キン肉マン・マルチ 第二章(11) 投稿者:助造 投稿日:4月23日(月)00時59分
 前回までのあらすじ

 東鳩超人選手権も遂にクライマックス!
マルチとあかりの優勝決定戦。そして智子と琴音の三位決定戦が始まる。
 三位決定戦前、琴音は智子との闘いを前に、初めてプレッシャーという物を体験する。
初めてのプレッシャーに何とか心の平静を保とうとする琴音だったが、
試合方法を知り、更に衝撃を受ける。
 氷上チェーンデスマッチ…それが二人の試合方法だった!

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     キン肉マン・マルチ 第二章 東鳩超人選手権編 第十一話




 ゴングが打ち鳴らされた。
 もう後戻りは出来ない。
 琴音は、自分がいつの間にか固く拳を握りしめているのに気付いた。

「氷上チェーンデスマッチ…チェーンデスマッチ形式の試合を氷の上でやるワケか…。
 ふ…何でこんなもんを思いつくんやろ?」
 智子が溜め息をつきながら、腕を少し振りあげる。
鎖がジャラジャラと独特の音を立てた。
その鎖の先には、琴音の姿がある。一本の鎖で互いの左腕を繋いであるのだ。
 チェーンデスマッチ…
 もともとは一対一の勝負を完全決着させるためのルールだ。
一本の鎖で互いの腕を結びつけることにより、相手は逃げることができなくなる。
無論、自らも相手から逃げることが出来なくなる。勝負はどちらかが倒れるまで続く。
 しかし、この試合で使われている鎖は長かった。
どう見ても、キックやパンチの届かない位置まで逃げれることは明らかな程だ。
いや、それどころか、リングの端と端までの長さくらいはありそうである。
 相手を逃がさないようにする…。
 そういう意味合いはあまりなさそうだった。
 いわゆる、見た目重視の試合方法…なのだろうか。

「しかしなぁ…これは…。」
 それでも智子は考えていた。
 この試合方法が自分にとってどういうモノになるかをだ。
智子はこのような試合方法で試合をするのは初めてだ。きっと琴音もそうであろう。
気になることはたくさんある。
自分にとってメリットとなることも、デメリットとなることも。
 その中で智子が真っ先に気になった物。
 氷のキャンバス……。
「……ん?」
 いつの間にか、開始から数十秒が経っていた。
時間無制限とはいえ、これ以上突っ立ったままでは、観客もうるさくなるだろう。
「観客は…“待つ”っちゅーのをさせてはくれへんからなぁ…」
 苦笑しながら前進する。

 琴音は試合開始の位置から一歩も動いていなかった。
 智子の出方を見ている。
 …そういう風に見える。琴音自身、そう思っていた。
 決して怖くて前に進めないんじゃない。
 そう自分に言い聞かせていた。

「………!」
 声無き気合と共に、智子が一気に前進してくる。
左足から深く踏み込んできた。
 蹴り。一気に間合いを詰めてきてのミドルキック。
そう読んだときには、もう右足がキャンバスから離れていた。
 琴音は脇腹で受け、足を取るつもりだった。多少のダメージはこの際覚悟する。
 蹴りの衝撃が来ると思った瞬間、琴音は歯を食いしばった。
「っ!?」
「―――え?」
 衝撃は来なかった。
 前を見ると智子の身体が後ろに倒れていくのが見える。
 一瞬、琴音も、そして智子自身も何が起こったのかは理解できなかった。
ミドルキックを繰り出そうとした足は中途半端なところでその勢いを失う。
踏み込んだはずの智子の左足が自分の足元の位置にまで来ていた。
 滑った!?
強く踏み込んだとき、その勢いで足が滑ってしまった。
普通のリングならありえないだろう。だが、今は氷で出来たリングの上だ。
しかも、今日の陽気と、会場の熱気のせいもあってか表面が少しずつ溶け始め、
極めて滑りやすくなっている。
 しかし、このアクシデントにも智子は冷静だった。
元々、氷のキャンバスには気をつけていたのでそのおかげもある。
 後頭部を打たないように顎を引き、背中から落ちる。
普通のキャンバスではないので、ダメージも軽視できる物ではないかもしれない。
それでも、しっかり受身を取れば、かなり衝撃は減らすことができるであろう。
 倒れたら次はグラウンドか…それとも…
立っている琴音はそのまま蹴りで智子を攻めることも出来る。
それとも、足を取ってアキレス腱でも極めてくるか…
勢いに乗じてマウントポジションを取ろうとしてくるかもしれない。
 ならば、それにどう対応するか。
 思考はすでに次の展開のことを考えていた。

 ――――だが
 落ちていくはずの智子の身体が宙で止まった。
 いや、止まったと言うにはあまりにも短い時間だったか。

 蹴りに使おうとしていた右足は浮いており、滑った左足も僅かに浮いている。
両足がキャンバスから離れているので、一応は宙にいる形となる。
後は落ちるだけ、という状況だ。
 そんな状態で、足に違和感を感じた。
顎を引いているので智子は自らの足の方向に視線が行くことになる。
視線の先には琴音の姿が見えた。
両腕でしっかりと…自らの足を掴んでいる。
蹴りを放とうとしていたために少し高い位置にある右足だった。
その右足を琴音がとっている。
「―――!!」
 智子は戦慄した。
 宙にいる時間は一瞬だった。
 そのたった一瞬の内に寒気が身体全体に伝わっていった。
自分が考えていた展開のどれにも当てはまらぬ行動を琴音はとってきている。
考えていた展開にはそれなりに対応策があったのだが、そんなものは全て無駄になった。
 琴音は智子の右足の膝の裏に左腕を絡ませるようにして、脛の辺りを右手で掴む。
両腕を振るように、自らの身体を回転させるようにして思い切り相手の身体に回転を加える。
 ドラゴンスクリュー。
 智子の体が勢いよく回転し、キャンバスにうつ伏せの状態に叩きつけられた。
 氷の冷たい感触を感じる前に、衝撃と痛みが走る。
「うぅ!」
 保科智子は思わず呻いた。

 保科さんが倒れていくのを見て、初めは足をとってグラウンドに…と思っていた。
アキレス腱でも極めようと思った。だけど…それは保科さんも読んでいるはずだ。
おそらく完全に極める前に保科さんに空いた足の蹴りか何かで反撃されるだろう。
 ならばどうすれば…
 考えていた時に保科さんの足が見えた。
 掴む。
 このまま脇に挟めばアキレス腱固めに入る。
 ―――他に何かないかな?
 下は氷のキャンバス…落ちればダメージは大きい。
 ―――そうか…反撃を受けそうなグラウンドよりも…。
 キャンバスを利用するんだ。叩きつければ技のダメージは通常のリングの比じゃない。

 あれ…? 前にも似たような闘い方をした気がする…。

 叩きつけるのが有効な試合方法で闘ったとき…
 そうか、マルチさんとの試合の時だ。あのときはコンクリートだったけど。
 あ…私はこういう闘い方を一度経験しているんだ。
 キャンバスを有効に利用した闘い方がわかる。その点では有利かもしれない。
 だったら―――

 
「ダウーーーンッ!!! 保科智子ッ!!!」
 レフェリーが叫ぶ。
 そう叫ぶうちにダウンカウントは1カウントを終えていた。
 
 ―――カウントは取らせない、その前に決める…!
 琴音はうつ伏せに突っ伏している智子にのしかかる。
「―――ん!?」
「………!」
 のしかかられたことで、智子の飛んでいた意識も戻った。
だが、反応はやはり遅れる。智子は顎を引けなかった。
 琴音は背後から両足を胴に回して締め上げ、智子の首に腕を回す。
 右腕を首に回し、側頭部に当ててある左腕に右手を当て、左手の掌は後頭部に当てる。
 胴締めからのスリーパーホールド。
 これで決める。

 琴音はマルチとの試合を忘れてはいない。
 あの時はマルチをスリーパーホールドに決めていながら、逆転された。
あの時マルチの背中に覆い被さるようにして技を掛けていた琴音は、信じられないことに、
マルチにそのままの体勢で立ち上がられてしまった。
 形としては、背中に人がおぶさっている状態でうつ伏せになっているのと似ていた。
マルチは両腕を使って腕立て伏せの要領で上体を起こし、そのまま立ち上がったのを
琴音は覚えている。琴音の全体重が掛かっているような状態で、だ。
 しかし、それも火事場のマル力というマルチの特殊な力があってこそ出来たこと。
 保科さんではありえない…。
 保科さんでは技を外すことは出来ない…。
「ぐぅぅ!」
「!?」
 智子が強引に腕をねじ込もうとしてきた。
 スリーパーホールドは頚動脈を圧迫する技。それを腕で阻止しようとしているのだ。
 強い力だった。締め上げている腕を右手で掴み、こじ開けようとしながら、左手を
首と腕との間にねじ込む。琴音は腕をねじ込まれないように、必死に腕に力を篭める。
 油断していた。
 私は…馬鹿!?
 何も技を外すのはマルチのやった方法でなくてもいい。
 むしろ、アレは特殊なやり方だ。それを勘違いしていた。
 危うく、智子の腕の侵入を許すところだった。

 もう油断はしない。技を外させはしない!

 琴音は身体を横に振る。
 重心がずれ、智子の身体がうつ伏せの状態から寝返りをうつように起き上がる。
智子の身体が横を向いた。その背中に密着している琴音も横を向く。
こうすることで、智子がマルチのした方法で起き上がることは不可能になる。
体勢を戻そうにも、あいにく重さは完全に琴音のいる背中側に掛かっているので
身体を起こすことができない。
 技は完全に決まった。

「ああ…保科さんが…!」
「姫川君のスリーパーホールドががっちりと決まっている。足は足でしっかりと
 胴締めに固めている。…これを外すのは難しいぞ…。」

 琴音のスリーパーホールドが決まったのを見て、歓声は更にその大きさを増す。
 ここまでくれば琴音の勝利がほぼ確定したようなものだ。
 マルチも長瀬もそう考えていた。

 いける!
 琴音は心中でそう確信した。
技が決まってから既に十数秒経っている。
あと十秒ほど技を外さなければ保科さんは落ちるはずだ。
そうすれば私のKO勝ち…。
 それが琴音の描いたシナリオだった。
 
 だが、琴音が考えたように話が進むほど、保科智子は簡単な相手ではなかった。

 ガンッ!!!

 鈍く大きい音がした。
 脳天に何か硬くて重いものがぶつかった。重い衝撃が来た。
ひどい頭痛のようなものが生まれ、それが頭の中に広がっていく感覚がする。
そしてそれは琴音の意識を一気に遠のかせていく。 
 保科さんは…一体何をした!?
 必死に意識を繋ぎとめながら琴音は考える。
衝撃が来た方向を見上げるとそこには鈍色に輝く物があった。
 鉄製のハリセン―――
 智子の使用している武器だ。
 智子はこれを背後に思い切り振り下ろしたのだ。
 左手でこれを使って攻撃しながら、空いている腕で拘束から逃れようとする。
体勢が体勢なので、威力は立っているときに振り下ろした時に比べれば低いが、
それでも、充分に威力がある。

 がつんっ!!

 保科さんがもう一度ハリセンを振り下ろしてきた。激痛が走る。
 また私は忘れていた。この試合は武器の使用も許可をしているんだ…!
これがただの拳だったら大した威力は無かっただろう。無視してこのまま技を掛ける。
だけど、それが鉄製の武器による殴打だとしたら…話は違う。

 ゴッ!!
 
 衝撃がまた頭に来た。血が出てきている。
 まずい…。このままじゃ首を絞めるどころじゃない。
 絞め続けているうちにも保科さんは構わず攻撃を続けてくる。
 その一撃一撃が私を試しているかのように感じる。
 私がいつまで技を掛けられていられるかを試している。
 絞め続けていけば保科さんを倒すことができるだろう。
 だが、このままでは共倒れになるかもしれない…。
 私は…
 耐え切る自信は―――

「くっ!!」
「うっぅあ!!?」

 琴音が堪らず技を外して智子から距離をとった。
 智子は琴音のスリーパーホールドが効いていたのか、ふらふらと立ち上がる。


 どうしてあそこで技を外した…!?

 距離をとった琴音はひどく自己嫌悪に陥っていた。
あの時…あのままスリーパーを決めていれば勝てた。
私は…保科さんの攻撃に耐え切る自信が無くて逃げたんだ。
保科さんの攻撃から…私は逃げた。
 逃げ。
 この二文字が琴音を責め、追い立てた。
「もう…もう絶対に逃げない…! 絶対に!!」
 言い聞かせるように、琴音はそう呟いた。
 
 危なかった…。
 智子は冷や汗を感じながら、大きく息を吸った。まだ頭が少しぼうっとする。
無我夢中で攻撃をしたのが幸いにも功を成したようだ。

 だが、ほっとするのもつかの間―――
 智子は目を疑った。

 鎖が生き物のような奇妙な動きをし、智子に襲い掛かるように向かってきた。



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 どうも…助造です。
 よく考えてみると、今回は全然マルチが出ていない。(笑)
 ドラゴンスクリューだとかは…多少違ってたりする可能性大です。(汗)


 あ…感想はまた今度…
 
 では。