キン肉マン・マルチ 第二章(9) 投稿者:助造 投稿日:3月24日(土)01時17分
 前回までのあらすじ

 東鳩超人選手権も遂に決勝戦!
 あかりとの試合の前に、智子から注意と応援を受け、また一つ進歩した
マルチだったが、決勝戦に浩之があかりのセコンドとなることを知り、動揺する。
 浩之という支えを失い、試合放棄まで考えたマルチだったが、
そんなマルチに長瀬はセリオの事を思い出させ、奮い立たせる。
マルチは、全ての待つ会場へと走るのであった…

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   キン肉マン・マルチ 第二章 東鳩超人選手権編 第九話



「……遅い」
 智子は苛立たしげに近くに落ちていた空き缶を蹴り飛ばす。
 調印式の開式までもう十分前と迫っていた。
既に会場は、スポーツ新聞記者などで賑わっている。
 だが、その会場にマルチの姿は依然見当たらない…
マルチを待つために入り口前に出ていた智子だったが、もうその場所で三十分以上待っていた。

「一体何をやっとるんや…」
 智子が一人文句を言っていると、その姿を見つけた琴音が駆け寄ってきた。
「おはようございます、保科さん。」
「ああ、おはよ」
「…どうかなされたのですか?」
 苛立っている智子の姿を見て、琴音が気まずそうな面持ちで尋ねる。
「…マルチを待っとるんやけど、アイツまだここに着いてさえいないみたいなんや。」
「そうですか……」
 智子、琴音だけでなく、既にあかりも会場に着いていた。
あとはマルチが来れば、全ての役者は揃う。
だが、調印式に出席しなければ、その場合は棄権とみなされる、という大会規定があるのだ。
「…………」
智子の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
 そんなはずあるわけない! マルチは逃げたりはせん!
そう何度も自分に言い聞かせるのだが、その考えが消え去ることは無かった。

「ホンマに…何しとるんや…あっ!」
「?」
 その時、来栖川エレクトロニクスのロゴの入ったバスが、智子たちの前を通りすぎて行った。
その中に智子は長瀬の姿を見つけた。
「あのおっさんや…。…つーことはマルチもあれに乗っとるんか?」
「そうかもしれません。追いかけましょう、マルチさんと話したいこともありますし…」
「ああ、そやな…」
 二人はバスの後を追った。





 調印式はちょっとした宴会のような形で行われており、式が始まるまでは
各関係者達は自由に飲み食いをしていいようになっている。
今も、テーブルに並んでいる料理を皆で囲みながら、それぞれで盛り上がっている。

「…………」
 だが、浩之は浮かない顔をしていた。
賑わう会場の中で、浩之だけがそんな顔をしているので妙に目立つ。
「どうしたの浩之ちゃん?」
 テーブルから料理を持ってきたあかりが目の前にいた。
いつものようにニコニコした表情をして…
「あ…いや、何でもねえよ…」
「そう…だったらいいんだけど…」
 そう言って、料理を浩之に手渡す。
適当に見繕ってきたようだが、それらが全て浩之の好物だったのはあかりらしいところだ。
 そんないつものあかりを見ながら、浩之は溜め息をついた。

 目の前のあかりと、試合時のあかりとではまるで違う…
こんなちょっとドジな少女が、試合では冷酷な残虐ファイターに変わるのだ。
浩之にはそのギャップが何故か怖かった。
あかりがあかりでない…そんな気分に襲われる。
そして、あかりをそうさせたのは自分ではないのか、と思い当たることが浩之にはあった。

 去年、あかりが選手権で優勝した時、こう話していたのを覚えている。
確か、どうしてそんなに残虐ファイトにこだわるのか? という質問に対してだった…

 勝ちたいからです。勝って、よくやったなって言われたい人がいるんです。

 確かに、俺はあかりに頑張れと言っていた。あかりが格闘技を始めてから、
話を聞くたびに褒めてやったりしていた。
だが、そんな些細な理由…褒めてもらいたいから、という理由などであかりが変わるものだろうか?
普通に考えれば馬鹿馬鹿しい。ありえないことだ。

 でも…あかりなら変わりそうな気がする…

 こう言ってはあんまりかもしれないが、あかりは俺のためなら何でもやりそうな気がする。
盲目的になってしまうと言ってもいい。
特に…俺がマルチを選んでから、あかりは前にも増してそうなった。

 俺が頑張れよ、と言えば、頑張る。何とか俺の思いに答えようとする。
 俺が言った、頑張れ、の一言で…あかりは変わったのではないか。
「…………」
 勝つために残虐ファイトをとった。そのことは知っている。
ならば何故そこまで勝ちたかったのか? 残虐ファイトなどに触れたことも無いような
ファイターが残虐ファイトに転じてまで、勝ちたい理由…

 浩之ちゃんに…頑張れって言われたから。
 浩之ちゃんが私に勝って欲しいって思っているから…

 私…どんな手を使ってでも勝つ…

 あかりならこう言うかもしれない。
「…………」
 俺の一言が…原因なのか?
それは単なる思い込みかもしれない。
だが、怖かった…
今回、あかりのセコンドについたのも…断れなかったのも、それがあったからだった。
あかりをこのままでマルチと闘わせたくなかった。今のあかりなら…マルチを殺す。
いざとなったら…俺が止める。そのつもりだ…

「浩之ちゃん、もう準備しないと時間が無いよ…」
「え? あ、そうなのか…」
「うん、行こ?」
「ああ、わかった…」





「おい、おっさん!」
「?」
 突然誰かに呼び止められ、長瀬は振り向く。
その先には智子と琴音が息を切らせながら立っていた。
「どうしたんです? 私に何か用ですか?」
「ああ…マルチは?」
「…………」
「……マルチはどこにおるん?」
「ここにはいません…」
「なんやて!? それはどういう意味や!!」
 思わず長瀬の胸倉を掴み、睨みつける智子。
それを琴音に止められ、智子は苛立たしげに舌打ちする。
「長瀬さん、マルチさんがここにいないのなら…彼女は一体何処に?」
「…何処にいるのかは私にもわからない。だが、あの娘は必ずここに来る。」
「何を根拠にそんなことが言える?」
「保科さん!」
「根拠は……ありませんが。」
「でも、私はあの娘を信じています。」
「…………」

「会場で待っていてやらなければならないので。」
 そう言って、智子たちをおいて長瀬は会場へ向かう。
智子と琴音だけが置き去りにされたようになっている中で、智子はニヤニヤと笑っていた。
「…どうしました? 保科さん」
「…フフ…私は信じている、か…。顔に似合わん台詞をよう使うわ…」
「…………」
「うちも待っとく。やっぱアイツを信じてみることにするわ。」
「そうですか…では、会場で待っておくことにしましょう…」
「ああ。…それにしても、もうホンマに始まってしまうで…」
「保科さん、そろそろ急がないと私たちも…」
「ああ、わかっとる!」
 智子と琴音は会場へ入っていった。






『本年度も、無事ここまで東鳩超人選手権を開催することができ―――』
 智子たちが会場に駆け込んだとき、会場では、既に大会委員長の挨拶が始まっていた。
だが、一向にマルチは姿を現さない。あかりの提案もあり、棄権とみなすことは調印時まで
待つことになっているが、会場の殆どの人はマルチの棄権、悪く言えば逃げたことを確信していた。
「まだこっちに着いてないなんて…マルチのヤツ何やってんだ…」
「ふふふ…マルチちゃんのことが心配?」
 浩之の呟きに、あかりが少しわざとらしく問いかける。
「…かもな…」
「そう…。でも、今は浩之ちゃんは私のセコンドなんだよ? 敵の心配はあんまりしてほしくないな…」
「…………」
「うふふ…冗談だよ。」
 いつもなら、ここで自分をからかったあかりに反撃するところだが、今の浩之には
そんな風にあかりに接することができなかった。
今の言葉も、きっと冗談などではない。顔こそ笑っていたが…本心なのだろう。

「…………」
「マルチちゃん…来ないのかな…」
 式は、マルチが来ないまま滞りなく進み、残すところは調印だけとなった。
大会開催委員会側でも色々ともめているのだろう。さっきから関係者達がしきりに話し合いをしている。
「このままじゃホンマにマルチの失格が決まってしまうで!?」
「…………」
「長瀬さん…」
 何かを話していた関係者達もそれぞれ自らの席に戻っており、大会委員長だけが前に立っていた。

『え〜…ここで皆様にお伝えしておかなければならないことがあります。』
『東鳩超人選手権決勝戦の出場選手、HMX−12マルチ選手が調印式の定刻の時間までに
 現れませんので、競技の末、調印式に出席しなければその場合は棄権とみなすという大会規定に従い、
 HMX−12マルチ選手を失格と――――』

「待ってください!!!!」

 失格とみなす、という言葉は、誰かの叫び声によって遮られた。
会場の全員が声のした方を振り向く。

「私は…ここにいます…」
 そこには息を切らせたマルチが立っていた。

「ふふふ…来たね。」
「マルチ…」
「……信じていたぞ。」
「うん! それでこそマルチや!!」
「マルチさん!!」

 突然のことに騒然とする会場の中を、マルチは人を掻き分けながら前に進む。
『…………』
「委員長さん…遅れてすみませんでしたぁ!」
 膝におでこが付きそうなほどに頭を下げる。

「…でも、私は闘えます!! 決勝戦に出ます!!」

『しかし…HMX−12マルチ選手は先程失格が決定しております! 失格の取り消しは…』
「――いや、さっきの失格は無かったことにして彼女の出場を認めてくれないかね?」
『えっ!? か、会長!?』
 委員長の後ろには来栖川グループ会長が立っていた。
「彼女が決勝のリングに立つことを全ての人が望んでいる。違うかね?」
 会長の視線の先には、マルチに歓声を送る人々がいた。
『…………』
 この東鳩超人選手権のスポンサーである来栖川グループの会長にそう言われ、
大会委員会側もやむを得ず認めることになった。

『それでは、ここに東鳩超人選手権決勝戦を決定する!!!!』
 大会委員長が力強くそう宣言すると、会場に拍手喝采が巻き起こった。
「ふぅ…、私はお前を信じていたが…もう少し安心できる登場をしてくれないか?」
「あ…は、はいぃ…すみません…」
 長瀬が苦笑しながらそう言うと、マルチは照れたように頭を掻いた。
「それなんやけど…あんた一体何してたん?」
「あ…えと…ここに来る途中で道を間違えてしまったんです。で、親切な方にここの場所を教えてもらって
 やっと着くことができたんですぅ…」
「…………」
「…………」
「……何というか…お前らしいな…」
「うぅ……」


「う〜ん…やっぱり来ちゃったか…」
 あかりがどこか諦めたような声で言う。
だが、顔は残念そうな顔などしてはいない。ただ笑ってマルチを見つめていた。
「あかり……」
「私、どっちかって言うと棄権して欲しかったな。マルチちゃんとは闘いたかったけど…」
「…………」
「でも…ふふふ、これでもう闘わなきゃいけないよ。」
「……おい、あかり―――」
 もう止められないのか?
そう言おうとした浩之の声は、あかりの声にかき消された。
そして、浩之のかすかな望みもその言葉で儚く消えた。

「私…マルチちゃんには絶対に負けないから。」

 宣言するようにそう言って、あかりは会場を出て行く。

 あかりの宣言。
それはマルチにとって死の宣告に近い。
 
「…………」
 浩之が浮かべていた最悪の展開が現実の物となった。

 もう止めることなど適わないことを改めて知った浩之は、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。


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次回予告

遂に決勝戦当日が来た!
三位を争う琴音と智子の試合方法は
氷上チェーンデスマッチだった。



ども、助造です。

予定変更で、今回書くつもりだった
モノが次回へと移りました…(汗)