LF98(10) 投稿者: 貸借天
第10話


「くっ! こいつら手強いぞ! ぐわあっ!」
「こっこのアマっ、……っぐうおっ!」
 流れるような動きで二人を一気にしとめた理奈が、走る速度を落とさずに廊下を
突き進む。そして倒れ臥した二人の横を由綺たち三人と、そしてしんがりの英二が
駆け抜けてゆく。
「いたぞ、あそこだ!」
「追え! 逃がすな!」
 それに遅れて、怒声とともに男たちが三人追いかけてきた。まだ少し距離がある
が、追いつかれるのは時間の問題だろう。さらに、先頭を走る理奈の正面に新手が
四人現れた。
「へっへっへ、待ってたぜぇ〜」
「おいおい、見ろよ。いい女ばかりじゃ……」
 その男はセリフを最後まで言い切ることなく、膝からガクンと崩れ落ちた。いつ
の間にか、男の眉間から一本の手投剣が生えている。
「なに? ……がっ!」
 倒れた仲間に気を取られて顔を横に向けた瞬間、その男の剣を持つ右腕に手投剣
が突き立った。
「なっ、なんだと!?」
「こっ、こいつらっ!?」
 左側の二人があっさり倒され、右側にいた二人が狼狽の声を上げた時には、理奈
はすでに懐に入りこんでいた。
「ふっ……!」
 鋭い呼気とともに、刃渡り三十センチほどの短剣を閃かせる。次の瞬間、その二
人も首筋から血を噴き出しながら前方へゆっくりと倒れ込んだ。
「悪いわね。私たちだって、あなた達に捕まったら待っているのは”死”なんだか
ら手加減してられないのよ」
 ただ一人生きている男に諭すように理奈。
 その直後、後方から三人の男の叫び声が聞こえた。横目で見ると英二がこちらへ
と歩み寄ってくるのが見える。
「ま、待ってくれ……! い、命だけは……」
「理奈ちゃん……」
 すぐ近くに来た由綺が遠慮がちに声をかける。
 由綺は右腕から血を流すその男を見、それから理奈へ顔を向けた。その瞳はある
ことを訴えている。
「わかってる」
 理奈は腕を伸ばして、座り込んでいる男の頭をつかむと手前へ引き倒しながら下
方へ押さえつけるようにして、トンッと首の後ろへ手刀をたたき込んだ。男はその
まま前のめりに崩れ落ちた。
「さ、行くわよ」
「ごめんね、理奈ちゃん」
「別に謝らなくていいわよ。殺さずにすむなら、それに越したことはないんだから」
 チラリと由綺を見て小さく微笑む。
「うん……」
「あの……私……」
 理緒がおずおずと声をかけた。
「いいのよ、あなたも。わざわざ人殺しになることなんてないんだから」
「それにしても助かるな。意外な伏兵ってやつだな」
 理緒のすぐ隣りを走る英二が言った。
「いいから、君は敵さんの腕や足を狙ってくれ。理奈の言うとおり自分から人殺し
になる必要はないさ。まあ、戦士を目指してるっていうのなら話は別だが」
「い、いえ……それは……」
「だろ? だから無理しなくていいぜ」
「はい……」
 そうはいっても、まだ迷いがある。今一番大事なことは一人でも多く敵の人数を
減らすことであり、それには命を奪うのがもっとも確実なのだ。だが英二の言うと
おり、理緒は戦士ではないし戦士になるつもりもない。いくら相手がこちらを殺す
気で襲いかかってくるとはいえ、やはり人の命を奪うことには抵抗がある。
 はじめは、理緒は自分に出来ることは何もないと思っていた。とにかく、ほかの
四人の足手まといにならないように上手く立ち回ること、それだけを考えていた。
しかし、理奈が行く手に立ちふさがる男たちを手投剣で仕留めたのを見た時、これ
なら自分にも出来ると思った。さすがに眉間やノドを狙いたくはなかったが……。
 ともあれ、理緒はその旨を伝えて半信半疑で手渡された三本の得物を、現れた敵
に対して英二や理奈が身構えるよりも早く命中させてみせたのである。
 英二たちにしてみれば、後方からすさまじい速さで飛んできた何らかの影が一瞬
視界を横切り、思わず後ろを振り返った瞬間金属音が廊下に響きわたり、慌てて今
度は前を向くと剣を取り落とした男たちが三人、腕を押さえてうめいていた。そし
てその男たちが押さえている部分には一本の手投剣が突き立っており、まさかと思
って後方にいる理緒に目を向けると、確かに手渡したはずなのに彼女は手ぶら……
というようなことが先ほど起こっていた。
 英二と理奈は、飛んでゆく『何らかの影』が自分たちが理緒に与えた手投剣だと
見極めることが出来なかった。それはもちろん二人が理緒を侮っていたせいもある
が、それ以上に彼女の手裏剣術の腕が飛び抜けているのである。それで理緒は二人
から半分ずつ得物を分けてもらい、現在彼らのサポートに徹しているという状況で
あった。
 そこで先の迷いである。
 理緒は敵の剣を持つ腕か、足を狙っていた。どうも相手の男たちも戦士というわ
けではないらしく、それだけでも十分に戦意を喪失させることが出来る。
 だが、復活しても二度と襲いかかっては来ないという保証はない。
 相手がどれだけいるのか分からないが、もし味方が窮地に陥ってしまうようなこ
とがあれば、それは自分のせいかもしれないのだ。ケガを手当てして戦線に復帰す
るということだけでなく、追いかける方は生き残っている者から情報を引き出して
こちらへと迫ってくるのだろうから。
「大丈夫よ、理緒。そんなに気にしないで」
 迷いが顔に出ていたのだろうか、理奈が声をかけてきた。
「余計なこと考えてると、また転ぶわよ」
「あ、はい……」
 悪戯っぽく笑う理奈に、照れたような笑みを返す。言ってることはキツイが、つ
まり深く考えすぎるなということなのだろう。そして、それを証明するかのように
彼女は話題を変えてきた。
「それにしても納得いかないわね。どうして新聞配達でそれほどの腕前になるのか
しら?」
 理緒もそれ以上考えるのはやめることにして、理奈に小さな笑みを返しながら答
える。
「それはもう、長い間やってますから。新聞は遠くからポストに投げ入れるのが基
本ですよ。えいっ」
 前方へ視線を戻した理緒が左手を軽く動かし、その手から二本の手投剣が放たれ
る。新たな敵が二人こちらへ向かって走ってきていた。その男たちの顔面めがけて
手投剣は飛ぶ。男たちは腕でかばおうとした。飛来するそれがいつものスピードで
はないため、とっさに反応出来たのだ。
 しかし、そのことをあざ笑うかのように手投剣は急激に角度を変えると、男たち
の足の甲に突き刺さった。
「がっ……!」
「いっ……!」
 そして次の瞬間、理奈の当て身によって男たちは白目をむいて倒れた。その横を
理緒たちが駆け抜けてゆく。
「……ひょっとして今の、フォーク?」
「はい。ポストの口は、いつもこちらに向いて開いているとは限りませんから。カ
ーブにシュートにスライダーと何でも投げれますよ」
 嬉々として理緒が言う。
「……ねえ、初音ちゃん。この設定ってちょっと無理があると思わない?」
「……ちょっとどころじゃないと思うよ。かなり変だよ、これ」
「……同感だな。いいのか? こんなので」
 走りながら、由綺と初音と英二が顔を寄せてボソボソとささやきあう。

 仕方がないだろ、ほかにいいの思いつかなかったんだから。

「最近は、消える魔球にも挑戦してるんですけどね。これがまた難しくて……」 
 理緒はマイペースに話しかけている。
「……消える魔球……? 作者の人、なにか勘違いしてるんじゃない……?」
「……ムチャクチャだよね」
「……オガタインスピレーションが『作者はバカだ』と告げている」

 うるさいうるさい。大阪人にバカってゆーな。
 こうなったら敵を出現させてやる。ザコだけど。

「兄さん、新手よ!」
「チッ! 理緒ちゃん、あと何本残ってる?」
「えっと、あと八本です」
「そうか。もう出口が近い、君は基本的には後ろから追いかけてくる奴だけを狙っ
てくれ。前の敵は俺たち二人で何とかする」
「わかりました」
 英二は一つうなずいて走る速度を上げ、理奈に並んだ。そのまま、現れた三人の
男の方に向かって突進する。
「ん……?」
  英二はいぶかしげに眉根を寄せた。男たちは人間の姿をしているが、どうやら違
うようだ。気配も明らかに異質である。
(──なんだ……?)
 だが詮索は後回しにして、目の前まで迫った敵に集中する。無表情のままに振り
下ろされた剣を身を沈めてかわし、右手の短剣を振るう。やはり手応えが人間のそ
れではない。改めてそのことを認識しながら左の短剣も閃かせる。
 首を切り裂かれた男たちは、そこから鮮血の代わりに魔力文字を噴き出しながら、
ザラザラと崩れてゆく。勢いよくあふれ出てくる様々な色に輝く魔力文字が次々と
砕けては風に溶けて消えた時、その場には三つの土の固まりが残っているのみだっ
た。一人は理奈が片づけていた。
「土人形(アースゴーレム)か……」
 英二がポツリとこぼす。
「ってことは、敵には魔道士がいるってわけね……」
「だな」
 魔道士……。
 そっち方面に長けた者なら、今の魔力文字で相手のレベルがどのくらいか分かる
のだろうが、あいにく英二たちには判断できない。
 戦士を生業としている者なら、たとえ自分は魔法を使えなくても魔道士と闘うよ
うな時を想定して多少の知識を身につけておくものだが、高い戦闘力を持っている
とはいえ、緒方兄妹はあくまで芸能人であって戦士ではない。
 といっても魔道士と闘ったことはあったので、その時にかなり苦労した経験から、
二人ともある程度の知識は有している。だが、今の状況から相手のレベルを見極め
るほどのものではなかった。
「これは早いところ脱出しないと、マズイことになるかもな……」
「そうね。相手の力量がどのくらいか分からないけど、なんだか嫌な予感がするわ
……」
 由綺たち三人の方に目を向ける。
 それぞれ不安そうな面もちであったが、それを取り除いてやれる言葉を持ち合わ
せていない。
「聞いての通り、ちょっと雲行きがあやしくなってきたから走るスピードを上げる
わよ。みんな、しっかりついてきて」
 事務的なことしか言えない自分が歯がゆいが、三人は力強くうなずき返してきた。
彼女たちを気遣う理奈の気持ちに応えるかのように。
「では、行くぞ……!」
 先頭に理奈、しんがりに英二とそのすぐ側に理緒を置いて、五人は一丸となって
駆け出した。


「ここよ。この角を曲がれば外に続く仕掛け扉があるわ」
 後ろを振り返る。
 由綺と理緒と初音は少し顔を輝かせるが、それ以上に疲労の色が濃い。走るスピ
ードも最初の頃と比べてかなり落ちていた。
「がんばって! もうすぐだから」
 それだけ言って彼女は再び前を向いた。英二とともに、その顔にはまるでバテた
様子はない。
「しかし、解せんな……。あれだけ静かだったのに、どうして急に……」
「そうね。私たちが隠したあの二人の男……、彼らが見つけられたのかしら。かな
り分かりにくいはずなのに……」
 そろって首をひねりながら、最後の角を曲がる。
 誰もいない。
「よしっ」
 英二は一人スピードを上げて壁の突き当たりにたどり着くと、仕掛けを探りはじ
めた。
 理奈は首を巡らして、
「まずは、脱出に成功よ」
 三人は疲れのにじみ出ているその顔に、うっすらと安堵の表情を浮かべた。
 理奈は、ふと天井を見上げた。どこか遠くから聞こえてくる音がある。目を閉じ
て耳に意識を集中し、探索の範囲を広げ、どの方向からどのくらいの規模で聞こえ
てくるのか確認する。
「──! 兄さん、急いで!」
 さらなる新手が足音を響かせて近づいてきている。相手の方もこちらの動きをは
っきりとつかんでいるらしく、迷いなくまっすぐこちらへ向かってきていた。
 比率がどれくらいか分からないが、追いかけてくる連中の中には人間だけでなく、
土人形もまじっているだろう。
「あっちから七人、八人……? こっちからも七人……、それと……」
 全部合わせると三十人以上……とおおよその見当がついた時、

 ガゴンッ

 音のした方に振り返ると、石壁を模した仕掛け扉が小さな音を立てながらゆっく
りと開いていくところだった。
「彼らがここまでたどり着くのにはもう少しかかる……。大丈夫、間に合う……!」
「ほら、理奈。早くこっちへ来い」
 兄の手招きに応じて、理奈もそちらへと駆け寄る。
 そののんびりとした仕掛けがもどかしく、扉が完全に開ききる前に理奈が最初に
建物の外へと飛び出した。扉の外に誰かがいる気配は感じられなかった。今度は実
際に目で確かめる。
 左方確認。右方確認。さらに左方確認。
 やはり誰もいない。
「大丈夫よ、出て来て」
 理奈は声をかけて、もう一度周囲の気配を探る。
 まず由綺が、続いて理緒がそして初音が扉をくぐり抜けた。最後に、扉が閉まる
仕掛けを動かした英二が建物の外へと脱出する。扉は再びゆっくりと閉じていった。
「のんびりしているヒマはないぞ。まもなく追っ手が来る。出来るだけ早くここを
離れるんだ」
 英二の言葉に、肩で息をしている三人がうなずく。返事もできないぐらい疲れて
いるのだろう。
(だが、弱音を吐かないとは殊勝な心がけだ。見た目よりも芯の強い女の子たちだ
な。特に由綺ちゃんなんか王女という立場上、最初に音を上げると思ったんだが…
…)
「早く何とかしてあげたいわね」
 考えが伝わったのか、今まさに英二が心に浮かべたことを理奈が口にした。
「まったくだ。──さあ、行くぞ。とにかく動かないことには始まらないぜ」
 膝頭に手をついて前傾姿勢になり、その細い腕で上半身を支えているという格好
の三人はのろのろと顔を上げた。そんな状態であっても、その瞳から精気は失われ
ていない。
 そのことを確認した英二は何も言わずに振り返り、足を大きく一歩踏み出した。
 そして由綺たちもまた、大きくとはいえないが一歩を踏み出す。
 理奈は、先ほど自分たちがくぐり抜けた、そしてもうしばらくすれば殺気だった
男たちと土人形たちが出て来るであろう仕掛け扉を一瞥し、それから先行する四人
の背中を追いかけた。  




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「いたぞ、あそこだ!」
「追え! 逃がすな!」
……なんて、ありきたりなセリフだ……。


ハイ、「うそぉ〜〜〜〜?」な設定第一段登場です。
…………ムチャクチャですよね(苦笑)。
LF97で理緒の一つ目の技が新聞配達だったのと、心臓による心臓で彼女の武器
が新聞だったのでムリヤリ発展させてこうなりました。
──バサバサと広がりながら飛んでゆく新聞……空気抵抗や何やらできっと不規則
な動きをする新聞を自在にコントロールできる……理緒はきっと飛び道具の名手に
違いない!
……というわけです。
……そうです、俺はアホです。


理奈ちんがいきなり呼び捨てしまくり。出会ったばかりだというのに……。
なんとなく、彼女が「──ちゃん」と呼ぶのが想像できないんですよねー。
「──さん」なら、なぜかオッケーなんですけど、年下にさん付けってのはなんか
おかしいし……。
でも、やっぱり変かなあ……?
まあ、このことに限らず、このお話は全体的に違和感アリアリですので。(笑)