1 俺はどうしたらいいんだろう? 千鶴さんを愛してる。 エディフィルも愛してる。 俺は柏木耕一であり、 次郎衛門であり、 そしてそのどちらでもないのだろうか? 俺の、この−死−ぬまでの記憶と、 新たに、−生−まれてからの記憶。 本来ならば、相入れるはずの無いものだし、 戻るはずもない記憶だった。 千鶴さんを強く愛しつつ、 エディフィルを幸せにしたい願望。 こんな矛盾は間違ってる。 何故人を幸せにするのに、誰かを不幸にせねばならないのか? 千鶴さんを愛しつつ、エディフィルを幸せにすることはできないのか? ・・・結局はどちらかを選ばなければならない。 今の俺は柏木耕一だ。 その意識はちゃんとある。 次郎衛門は死んだ。 ・・・ジャア、オレハダレダ? 記憶の混乱、存在するものである記憶が生み出す、 意識というもの。 ・・・ナラ、オレハジロウエモンダ。 でも、おまえは死んだ。 ・・・シカシ、オレハココニイル。 ・・・ナンノタメニ? ・・・えでぃふぃるヲシアワセニスルコトデナイトシタラ? おまえが、おまえさえ戻ってこなければ! ・・・あるがるニカナウコトモナカッタ。 必要なものと、不必要なものは大抵一緒になっている。 ジュースを飲むのに缶がついて来たり、 知識を吸収しても、本は残るように。 ・・・えでぃふぃるヲドウスルツモリダ? ・・・オマエハシッテシマッタトイウノニ。 どうもしないさ。 どうも、これまでと一緒だ。 なにも変わりはしない。 2 「耕一さん・・・」 息も絶え絶えに、神社に這い登ぼって来たのは、 深い傷を追った、黒髪の女性。 彼女が、一段、石段を上がる度に、 細い、赤い筋が描かれて行く。 ・・・私は、 また一段・・・、 足を石段につけた瞬間、彼女の胸部に鋭い痛みが走った。 「くぅ!」 肘を石段でしたたかにぶつけ、顔をしかめる。 しかしこんな傷は、こんな傷は残らない。 痕にはならない。 千鶴はその場につっぷせたまま、じっと動かなくなった。 ・・痛みがあるほうが気が紛れるほどに、 ・・・あなたに愛される資格があるのでしょうか? ・・・あなたの愛する人をこの手にかけた私に・・・ −ごめんね、エディフィル。 −仕方がなかったの。 −最初はね、あの男を殺すはずだった。 −そうすればあなたは帰って来る。そう信じてたから。 −・・・でも、もしかすると私は・・・ −いえ、多分、あなたに嫉妬していたんだわ。 −だって、あの男を殺せば、 −あなたの罪をうやむやにするなんて、簡単ですもの・・・ −・・・でも・・・ −・・・できなかった。 −私にはあの男を殺せなかった。 −何故だったのか? −今は分かってる。 −認めることがこんな怖いなんて知らなかった。 私は、自分のために楓を殺したの? −私は自分のためにエディフィルを殺したの・・・ どうして! −私は狩猟者だから・・・ ・・耕一さんの隣で、 −次郎衛門の隣で、 ・・安らいでいる、 −安らいでいる、 ・・私なんて知らなかった。 −エデフィルを始めてみた。 −奪い、壊すことしか知らなかった。 あなたのせいで、私は! −私のせいで、あなたは? ・・私は・・・ −あなたはあなたよ。 −分かっているはずでしょう? −私も、あなたが自分の幸せを見ることが悪いとは思わない。 ・・でも、知ってしまった現実は・・・ ・・忘れてしまえば良いものじゃない・・・ −覚えておくだけつらい現実もあるでしょう? −私はあなたと共にそれを知ったのだと思ったけれど・・・ ・・割り切れない。 ・・これから、楓にどんな顔をすれば良いか・・・ −気にすることはないわ。 ・・気にするわ! ・・だって、私は耕一さんと、寝たんですもの! −そう、あなたは耕一さんと寝た。 −楓が、あの娘が耕一さんに想いを抱いているのを知りながら・・・ ・・やめてっ! ・・もうやめてっ! −分かったわ、後はあなた自身が苦しむべきことですもの。 −でも、その前に・・・ ・・なに? −耕一さんを助けないとね。 「つぅ!」 肘の所の擦り傷に、冷たい感触を感じて、千鶴は目を覚ました。 痛い。 全身が、心が、痛い。 そして、寒い。 ここを登ぼれば耕一さんがいる。 耕一さんがいるのに・・・ 私はどんな顔をすればいい? いつもの私でいいのだろうか? 目を開けると、 ぽつりと白い雪が、私の腕に落ちた。 3 僕は無力だなぁ。 ただボンヤリとそんなことを考えていた。 もう二人いる僕は、無力じゃないのに。 そんな仮定も無意味なものだ。 今の僕には僕自身に対抗する術すらない。 もう一度狂気の扉を開きさえすれば、電気の力で僕を押さえられるかもしれない。 でも、戻ってはこれない。 真奈美にしてしまったことを考えると、 あの娘との約束通り、 謝るまでは、正気を失うわけにはいかない。 でも、 ちょっと苦笑。 人間って、簡単に壊れるのに、 なんて簡単なことで戻って来るんだろう。 なんて簡単なことで、正気を保てるんだろう。 毎晩のように苦しみ、戦い、自分の正気を探し続けた日々。 あれこそが、狂気の日々だった。 そう、簡単なことだったんだ。 簡単な・・・ 簡単なことなのに・・・ いや、それ故だろうか? 電波の力は危険だ。 ふと横を見る。 瑠璃子さんがいる。 彼女の電波は暖かい。 手のひらを月にかざしたような、そんな暖かさがある。 月島さんの電波はざらついて、熱砂に焼けた大地に触れるようだった。 彼は、浅水君は、何か、こう冷たい、冷たい水に引き込まれるような、 そんな感じがした。 壊れた者特有の、たぎるような欲望はなく、 ただそこにいながら、そこにいることを否定し、 欲望のために力を振るうのではなく、 嫌われるために力を振るう。 自分を押さえる術が見つからず、 そうかつての僕みたいに迷い、 今だ、答えを見出だせずにいるのではないか? 「あ・・、雪・・」 真奈美ちゃんが胸の前で、雪を受け止めるように両手を出した。 「浅水君も見てるのかな?」 「そうだね、きっと見てるよ」 彼を助けることはできるはずだ。 きっと、きっと。 眠り、泣いて、落ち着いたのだろう。 人はそうやって、感情を操作する。 悲しいことを忘れることは、いけないことじゃない。 辛いことから逃げるのは、仕方の無いことだ。 そして、楽しいことをいつまでも覚えていればいい。 自分をコントロールする術を知っている人間は、 少なくとも、狂気の扉を開くことはない。 でも、その扉の向こうの力が必要なときには? 僕が何とかしなきゃいけないんだ。 耕一さんには、殺すことしかできない。 でも、僕には・・・ 「浅水君、大丈夫だよね?」 「うん」 「・・・ねえ、大丈夫かな?」 「うん」 「怪我とか、してないよね」 「大丈夫だよ」 うん、大丈夫だ。 4 目が覚めるときも、やはり全身の不調は治っていなかった。 痛み、というのではない。 むしろ、喪失感。 けだるい・・・ 「・・・耕一さん」 それは聞きたかった声じゃなく、夢の中の悪夢の続き・・・ 「か・・え・で・・ちゃ・ん?」 「・・・はい」 「なんで、ここに」 ・・・エディフィル・・ ・・・会いたかった・・ なんで!? このままじゃ、壊れちまう! 助けてくれ、誰か! しかし、助けはなく、俺は現実と向き合わなければならない。 できるわけないっ! 俺にどうしろっていうんだ! 「出ていってくれ!」 「・・・・・・えっ?」 「出ていってくれ!」 「・・・・耕一さん」 当惑する楓ちゃん。 「一人にしてくれないか?」 「・・・あ、あの、・・・ごめんなさい」 叱られた子猫の様に、小さくなって、楓ちゃんが、部屋から出ていく。 強い罪悪感と後悔・・・ だったらどうすれば良かったっていうんだ! 抱きしめて、想いをを打ち明ければ・・・ 千鶴さんを愛しているのも確かなのに? 千鶴さん、お願いだから、ここに来て、俺を抱きしめてくれ! その細い身体を抱かせてくれ! そうしたら、そうしたら・・・ そのとき、障子の向こうに人影が映る・・・ 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・千鶴さん?」 「・・・・・はい」 「・・・傷は大丈夫なの?」 「・・・はい、なんとか」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・あっ、あのさっ」 「・・・あの、耕一さん」 沈黙の後、二人の声が重なった。 「・・・・・・」 「・・・何、千鶴さんの方から話してみて?」 「・・・あの、耕一さん」 何か奇妙なぎこちなさ・・・ これはなんだ? 「・・・あの、どうして、楓にあんな事を言われたんですか?」 「・・・えっ?」 千鶴さんの言葉の意味を理解するのに、どれくらいの時間が必要だっただろうか。 「・・・なんで・・・」 俺が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない! 違うんだ、千鶴さん。 俺は不安なんだ。 これ以上、俺を不安にさせないでよ。 「ごめんなさい。 ・・・私は部屋に戻ります」 なんで、なにも言ってくれないのさ! なんで、なにも・・・ しかし俺が呼び止める言葉を探しているうちに、千鶴さんは出て行ってしまう。 待っててくれたっていいじゃないか。 たとえ、どれだけかかっても、どんな言葉も思い付かなかったにせよ。 7 止めろ! 止まれ! 僕は再びこの場所にいた。 僕が望まないにも関わらず、だ。 あの人は傷ついている。 僕はまだ死ねない。 けれど、人殺しをするわけにも・・・ ・・・もう、おまえは3人殺しているんだ。 これ以上、罪を重ねるわけには・・・ ・・・もう意味がないとは思わないか? ・・・それに、あれはおまえも望んだことだ。 だからこそ、だからこそ、罪を償わなくては・・・ ・・・罪とはなんだ? ・・・法と刑がなくては維持できん世界など、 ・・・滅んだほうがましだとはおもわんか? 思わない! この世界が滅んだほうがいいなんて、僕は思わない! 良い人ばかりじゃないけど、 けっして、悪い人ばかりじゃない、 この世界が僕は好きなんだ! ・・・だったら、それが壊れて行く様を見るのは、途方もない快感だろう? うるさい! うるさい! ・・・何度も言ったな。 ・・・止められるものなら、止めてみろ。 ・・・それならそれも、一興だ。 「・・・長瀬ちゃん」 瑠璃子さんがいる。 その隣には、起こされたのだろう。真奈美ちゃんもいる。 「うん、瑠璃子さん」 「なぁに?」 寝ぼけ眼で、真奈美ちゃんが尋ねた。 「・・・!」 飛び起きる。 アルガル! 致命傷だと言っていたのは、嘘だったのか? 皆を集めるための芝居だったのか? 真っ先に俺の部屋に飛び込んで来たのは、梓だった。 「耕一ぃ!」 「わぁってる!来るぞ!」 そのとき、時計の針があわさって、12時を知らせた。 ______________________________ >ふみゃぁ〜 >終わった。 >む〜、クライマックスか。 「・・・・・・」 >ん?どした? 「なんであたしの出番があんなに少ないのよっ!」 >おまえ、作品中のストレスを発散しにきとるの〜 「納得、いかないっ!」 >そうかなぁ〜? >結構、おいしい役どころだと思うんだけど。 「まぁいいわっ。いいわけは?あるのっ?ないのっ?」 >う・・・ >ちょ、ちょっと、ね。 >せっかく、電波関係にも話を振ったのに、 >あんまり生かしきれてないなぁ〜、と。 >まあ、そっち関係は、自分の主義をなにげに盛り込めたからよしとする! 「で、これが終わってからはどうするの?」 >とりあえず、しばらくは短編かな? >そっちの方が得意だし。 「次で終われば良いわね」 >うん、ほんとにそうであって欲しいよね。 「終わりそう?」 >予定と、現実が違うことも認識してる自分が嫌(笑) 「つまり?」 >そーゆーことですっ! >では次回、最終日、をおたのしみに! 「でばん〜!」