終わらない時、制止した時(3・夜景) 投稿者: 智波
===終わらない時、制止した時===

・ 夜景・

「ねぇ」
俺の部屋、俺の上、彼女が最後に口を開いてから大分時間が過ぎていた気がする。
「なに?」
「彼女とはどのくらいここで寝たの?」
「彼女って?」
「絵の娘」
言われなくても分かってる。
ここで俺と「寝た」ことがあるのは、あかりと今俺の上にいるこの娘くらいなのだから。
「さあな」
正直、いきなりそんな事を言われるとは思ってもいなかった。彼女は分かっているはずなのだ。いや分かっている。だから聞いたのだ。でも、なんでだ?
「答えなさいよ」
彼女は含み笑いしている。
「恥ずかしがる事無いじゃない」
「恥ずかしがってなんかいやしねーよ。そんな事忘れちまった」
「忘れちゃうぐらいしたんだ」
からかってるだけなのか? こんな風にからかえるものなのか?
「そーゆーことじゃねーよ」
「あのね」
「……なんだよ?」
彼女は黙ってしまう。
その視線は窓を見ている。
カーテンで俺からは見えない窓の外。
「言いかけて黙るなよな」
「……絵、捨てないんだね」
「…………」
「なにか言ってよ」
「もったいないだろ」
「ウソツキ」
「何で今更……」
「階段の絵、ね」
「夜景のやつか?」
「うん」

「どうしたんだ?」
「ううん、何でもないよ、浩之ちゃん」
あかりは何だかぽけーっとしている。
いや、いつもの事か……
俺は苦笑する。
「……?」
俺が笑った事がなにか嬉しかったのか、あかりも微笑む。
「ねっ、浩之ちゃん」
「なんだ?」
「このまま寝ちゃっていい?」
「よだれたらすなよ」
「もーっ」
あかりがほんの一瞬だけ、怒りの混じった笑い顔になって、そして俺の胸に顔を埋めてきた。
「お休み、浩之ちゃん」
「ああ」

「私、その絵を、今見てるの」
「はぁ?」
「あの絵をね、今見てるのよ」
目を細めて窓を見る彼女。
カーテンの隙間から射し込んだ光が彼女の顔を照らし出している。
「とても頭の良い娘だったのね」
「なに言ってんだよ?」
「彼女は時を閉じ込めたんだわ。終わらせないために」
それだけ言うと、彼女は立ち上がる。
「私、帰る」
「はっ?」
泊まっていくんじゃなかったのか?
そんな言葉が出ない。
けれど彼女はさっさと服を着て、そして玄関で立ち止まった。
「電話、待ってるからね」
明るい声で言うと、ヒラヒラと手を振って、彼女は音を立てずに扉を閉めた。

次の日、昼からの講義に向かっていた俺の足を一枚の絵が止めた。
見覚えのある絵。
いや、画風か。
あかりの絵だ。
直感的に分かった。
時は過ぎている。
もうお互いに意識して避ける必要はないんだ。
俺は足を止める。
風景画を眺める。
興味はない。
俺は待っているのか?
誰を?
あかりを?
「やっぱり分かっちゃった?」
振り替える。
そこには、やはり微笑んだあかりが立っていた。
「この絵……」
俺が立ち止まっていたのは、あの公園の絵だった。いや、その一連のシリーズと言ったほうが良いかもしれない。
「えへへ、あの公園好きだから」
「もう、俺達はいないんだな」
「うん……」
「そうか、やっぱりあそこで時は止まってるのか」
そうだね。
あかりは少し寂しそうに呟いた。
俺は絵に背を向ける。あかりがさようならと言った。俺もさようならと言った。
暑すぎる日差しの下から逃げ出すと、冷房の効きすぎた構内が俺を待っている。
それでも見上げた太陽の光は、あの夏より、ずっと弱く、俺には思えた。




俺達はまだあそこにいる。
けれどもうそれは俺達じゃない。
後悔はしない。
だから絵は飾られたまま、
時は静止して、
























「さようなら」
























===後書き===

やっと終わった。
しんどかったです。
個人的には浩之の今の彼女が好きなんですが(爆)
見る人にとって、違う感想が出るような。そんな作品を意識して作りました。
あえて私なりの答えは書きません。
読んでくださった方が思った、それぞれの結末。
それが答えだと思います。
それでは次回作で、
1998年3月30日【智波】

http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm