キン肉マン・マルチ 第二章(10) 投稿者:助造 投稿日:3月31日(土)02時23分
前回までのあらすじ

 東鳩超人選手権も遂に決勝戦!!
 調印式を前にして、マルチは浩之という支えを失い、
あかりとの決勝戦の試合放棄までを考えてしまう。
その後、長瀬に奮い立たされるも、調印式会場にマルチの姿は一向に見えない。
それでも、長瀬、智子、琴音の三人はマルチを信じて待ち続けた。
 結局マルチのいないまま調印式は進み、大会委員会側がマルチの失格を
決定しようとしたその時、マルチが会場へと現れた。

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      キン肉マン・マルチ 第二章 東鳩超人選手権編 第十話



「わぁ〜…今日もいいお天気ですぅ…」

 照りつける陽射し、澄み渡る青空…
どちらかというとうす暗い研究所から出たマルチは、それを見てにっこりと微笑む。
 東鳩超人選手権…決勝戦当日
今から始まるそれを祝福するかのようないい天気だった。
「…………」
 だが、長瀬にはそれが天の皮肉に思えた。
これから起きる闘いは…このような祝福をされるような物ではない。
熾烈を極める血闘が展開されるのだ。
「ね? 主任もそう思いませんか?」
「ん? …ああ…そうだな…」
「そうですよね…こんな日はお外に出て何処かへ行きたいです。」
 相変わらずなマルチをみて、長瀬は苦笑気味に微笑む。
 …気負いや緊張、不安は感じられない。いつものマルチだ。
「フフ…緊張しているのは私のほうなのか…?」
「?」
「いや、何でもない。さあ、行こうかマルチ。」
「はい!」

 マルチを信じよう。
 今の私にできるのはそれくらいのものだ。



「…………」
「…………」
 会場へ向かう車の中で、浩之とあかりはただ無言だった。
しかし、二人の顔は対照的だ。
あかりはいつものようにニコニコと微笑んでいるが、浩之のほうは沈んだ顔をしている。
 下を向いていた浩之が、ふと視線を上げると鋭利な四本の棒状の物が目に入った。
それがあかりのベアークローだとわかると、浩之はまた下を向いた。
 昨日からマルチがあかりに惨殺される夢を、浩之は何度か見ていた。
あかりが微笑みながらマルチを切り裂く夢。
あかりの赤いコスチュームがマルチの血によって染まる夢。
リングがマルチの血に染まる夢…
…全て、マルチが殺される夢だった。
「…………」
 そしてそれが現実のものとなるかもしれない。
浩之はいつの間にか僅かに震えていた。




「どうやら着いたようだな…」
「ここが…決勝戦の会場……」
 バスから降りたマルチは、思わずその会場を見上げる。
今まで闘ってきた会場も中々の大きさの物だったが、それとはまたスケールが違った。
おそらく数万人は入るであろうと思われる観客席。
雨天、夜間でも使用できるような、大天井、照明つきのパノラマ競技場となっている。
「…あ! あかりさんですぅ。」
 マルチたちが会場に着いて間もなく、あかりたちも到着。続いて智子、琴音も現れる。
 これで全ての役者が揃った。
「あ、浩之さん…」
 車から降りた浩之とマルチの目が一瞬あったが、浩之がすぐに気まずそうに目を逸らした。
そしてそのままマルチに背を向けて、逃げるように会場へと入っていく。
「浩之さん……」
「……行こうか、マルチ。」
「あ、はい…」


「それにしてもや…一体どういうつもりなんやろ?」
「―――何のことですか?」
「え? ああ、琴音か…」
会場の前で立ち止まって考え込む智子を見つけた琴音が、智子の隣りに駆け寄ってくる。

 琴音は横にいる智子の横顔をじっと見つめた。いつもと変わらない…少し冷たい感じを受ける顔立ち。
それを見ながら琴音は思考をめぐらせていた。

 保科さんはどのように攻めてきて、どのように守る…?
 どうすれば勝てる? どうすれば負けない?

 昨日の夜から、琴音はこのことしか考えていなかった。いつものペースが掴めない…。
 琴音にとって、こんな事は初めてのことだった。
超人格闘技界に生きはじめて長くはないが、一年くらいは闘ってきた。
でも…今の気分は初めて味わう物だ。
不安。何かが怖い…。

 私は…一体…

「なんやの? 人の顔をじろじろ睨むように…」
「え? あ…」
「?」
 呼びかけられた声で、現実に引き戻されると、智子が怪訝そうな顔をしながら、琴音を見ていた。

 …今、保科さんは私が睨んでいたようなことを言ったけど…
 自分はそれほど険しい目付きでこの人を見ていたのだろうか?

気付いたようにそんなことを思う。

 自分はこんなに…この人と闘うことで揺れている。
 でもこの人は…少なくとも、それを表には出していない…。

 力、技、速さ…
そんな物ではなく、何か別な物が自分はこの人より足りない気がする。
そしてそれはきっと重要な物なのだ。勝つために。
力、技、速さ……そんなものはひけをとっているとは思わない。
ただ…何かがこの人より足りない…。そして、足りないことがこの怖さの原因なのでは?

「と、ところで…さっき言っていたのは何のことですか?」
 思考を振り切るように、琴音は智子に話を振る。
「いや、試合方法のことや。決勝戦の試合方法っちゅーのは毎年調印式で決定されるんや。
 そやけど、今年はそれがなかったんや。」
「試合方法…確かに今年はありませんでしたね。」
「これはどういうことなんやろ? 大会委員会側も何か考えがあってのことと思うんや。」
「…………」
「ま、考えても仕方のないことなんやけど。」
「…ですが、気になりますね。きっと何かが…」
「ああ、何かあるはず…。」
「…………」
「…………」

「……あ、そろそろ時間ですね。」
 腕時計に目をやった琴音が呟く。智子もそれにあわせるように頷いた。
「そうやな…。」
「では、またリングの上で…」
「ああ…言っとくけどうちは負ける気、毛頭あらへんで?」
「ふふふ…私もですよ。」
 不敵に笑いあいながら、二人は会場へと消えていく。
だが琴音の笑みは、ただ顔に張り付いているだけの薄っぺらな笑みでしかなかった。




『選手の皆様にお知らせします。三位決定戦に出場される選手の方は――――』

 選手集合のアナウンスが聞こえる。
 マルチも、そして長瀬も控え室でそれを聞いていた。
「あ…保科さんが出る試合です…行かなきゃ…」
「―――マルチ。」
 立ち上がるマルチを長瀬が引き止める。
「な、なんですか?」
「……神岸君との試合、私はできるだけ止めない。」
「…………」
「だが、お前をここで死なせるわけにはいかない…。だから、無理だけはするな。」

「無理はせず、だが、お前の出し切れるもの全てを…彼女にぶつけてこい。」
「力も、技も、信念も…お前の全てを、彼女にぶつけてくるんだ!」
「…はいっ!!」
「よし…!」
 マルチに迷いがないことを改めて確認すると、長瀬はマルチの背中を強く叩いた。
少し痛そうな顔をして、マルチは微笑んだ。



「三位決定戦か…見に行かなきゃね。」
 パイプいすが微かに金属音をたてて、あかりが立ち上がる。
その音が妙に耳に障って浩之は顔を上げた。
あかりの右手には…やはりベアークローがあった。
「…………」
「浩之ちゃん、行こ?」
「……あかり、ちょっと先に行っててくれ…」
「…うん、わかったよ。」
 バタン、とドアが音を立てて閉まる。
それを見送った後、浩之は大きな溜め息をついた。

「…始まっちまう…」

 あかり、そしてマルチ…
自分にマルチという存在ができた時から、あかりとは避けられない何かがあるとは思っていた。
小さい頃から…俺を見てきたあかり。
あかりの気持ちに気付いていながらも、俺はそれには答えなかった。
俺はマルチを選んだのだから。
あかりとの関係は…きちんとしたものにしなければならない。
だが、俺はそれを避けた。避け続けてきた…
「今のままで…いたかったのかもしれない…」
 そんなのは言い訳でしかない。
そしてそんな言い訳を自分に言い続けて、俺は逃げ続けて…
今になって…逃げてきたツケを払うことになっている。
 今のあかりの中には…マルチに対する憎悪があるだろう。
 嫉妬という名の…たちの悪い憎しみが。
そんなものがあかりの中にあるうちに…マルチとの試合が決まった。
そんな状態でマルチと闘って欲しくはなかった…。
俺が逃げていなければ、こういうことにはならなかった…。
マルチに対する嫉妬を解いていてやれば…

 試合相手に怨恨や、それに似た感情を持っている者など普通はいない。
 だから、勝負が決まれば相手を再起不能にまで追い込んだりはしない。

「でも…あかりは…」
 勝ち負けは関係ない。
 マルチを壊す、そちらの方を優先させてきそうな気がする。
ベアークローの冷たい光を見ていて、俺はそう思った。





『赤コーナー…超人強度75万パワー、姫川琴音!!!』


 自分の紹介の実況が聞こえ、入場口から花道に出たときのことだった。
 
 試合の後、私はここを歓声に包まれながら歩いているのだろうか?
 それとも…担架に運ばれているのだろうか?

そんなことをふと思った。
いつもとはあきらかに違うことを考えている。普段はここでそんなことは思いもしない。
「…………」
 リングの方を見たらそこに保科さんが立っていた。
いつもと変わらぬ表情で、私を待っている。
私と闘うために。
 …私の体中から冷たい汗が出ているのがわかる。
きっと…緊張しているんだ。そして恐れているんだ、保科さんを。
保科さんに敗北を与えられることを。
「でも…」
 竦み上がっている脚に無理矢理命令して、前に動かす。
一歩、また一歩、保科さんの待つリング前へと進んでいく…。


『では、東鳩超人選手権三位決定戦のルール説明をはじめる…』

『基本的なルールは今までと同じ、ただこの試合にはテン・カウントルールを採用する。
 ダウンした瞬間から私がカウントを10取り、テンカウント目を宣告した時点で宣告された
 選手の負けを宣言するルールだ。』
「…………」
「…………」
『ただし、ダウンカウントを取っている最中も、相手選手への攻撃は許可する…ルール説明は以上だ。』
 レフェリーのルール説明が終わると、係員らしき男が琴音と智子の左手を一本の鎖で繋いだ。
「………?」
「なんやの? この鎖…」

『そして…今回の試合方法はこれだ!!』
 レフェリーの声とともに、リングを覆い隠してあったシートが剥がされる。
隠れていたリングの姿が露わになっていく…
「!?」
「こ…これは…!?」
 琴音と智子が見たもの。
 それは氷で出来たリングの姿であった。

『東鳩超人三位決定戦は…氷上チェーンデスマッチで行ってもらう!!!』
 


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次回予告

氷上チェーンデスマッチ!!
体験したことのない氷上での闘いに智子は戸惑う。
一方、琴音は有利に試合を進めていくが…


ども、助造です。

まあ、なんと言うか…琴音ちゃんと委員長の試合は微シリアスで。
マルチとあかりの試合はベタベタ少年漫画路線で行こうかな、と。
(格闘は相変わらず無茶で行きますが…。)