右腕はしばら
く使えそうにない。
(っくうぅ、まいった……。はじめの大振りの右正拳突き……あれは誘いだったの
か……)
 先の好恵とのやりとりは言葉も表情も演技である。挑発して隙を作ろうと思い、
実際に作れたと思っていたのだが、どうやら一杯食わされたらしい。
「やるな、青年。まさか、そちらも演技だとは思わなかったぞ」
 ぴぴくぅっ!!
「まぁーだ言うか、この……!」
 まともに顔をひきつらせ、ゆらりと一歩前に出る好恵。演技だったのかどうかは
ともかく、気にしていることは確からしい。
「……ふむ」
 まだ右手のしびれはとれていない。時間稼ぎが必要だ。
 英二は好恵を中心とした円を描くように右へ、右へと移動をはじめた。それに応
じて、好恵もまたゆっくりと移動をはじめる。この時点で、円の中心は二人のちょ
うど中間地点へと変わった。
 動きながら、英二は好恵の目をピタリと見据える。好恵も突き刺さってくる英二
の視線に自分のそれを絡ませた。しばし、視線だけで闘う二人。そこへ……。
「……お、おいおいおい」
 またぞろ現れ、取り囲んでくる敵に英二は呆れた声を出した。




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いまだに読んでもらえてるのかな……久々野様、ごめんなさい。
何を謝っているのか、判りますよね……?


ああ、なんか雅史がすごいぞ。(笑)
ちなみに、あかりは薬士(くすりし)です。
相変わらず、むちゃくちゃな設定をつけてます。
いいのか、こんなことして……?




>MA様

はい、それではありがたく頂戴いたします。
でも、あの設定が活かされるシーンまで書き続けるのか、甚だ疑問ではありますが。(笑)



>たろすけ様

あ、俺も千鶴さんが逝ってしまうエンディングが一番好きです。
いや、一番好きっていうか、一番、心動かされたっていうか……。

「…ばかな…わたし…おとうさまを…うしない…おかあさまを…うしない…おじさ
まを…うしない…あなたまで…うしなって…それで…どうする…つもりだったの…
かしら…」

このセリフと、バックに流れる「光の粒」がメチャメチャ合ってて、もう涙が止ま
りませんでした。
あと、

「…でも…いろいろ…つらかったけど…これでやっと…らくに…なれる…もう…な
にも…うしなわくて…すむ…」

千鶴さんのいままでの苦しみが、悲しみが強くにじんでいるこのセリフが、どうし
ようもないほど切なくて胸が苦しかったです。
死んで「楽になれる」って言うぐらいですから……。
……うーん、なんか恥ずかしいこと書いてるな、俺。(笑)
「千鶴さんに殺されるのがベストエンドだ!!」という方もいるようです。
感想ありがとうございました。



>久々野 彰様

「順逆自在の術」は「キン肉マン」の戦争男(笑)の体内で行われた五重のリング
戦で、ブロッケンJrと闘ったザ・ニンジャが使った技です。
攻め手と受け手を一瞬にして入れ替えるという……でも、ブロッケンJrに見よう
見まねであっさり使われたという、すごいのかすごくないのかよく判らん技です。
うーん、ブロンズセイント・マイナー軍団の技よりももっとマイナーかも……。
そういえば、「キン肉マン」では相手の得意技で反撃すると、いつでも「掟破り」
になるんですよね、確か。(笑)