LF98(3) 投稿者: 貸借天
第3話

「ん。見えたわ、葵。悠凪王国の王都、蛍崎よ」
「じゃあ、あのお城が大嶽城ですね」
 2人の少女が話しながら街道を歩いていた。
 1人はぱっちりした目の、髪を短くまとめた少女で、もう1人はロングヘアに切れ長の目をした少女である。
 言うまでもないと思うが、どちらもかなりの美少女だ。
「大陸最大といわれる、王都蛍崎のリーフ祭。楽しみねー」
「そうですね・・・」
「何よ、葵。なんか元気ないわね」
「え、そ、そんなことないですよ」
 しかし、その笑みは心なしか弱々しかった。
「ドモってるじゃない。いいこと?葵。伝説の柏木一族を捜し出して、手合わせてもらうのが私たちの旅の最大
の目的だけど、じゃあ、それ以外は何もせず、身体鍛えるだけってのもツマらないでしょ?ま、もちろん嫌いじ
ゃないけどね。でも、ほら、どこかの吟遊詩人が歌ってたじゃない。『若いうちはやりたいこと何でもできるの
サ』ってね。せっかくの祭りなんだから、いろいろ見て何でもやって楽しまなきゃ、ね?」
「で、でも、綾香さん。私・・・その・・・こういう事って一度も経験ないですから・・・。どうやって楽しめ
ばいいのか・・・」
「だーいじょうぶよ、私にまかせなさい。要は何でもやればいいのよ。力比べ、技比べをウリとする大道芸人に
挑戦するとか、芸能人もたくさん来てるでしょうから彼らの舞台を見るっていうのもいいし。あと、異国の食文
化を堪能するってのもありだし、そして祭りといえばお酒よね。葵、お酒飲んだことは?」
「ないです・・・」
「じゃあ、暗くなったら酒場へGO!ね」
「はい」
 すこぶる楽しそうな綾香に感化されたのか、葵も幾分明るい声で返事した。と、何かをひらめいたのか、綾香
がぽんと手を打つと、
「・・・そうよ。初日の今日はともかく、明日からはどんどん異国の人間がやってくるでしょ?その人達に柏木
一族について尋ねるってのはかなり効果あるんじゃない?有益な情報が手にはいるかもよ?」
「そ、そうですね!そっか、そんな祭りの楽しみ方もあるんだ・・・」
(それはちょっと・・・違うと思うけど・・・)
 綾香は苦笑した。
 しかし、先ほどまでとはうってかわって瞳をキラキラさせている葵には何も言わないでおいた。
「無手(素手)にて最強を誇る伝説の柏木一族・・・。その爪は天を引き裂き、その拳は大地を割り、破壊力も
さることながら、その強靱な脚力はまるで宙を駆け抜けるがごとき跳躍力を発揮する。その鬼神のごとき強さゆ
えに柏木の者1人に対して千の騎士をもってしても抗することかなわずとまで言われている・・・。まあ、いく
ぶん脚色されてると思いますけど、それでもその強さはハンパではないって事は間違いないですよね」
 葵の瞳はますますキラキラと輝く。
「一体どんな武術、どんな技を使うんでしょうね。ああ、すごく楽しみです。早く会いたいです」
(まったく、この子ったら闘うこと、体を鍛えることが何よりも好きなのよねえ・・・)
 心の中であきらめのため息をはきながら、綾香は優しくほほえんで葵の頭をそっとなでてやる。
「え?あ、綾香さん?」
「・・・・・・」
 なでなで。
「あ・・・」
「・・・・・・」
 なでなで。
「・・・ど、どうかしたんですか?綾香さん」
「・・・くすっ。ううん、ちょっと姉さんのマネをしてみただけ。さあ、葵。街の入り口までもうすぐよ。祭り
よ、祭り。しっかり楽しみましょ」
「はいっ!」
 そして2人は入り口に立つ憲兵にあいさつし、街へ入るための簡単な手続きを済ませ、王都への門をくぐり抜
けた。




「冬弥」
 文字通り人であふれかえっている通りを歩いていると、聞き覚えのある声に呼ばれ彼は振りかえった。
「・・・はるかか?この人混みの中でお前と出会うとは・・・。なんだか俺の世間って狭いなあ」
「由綺じゃなくて残念だったね」
 冬弥の皮肉っぽい調子を軽く受け流して、はるかはやり返す。
「う・・・まあ・・・そうだな」
 少し沈んだ声を出す冬弥。
「どうかしたの?」
 きょとん、とした表情ではるかは問いかける。と、そのはるかが後ろの人物に押されて前へつんのめった。
 周りの状況からのんびり立ち話ってわけにもいかないので、2人は人の流れに乗って歩き出した。
「・・・ん?」
 ゆっくりした歩みのまま、はるかは冬弥の横顔をのぞき込む。
「その・・・な、実は今日、由綺と一緒に祭り見物に行く約束をしてたんだ。でも、由綺来なかったよ」
「そう。・・・何時の約束?」
「きっかり正午だ」
 はるかはちらりと腕時計に視線をはしらせる。
「今まで待ってたの?」
「ま、まあ・・・」
「おやつの時間はとっくに過ぎてるよ」
 バツが悪そうに言う冬弥に、はるかは遠慮なく言葉をぶつける。
「わかってるって。でもほら、相手はあの由綺だからさ、この大勢の人間の中をくぐり抜けて来るんだから、だ
いぶ時間がかかるんじゃないかなって・・・」
「この時間になっても来ないということは、由綺は城を抜け出せなかったって考えたほうが自然だよ」
「わ、わかってるよ・・・だから俺は待つのをやめて、今ここを歩いてるわけで・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「冬弥ってケナゲだね」
「うっ・・・ほっといてくれ。くうう・・・、はるかに馬鹿にされるなんて・・・」
 心底くやしそうに拳を握りしめる冬弥。
「別に馬鹿にしたわけじゃないよ」
 はるかが意外そうな顔をする。
「でも、冬弥の気にさわったのなら謝るよ。ごめんね」
 そういって彼女はペコリと頭を下げた。
「・・・はあ・・・。いや、もういいって。それで、はるかは何してるわけ?」
「教会に行こうと思って」
「そっか。俺もそのうち顔を出そうと思ってたんだけど・・・」
 冬弥は軽くうなずきながら腹部に手を当てた。
「でも、その前に何か食べないと。空腹で死にそうだ」
「お昼ご飯、何も食べてないの?」
「仕方がないだろ、今まで由綺を待ってたんだから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「冬弥ってケナゲだね」
「うるさいよ」
 ひたいを軽く小突く。
「いた・・・」
 はるかは小突かれたところを押さえてうつむいた。
「大ゲサだぞ、はるか」
 そうこうしてるうちに、2人は広場へたどり着いた。
 街のはずれにある教会はこの広場をまっすぐ横切っていくのだが、冬弥は腹ごしらえするために出店の立ち並
ぶ大通りへ向かうつもりだったので、ここでいったん別れることになった。
「ん。じゃね」
 はるかは軽く手を振り、ゆっくりとした足取りで人混みの中に消えていった。
「・・・俺も行くか」
 それを見送った冬弥はつぶやいて、ここ以上に活気づく大通りのほうへ向かって歩き出した。



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『なでなで』といえば、「あ・・・」ですよね。
いや、「・・・あ」だったかな?どっちだっけ。

ま、それはそれとして。

「祭りといえばお酒」だとか、『ヤングマン』の「若いうちは云々」だとか、
この綾香、ちょっと中年くさいかも。
どう思います?