親友と恋人と 投稿者:貸借天
  大いにネタバレありです。



 ん…………。
 カーテンの隙間から洩れてくる陽光が、まぶたを通して目に突き刺さる。
  まぶしくて思わず顔を背けると、ひたいに優しい風がぶつかってきた。
 心地よいまどろみの中、うっすらと目を開けるとそこには愛しい人の顔があった。
 ぶつかってきた風は、その人の寝息だったのだ。
 知らず、私の唇が小さく笑みを形作るのを自覚する。
  愛しい人。
 私の隣にいてくれる人。


 私はいつも独りだった。
 そばには兄さんがいたけれど、一緒にいるようでいて遠く離れていたようにも感
じる。
 私のいた世界、私のやってきた仕事は常に自分独り。自分との戦い。
 作られた自分、パッケージ化された自分、周囲のイメージとしての自分をいかに
上手く演じるか。
 そしてそれらを乗り越えて、私はトップアイドルという称号を勝ち取った。
 同時に、普通という生活からますます遠ざかっていった。
 学校の友人たちとの何気ない会話。一緒に買い物に行ったり、カラオケに行った
り、食事をしたり。
 私はそのすべてを経験したことがない。
 そして、誰かに恋をしたこともなかった。
 ただただ、毎日のレッスンと毎日のお仕事をこなすだけ。
 学校に行かなくなってからは、私の人生はその二つだけで彩られていた。
 もちろん、好きでやってきたことだから後悔はしていない。
 仕事が来るのは、毎日のレッスンで自分を磨き続けているから。
 毎日のレッスンで「緒方理奈」を洗練することを怠っていないから、仕事が入る。
 朝から晩までスケジュールがぎっしり詰まったそんな私の周りには、スタッフと
いう人間はいても友達と呼べる人間はいなかった。
 そして私は特にそのことを気にすることなく、華やかさと暗がりの二面性を持つ
この世界をずっと独りで生きてきた。
 だけどある時、私に後輩ができた。
 森川由綺。
 私と彼女はすぐに仲良くなった。
 同い年で私の方が一年先輩だったけど、そんなことに関係なく私たちはつき合っ
てきた。
 由綺は私にとって初めての友達であり、親友でもある。彼女はどう思っているの
か知らないけれど、少なくとも私はそう思っている。
 紹介されてから一年、由綺は私とは正反対のアイドルへと成長した。
 私はガチガチに作られた存在だったけど、由綺は普段の彼女そのままというごく
ごく自然な存在となった。そのせいか、デビュー当時はスタッフにADと勘違いさ
れたこともあったが……。
 由綺はカリスマ性がない自分を嘆いたりしたこともあったが、そんなことはない
と私は思う。
 由綺は由綺だ。
 どんなところにでも自然と溶け込んでしまえるその存在感こそが、由綺独自のカ
リスマ性なのではないか。
 そう応えると、つられてこちらの顔がほころびてしまいそうな、陽光をたっぷり
浴びたひまわりのようなにっこり笑顔を彼女は返してきた。
 長い間、天使の微笑みという仮面をかぶってきた私には到底真似出来ないような、
とてもとてもまぶしい笑顔だった。
 そんな、極めて純真で素直で、でもちょっと天然ボケ気味の由綺には恋人がいた。
 ……今、私の隣にいる人だ。
 思えば、二度目に逢った時、ぶつかりそうになったあの時から私の心の片隅に彼
の存在がなんとなく引っかかっていた。
 もしかしたら、あの時点ですでに恋が始まっていたのかも知れない。
 そして、何度となくテレビ局で、喫茶店で出逢って話をするたび、私は少しずつ
彼に惹かれていった。
 あの頃はそう感じていなかったかも知れないが、今なら解る。
 だけど、初めて得た親友から恋人を取り上げるなんて出来るわけがない。特に、
由綺のような女の子から……。
 話に聞いていただけの恋が、こんなにもつらくて切ないものだということを私は
初めて知った。
 心に募る想いを隠したまま、私は由綺と今まで通り言葉を交わし、彼とはただの
友人として振る舞ってきた。
 笑顔は得意だ。
 トップアイドル緒方理奈という存在が作られる過程において手に入れた特技の下
に本当の自分を隠して、私は二人とつき合ってきた。
 この想いは決して表に出てくることはない。そして、自分は二人を祝福できる。
 私はそう信じて疑わなかった。
 それなのに、兄さんや由綺のことで相談したり私の歌のことで相談に乗ってもら
ったり、仕事のことばかりを話す私の言葉に真剣に耳を傾けてくれる彼と長い時間
を一緒に過ごすうちに、彼の存在が私の中でどうしようもないくらいに大きくなっ
てしまった。
 それでも、私は態度を変えるわけにはいかなかった。
 由綺は親友なのだ。
 そして、由綺には彼が必要なのだ。
 それに、自分がどれだけ想いを募らせようと、由綺という恋人がいる彼には戸惑
いを与えてしまうだけだ。
 私は、ともすれば意志という器からこぼれ落ちてしまいそうな自分の恋心を持て
余しつつも、二人には絶対に悟られないように日々を過ごしてきた。
 話に聞いていただけの恋が、こんなにも心を痛くするものだということを私は初
めて知った。
 だけど、どうにもならない。
 彼にとっては私の気持ちなど迷惑になるだけなのだ。
 そう。
 迷惑になるだけだということを知っているのに、情けないことに心の痛みに耐え
きれなかった私はある日、ずっと隠してきた密かな想いを彼に伝えてしまった。
 言い訳をさせてもらえるなら、あの頃の私は兄さんに見放されたと思いこんでい
て、どうしようもないほど心が弱くなっていたのだ。
 ところが、彼もまた私に好意を寄せてくれていた。
 由綺を見る彼の瞳はとてもとても優しく暖かい光をたたえていて、私はそんな目
で見てもらえる由綺を自分でも意識しないうちに羨んでいた。
 あの時、告白をした私を見つめる彼の瞳には、私がずっと心の奥底で望んでいた
光が宿っていた。
 私は、心臓が止まりそうなほど驚き、そしてそれ以上に嬉しかった……。
 だけど……それでは彼に由綺を裏切らせてしまう。
 告白しておいて何を今更って感じだけど、そんなことをさせたくなかった私は、
精一杯自分の心を殺して強がりを言い、彼に背を向けて歩き出した。
 ──私を追いかけて……!
 ──由綺のところに戻って……!
 同時には決して成り立たないけれど、どちらも私の本心……。
 真っ二つに分かれた私の心は激しく渦を巻いてせめぎ合い、しのぎを削って争っ
た。
  でも、それも私の方へと近付く彼の足音が聞こえるまで。
 その瞬間、由綺を思う気持ちはゆっくりとフェードアウトしていった。
 そして彼に後ろから抱きしめられ、愛していると囁かれた時、私はもう、何がど
うなってもいいと思った。
 この人と一緒にいられるなら……私は、身も心もすべてを彼に委ねた。
 すっかり照明が落ちた密閉空間の中、ぼんやりと灯ったスポットライト。
 過剰な舞台演出みたいなそのライティングの下で、私たちは結ばれた。
 あの時……想いが受け入れられ優しく包み込まれたあの時、身体以上に心が、こ
んなにも暖かくなるということを私は初めて知った。
 ふるえるほどの喜びを、とろけてしまいそうなほどの安らぎを私は初めて知った。
 話に聞いていただけの恋。
 ある人は恋人のことしか見えなくなり、またある人は恋人のためならどんなこと
でもやってのけられる。
 逢えないだけで涙があふれる時もあれば、声を聞いただけで心が満たされるとも
いう。 
  昔の私だったら右から左へと流れていくような内容だったが、あの時の私なら少
しは理解できたと思う。
 いや、少しどころではなかっただろう。
 この人とずっと一緒にいる。
 この人とずっと一緒にいたい。
 何度も何度も愛を確かめあっているうちに、私はあることを決心したのだから。
 そう、ずっと一緒にいるためには……。


 両の頬に、何かがそっと触れられる感触。
 物思いに耽っていた私は、いつの間にか目を覚ましてこちらを見つめていた恋人
の顔へと焦点をあわせた。
 私の顔は、あったかく大きな彼の両手で優しく包み込まれている。その上から私
も包み込むように両手を重ねた。
「…………」
 うん。おはよう、冬弥くん。
「…………」
 え? ふふ、何を考えていたと思う?
「…………」
 当たり。冬弥くんのこと。
 おどける彼に、私もおどけた答えを返す。
 でも、嘘じゃないけどね。
 彼は春の朝日のような柔らかな笑みを浮かべ、包み込んだ私の顔の方へゆっくり
と自分の顔を近づけてきた。
 意地悪なくらいにゆっくりと。
 待ちきれなかった私は、寄せられる彼の唇に、自分から唇を押しつけた。
 ん……。
 彼は私の顔から両手を離して背中へと手を回すと、何も身にまとっていない私の
裸の身体を優しく抱きしめてきた。
 私も彼の大きな背中に手を回す。
 触れ合うだけのキスから貪り合うようなキスへと変わる頃には、お互いを抱きし
める腕の力もより強くなっていた。
  ほどなくして彼の唇が離れていった。
 私もそれ以上は求めない。
 なぜなら……
「…………」
 そうね。起き抜けだから口の中がカラカラだもんね。
 彼の言葉に私も頷いた。
 そうなのだ。
 起きたばかりで口の中がパサパサしていて、なんか気分が乗ってこない。
  でも、そうでなければきっと今頃、彼は私の中に入ってきていただろう。
 だってさっきから硬くて熱い何かが、私のおなかに当たっているもの。
 冬弥くんって、えっちね。
 私がそう言うと、
「…………」
 冬弥くんは、苦笑いを浮かべて抗議した。
 ふふ、わかってるって。
 朝の事情ってやつでしょ?
 彼はやっぱり苦笑いを浮かべたまま、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「…………」
 いま? えっとね……。
 彼に時間を訊ねられた私は、テーブルに置かれていた時計を見る。
 それはBOOK型置き時計で、自然を感じる天然木素材に制服を着た二人の少女
──一人は髪をリボンで結わえ、もう一人は耳にカバーを付けている──がレーザ
ーエッチングされており、メタルプレートには彼の名前が彫刻されていた。
 ……まだ冬弥くんが由綺とつき合っていた頃、彼女にプレゼントされたものだそ
うだ。
 初めて私がこの部屋を訪れたときにこの時計のことを聞いて、彼が言葉を詰まら
せたところからなんとなくわかってしまった。
 そのあと、冬弥くん本人が教えてくれた。
 そして、続けて彼の口から出た「すぐに捨てるから」という言葉を私は押しとど
めた。
 私は気にしないから。
 大事にとっといてあげて。
 気がつけば、私の口からそんな言葉がこぼれ出ていた。
 やはり、由綺に対して強い罪悪感があったのだろう。
 同時に、由綺に対して強い嫉妬も覚えていた。
 さらに、そんな自分に強い嫌悪感を覚えた。
 由綺は何も悪くないのに……。
 そう、彼女は何も悪くない。それだけに、私の心の奥底でくすぶり続けているも
のがある。
 冬弥くんは由綺を嫌っているわけではない。
 いや、それどころか、まだ「好き」という気持ちが残っていて、それを隠してい
るのかもしれない。あの頃の私のように……。
 由綺が冬弥くんを裏切ったのならともかく、私が冬弥くんに由綺を裏切らせたの
だから、冬弥くんが由綺を嫌う理由は一片たりとも無いのだ。
 そして由綺の方から見れば、私が絡んでいるとはいえ裏切ったのは冬弥くんであ
るにもかかわらず、彼女はまだ冬弥くんを愛している。
 二人の気持ちは完全に離れたわけではない……。
 私は……由綺以上に彼を愛していると思っていたけれど、本当にそうだろうか?
 由綺はきっと……本命が自分であるなら、たとえ冬弥くんが浮気をしても軽く許
してしまうのではないだろうか……。
 彼女の冬弥くんに対する愛は、それほどまでに深く激しい。
 私は……
 ……ぁっ……ぁっ……!
 その時何の前触れもなく、快感という電流が私の背筋を上から下へと滑り降りて
ゆき、私は思わず息を詰まらせたような喘ぎを洩らした。
 意識せぬままに背中が反り返る。
 私は目の前にある恋人の顔を軽くにらんだ。
 すると今度は電流が下から上へと這い上がってきて、私はまた小さな喘ぎを洩ら
した。
 ……えっち。
 私が言うと、「何時?」と彼が訊き返してきて、そこで初めて私は時間を確認し
ようとしていたことを思い出した。
 顔が朱くなっていることを自覚しながら、彼に見られないようにわざと身を乗り
出すようにして時計を見る。
 十一時前だった。
「…………」
 そうね。ちゃんと眠りについたのは結構遅かったから……。
「…………」
 が、頑張りすぎたのは冬弥くんだけだからね。私は違うわよ……。
「…………」
 そ、そんなことないわよ。冬弥くんだってば。
 口ではそう言ったが、寝かせなかったのは私の方かもしれない。
 昨日は私の二十一回目の誕生日。
 冬弥くんとの南の名もない島への旅行から帰ってきて以来、私たちはなかなか二
人っきりになる機会が持てず、昨日は実に二十日ぶりに逢えたのだ。
 声を聞くだけで心が満たされる恋もあると先に述べたが、私は駄目だった。
 電話で声を聞くたび逢いたくて、でも逢えなくて心が張り裂けそうだった。
 そんな様子は微塵も感じさせないように努力してきたつもりだけれど、あまり自
信がない。
 努力をするのは苦手ではない。でも、冬弥くんの前だとそのすべてが水泡に帰し
てしまうような気がする。
 つきあい始めた頃はそんなことはなかったのに、一緒にいる時間が長くなるたび、
なんだか私という人間がだんだん弱くなっていったような錯覚を覚えてしまう。
 もしかしたら、それが恋というものなのかも知れないが……。
 とにかくそんな私だったから、久しぶりに逢えた昨日の夜は多分これまでで一番
激しく彼を求めたと思う……。
 私は、再び頬に熱が帯び始めていることを感じた。
「…………」
 あ、ううん。なんでもないわよ。
 さっきから、しょっちゅう物思いに耽っているので気になったのだろう。私を気
遣うように彼が声をかけてきた。
「…………」
 なんでもないったら。それより、今日はどうする?
 強引に話題を変えた私を彼は少し心配そうに見て、それから逆に訊ねてきた。
「…………」
 えっとね、夕御飯は一緒に食べられるわ。でも、朝まではちょっと無理ね。兄さ
んに帰ってくるように言われてるから……。
「…………」
 ええ、いいわね。行きましょう。
 彼が提案したデート場所に、私はにっこりと微笑んで頷いた。
 その笑顔が、完璧ではあるが作り物めいた天使の微笑みではないことを私は知っ
ている。
 それから、起きて身支度(私の方は簡単な変装込み)を整えた私たちは電話でタ
クシーを呼び、もうしばらくくつろいでから外へと出た。
  雪が降るにはまだ早く、けれども身体の芯まで凍えそうなほどの清冽な空気。
 思わず身を縮めてしまいそうな音をともなった風が、やや厚手のコートを着た私
の身体を切り裂いていくように通りすぎていった。
 今週一番の冷え込みになるだろうという天気予報士の言葉通り、今日はとても寒
かった。
 天気が良ければまだ暖かみもあるだろうが、空を見上げる限りでは期待するだけ
無駄のようだ。
 視界いっぱいに広がる雲は、厚く厚くたれ込めている。
「…………」
 ううん、大丈夫。
 寒そうにしている私に気づいた彼が声をかける。
 それを私は否定した。確かに寒いけど、我慢できないほどじゃない。それに、間
もなくお迎えも来るだろうし。
 あ……。
 その時、暖かいものが私の左手を包み込んだ。
 冬弥くんの手。
 私はきつく握り込んでいた自分の手を開き、彼の手と指とに絡ませた。それから、
彼に寄り添うように軽くもたれかかって目を閉じる。
 ……幸せってこういうことをいうのかな。
 なんて事を考えていたら遠くから車の排気音が響いてきて、やがて私たちの前に
ゆっくりと滑り込んできて止まった。


 ただいま。
 何度となく繰り返した帰宅の言葉とともに、私は家の玄関をくぐった。
 冬弥くんとの食事を終え、少し一緒に散歩をしてから私たちは別れた。彼も今頃、
家についた頃だろうか。
 私は靴を脱いで家に上がると、まっすぐに兄さんの部屋に向かった。
 今日帰ってくるように言われたのは、何か話があるからということだった。
 何だろう。
 思い当たる節は……冬弥くんのことだろうか。仮にそうだとしても、どんな話な
のか見当もつかない。
 いろいろと考えてみたが、兄さんに関しては何を言い出すかわからない人だから
予測するのが難しい。
 結局何も頭に思い浮かばないままに、私は兄さんの部屋のドアをノックした。
 ドアが開き、兄さんが顔を出す。
「…………」
 ええ。ただいま。
 お帰りに対なす言葉を返す。それから私は、いったい何の話があるのかを訊ねよ
うとした。しかし、それを実行に移す前に彼は意外な行動に出た。
「…………」
 プレゼント? 兄さんが? 
 兄さんは私が何か言おうとするより早く、綺麗にラッピングされリボンで結ばれ
たいかにも贈り物然とした包みを渡し、いつものあの締まりのない笑みを浮かべな
がら「誕生日おめでとう」と言ったのだ。
 私は眉をひそめた。
 兄さんから誕生日プレゼントを最後にもらったのはいつだったか。もう、ずっと
長い間そんなやりとりはしていないのに、どうして急に……。
 私の様子を見て、兄さんは眉の両端を下げて言った。
「…………」
 お祝いさせてくれたっていいじゃないか、なんて言われてもね……兄さん、何か
企んでるんじゃないの?
 思いっきりいぶかしんでいる私に、彼は首を振り振り「兄さんは悲しいぞ」と言
ってドアを閉じた。
 その仕草がやたらと芝居がかっていて、なんだかますます疑わしい。
 だけど、たまにはこういうことだってあるのかも知れない。兄さんって、気まぐ
れが服来て歩いているようなものだから。
 とりあえず自分の部屋に帰って、開けて見てみよう。あの兄さんのことだから、
もしかしたらとんでもないものを中に入れているのかも知れないが、まあそうだっ
たとしても、あとでお礼を言っておこう。
 そう思った私は、自分の部屋へと向かった。
 大きくて静かな我が家の廊下を歩く。
 この家に両親は住んでいない。兄さんと二人暮らしをはじめて、もう何年も経つ。
 だけど、二人とも忙しかったしスタジオに泊まり込むことも多かったから、この
家に住んでいるという実感があまり沸いてこない。
 やがて私は自分の部屋へとたどり着いた。
 ドアを開けて明かりをつけ、エアコンのスイッチを入れてカーテンを閉める。
 包みをベッドの上に置き、コートを脱いでハンガーに掛けてから一息ついて、そ
れから私はベッドに腰を下ろした。
 兄さんからのプレゼントを手にとって、改めて観察する。
 …………?
 ……これを……兄さんが……?
 そのプレゼントに思いきり違和感を感じることに、私は今更ながらに気がついた。
 その包みのデザインはどう考えたって兄さんの趣味ではない。どちらかというと、
というよりはもう、はっきりいって、これは女の子が選ぶタイプのものだ。
 ──あの男、やっぱり何か企んでるわね。
 いったい誰から……ひょっとして、私のファンからかしら。
 もしそうだとしたら、芸能界を引退したいまの私に受け取る資格があるのだろう
か。
 受け取っておけ、ということ……?
 長年見慣れた兄の顔を思い浮かべながら、胸の奥で小さくつぶやく。
 …………。
 私は少し迷ったが、それを開けてみることにした。
 リボンをほどき、テープをはがし、包み紙を取り除く。
 !
 私は息を詰まらせた。
 プレゼントの贈り主は……由綺だった。


 『理奈ちゃん お誕生日おめでとう  由綺』


 バースデイカードにはそう書かれていた。
 私は頭の中が真っ白になり、一瞬すべての感覚が消え失せた。
 そしてすぐに、由綺の優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
 由綺……。
 私は熱くなる目頭を押さえ、もう一度、心の中で親友の名前を呼んだ。
 由綺……。
 こみ上げてくるものをぐっと飲み込み、私はバースデイカードに視線を落とす。
  書いてあることは実に簡潔とした内容だったが、由綺はそれ以上の言葉は必要な
いと思ったのだろう。
 実際、私にはこれ以上の言葉はいらなかった。
 どうやって形容したらいいかわからない感情の奔流を噛み締めながら、カードの
下にある碧いケースを開ける。
 その中には、薔薇の花を抽象的にデザインした小さなイヤリングが入っていた。
 由綺……。
 それは以前、彼女と一緒にアクセサリー類を見ていた時に、「いいな」と思って
いたものだった。
 決して、口に出して言ったわけではない。それなのに……。
 私は親友からのプレゼントをそっとケースから取り出し、胸に押しつけてぎゅう
っと抱きしめるようにした。
 瞳を閉ざす。
 いままで必死に押さえ込んできた涙が、頬を伝う。
 由綺……。
 私のまぶたの裏は、彼女の笑顔で満たされていた。
 それはあの時の、陽光をたっぷり浴びたひまわりのようなにっこり笑顔だった。
 私は、優しい瞳でこちらを見ている由綺に心の中で問いかける。
 ねえ、由綺……いまでも私は……あなたにとって友達かな……?
 友達だと思って……いいのかな……?
 あごの先から涙の雫がひとつ、ふたつ、絨毯へと落ちて染み込んでゆく。
 あと一ヶ月ほどであなたの誕生日。
 迷惑かもしれないけれど……私も由綺に何かお返しがしたい……。
 どんなものを贈ったら、あなたは喜んでくれる……?
 受け取って……くれるよね……?
 ね、由綺……。


                                                      FIN

************************************
アルル産、久々野風味のほのぼのSSを目指して書き始めたのに、脱線しまくって
こーんなやつになってしまいました。
なんでーなんでーなーーんでーー♪
やっぱり俺にはああいうの書けねーや。


なんか、理奈シナリオそのまんまというのもなんですので、多少のアレンジを加え
てあります。
が、それでもあんまり面白味がないかも……。
おまけに、以前書いた18禁SSとちゃっかり連動してるし……。
まあ、ほんの一部だけですが……う〜む。


とまあ、こんな中途半端なやつですが、俺なりに一生懸命書きました。
どうか受け取ってやってください。

Happy birth−day to Rina


ジャンル:シリアス/WA/緒方理奈
コメント:誕生日おめでとう



以下は、読まない方がいいかもしれません。

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おまけ

 プレゼントの贈り主は……由綺だった。


 『理奈ちゃん お誕生日おめでとう  由綺』


 バースデイカードにはそう書かれていた。
 私は頭の中が真っ白になり、一瞬すべての感覚が消え失せた。
 そしてすぐに、由綺の優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
 由綺……。
 私は熱くなる目頭を押さえ、もう一度、心の中で親友の名前を呼んだ。
 由綺……。
 こみ上げてくるものをぐっと飲み込み、私はバースデイカードに視線を落とす。
  書いてあることは実に簡潔とした内容だったが、由綺はそれ以上の言葉は必要な
いと思ったのだろう。
 実際、私にはこれ以上の言葉はいらなかった。
 どうやって形容したらいいかわからない感情の奔流を噛み締めながら、カードの
下にある碧いケースを開ける。
 その中には、銀製のペンダント──銀の鎖とその先にはやはり銀細工の、剣にか
らみついた一本脚のドラゴンの紋章──が入っていた。
 それを目にした瞬間、私の体中をとてつもなく熱い何かが駆けめぐった。
 由綺……やはり、私とあなたとは闘う運命にあるようね……!
 首飾りを握りしめ、私が決意の炎を胸に立ち上がったそのとき!
  ガシャアアアアアン!!!
 窓ガラスの割れるけたたましい音が響いた。
 そちらに視線を向けると、ベランダで夜空を背景に不敵な笑みを浮かべて立つ一
人の女!
「言葉はいらないよね、理奈ちゃん!? さあ、決着をつけましょう!!」
「望むところ!! かかってらっしゃい、由綺!!」
 由綺はこちらに向かって指を突きつけ、私は腰を落として身構えた。
 戦闘開始!!
 彼女は一瞬で魔術の構成を編み上げ、そして解き放つ!
 しかし、それよりも早く反応していた私は、すぐそばにいた人物の首根っこをひ
っつかんだ!
「すれ違う毎日が増えてゆく!!」
「有能警官バリアーー!!」
 ずどおおおおおん!!!
 耳をつんざく轟音が部屋をびりびりとふるわせる。
 由綺の放った魔術は言葉通りそのまんま。
 アレをまともに喰らえば私は冬弥くんとすれ違いの日々を送ることになり、その
間に彼女がモトサヤにおさまろうという魂胆だったのだろう。
 しかし、迫りくる蒼い光の帯に対して、私はバリアーをかざしてそのすべてを防
ぎきっていた。
「あまい、あますぎるわ、由綺!!」
 勝ち誇る私。
「くっ! かすりもしなかったみたいね!!」
 由綺が心底悔しそうにうめく。
「貴様ああっ!! さては俺と貴之の仲を妬んで無理矢理引き離す気だなあっ!!
そんなことはさせんぞおおっ!!」  
 私のバリアーが怒りも露わに大声を張り上げた。
 由綺はビクッとなり、
「え……? そ、その……盾にしたのは理奈ちゃんなのに、私が怒られるの……?」
「やかましい!! 狩猟者の真の力、見せてくれる!!」
 バリアーは激昂し、由綺の魔術によってボロボロになったスーツを内側からばり
ばりと破って変身しはじめた。
 いくらも経たないうちに、由綺の前には一匹の鬼が仁王立ちしていた。
「グルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
 鬼が天を仰いで雄叫びをあげる。
 そして、上向かせていた顔をおろして由綺に視線を向けた。
「ひっ、ひいいいいいいい!!」
「グルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
 泡を食った由綺はほうほうの体で逃げ出した。そのあとを猛然と鬼が追いかけて
ゆく。
「おたすけええええええええ!!!!」
「グルアアアアアアアアア!!!!」
 あの鬼がなんて言ってるのか、私はなんとなく理解した。
『貴様の命の炎を見せてみろ!』
 多分、こんなところだろう。
 どうして彼が私の部屋にいたのかは、あえて考えるまい。
 まあ何はともあれ、最後には私一人がその場に残されていた。
「ふっ……。勝った……」
 どこか遠くを見やりながら、そんなことをつぶやいてみる。
 さあ、これで邪魔者はいなくなったことだし!
 待っててね、冬弥くん。
 いまからあなたのスイート・ハートが会いに行くわ!!
 私はベランダへと出た。
 ゆっくりと呼吸を整え、魔術の構成を脳裏に描く。
 私がいまから使おうとしているのは、転移の魔術。といっても、空間をすっ飛ば
して移動するわけじゃない。また、現在地と転移先との間に壁なんかがあったりす
れば衝撃死することもある。
 それ以上にこの魔術は扱いが難しく、制御に失敗すれば全身の細胞が沸騰して存
在の完全消滅って事もあるんだけど……。
「そんなもの! 私と冬弥くんとの愛の前には、障害なんてあって無きが如しよ!」
 気合いを入れ、私は声が届く一番遠いところを転移先に指定して、魔術を発動し
た。
「踊りながら行こう どこまでも!」
 私の視界は一瞬でブラックアウトした。


 そして、私は転移の魔術を何度か使って……。


 どがああああああああああん!!!!
「うわああっ!?」
「冬弥く〜ん。来ちゃった〜〜」
 驚く冬弥くんの胸に飛び込む。
 ここへ来るまでにいろんな人の家の壁があったが、そんな程度で衝撃死する私で
はない。ドッカン、バッカン破壊しながら、そしていまも冬弥くんのアパートの部
屋の壁に大穴を開けて飛び込み、彼にひっしとしがみついたのだった。
「ごめんね、冬弥くん、おうちに風穴開けちゃった。でも私、冬弥くんにすごくす
ごく逢いたくて、それで……」
 目尻に涙をためて、小さく鼻をすすり上げてみる。
 冬弥くんは目を白黒させていたけど、 
「うん……。俺も逢いたかった……」
 ぎゅうっと私を抱きしめ返してくれた。
 あ〜〜ん、冬弥くん、ラブラブ〜〜。
 だけど私は部屋の壁を壊した罰として、あ〜〜んなことや、こ〜〜んなことまで、
それこそもう足腰が立たなくなるぐらいに、一晩中たーーっぷりとお仕置きされち
ゃった。
 てへっ♪


************************************
……アホだな……俺……。