キン肉マン・マルチ 第二章(8) 投稿者:助造 投稿日:3月15日(木)16時42分
 前回までのあらすじ

 東鳩超人選手権、準決勝。
セリオを難なく破ったあかりと、マルチは決勝の舞台で激突することとなった。
自分のために重傷を負ったセリオのためにも、マルチはあかりへの勝利を誓う!
 だが、決勝戦まで三日と迫ったある日、マルチと長瀬の元に智子と琴音が訪れ、
開口一番にあかりには勝てない、と告げた。
その言葉に戸惑うマルチ、そして智子の真意は!?

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 キン肉マン・マルチ 第二章  東鳩超人選手権編 第八話


「今のあんたじゃ、神岸さんに勝つことはできん…」
 智子はマルチにはっきりとそう言いきった。

「どうして…私があかりさんに勝てないんですか!?」
 流石のマルチも、その言葉には納得できないのか、言葉の端に怒りが見えた。
だが、智子はそんなマルチを諭すかのように言う。

「今のあんた、セリオの事を思うとるのかもしれへんけど、試合に気負いがあるやろ?」
「………!」
「…勝とう、勝とうばっかり思うて闘ったら、余計に動きが悪うなることもある…」
「それは…!」
「それに…その様子じゃ今まで練習してたようやけど…」
 そう言って智子は軽くマルチの身体をはたく。
 見る見るうちにマルチの表情が歪んだ。

「っ……」
「あんたの怪我も、そんな軽いもんやないはずや。昨日の二試合で、外にも中にも
 かなりのダメージが残っとるはずや…」

 智子の言う通り、マルチは相当の怪我を負っていた。

 超人というものは、人間の数百倍の能力を持っている。
勿論、回復能力も凄まじく、人間では全治六ヶ月ほどの傷でも、しっかりとした休息を取れば
超人なら三日で治ってしまう。
 だが、マルチのようなメイドロボ超人、しかもマルチのように戦闘には不向きな、元々は
汎用メイドロボだった超人、となると話は変わってくる。
 メイドロボ超人は、その力や瞬発力などは他の超人に劣ることはないが、怪我の回復だけは
自己治癒能力の高い普通の超人に劣る。人間よりは高いが、普通超人に比べるとはるかに劣るのだ。
その分、メイドロボ超人には『修理』という方法があるのだが…

「橋本さんとの試合であなたは負傷しました。それに加えて私とのコンクリートキャンバスによる
 試合により、あなたの身体は更に大きなダメージを負いました。
 特に、コンクリートキャンバスに叩きつけられた頭部などは、かなりの重傷のはずです。
 それを引きずったまま試合をしても…結果は見えていますよね?」

「ま、そういう事や。あんたはこの三日間、無理なトレーニングより、回復を急いだ方がええ。
 神岸さんはほとんど怪我は負ってないはずやからベストコンディションで試合に臨んでくるはず。
 それに対してあんたが不完全なコンディションで試合に臨んでも…な?」


「そう…です…保科さんの言う通りです…」
 マルチは恥ずかしそうに目を瞑り、何度も頷いた。

「私は…私はやっぱり未熟者です…。あのままだったら…私は全部を無駄にしてしまうところでした…」

 下を向き、俯くマルチの頭に智子はそっと手を置く。
「保科さん?」
「わかったか? トレーニングだけが勝利への階段っちゅうワケやない。むしろ休息を
 取ることでより強くなれることもあるんや。」

「はい…わかりました!! ありがとうございます。」
「うん…昨日までのええ顔になったな。」

 智子はニッコリ微笑んだ。




「ところで…どうしてここまで私に?」
 
 帰ろうとした智子たちに、マルチは訊いた。
「ん〜…なんでやろな? あんたにそういう力があるんやないの?」
「私に……力が?」
「思わず手を貸してやりたくなる…そんなもんがあんたにはある…。」

「一度マルチさんと闘ってみてわかりました。負けたことは勿論悔しいのですが、それ以上に
 ファイトしてからの清々しさがありました。」
「ファイトの…爽快感…」
「試合中はどんなに激しくぶつかり合おうとも…試合が終わった頃には勝敗には関係なく
 充実したファイトが出来たことが実感できるのです。ここまで闘えたことが…それこそ
 誇りに思えるくらいに…」
「勝っても負けても恨みなし…あんたとの闘いはそういうクリーンファイトのお手本みたいな感じや。」
「勝ち負けを通り越して互いに健闘を称え合うことが出来てしまう…そんな感じがするのです。」

「それともう一つ……」
「?」

 智子はそう言うと腕の裾を捲りあげた。
その下には三本の大きな傷跡が残っていた。

「これは…?」
「一年前、神岸さんからもろた傷や…」
「あかりさんから!?」
「前年度の大会で、うちは神岸さんと決勝で闘った…。結果はうちのギブアップで負け。
 でも、あそこで止めへんかったら…うちは殺されてもうたかもしれん…」
「…………」
「一度闘ってみてわかったんや、あの人に勝てるヤツは今までのメンバーにはおらん。
 そやから、新人であり…そして神岸さんに続いて初出場で決勝の舞台まで勝ちあがった
 あんたがどこまで通用するのか…それがみたくなったんや。」
「あかりさんに続いて…?」
「知らんのか? 東鳩超人選手権を初出場で決勝まで勝ち上がっていったのはあんたと
 神岸さんしかおらへんのや。」
「そうなんですか…」
「だから…あんたがどこかまで通用するか見せてもらうで?」
 智子がそう言うと、マルチは照れたように頭を掻いた。


「当日はうちがセコンドについてやる。一度闘った時の神岸さんの情報を少しでも教えてやりたいしな。」
「そ、そんな…保科さんが私のセコンドまでしてくださるんですか!?」

「もっとも……うちがセコンドとして立っていられる体かどうかはわからへんけど…」
「……え?」

 智子はそう言って琴音の方を見る。それに気付いた琴音は微笑んでみせた。
だが、その柔らかい微笑みには、妙な威圧感があった。

「……あんたらの決勝戦の前に、三位決定戦というもんがあるやろ?」
「三位…決定戦…」
「Aブロックからの三位決定戦出場選手は琴音で決まっとるんやけど…Bブロックはセリオの負傷
 で相手が誰もおらへん。」
「それで、Bブロックの誰が三位決定戦に出場するか? ということになるのですが…
 Bブロックで残っているのは矢島さんと保科さんだけ…」
「そやけど、矢島君は神岸さんにやられて闘える状態やない…」
「ということは…保科さんが…三位決定戦に出られるんですか!?」
「まあ…そういうことになったわ…」
「それは良かったですね!! 保科さん!」
「まあな…それは嬉しいんやけど…」

 智子が琴音の方を向く。
マルチはそこで琴音に気付き、言葉を詰まらせた。
 琴音にとってみれば、確定していた三位を智子と争うことになったのだ。
あまり嬉しい事ではないはず……

「そういうわけや……琴音と闘って、うちがセコンドとしてあんたにつけてればええんやけど…」
「ふふふ……」
「無事で済めば…ええけどな……ふふ…」
「わ、わ…」

 智子と琴音の視線が交錯する。ゴングが鳴れば、すぐにでもここで始めてしまうのではないか?
と思えるほど、二人の間の緊張が高まっていた。




「おい! マルチ、ちょっとこっちに来てみろ!」
「?」

 長瀬が何か慌てた様子でマルチを呼んだ。

「どうしたんですか?」
「これだ…!」
 長瀬はテレビの方に視線をやる。
テレビにはあかりと、見知った顔が映っていた。

「えと…あかりさんですか?」
「そうだ、だが、私が言っているのはその隣の人だよ。」
「隣の人………」

「―――え?」

 マルチは思わず自分の目を疑った。
 目を擦ったりもしてみたが、テレビの向こう側の人物が変わっているわけが無かった。

「藤田君が…決勝戦で神岸君のセコンドにつくらしい…」

「ど、どうして浩之さんが!!?」
 予想できたことではなかった。
 今まで、少なくともマルチの応援をしていた浩之が、一転してマルチの敵であるあかり側についたのだ。
 勿論、浩之の本位ではないかもしれない。
 だが…マルチの受けたショックは大きかった。
 
「神岸君には今までセコンドは誰もついたことがなかった。だが、今回は彼女から藤田君に
 頼みこんだそうだ。どうして急にセコンドをつけたのかは私にもわからん。」

「浩之さんが…浩之さんがあかりさんのセコンドに…」

 あかりの隣に座る浩之の姿が…マルチの頭の中から離れなかった。






 決勝戦前日…今日は東鳩超人選手権決勝戦の調印式が行われる。
この調印式で、決勝戦の試合方法なども決定されることになっている。
調印式には、多数の記者達も集まり、決勝まで勝ち上がってきた二人の記者会見のようなものでもある。

「マルチ…そろそろ研究所を出ないと遅れてしまうぞ。」
 送迎用のバスに乗り込みながら、まだ入り口のところで突っ立ったままの
マルチを見て、長瀬は思わず溜め息をつく。
「…………」
「マルチ……」

 あかりのセコンドに浩之がついたことを知った日から、マルチの様子が変わった。
何をするにも…覇気というものがない。そしていつものあの元気な笑みが消えた。

「マルチ……」
「……主任…」
「……何だ?」
「あかりさんは…強すぎますぅ…」
「…?」
「私には……勝てません!」

「…いきなり何を言いだすんだマルチ?」
 長瀬が近くで見たマルチの顔は小刻みに震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「今までは…浩之さんが応援してくれました…。会場にはいなくても…どこかでずっと…」

「だけど…今度は違います…」

「…………」
「浩之さんがいなきゃ…私は闘えないんです…」
「マルチ……」
「ただでさえ…あかりさんは強いんです…。それなのに私は…浩之さんがいなきゃ闘えない…」
「…………」
「一人じゃ闘えないんです…。こんな私に…勝てるはずがありません…!」 
 不意に、震えが大きくなる…
 溜めていた涙が、遂にマルチの目から零れ落ちた。

「う…ううっ…わたし…私どうしたらいいのかわかりません…」
「…………」
「浩之さんがいなくなって…何も…わからなくなってしまいました…」
「主任…私は…私は一体どうすれば……」

 泣きじゃくるマルチを見て、長瀬は改めてマルチの中の浩之の大きさを知った。
おそらく、浩之が側にいてくれるだけでマルチはどんなに傷つこうとも立ち上がることが出来るだろう。
だが、浩之が側にいないだけで、マルチは脆く崩れてしまう…

 これが神岸君の狙いか…

 浩之はマルチにとって大きな力となる。
 反面、弱点でもあるのだ。
あかりは今回、見事にその弱点を突いてきた。

 浩之という弱点を突かれてしまった今、マルチに「一人で闘える自信」をつけさせねばならない。
 今のマルチではあかりへの勝利どころか、闘うことすら無理である。


「…藤田君がお前の支えになっていたのは知っている。」
 泣きながら震えるマルチの肩に、長瀬はそっと手をかける。
そして子どもを宥めるように、優しく微笑みかけた。

「だが…お前がここまで勝ちあがってきたのは結局は自分の力だろう?
 リング上で藤田君が手を貸してくれたかい?」
「…………」
「リングでは自分自身しか頼れる者はいない…。お前がここまで勝ち進んできたということは、
 一人で闘える、ということじゃないか? そうでなきゃお前は負けているはずだ。」
「…………」
「藤田君は…お前の前からいなくなったわけじゃない。きっと会場で待っている。
 保科君も待っているだろう…」

「…お前が闘えないと言うのなら、無理に止めはしない。だが…」
「お前の勝利を願って、一人の「友達」が倒れていったことだけは忘れるな。」
「…友達…」
「ボロボロになりながらも…それでもお前のために闘っていったセリオのことを忘れるな。」
「………!」
「お前がここで闘わずして負けたら…セリオの気持ちを無にすることになるんだ…」

 長瀬の言葉に、マルチは何も答えない。ただ下を向いて俯いていた。


「……先に調印式会場で待ってる。」
「…………」
「もう一度…考えてみるといい。」

「…私は…お前が来るのを待っているからな。」

「あっ…」
 自動ドアが閉まるその音で、マルチは顔を上げる。
バスの中の長瀬は、もうマルチを見てはいなかった。心配そうに見つめてはいなかった。

 今度は浩之さんは助けてはくれない。
 あかりさんは強い。実を言うと怖い。

 でも、ここで私が逃げたら…
 協力してくれる保科さんは?
 何度も倒されながら、それでも私のために立ち向かっていったセリオさんは?

「……逃げるわけには…いかない…」

 遠ざかっていくバスを見ながら、マルチは突っ立っていた。
だが、その目にはさっきまでとは違う光が宿っている。


 …行こう。
 主任が、保科さんが…
 そして浩之さんが待っている―――


「…あうぅ…はやく行かないと、もう間に合いません!」

 会場に向かって、マルチは走り始める。
 その瞳に、もう迷いはなかった―――

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次回予告

東鳩超人選手権も遂にクライマックス!
三位を争う琴音と智子の試合方法は、
氷上チェーンデスマッチだった!!


ども、助造です。
次回は、三位決定戦へと入る予定です。