来栖川製HMX−12改4 投稿者:トリプティコン


第9章  志保


それから2日間事態はまったく進展しなかった。
舞台がここから別の場所に移ったのは意外な奴の来訪がきっかけだった。



とんとんとん

?

俺は葵ちゃんが来たのかと思ってなにげなくドアをあけた。
とそこにいたのは……
「は〜いひろ、げんきぃ〜?」
「し、し、し、しほぉ?!」
「ど?調子は?」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁおまえのせいで……」
「あら〜別に私のせいじゃないでしょ?」
「な、な、な……」
おまえのせいじゃなかったら誰のせいだ!!と怒鳴りつけようと思ったがすんでの
ところで踏みとどまり、俺はゆっくり深呼吸をした。

すぅ〜
ふぅ〜

「なによぉひろ、気持ち悪いわね、」
「あのな〜志保そりゃ俺が今ここにいる理由はおまえだけのせいじゃない……それ
はわかってる。だがな〜あれ、もっとましな方法があったんじゃないか?」
「そっかな〜ベストプランだと思ったんだけど……」
「くぅ〜…………モオイイ」
そこで志保は突然まじめな顔でこういった
「聞いたよ、残念だったね、」
「えっ?」
「助ける気……だったんでしょ?」
俺は今の志保の話した言葉が信じられなくて少しの間動けなかった。
確かにもしも『作戦の成功おめでと〜』なんて言われたら怒鳴りつけてやろうと思
っていたが……
「な〜に辛気くさい顔してるのよ」
「…………」
「あのね〜何年の付き合いだとおもってるのよ。あんたがどんな風に考えるかくら
い知ってるわよ。もし泣きたいんなら胸くらいかしてあげるわよ。」
「ば〜か、でもサンキュ、ちょっと慰められたよ、ところでおまえなんでこんなと
ころにいるんだ?」
「な〜にいってんのよ、みずくさい。あんたと私の仲じゃない。ちょっとは協力し
てやろうとおもってさ。」
「きょうりょく〜?」
「そうよ、変?」
「う〜ん……」
「いっのかな〜いいネタなんだけどな〜ひろじゃなかったら情報料取るところなん
だけどな〜」
「そんな思わせぶりなこといってねぇでさっさといえ!」

「ふぅ〜」
そう言って志保は人差し指で自分の頬を押さえた。こいつ……この癖まだなおして
いやがらないの。
「じゃあ教えてしんぜよう。」
「…………」
「実は……」
「実は?」
「残り二体のマルチの格納場所見つけたよ。」
「!!?!」
「どう?興味ある?」
「当たり前だ!」
「そうね〜こっちも結構経費かかってるからな〜」
「志保!!!」
「はぁいはい、冗談よ冗談ちゃんと教えてあげるわよ。場所はここから東、いや南
東かな、に300キロくらい離れたところにさ〜ソルトンって湖があるのよね、そ
の先の砂漠の中にグレーミスって町があってね、そこに10年かそこら前まで研究
所として使われてた建物があるわけよ、」
「ふんふん」
「もうずいぶんと前に放棄されちゃって、もうほとんどただの廃墟って感じなんだ
けどさ、その地下を大改造してマルチのメンテとかやってるのよ。だから今度は直
接そっちをねらった方が効率いいわよ。」
「おまえな〜そう言うことはもっと早く……」
「無理よぉこれでも超特急で知らせたんだからね。で、これがその地図と研究所の
見取り図ね。」
「サンキュー、でもいいのか?」
「なにが?」
「スクープなんだろ?」
「いいのよ、どうせこの記事来栖川財閥の手がはいって公表なんてできないんだか
ら。」
「じゃ、なん……」
そこまでいって俺は思い当たった。もしかしたらこいつ俺のために危ない橋を渡っ
てくれたんじゃないのか……と。だが俺はなにもいわなかった。志保の奴もそんな
ことをいってほしくはなさそうだったから……
「じゃね〜」
「おい!もう行くのか?もうすこし……」
「ざ〜んねん売れっ子ジャーナリストはいそがしいのだよ。それじゃまた機会があ
ったら会いましょ。車大事にしてね〜」

ぱたん。

志保はドアを閉め際にウィンクを一つ残して部屋から去っていった。


「まったく……志保の奴……」ポリポリ

 だが俺はなんだか口から笑みがこぼれ出すのを押さえることが出来なかった。今
俺がやろうとしている事に賛成してくれる人はこの来栖川財閥の関係者の中には誰
もいないだろう。確かに同僚が何人も殺されてるんじゃしかたないことだが……も
しもわかってくれる人がいるとすれば長瀬所長だけか……それにマルチを救ってあ
げるにはあの人の力がないと……よし、タイミングを見て説得だな。

っとその前にえっと〜ソルトン湖の先にあるグレーミスだってぇ……聞いたことも
ねえよな、地図地図……
俺は志保が置いていった地図でその場所を探しはじめた。グレーミスグレーミス…
…glaymissか?……ないな〜先に湖さがすか〜SALTON SEAっとあったあった。
で、この先の……これか?GLAMIS……志保〜綴りくらい教えていけよ〜読めんぞこ
んなん。(^^;
な〜んだ結構近いじゃ……ちょっとまてよ〜これってアメリカの地図なんだから〜
日本で行くと〜300キロ300キロ、ちょっと待てよこれ500キロちかくある
んじゃねぇのか?ってことは東京神戸間〜?こりゃちゃんと計画立てねぇとたどり
着けないぞ!。あ〜あもうちょっと英語勉強しとくんだったぜ……
えっと……とりあえず鉄道は通ってて……ラッキー乗り換えは一回だけか……金は
……来栖川のゴールドカードで何とかなるか……地図渡してタクシーって手も……
いやいくら何でも500キロものせてくれる運転手はいないか……やっぱ長瀬所長
に車出してもらうか鉄道かな……



「かえったぁ〜?」
俺はシンディに長瀬所長の居場所を聞いて愕然とした。
「ええ、三日後にはこちらにお戻りになると思いますがあのメイドロボの残骸輸送
と今回の調査結果を報告するのだそうで、昨日……」
「な、な、な」
俺はそのあとに続くなんてこったという声を飲み込んで引き下がった。
頭が真っ白になりそうだったが、何とか踏みとどまった。
これで計画のほとんどを練り直さないとならなくなった。
三日間……ただ指をくわえて待っててもいいのか?
残りのマルチは二体、志保がネタを仕入れたときにはまだ動き出していなかったん
だろうか……?三日……その時の俺には三日という日数がとてつもなく長い期間に
思えた。

いく!

俺は決意した。
こんな初めてのところでいきなり一人旅はやばいかもしれないがこんなうじうじし
た気持ちを抱えてるよりはましだ!

葵ちゃんを連れてくにはのは危険すぎるし特殊部隊の人に応援を頼むのは本末転倒
だし……実際英語もままならないのに大丈夫か……なんていう不安はむちゃくちゃ
あったけど、なんとかなる、いやなんとかするさ。



第10章  スラム



 俺は必要な額の大体5倍を目安に金を下ろすと出来るだけ分けて収納し、一番大
切なカードはあかりが作ってくれた(前に一緒にハワイ旅行をしたときに)秘密の
ポケットの中にいれて目立たないようにホテルを出た。これでこれ以後カードを使
わないで済ませられれば少しは来栖川の目もごまかせるだろう。幸いまだ浮かれた
気分が続いていたのか特殊部隊の人たちは俺がいなくなったことに気がつかなかっ
たようだった。


「えっと……グレーミスに行くための列車に乗るにはまずオンタリオって町まで行
かないとならないから……」

 そんなことをぶつぶつとつぶやきながらきょろきょろあたりを見渡す俺の姿は典
型的な日本人観光客そのものだったのだろう。俺はうっかり危険なエリアに入り込
んでいることも気がつかずに歩き続けていた。

俺は後ろからいきなりつかまれた。
その時感じたデジャブ……家で暴漢に襲われたときのことが頭の中を貫いた。
俺はそのまま押さえつけられる前に全力で逃げた。と前に黒人の大男が立ちふさが
る。俺はなんとかその男の脇をすり抜けるとすぐ横の脇道に逃げ込んだ。
思えばそれがまずかったのかもしれない。相手の方がここを熟知していることは確
実だったのだから。
俺は逃げた、逃げて逃げまくった……しかし地の利は確実に向こうにある。次第に
追いつめられ俺は徐々に逃げ場を失った。


いつしか壁を背に凶悪そうなちんぴら5人と対峙していた。
一人のやせた男が俺に飛びかかって来る。俺は無意識のうちに肘打ちを一発その男
の腹に入れた。葵ちゃんとの訓練が少しは役に立ったのかもしれない。
だがそれまでだった。俺は一人に押さえつけられもう一人に腹を殴られた。よほど
喧嘩慣れしてるのだろう。男は確実に俺の胃袋をねらう。俺は激痛の中嘔吐しその
まま意識を……

「先輩!」
聞き慣れた声がした……次の瞬間俺を殴っていた男が吹っ飛んだ。
葵ちゃんが路地の壁を器用につかってフライングキックをあびせたらしい。
そのままきれいに着地すると一瞬判断を見失った別の男の頭を両手で押さえるとそ
のまま手前に引き寄せ膝で顎をつぶすような一発を入れる。

ごきっ

何かがつぶれるような音が聞こえたあとその男は顎を押さえながら転がりまわった。

あと三人……

だがそのうちの一人は最初に会った大男だ。しかも今では残りの三人すべてがナイ
フをかまえている。葵ちゃんは空手の構えを取ると十分な間合いを取る。

はっ!

葵ちゃんがそう気合いを入れるのと同時に一歩踏み出すと大男の懐に入りこみ左手
でナイフをはじき飛ばすと同時に右手で相手の心臓に向けて気を飛ばす。

そう、あれは……あのとき葵ちゃんが試合で使った中国憲法の……

大男の体勢が崩れたと思った瞬間葵ちゃんの回し蹴りがきれいに決まった。
男がが泡をはいて崩れ落ちるのを横目で見ると葵ちゃんは後ろを振り向きざま近く
で見とれる男の首筋に鋭い蹴りを一発入れた。あの重いサンドバックを軽々と吹き
飛ばす蹴りにやられてはひとたまりもない。男は吹っ飛び壁に激突すると意識を失
った。
葵ちゃんは最後の一人に向かって構えをとる。
だが今度は最初にフライングキックを浴びせた男が立ち上がり葵ちゃんを後ろから
羽交い締めにしようとした。葵ちゃんはあわてず強く地面を蹴ると大きく爆転し男
のバックを取る。すかさず首を絞め……ほんの30秒ほどで男は落ちた……葵ちゃ
んは男の首から手をほどくと最後に残った一人に目を向ける。
だが男はナイフをぽろりと落とすと両手をあげ、そのまま反対方向に全力で逃げ出
した……



「せんぱい!せんぱい!」
葵ちゃんが俺を抱き起こした。
「あおいちゃん……どうして……」
「もちろんホテルからついてきたんです!まったく無茶ばかりするんだから……こ
んなことで怪我してどうするんです!」
「ありがと……葵ちゃん……でも俺……」
「せんぱい……私も一緒に行きます。いいですよね、いいえ、ダメって言われても
ついていきますから」そんな葵ちゃんの言葉に俺は驚いて顔を向ける。
「な、……どこまで知って……」
「みんなです。だって、あれから長岡先輩、私の所にも来たんですから……」
「あっちゃー志保……余計なことを……」
俺は頭を抱えた。
「長岡先輩が言ってました。先輩は絶対無理するからよく見てろって、」
「……わかったよ……」
俺はがっくりと肩を落とした。
「一緒に行こう……」
「その前に治療を……」
「大丈夫だよ……ホテルに戻るともうこんなチャンスはないと思うから……どうせ
駅まではタクシーなんだから少しは休めるよ。さ……」
「……じゃ、肩だけでもかします。つかまってください。」
「あ、ありがと……」

だが俺達はそのまま駅に向かうことは出来なかった……
そこから10分ほど歩いた頃……
俺達は30人ばかりのグループに周りを囲まれた。
さっき逃げた男が仲間を連れてもどってきたのだろう。
いくら葵ちゃんが拳法の達人だからといったって、この人数差じゃ絶望的だ。
俺は持ち金全部放り出して逃げ出そうとも考えたが男達の血走った狂気に満ちた目
はそれをあきらめさせるのに十分だった。

だが、
「フリーズ!!」
 俺達はまた別の集団に囲まれた、今度は制服を着た……警官達だ……
先ほどの騒ぎで誰かが通報したのだろうか。わらわらと男達は蜘蛛の子を散らすよ
うに逃げはじめる。何人かは捕まり何人かは逃げ延びた。ここではこんなことは日
常茶飯事なのかもしれない。必要以上に騒ぎが広がることもなくその場はすぐに静
かになった。いかにもアメリカンポリスといった感じの男が俺達に近づきなにか英
語で話しかけてくる。残念なことにほとんどちんぷんかんぷんで半分も聞き取れな
い……どうも大丈夫か……ときいてきているようなんだが……
「ヒロユキ!?」
「?」
いきなり脇から俺の名前をしかも日本語で呼びかけられて俺はあわててそちらを見
る
葵ちゃんもよほど驚いたのか口をぽかんと開けながらその人を見つめていた。
金髪の……婦人警官……
「レミィ?」
「は〜いヒロユキ、どうしてこんなところにいるの?」
「レミィこそ……!」
「ワタシは仕事だからいてあたりまえネ」
「おまえこっちで婦人警官なんかになってたのか〜」
「そうネ、それよりもヒロユキのほうこそ」
「俺もな結構ややこしい事情があって……」
俺はそこまで言うとさっきの雄々しい様子からうってかわって普通の女の子の様子
に戻った葵ちゃんを紹介した。
「そうそう知ってたっけ彼女は葵ちゃん。今は俺のボディーガードやってくれてる
んだ。」
「ヨロシク、昔学校で会ったことあるよネ」
「はい……」(^^)
「でもこんなところで知り合いに会えてほっとしたよ……そうだ……俺達これから
オンタリオまで行かないとならないんだけどどういったら安全か教えてもらえるか
い……」
「う〜んチョットまってネ、もしかしたら案内できるかもしれないネ、今ボスに…
…」
レミィがさっきの男の所まで走っていってなにか話している。そうか……あの人が
上司なんだ……
「ヒロユキ、おゆるしがでたネ。旅は道連れ世は情けともいうね、一緒にいくヨ」
「サンキュ、レミィ」
「ヒロユキがここにいるってもしかして来栖川関係?」
「いっ!」
「やっぱり、じゃもしかしてねえさんが面倒見てる重要人物ってヒロユキのこ
と?」
「うっ」
レミィはそこでにっと笑う。
「それならわたしヒロユキの目的地まで一緒にいくネ」
「いいのか?」
「まあね、報告はいってるヨ。きっとボスも来栖川関係なら仕事扱いにしてくれる
ね、心配しなくていいヨ」
「よかった〜すっげ〜不安だったんだ……」
「じゃ、目的地おしえてヨ」
「えっと……」
とつい口に出そうになったがあわてて続きを話すのをやめた。もしもレミィがシン
ディに話してしまったら……俺の計画は水の泡になってしまうから……
「それは途中で話すよ。」
「Oh!了解ネ。じゃ、すぐにパトカーにのって。」
「OK,OK」
「はい……」


 そうして俺達はレミィのパトカーでオンタリオに向かいそこでレミィは車を預け、
私服に着替えて戻ってきた。ここからは警官ではなく俺達の友人として合流すると
いう意志表示なのかもしれない。そして俺達は列車に乗った……



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「マルチ……おきなさい……」
冷たい金属製のベットの上でマルチは目を覚ました。
「ご主人様……」
ご主人様と呼ばれた男はマルチが目を覚ますまでその水蜜桃のようなほっぺたに手
をはわせていたがマルチが起きあがるのと同時に今度はマルチの頭の上へと手の位
置をかえた。そして軽くなぜなぜをする動作にはいる。マルチは赤らんだ顔でその
慈しみとも愛撫ともつかない動作を受け入れた。
数分間そんなことを続けただろうか、男はマルチから手を離し、幾分冷たい声で話
を続ける。
「またおまえの姉妹が死んだよ」
そんな言葉を聞きマルチは悲しそうに目を伏せた。
「そうですか……」
自分の寿命もこの先短いのだろうということを知ってかその声は暗い。
「今回はな……いつもと違って殺されたよ……残虐にね……」
「えっ?」
「殺されたといったんだ……」
「そんな……」
「ああ。」
「そうですか……」

男は立ち上がるとそのまま黙って部屋の外に出ていった。

マルチは一人部屋に残る。
マルチの記憶ではっきりしているのはこの研究室で目覚めたあとの事だけだった。
あとの記憶は断片的で……シーンの一つ一つは思い浮かぶのにどうしてもそれらが
つながらない。時々記憶回路の全体に広がった霧がだんだん一つに集まって一つの
形にまとまっていくような感覚がある。ヒロユキ……その言葉がキーワードらしい
……。マルチの姉弟達の心が壊れたときに常に出るのがその言葉だった。その言葉
を発した姉妹達はそのままこの部屋から連れていかれ……そしてもう戻っては来な
かった。そしてあの博士にさっきのように「あの子はしんだよ……」と告げられる。
そうして一人また一人と姉妹達はいなくなった。そして今日もまた一人……でも今
日はいつもと違ってた。殺された……殺されたって一体どういうことだろう……し
ぬっていうのとは違うんだろうか……わかんないや……

そうしてマルチはまた眠りについた……



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