坂下好恵 三年目の春(3) 投稿者:助造 投稿日:1月21日(日)20時19分
「お〜い! 坂下〜!」
「なんだ…また来たのか?」

あの日から、藤田は私がここで休憩をしている度に来るようになった。
最近では前もってスポーツ飲料まで買ってきている。
私の分も……だ。

「ほら、坂下。」
「あ、ああ…ありがとう。」

そう言ってポカリスエットを受け取る。

「でも……悪いな、いつも貰ってばかりで…」
「ん? ああ、そう思うなら今度から金を払ってくれると助かる。」
「……………………」
「冗談だけど。」

そう言って藤田は笑いながら私の隣りに座る。
少し前からおなじみの光景だ。
何かをする訳もでなく、ただ座ってポカリスエットを飲む。
どちらからも話し掛けたりしない。
感じるのは春の風が頬をなでる感触と、夕暮れの陽光だけ。
聞こえるのは部活動の練習の声と、木々のざわめきだけ。

ただ……不思議と悪い気分はしなかった。
時間を無駄にしているだけ、とは思わなかった。

「ふう……」

私より早く飲み終わった藤田がこっちを見る。

「なんつーか…ここでこうやってのんびりしてるとよ…」

「結構…いいんだよな、落ち着いたりできて…」

独り言のように呟く藤田。
私は夕日で赤く染まったその横顔を見ながら、その言葉を聞いていた。



「やっほ〜! 久しぶりね、好恵〜!」

誰かに呼ばれ、顔を上げるとそこには見知った人物がいた。

「「綾香?」」

「えっ?」
「あれ?」

私も藤田も互いの顔を見ながら、驚いていた。

「藤田…あんた、綾香の事を知ってるの?」
「坂下も綾香の事を知っているのか?」
「あれ? 浩之じゃない! 元気してた〜!?」

綾香が私たちの元に駆け寄る。
どうやら、綾香と藤田は知り合いらしい。

「あ、ああ…ま、元気といえば元気だ。」
「?」

綾香の顔を見た途端、少し、藤田の様子が少し変わった。
なんと言えばいいのだろうか……どこか憂いを帯びた、とでも言った
まるで思い出したくないものを思い出してしまったかのような…そんな感じだった。

でも、それが何なのかが私にわかるはずがなかった。

「ところで、綾香。あんた、どうしてここに?」
「ん? ちょっと好恵の顔を見たくなったのよ〜、無性にね!」
「………冗談はやめなさい。」
「それも本当の理由なんだけどね〜、敢えて言えば敵を偵察に来た、ってとこかしら?」
「偵察って……私はもうあんたとやることはないんじゃ…」
「好恵がいつエクストリームに来るかわからないしね。」
「……葵との勝負であんたにもよくわかっているはずでしょう? 私はエクストリーム
 には出場しないわ。そのために葵を引きとめたんだから。」
「葵も不幸よねぇ…好恵がいるせいで自分の闘いたい場所で戦えないなんて…」

綾香が嫌味ったらしく言う。
もっとも、目は笑っているのだが。

「葵の件は私の勝利で終わったはずよ。今更…」
「わかってるわよ。そんなの……」


「で、本当はどうしてここに来たの?」
「姉さんを迎えに来たのよ。で、ここに好恵たちがいたから来たの。」
「ふ〜ん……そうなの。」
「元々、好恵の練習も見ていくつもりだったけどね。」
「見に来なくてもいいわよ…」


「でも、意外ねぇ……好恵と浩之が仲が良かったなんて…」

そう言って意地悪そうな笑みを浮かべる。

「仲がいい? 私と藤田が?」
「…………………」
「違うの? 一緒に休憩してるから…」
「……藤田が私のトコに来ているだけだ。」
「でも、好恵って休憩するときはほとんど一人だったじゃない。」
「……まあ…一人の方が休憩の時は好きだ。」
「休憩のときは私とは話しさえしてくれなかったしね。」
「………そうだったか?」
「そうよ、休憩は体を休めるときだ、無駄話する時間じゃない、とか言って…」
「そんなこと言ったっけ?」
「言った。」
「で、その好恵が一緒に休憩してるんだから……よっぽど浩之の事が
 気に入ってるのかな〜、って思ったのよ。」
「き、気に入ってるだとぉ!!?」
「え〜? 違うの〜?」
「ば、バカを言うなっ!! そんなわけあるかっ!!」

綾香がああいう笑いをする時はいつもこんな感じで私はからかわれている気がする。


「あ、そろそろ帰らなきゃ…」
それから暫くして、綾香が思い出したように言う。

「じゃあね〜!」

結局、綾香は言いたい事言って帰っていった。

「アイツ……本当に何しに来たのかしら…」
「さあ…な…」

綾香が帰る姿を見つめる藤田の顔は、さっきと同じ顔をしていた。
いつもの藤田からは見られない、どこか弱い表情…
そんな表情の藤田を見たのは初めてだった。

「藤田……」
「ん…?」

「あんた、どうやって綾香と知り合ったの?」

それを聞いた瞬間、藤田の顔が変わった。
とてもつらそうな顔をした。

「藤田……?」
「あ、ああ……聞きたいか?」
だが、それも一瞬のことだった。
すぐにいつものように苦笑して、話を始めた……


すでに休憩の時間は終わっていた。
だが、私は藤田の話を聞きたかった…

「俺と綾香はだな―――――」

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助造です。

設定は綾香シナリオで綾香に負けた後、三年生になった時の話、ってことで。