抱える男 投稿者:助造 投稿日:6月17日(日)20時56分
 マルチが―――壊れた。
 普通は、故障したとでも言うのだろうが、敢えて壊れたと言っておく。


 今、目の前にはマルチがいる。
 いつもの、あの笑顔で俺を見つめている。
 俺も優しく微笑み返す。
 すると、マルチは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めてくる。
 俺は優しく、マルチの頭を撫でてやる。
 マルチが嬉しそうに俺の名を呼ぶ。
 俺は頭を撫でてやりながらそれに答える。

「浩之さん……」
「おう、マルチ…」

 いつも通りの光景。
 昨日も確かにあった光景。
 目の前に一番大切な『人』がいる。
 一番大切な『人』が自分に微笑みかけてくれる。
 だけど、その大切な人には―――


 身体が―――なかった。


 腕がない。
 俺の首に優しく回してくれていた、あの腕がない。
 足がない。
 小さくて、だけどしなやかな、あの足がない。
 身体がない。
 何度も抱きしめ、愛したあの身体が―――ない。

「浩之さん……」
「何だ、マルチ?」

 『頭だけ』のマルチが、俺の胸で何かを囁く。
 顔を埋めていると言うより、俺がマルチの頭を抱えている、と言った方がいい。

「浩之さん……」
「マルチ…」

 問い掛けても、マルチは答えない。
 俺の名前を呼ぶだけだ。



 それは突然の事だった。
 朝起きると、横にはマルチの頭だけがあった。
 マルチは頭だけになって『生きて』いた。
 頭だけになって微笑んでいた。

 まず、目を疑った。
 そしてわけがわからなくなった。
 目の前にマルチがいる。
 …マルチの首がある。
 そしてそれが俺に微笑みかけている。
 昨日、一緒にベッドに入った時にはマルチには身体があった。
 胴が在り、腕が在り、足も在った。
 それが……消えてしまっていた。
 だけど、首が千切れたとかいうのとは違う。
 マルチの首からは切れた配線も…そして血のような潤滑油も見えなかった。
 見てはいけない気がして、よくは見なかったが、切断面などは見られなかった。

 最初から無かったかのように。マルチの身体が無くなってしまっていた。

 そして……今

 ベッドの上に、俺はマルチの首を抱いて座っている。
 外はもう薄暗い。
 もうすぐまた夜が訪れる。
 昨日の夜から何も食べてない。
 食事をするということすら忘れてしまっていた。
 目の前のことを受け止めるのに精一杯だったから。

 ―――浩之さん、朝ご飯はしっかり食べないと駄目ですよー。

 そう叱ってくれるマルチだって『いない』。
 俺はただ、マルチを見ていた。

「浩之さん……」
「…………」

 マルチが俺の元に戻ってきた時、俺は確信していたのに。
 これでマルチはずっと俺のそばにいる、と。
 だけど…だけど『これ』は―――

「浩之さん……」
「…………」


 ―――『これ』はマルチじゃない?
 

「浩之さん……」

「…違うな…」

 そう言った。
 そう言ったとき、マルチの表情が一瞬変化した。
 笑っていた顔が、固まった。

「浩之…さん…?」
「違うよな…」

 マルチの口調が、問うようなものになった…気がした。
 あくまで気がしただけだ。
 マルチの口から発せられる言葉は、何も変わっていない。
 マルチは―――もう『壊れている』はずなのだ。
 だから、これはただの、狂ったように同じ言葉を発するだけの―――

 ―――機械だ。


「……いや、違うな…」
「浩之…さん…」

 マルチの、あまりにも透明な笑顔が俺の顔を見据える。
 無垢で。 
 純粋で。
 何もわからない。
 何もない笑顔。

「そうだよな…違う…。マルチは…マルチなんだ。マルチじゃないわけがない」

 俺は抱きかかえたマルチに呟く。

 『これ』はマルチだ。
 俺の愛した『マルチ』だ。
 これからも愛していく『マルチ』だ。

「マルチ……」
「浩之さん……」

 メイドロボの首を抱える男―――
 傍から見ればおぞましい光景なのかもしれない。
 

 そんなことを考えていたら、不意に…
 すう、と、マルチの『眼』から…一筋の涙が零れてきた。

 マルチが…笑いながら泣いていた。

「マルチ…」
「…………」

 マルチは答えない。
 ただ微笑んでいる。

 俺はマルチに優しくキスをした。
 マルチにキスをしたくなったからだ。
 それは、キスと言うには違ったかもしれない。
 俺はマルチの頬を伝う涙を舐め取るように唇を這わせていったのである。


 涙は淡い味がした。
 それは間違いなくマルチの味だった。



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 ども、助造です。

 これは自分が「夢」で見たことを構想に使っています。(汗)
 どうも電波の神が俺に降りてきたようで…。


 で、俺が見た夢なんですが…これがまたワケのわからん夢で。

 浩之が自分の部屋にいる。そして自分のベッドの上に座っている。
 その腕の中にはマルチがいる。いや、マルチの首があったんです。
 抱かれているマルチの首は、いつものような笑みを浮かべているのですが、
 浩之の顔は全く見えない。なのに、その人物が浩之だというのはわかる。

 …そういう、よくわからない夢を見ました。
 何故マルチが『生首』になっているのかはわからない。
 どういう理由があって、そんな状態になったのかはわからない。
 そしてそれを抱いている浩之はどうなっているのかわからない。

 まあ…普通の俺は、それを「変な夢」で終わらせるんでしょうが、
 『生首』というのが妙に心に残ってまして、SSにしてしまいました。(汗)



 自分でも書いてて、アレだなぁ…と思うので、批判なんかは素直に
 受け止めようと思っています。
 不安定な状態で書いた駄文です。