LF98(12) 投稿者: 貸借天
第12話


「なっ!? いったい、どれだけいるのよ!?」
 前方からやってくる大勢の男と人形を見て、理奈は歯がみした。後方からも同程
度の人数が追いかけてきている。
「はあっ……!! はあっ……!! はあっ……!!」
 由綺も理緒も初音も完全に息が上がっていた。もはや精も根も尽き果て気力だけ
で走っているのだろうが、このあたりが限界だろう。これ以上走り続けると倒れて
しまうかもしれない。
「兄さん……!」
 そのことを伝えようと、彼女は少し先を行く兄に呼びかけた。
 それと同時に──
「あっ!?」
 理緒が足をもつれさせて、転倒した。すぐに身体を起こそうとするが力が入らな
いらしく、なかなか立ち上がれない。
「!? くっ!」
 理奈は急ブレーキをかけて立ち止まると、道を逆走して彼女のそばへと急いだ。
後方からやってくる男たちのうち、足の速い二人がかなり近いところにいる。
 先に理緒のもとへと到着した理奈は彼女をかばうようにして立ち、刃渡り三十セ
ンチほどの短剣をそれぞれの手に構えて待ち受けた。その表情はさすがに緊張の色
が現れており、少し息も荒い。
 やがて、先行する二人の男がすぐそこまで近付いてきて、互いに戦闘態勢に入っ
た。
「死ねえっ……!!」
 向かって右側の男が足の勢いを殺さず、叫び声とともに剣を振り下ろした。
 理奈は右に身体を開いてかわしざま、男の喉笛を掻き切った。男はその一撃で絶
命したが、走ってきた勢いが残っていて、そのせいで予期せぬ事態が起こった。
「なっ……!」
 すぐさま次の行動に移ろうとしていた理奈と、残った男との間に、いま斃したば
かりの男が割って入ってきたのだ。
(迂闊……! これは予想してしかるべきよ……!)
 それ以上は踏み込めないので、彼女はやむをえず急停止した。邪魔されたのはほ
んのわずかな時間だったが、その間に残った男の方はここぞとばかりに理緒のすぐ
そばまで駆け寄り、剣を大上段に振りかぶった。
「しまっ……!」
「うおお……!」
 男が剣を振り下ろそうと腕の筋肉が張りつめられた瞬間、理緒もまた動いていた。
「っっっくううっ……!!」
 最後の気力をかき集めて立ち上がりざま、彼女は全身を弓のように引き絞り、放
たれた矢のごとき勢いで跳び上がった。

 がこおおっっ!!

「ぶぐうっ……!」
 強烈な頭突きが男のあごをとらえる。そしてそこから大量の鮮血が飛び散った。
 あごをはね上げられた男は剣を振り下ろすこともできないまま、宙を舞って背中
から地面へと落下した。
「……はあぁっ……!!!……はあぁっ……!!!……はあぁっ……!!!」
 仰向けに倒れたままピクピクと痙攣している男を一瞥すると、理緒は荒い息を吐
きながら、よろよろと地面に座りこんだ。
「理緒ちゃん、大丈夫か!?」
 いつの間にか由綺と初音を引き連れてすぐ近くまで来ていた英二が、前頭部を血
まみれにした理緒に声をかける。
「だい……じょ……ぶ……です……」
 息も絶え絶えに答える。
「すごい血だ。まずいぞ、とりあえず止血を……」
 理緒は最後まで言わせずに片手で制した。
「だい……じょうぶ……です……。こ……れは、わたしの……ちじゃ……あり……
ませ……」
 語尾がかすれて、苦しそうにゴクッとのどを鳴らす。
「……え?」
「……兄さん、見て……」
 そのとき、理緒の倒した男を調べていた理奈が、呆然と呼びかけた。
「この人のあご……真っ二つに割れてる……」
「……え?」
 振り返った英二は見た。鮮血に染まった男の下あごが、いびつに変形しているの
を。
「…………」
「わた……し……ずつきで……かわら……さんじゅう、まい……われます……から
……」
 肩で大きく息をしながら理緒。その言葉に一同は思わず絶句する。
 …………………………………………
「……鉄頭だね」
 ややあって、同じように息を乱している初音がポツリとこぼした。

 ボンヤリしていたのもつかの間、こちらへと向かって近づいてくる大量の足音に
一同は我にかえった。
「くっ! 理緒、立てる!?」
「うっ……くっ……!」
 理奈の言葉に応え、必死に立ち上がろうとする理緒。だが先の頭突きですべてを
使い果たしたらしく、彼女の意思に逆らうかのように身体はまるで動こうとしなか
った。
「……やむをえん、ここで防戦だ」
「そうね。彼女はもちろん、他の二人もこれ以上は無理よ」
 心配そうに理緒を見ながら、理奈は首を縦に振る。もっとも、英二に言われるま
でもなく彼女はそのつもりだったのだが。
 あのとき、提案を持ちかけようとしたあの時点でああいうことが起こったのだか
ら、本来ならもっと早くにこうするべきだったのかもしれない。
「三人を護りながらの闘いか……。俺たちの戦闘技術は攻撃にこそ最大の力を発揮
するから、防戦てのはかなり相性が悪いんだよな……」
 瞳を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えながら英二はつぶやく。
「でも、やるしかない……!」
 理奈は短剣を抜き放つと、右手で持った方を目の前へと運んでくる。わずかな魔
力を宿すその刀身に映されたライトブラウンの瞳を、彼女はただじっと見据えた。
必ず勝つと自分に言い聞かせるかのように。
「ああ、そうだな……!」
 英二もまたそれぞれの手で短剣を抜き放ち、そして閉ざされたまぶたをスッと開
いた。
その表情からは、いつものおちゃらけた雰囲気は微塵も感じられない。
 まず、敵が接近するまでの間に由綺たちに壁ぎわで三人固まって休むよう指示す
る。
そして、座っている三人の前に立ちふさがるようにして迎撃の態勢をとった。これ
ならカバーする範囲角度は一八〇度ですむ。もっとも、いくら腕の立つ英二と理奈
でもこの状況はかなり厳しい。
「せめてもう一人いてくれたら、楽になるんだけどね……」
「ま、仕方あるまい。なんとかしのぎきってやるさ」
「そうね」
 真剣そのものの表情でありながら、いささか緊張感に欠けた声でやりとりする二
人は、両腕を上げてゆっくりと構えをとった。
 一番手は後方から追いかけてきていた者たちのうちの一人だった。
「でぃやああっ!」
 真っ向唐竹割りの斬撃を、しかし理奈はあっさり左にかわすと同時に剣を振るっ
た。
頸動脈を断たれた男は真っ赤な血を噴き出しながら膝から崩れ落ちる。
 英二は二人を同時に相手にし、そして同時に仕留めた。倒れる前にすでに次の敵
に備えて身構えている。
 これまでもそうだったが、英二も理奈も戦闘においては敵と一合もあわせずに斬
り伏せている。レベルの差であることはもちろんだが、そもそも英二の編み出した
戦闘技術には敵の攻撃を受け止めるというものはない。文字通り、音楽を体現して
いるかのような流れるような身のこなしと無駄のない足さばき──肢曲で敵の攻撃
はすべて避け、その隙に変幻自在の反撃を仕掛ける。
 二人にとって、敵とはダンスのパートナーのようなものだ。ときに力強く、とき
に繊細なそのダンスは英二あるいは理奈の動きによって織りなされたものであるが
ゆえに、敵の攻撃ですらそのダンスにおけるひとつのパートとしてとらえてしまう。
 主導権は常に緒方兄妹が握っているのだ。
 そんな彼らのペースに巻き込まれたらただではすまない。どう攻撃したところで
かわされ、あるいはいなされて畳み掛けるような反撃の連続が待っているからだ。
もちろん、相当に腕の立つ者ならばその流れから抜け出すことも可能だが、いま二
人が相手にしている連中のなかにそれだけの技量を持つ者はいない。
「が…………!」
 十人目が倒れた。
 二人の足元には半々ぐらいの割合で、土の塊と倒れ伏す男たちが散らばっていた。
かなり邪魔になってきているが、それは斬り込んでくる向こうとて同じことである。
「ふうううぅぅぅ………」
 英二は長い呼気をひとつ吐き出した。
 この場所で踏みとどまることを決めたときは少し息が上がっていたのに、いまで
はすっかり落ち着いている。理奈にしてもそうだった。闘いながらにして呼吸を整
える余裕がある。つまり、緒方兄妹と男たち及び土人形たちの実力には、それだけ
大きな隔たりがあるということだ。
 確かに、人間も人形も剣の腕はたかが知れている。どちらもせいぜい素人に毛が
生えた程度のものだ。
 だが、彼らに『逃げる』という選択肢はない。ここでいう『逃げる』とは、この
国を脱出することである。
 その男たちは男爵の私兵であり、自分たちが人身売買に関わっていることは一人
残らず知っていた。ゆえに、逃げそこなえば終わりだし、よしんばうまく逃げおお
せても悠凪はおろか、このルミラ大陸にすら居場所がなくなることも判っていた。
本気で逃げるのなら、海を越えて奴隷制が認められている国に行かなければならな
い。そこなら、「人身売買という罪」を犯した自分の手配書が回ってくることもな
いだろう。
 もっとも、逃げる必要がないことも判っている。なぜなら、彼らにはまだ勝算が
あるからだ。
「もっと左右に広がれ……!」
 彼らは攻撃を一時中断して数がそろうのを待った。人形もいまは待機させている。
 いくらもしないうちに、扇状に広がる男たちと人形たちは三重の層になって、壁
を背にしている英二ら五人をやや遠巻きに取り囲む形となった。
「少人数では駄目だ……! もっと大勢で一度にかかるんだ……!」
「後ろの三人のうち、一人でも人質に取れば俺たちの勝ちだ……!」
 男たちのやりとりを訊いて、理奈は眉間にしわを寄せた。
 英二は鋭いまなざしをさらに鋭くする。
 嫌な展開になってしまった。
 英二が小さく舌打ちしたのを合図としたかのように、最前列にいた者のうち八人
が一斉に襲いかかってきた。
(くっ……!)
 普通に闘うのなら何人同時に相手にしようが、彼らごとき物の数ではない。しか
し、今回はたった一人でも後ろに通すわけにはいかないのだ。当然、自由には闘え
ず動きにかなりの制限がかかってくる。少なくとも、肢曲は半分も力を発揮できな
い。
 それでも、敵の剣をかいくぐり、右の短剣が閃き、左の短剣を走らせて英二も理
奈もともに二人まではあっさり沈めた。三人目もなんとか斃す。だが……。
  ぎいん!!
 理奈は短剣をクロスして、四人目の打ち下ろしをかろうじて防いだ。
「くっ……くくっ……!」
 押し返せない。やはり、力では圧倒的に分が悪い。
 必死に踏ん張っている理奈に、男はあざ笑うかのように口を歪めた。
「まったく、ンな綺麗な顔しておっかねー姐ちゃんだな。だが、ココで終わりだ…
…!」
 両手で握りしめる剣に体重をかけてゆく。理奈は片膝をついた。
 そのまま、男は声を張り上げた。
「おい! 誰か早く来やがれ!」
 無論、残った男たちもぼーっとしていたわけではない。すでにこちらへ向かって
近付いてきているのを理奈は目の端でとらえた。
(に、兄さん……!)
 英二の方はといえばどうやら入れ替わりがあったらしく、現在四人の男を相手に
して動けないでいた。
 彼が理奈の方へ向かえば、その男たちは由綺たちの方へ殺到して三人とも捕らえ
られてしまうだろう。そうなってはおしまいである。
 だが、英二が攻撃を仕掛けてもがっちり防御して、そして手のあいている者が反
撃という、けして自分から攻撃してこないその男たちの消極的な戦法に、さすがの
英二も攻めあぐねていた。自ら動こうとしない者とダンスはできない。
 もちろん、護りに入っている者を力任せに斬り崩しにいけないこともないが、い
くらなんでも四人同時は無理である。反撃があるため、強引にいくことですら難し
い。
 仮に実行に移して、万が一ひとりでも討ちもらして後ろへ通してしまうと、その
時点でこちらの負けが確定してしまう。
(くっ……! 時間稼ぎなのはミエミエだが動けん……! お、おのれ……!)
 駆け寄ってくる男たちはどんどん距離を詰めている。押さえ込まれている理奈の
脇を通って、由綺たちの元へとたどり着くのに五秒も必要としないだろう。
(……万事休すかっ……!)
 英二が左の奥歯を強く噛み締めた、そのとき!

 ……ゴオオォォッ!!!!!!!

「なああっ……!?」
「うおおっ!?」
 走っている男たちの横手から地を這うように衝撃波が駆け抜け、足を払われた彼
らはことごとく地面に転がった。
 ダダダダダダッ……!
 そして、理奈と剣をあわせている男の方へ高速接近するひとりの少女!
 ダンッ……!
 ボブカットの少女は、大地を蹴って勢いよく跳び上がり──
「志保ちゃんっ────!」
「なっなんだ!?」
 異変を感じた男がちょうどこちらを向いたとき、その瞳に映ったのは少女のスカ
ートの中身が一瞬、少女の靴の裏が二瞬──!
「──キーーーーーーーーーーック!!!!!」

 ドコオオッッッ!!!!

「ぐぼわああっ!?」
 顔面から鮮血をまき散らしながら男は吹っ飛び、英二と対峙している四人の男た
ちの方へ頭から突っ込んでいった。
「おわああっ!?」
「なにいっ!?」
 そのうちの一人を巻き添えにして地面へとたたきつけられる。
 その場にいた全員の注意がそちらへと向けられた瞬間、英二の目が光った。
 動揺している男たちの間合いに一足飛びで入り込むと、立ち直る隙を与えず二人
を斬り伏せ、三人目ののどに短剣を埋め込んだ。
「ごぼっ…………」
 口から大量の血を吐き出した三人目が、膝からくずおれる。それを見届けてから、
刀身が朱にまみれた短剣をビュッと強く振って血を払ったとき、英二は後方で何者
かが立ち上がる気配を感じて振り返った。
 誰なのかはだいたい想像がつく。おそらくは……。
「うりゃ」

 げずうっ

「んが…………!」
 振り返った英二の視界に飛び込んだのは、顔面に足をめり込ませている男だった。
 ゆっくりと仰向けにひっくり返る。顔面に靴あとを盛大に残したその男は、想像
通り先ほど巻き添えをくらって一緒に地面にたたきつけられた男だった。
 ようやく起きあがったところを、いま英二の前に立っている少年のヤクザキック
でとどめを刺されたのだろう。いや、別に死んではいないが。
「なんか……志保より扱いが悪いんじゃねえか……?」
 やや険のある目つきの少年は不満そうにブツブツとこぼしていたが、英二の視線
に気がつくと、  
「ども」
 小さく頭を下げる。
「あ、ああ……」
「藤田くんっ!?」
 英二が口を開こうとすると、後ろから素っ頓狂な声が上がった。
「よう、理緒ちゃん」
 壁を背にして座り込んだままの彼女に向かって、少年──浩之はにっと犬歯を見
せる。
「大丈夫だった?」
 浩之の隣に現れたのはタレ目がちの少女だ。
「神岸さん!? それに長岡さんと佐藤君も!」
 浩之、そして集まってきた三人の顔見知りに理緒はただひたすら驚くばかりだっ
たが、やがて涙目を浮かべた笑顔に変わる。
「みんな……」
「理緒ちゃんの知り合いかい?」
 もはや言わずもがなの感があるその疑問を英二が口にした。
「はい、友達です!」
 涙をごしごしと拭って、理緒は誇らしげな笑顔を返した。
「なんか知らねえけど、助太刀するぜ! おっさん!」
「うくっ! そっ、それは非常に助かるがおっさんはやめてくれ! 俺には緒方英
二という名前があるんだ──!」
 ものすごく苦々しい表情の英二が名乗る。
「見なさい、ヒロ! 志保ちゃん情報ここにありよ!」
「ちっ、今回のところは引き分けにしといてやる。んでエイジさん、これからどう
するんスか?」
「あ! 素直じゃないわよ、ヒロ! 潔く負けを……むぐぐ」
「ちょっと、志保! 抗議はあと、あと!」
 ますます盛んになりそうな志保の口を、あかりが両手で押さえ込む。
「緒方さん! 私たち、もう走れます!」
 すでに由綺も理緒も初音も立ち上がっていた。呼吸はだいぶ落ち着いている。
「よしっ!」
「これが若さってやつよね♪ おっさんの兄さん?」
  笑いを含んだ理奈の声が凶器となって、英二の身体にグサグサと突き刺さった。
「りっ、理奈あ〜〜」
「ごめんなさい」
 出鼻をくじかれた英二が、何か言おうとするよりも早く理奈が謝る。やはりどこ
か笑いを含んだ妹に彼は複雑な表情を向け、それから一同を見渡した。
「行くぞ」
 全員が力強く頷いた。




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 とりあえず、このシリーズを書くにあたって、やってみたかったこと。
 その一 浩之に英二をおっさん呼ばわりさせる
 んー、他にどんなのがあったかなあ……。

 さて、「え〜〜〜〜?」な設定第二段。
 瓦30枚を割る理緒の頭突きと、緒方兄妹の戦闘技術です。
 理緒に関しては「スマイル0円」からですね。
 もう、好き勝手やってます(笑)。
 肢曲ってのは、現在連載中の某漫画に出てきたやつで、名前だけパクリました。
 一応、中身は違います。でも俺の方は、はっきり言ってかなりいい加減です。
  これから戦闘シーンがじゃんじゃん出てきますが、嘘ばっかり書いてます(笑)。
  もう、好き勝手やってます、ハイ(笑)。