結末の果てに―優しさの結末_第二章―第一話 投稿者: 智波

これは「優しさの結末」の続編です。
「優しさの結末」はりーふ図書館にありますので、先にそちらをお読みください。

「瑠璃子さん!」
ばんっ、と鉄製の扉を叩く!
屋上の鍵は閉まっている。
閉まっている。
何故?

「長瀬ちゃん、また助けてくれるよね」

そして一陣の風が吹いた。

そして学校を覆っていた優しい電波が消失した。

曜日がぐるりと一周して、僕は屋上にいる。
スカイブルー、突き抜けるように高い空の色。遠くに入道雲が見える。今晩辺り嵐を運んでくるのかもしれない。
ミニチュアのような街と人。
それと僕とを隔てる金網。
降り注ぐ夏の陽光。

ガタンっ!
僕は立ち上がる。
「どうしたんだ、長瀬君?」
「すみません、体調が悪いので早退させてください」
「とりあえず保健室に行ってみたらどうだ?」
「そうさせてもらいます」
最初からまともに会話する気など無かった。
教室を出て、屋上に向かう。
途中で遅れてきた2年の生徒がいた。
慌てる様子も無い。いつもの事なのだろう。
階段を上がる。

開け放たれた窓から湿った熱波と化した風が吹く。
熱い。酷く蒸し暑い。
こんな日は……、夏が、近い。

その日、月島拓也、月島瑠璃子が消えた。

月島さんっ!

「……違いますよ」


・結末の果てに―優しさの結末_第二章―・
・そして、再び・

ひどく蒸し暑い夏に近い日。
みぃんみぃんみぃんみぃんみぃんみぃんみぃんみぃん!
セミの唸りが窓を超えて教室を叩く。
窓から流れ込む鬱陶しい音と、暑苦しい風。
「…………であるからして、この公式からは…………」
汗を拭う生徒達。
日常。
日常である。

退屈な日常だなあ。そして下らない授業だ。
夏の太陽の直射日光を食らいながら、僕はどうして誰もカーテンを閉めようとしないのかを考えていた。尤も閉めたら閉めたで、教室に熱気が溜まるだけの事だろう。
ともかくも直射日光を帯びる僕のシャツは汗でべったりと素肌に張り付いている。額から汗が流れる。肌が焼ける。
こんな状態で授業をしろと言う。
「………っ!」
不意に窓枠に置いた腕が焼かれて、僕は呻きを堪える。アルミが焼けた鉄板みたいに熱を持っていた。
……………………………………………
カツカツカツカツカツカツカツカツ…………。
生徒達がノートを取る音が教室から静寂を奪っている。
カツカツカツカツ………。
僕は強烈にここにいる全員に何のためにノートを取っているのかを問い質したくなった。
カツカツカツカツ………。
答えは多分、教師が学期末にノートの提出を命じるから………
カツカツカツカツ………。
なるほど、成績を落さないため、と言う訳だ。決して学力を上げるためではない。
……………………………。
不意に教室が静まり返る。
それも一瞬の事で、ノートを取った事を確認した教師が再び新たな公式を黒板に書き込む音が教室に響く。
カツカツカツカツ………。
数式はそれが社会に出てから必要無いから覚える必要はない。
多分世の中の大人の大半と同じく、教師もそう考えている。
だから教師は大学受験に合格するための数学を基本に授業を進める。
カツカツカツカツ………。
静まり返った教室に教師が黒板にチョークを擦り付ける音だけが響いている。
幼稚園、または保育所から始まる、大学受験成功までのこの一連の大きな儀式がこの国を支配しているのかもしれない。
そして大学を終えれば、またそれを繰り返すための、そう、子供たちを大学に入学させる社会の歯車の一部になるのだ。
詰まらない現実だ。
変えようとしたところで一人の人間に何ができるというのか?
「この公式は…………………で、テストに出るから覚えとけ」
テストに出るから覚えるのか……
こうしてまた勘違いが助長されていく。
間違った社会だ。
いや、この形で完成しているのか?
そうなのかもしれない。
いくら不経済とは言え、日本の経済が世界に与える影響は大きく、この小さな、ほんの百何十年か前まで鎖国していた島国が、世界でも先進国といわれるのだ。
それはつまり、この形の教育が生み出した賜物に違いあるまい。
でも、だとすれば、だとするのならば、なんて下らない世界なんだ。
こんな物が完成形かもしれないなんて。
そしてそれに疑問を持たぬものが教鞭を握っている。
僕は底知れぬ怒りを抱いて、僕はシャープペンシルを握り締める。
強く、強く……
小さなシャープペンシルが手の中でみしみしと音を立てる。
小さな満足。
本当に小さな満足だ。

浅水和弥はペンを握る。
力を込めて、破壊の予感に酔う。
小さな支配の快楽に酔う。
それが異常であるか、正常であるか?
現時点において判断する術はない。
時の人類は、既に正常を見失っているのだから……

「…………………………………………」

ボキンっ!
手の中でシャープペンシルが真っ二つになっていた。
クラスメイトの注目が僕に集まる。
「…………」

浅見和弥はゆっくりと首を横に振った。
何事も無かったかのように彼が代えのシャープペンシルを取り出すと、教室は何事も無かったかのように、元に戻る。
一瞬の、ほんの一瞬の非日常。
それすらも貪欲に求めなければならないほど、刺激に餓えた人類。
擬似刺激では飽き足らず、現実にも刺激を求めなければならない。
いや、それとも繰り返される擬似刺激に中毒症状を起こしたか?
その禁断症状は麻薬と同じだ。
人類は、少なくとも日本国民は、根の深い国民病を抱えている。
そして、世界はそれを助長している。

昼休み。
立ち上がり、学食に行くもの、弁当を取り出すものがいる中で、浅水は微動だにせずに窓の外を見つめている。
騒がしい喧燥は嫌いではない。
喧騒だけを聞きながら浅水は何も考えずに校庭を見つめていた。
「……浅水君」
声にふと教室に意識が戻る。
そこには髪の長い一人の少女が立っている。
困ったような顔をしながら浅水の手を見つめている。
「大丈夫?」
「え?」
「手……」
「あ、ああ」
あの事件以来、二人の関係に変わるところはなかった。
桐山真奈美と浅水和弥の関係は単なる幼なじみ。少なくとも外面ではそうだった。
特に真奈美はあの事件の事を覚えていない。
あの時見せた気丈さは影に潜み、浅水は真奈美が自らの意思で自分を助けに来た事を今だ信じられずにいる。
ただ浅水の中で真奈美が単なる幼なじみから脱した事。これは間違いが無かった。
たとえ、真奈美が覚えていないにせよ。起こった事に変わりはない。また浅水が学んだ事についても同様だった。

「…………なあ、昨日のあれ、見た?」
「見た見た、すっげえ面白かった。あれだろ? ……………」
「……………ぇ、聞いた?」
「聞いた聞いたよぉ。行方不明なんでしょう……………」
「……宿題、やってきた?」
「ええっ、俺もおまえ当てにしてたのに……………」

二人は二人を不意に包んだ喧燥に、沈黙を忘れる。
「……真奈美」
「なに?」
「飯、食った?」
真奈美は首を横に振る。
浅水は知っていた。彼女の家も彼の家と同じで、両親が弁当を作ってくれない事を。だから二人はいつもそれぞれ、学食で食べたり、パンを買ってきたりしていた。お互いにそれを知りながら一緒に食べる事は一度もしなかった。
「学食行く? おごるよ」
「えっ?」
「驚く事ないだろ。行かないならおごらない」
「行く!」
思わず、大声を上げて、真奈美は両手で自分の口を塞いだ。しかし、昼の喧燥の前ではそんな声など、蚊の羽音程度だったのである。

「浅水君、最近変わったね」
「え? なにが?」
学食でうどんをつつきながら、真奈美はちょっと考え込んだ。
「うーん、なんて言うのかな? なんか、落ちついたって言うか」
「………?」
「ちょっと前の浅水君はね。すっごく恐かった。なんだか、知らない人みたいだったの」
「…………」
浅水には心当たりがある。十分すぎるほどの心当たり。
あの連日に及ぶ鬼との精神戦。浅水には消耗するだけの理由があった。
それに浅水は一度真奈美を襲っている。たとえ記憶には残っていなくても、何処かで覚えているのかもしれない。
「じゃあ、今は?」
「え?」
真奈美が視線を落して、またうどんをつつき始める。
「えっとね。ちょっと格好良くなったかな」
そう言いつつ、真奈美はうどんを引っ切り無しにつついている。既にうどんがバラバラになっているのにお構いなしだ。
「ちょっとだけなの?」
笑いを押さえて、浅水は尋ねた。
「え!? あの……」
言葉に詰まった真奈美は千切れ千切れのうどんを口に運んで、誤魔化した。
浅水も誤魔化されておく。
しかし彼は彼女といる事で、安らぎを得ている自分にまだ気がついていない。

長瀬祐介は一人の女性と屋上にいる。
「君は?」
その女性は瑠璃子に似ている。感情の無い瞳、短い髪が風に弄ばれている。
「………私は水禍と申します」
祐介は臨戦体制を取っていた。
「で、水禍さん、なにが違うの?」
何気なく立っていても、いつでも電波を放てるように、この場所で、この電波の集まる場所で、わずかな電波を集めている。
「月島瑠璃子さんの居場所について……」
「何か知っているのか!」
暴れ出しそうな電波を押さえつつ、祐介は尋ねた。
「その前に一つ」
水禍が神妙に祐介に近づく。
「貴方は長瀬祐介さんですね」

―――続く。

<<<後書き>>>

ああああ、理解できる人がいるのか?
大体、前作の続きで、オリキャラが目立ってる!
これで良いのか自分!
文頭にもありますように、もし「優しさの結末」をお読みでなければ、りーふ図書館に行って、そちらを先にお読みください。
===+++===

レスだレスだ。怒涛のレスだ!

<<鈴木 夕美さん>>
>>マイフェア・レディ
志保が可愛い! 手玉に取られている彼女が良い!
良い男にひっかかったもんですねぇ(^o^)
カッコイイ。こんな親父にならなりたいかも(^^;
続くんですか? 続くんですね?
楽しみにしてま〜〜す!!

>>STEDY
泣いてしまった。なんで? なんで?
訳も分からず、涙の出てくる作品は良い作品だと聞いた事があります。
良い作品なんだ。
後、最後の英語は I wanna be yours. の方が良いと思います。
少なくとも「I」をつけた方がじんと来るんですよ。
って、留学生の意見でした。
で、これも続くんですか? 続くんですね?
楽しみにしてま〜〜す!!


<<いちさん>>
>>ちょっと個性的な日常?柏木家?(免許編・第三段階改訂版)こっちが本当
わはは、運転下手な女の子の練習に付き合った事あるでしょう?
俺はあります。命懸け(笑) 右にも曲がれないの、そいつ。
それを思い出して大爆笑させていただきました。


<<意志は黒さん>>
書き逃げは駄目ですよ。書き逃げは。
だから、エクストリーム大会の内容をSSにして投稿してください。


<<久々野 彰さん>>
いつもネットカフェからご苦労様です。
散財しつつ頑張ってください。
>>『Solitude(藍原瑞穂編)』
久々野さんの作品の人が見過ごしがちなちょっとした思いを題材にしたものは、いつも考えさせられますね。
二律背反、人の抱えた命題ですけど、それを超えた作品。書いてくださいね。


<<kurochanさん>>
>>マザーボードの罪
いつもいつもためになる話をありがとうございます。
AT&T互換機は今の愛機が始めてなので、こういうSSは助かります。
読みやすいし、分かり易い、そのまま一冊の本にして、売ってしまえばどうですか?(^^)


<<佐藤 昌斗さん>>
続き書き始めちゃったよ。ごめんね。
全然違う話になるから、安心してくれ!
>>続痕―ぞく きずあと― 第八回
>>続痕―ぞく きずあと― 第九回
ついにひづきちゃんの過去が明らかに……
可哀相ですね。
幸せなだけの作品で、良い作品が書けないものかと悩んでいます。
続き頑張ってください!


<<Hi-waitさん>>
ひなたんによろしく!
俺に手紙送るように命令しておいてください(笑)
>>―鍋―
この後、耕一はどうなったんだろう?
やはり千鶴さんに○×□!! (なんだそりゃ?)
………………いいなぁ。


<<AEさん>>
>>「我が輩は・・・」
やられました。しっかりと引っかかりました。
そうか、そうきましたか。
分かった瞬間、涙がぼろぼろと。
機械にも心が宿っていたら良いのに。
偶像でこそあれ、一瞬でもそう思わせてくれるこの作品に感謝です。(;_;)

こんなところで、ただいまHPの移転作業に追われてまして、続きが遅くなるかもしれませんが、ごめんなさい!
頑張って書きます!
下のは我らがまさたさんの築き上げた「りーふ図書館」のリンクです。
前作「優しさの結末」もありますので、一度はどうぞ。

http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm