LF98(2) 投稿者: 貸借天
第2話

「もし」
突然横合いからかけられた声に、娘は立ち止まり振り向いた。そこには20代半ば
で旅の剣士風の出で立ちをした長身の美女が立っていた。
「はい?」
娘は怪訝な表情で答える。
「何だ理奈。知り合いか?」
隣の男も立ち止まり、女の方を見ていた。
「いいえ、知らない人よ」
「ふん?」
「理奈・・・とおっしゃいましたね。それではあなた方はやはり、緒方兄弟でいら
っしゃいますね?」
女は二人に向かってわずかに微笑んだ。
その緒方兄弟は軽く目を見開く。
「俺たちの名前は知ってても、顔は知らないという人間は多いんだけどな・・・」
「それにしても、私たちも有名になったものよね」
苦笑した娘が男の方を見上げながら言った。
男は軽く肩をすくめると、
「いかにも、俺は緒方英二だ」
「妹の理奈よ」
と二人は名乗った。
「やはりそうでしたか。申し訳ありませんが、しばしお時間をいただけないでしょ
うか?」
恐縮したような、しかし、どこか有無を言わさぬような響きをもって女は懇願した。
英二と理奈は顔を見合わせた。お互いに、その表情は『かまわない』と言っている。
「ああ・・・。別にいいけど。どこか店に入るかい?」
「感謝します。いえ、すぐに済みますので」
こちらへ・・・と、広場の隅の、人の少ない方へ女は二人をいざなった。
「まず、こちらをご覧下さい」
女は懐から紙を取り出して広げた。約30cm四方のその紙には、一人の娘の似顔
絵が描かれている。
「今からお話することは他言無用に願います」
女は英二、理奈と順に真剣な表情で見つめた。二人は軽くうなずき返す。
「この方は、ここ悠凪王国の第2王女、森川由綺・悠凪様であられます」
「へえ・・・」
「あら・・・」
再び、二人は軽く目を見開く。
「申し遅れました。このような格好をしておりますが、私は由綺姫様側近の近衛騎
士隊長で篠塚弥生と申します。現在、お忍びで街に出て行かれた姫を捜し歩いてい
るところなのです。ところが、この人だかりで・・・」
弥生はちらりと後ろを振り返った。心なしか、さっきよりも人が増えた感じがする。
「ああ。骨の折れる仕事だなあ、それは」
「ていうか、無理じゃない?それって」
理奈は、弥生に哀れむような笑みを向けた。
「でも、あきらめるわけにはいかないのです。姫様の身にもしもの事があれば・・
・」
弥生は下唇をかんだ。
「うーん。それで、俺たちに何をしろと?」
と、英二が促した。
「あ、はい。実は由綺姫様は、演劇や曲芸など、とりわけ歌や舞踊にとても興味を
もっておられます。そして今、私の目の前には大陸一の芸能人といわれる緒方兄弟
がいらっしゃいます」
この世界では歌姫、舞姫、吟遊詩人、あるいは楽器を奏でたり、詩や曲を書く者た
ちを総称して芸能人と呼ぶ。
「以前より姫は、いつかこの国にあの緒方兄弟がやってこないかと心待ちにしてお
られました。それで、緒方兄弟とはどのような方々なのか私なりに調べ、その際あ
なた方の似顔絵を見たことがございまして。その甲斐あって、こうして私の話をお
聞きいただけるのですが・・・」
「なるほど、そういうことか。もし、姫が俺たちの舞台を観にやって来たら、あな
たが探していたと伝えて欲しい、といったところかい?」
「はい。あの緒方兄弟がこの街で舞台を行う、となればあの方は必ずやってくるで
しょう。ご無事でしたら・・・の話ですが」
「うーん、姫の身をずいぶん案じているようだけど・・・ひょっとして由綺姫って
のは箱入りで世間知らずとか?」
「兄さん・・・!」
理奈が英二の足を踏みつけた。
「あいた・・・」
「・・・実はそうなのです。由綺姫様がお忍びで街に出かけるようになって、まだ
半年とたっておりません。でも、それ以上に・・・」
言いよどむ弥生。
「?」と顔を見合わせる二人。
しかし、英二が何かピンときたらしい。
「ははあ、つまり姫はちょっとドジなところがあるってわけだ」
「兄さん!」
理奈が、踏みつけた英二の足をぐりぐりとひねった。
「いててて!マジ痛いぞ、理奈!」
「・・・立場上、その言葉に素直にうなずくわけにはまいりませんが、確かにあの
方を城下で一人にしておくと、なにかこう不安になります。特に今日のような日は。
それゆえ、心配でいてもたってもいられぬのです」
何とも複雑な表情で弥生が訴えた。
「なにか、嫌な予感がするのです・・・」
「分かったわ。こちらでも気をつけておくわ」
「それで、この似顔絵はもらってかまわないのかな」
「はい、差し上げます。他のどこよりも、あなた方のもとへ参られる可能性が1番
高いでしょうから・・・」
と、そこで弥生は思い出したように言を継いだ。
「あ、もう一つ。由綺姫様はごくごく自然に、周りの雰囲気にまったく違和感無く
とけ込める、という不可思議な特技をお持ちです。そのため、私を含め、他の近衛
騎士たちもあの方を最後まで追跡できたことは一度たりと無いのです。いえ、追跡
というと聞こえが悪いのですが、要はあの方に害が及ばないよう、隠れて守護する
ことです。ところが必ず途中で見失ってしまうのです。しかも、あの方には追跡者
をまくという意識すらありません」
「「へええ…」」
二人は感心したような声をあげた。
「ですから、観察の折りには細心の注意をお払い下さいますようお願いいたします。
さらっと見渡しただけでは絶対に見落としてしまうことでしょう。いえ、もちろん
あなた方のお仕事をなによりも優先させて下さい。ですが、お探しになる際は一人
一人をしっかりとご覧下さいますよう、重ねてお願い申しあげます」
そう言って、弥生は貴族式の礼儀作法でもって頭を下げた。
「オーケイ。なに、俺たちだって最初から最後までぶっ通しでやるわけじゃない。
合間合間のちょっとした休憩中にでもよく見ておくさ」
「そうね。だけど、必ず現れるというのならあなたも一緒にいた方が早いんじゃな
い?舞台袖からじっくり探せるわよ」
「そう・・・ですね。もちろん、いずれはあなた方のところにも足を運ぶつもりで
した。では、その時にはよろしくお願いします。でも今は、やはり探し歩こうと思
います」
「大変だねえ・・・あなたも」
苦笑しながら、英二は由綺の似顔絵に視線を送った。
「それにしても・・・由綺ちゃんか、かわいい娘だよな、うん。ぜひ、ウチに欲し
いね」
「に・い・さん!!」
ダムッ!!
三たび、理奈は英二の足をねらったが今回は彼が素早く足を引いたため、地面を勢
いよく踏みつける結果となった。
「・・・では、私はこれで。お時間とらせて申し訳ありません。どうもありがとう
ございました」
さっきと全く同じ角度、同じ形で頭を下げる弥生。
「ところでさ、会ったばかりの俺たちにいきなり内密の話をうち明けて良かったの
かい?知らないぜ?どうなっても」
おどけたように英二が言う。
「兄さん、よけいなこと言わないの!大丈夫よ、安心して。私たち、口が堅いから。
兄さんもこんなのだけど、秘密をペラペラしゃべるような人じゃないし」
「実の兄をこんなの扱いするなよ〜」
理奈は英二の言葉を無視して、弥生に微笑みかける。
「はい。少なくとも今回のことに関しては、私はあなた方を全面的に信用しており
ます」
「え?」
「先ほども申し上げましたが、私はあなた方のことを存じ上げております。あなた
方の出自に関しましても・・・」
「!」
理奈は驚きに目を見張ったが、英二は特に表面上の変化はなかった。
一瞬だけ、弥生は目を伏せたがすぐに戻し、
「あなた方なら由綺姫様のこと、お話ししても悪いようにはしないだろうと思いま
して」
「ふふん、俺たちのことを調べたと言ってたから、たぶん知ってるんじゃないかと
思ってたんだよ。まあ、いいさ。由綺姫のことは任せておいてくれ。見かけたらち
ゃんと伝えておくから」
「はい。それでは、よろしくお願いいたします」
今度は軽く会釈して、弥生は歩き去っていった。
弥生の後ろ姿を見送りながら、理奈は英二を見上げる。
「誘導尋問をしかけたわけ?」
「そんな立派なものじゃないがな。まあ、似たようもんかな」
「・・・まあ、それはそれとして、兄さん!全く失礼なことばかり言って!」
と、理奈がかみついた。
「ははは、まあ、そう目くじらを立てるな。弥生さんだって別に怒ってなかっただ
ろ?」
「ホント。何で怒らなかったのかしらね。兄さんなんて、腰に下げた剣でみじん斬
りにしてくれて良かったのに」
「おいおい、理奈ぁ〜」
「それにしても彼女も大変ね。近衛騎士隊長でありながら、旅の剣士を装って探し
歩かなきゃならないんだから」
「まあ・・・そうだな」
「由綺姫も幸せ者よね。そんな親身になってくれる配下がいるんだから」
「・・・・・」
(親身に・・・ね)
英二は、さっきの弥生とのやりとりを思い出していた。
『ウチに欲しいね』という彼の言葉に、弥生は表情こそ変えなかったものの、一瞬
その瞳の奥がわずかに揺らいだことを英二は見逃さなかった。
『由綺姫様は誰にも渡しません』
あの一瞬、彼女の目はそう語っていた。
「どうやら弥生さんは、由綺ちゃんにえらく御執心のようだな」
「え?なに、兄さん。何か言った?」
本当に小さな呟きだったので、妹の耳には届かなかったようだ。
「何でもないさ。ふふん、理奈。『親身になってくれる配下がいて幸せ者』だなん
て、どうやら城での生活が恋しくなってきたと見えるな」
「・・・!違うわよ、そんなわけないでしょう!」
「あれから6年か・・・。長かったか?それとも短かったかな?」
「兄さん!いい加減にしてよね!」
ふふふん、と鼻を鳴らして、英二は弥生が歩き去っていった方を見やった。
無論、彼女の姿はどこにも見あたらなかった。



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第2話お届けします。
由綺の、「街を歩いてても、アイドル森川由綺だと誰にも気づかれない」という特
技(?)がパワーアップしました。
弥生さんがちょっと恐いような気がするな・・・
英二も原作よりも丸くなってる感じだし・・・
理奈もちょっと違うような気がする・・・
難しいなあ・・・原作と異なる世界でキャラを描くってのは。
他のメンツも、少しずつ違うかも。
こんなので良ければ、どうぞおつきあい下さい。