マルチがんばる 投稿者:雀バル雀 投稿日:2月7日(水)12時20分


格闘技同好会が発足して数ヶ月…
ついに、待望の新人が!

「マルチです、よろしくおねがいします」

ぺこんとお辞儀。

「こ、こちらこそよろしくおねがいしますっ」

おわてて葵も礼を返す。
そのあたふたぶりに、浩之は笑みを漏らし

「葵ちゃん、いろいろ教えてやってくれ」
「はいっ、センパイ」

にっこり笑って、明るく答えた。



さて、翌日――

「新入りぃ! ちょっと来ーい」
「は…はぃ」

“新人研修”の名を借りた虐め…もとい、「教育」が
浩之の目の届かない場所で行われようとしていた。

ばきっ

「はわわわ〜」
「これが正拳突きっ、これが直突きっ」

どごっ

「はぐぅぅ〜」

ボディに打ち込まれた一撃にマルチは、たまらず(なにかを)嘔吐。

「はぅ…」
「どう? これがエクストリーマーの実力よ」
「…い、痛いですぅ…」

ばきっ

後頭部を襲った回し蹴りに弾かれ、顔面ごとつっぷした。

「バカっ!」

葵は哀しそうな瞳で、後輩に叱咤する。

「殴った私も痛いのよっ」
「…で、でも…殴られたほうがもっと…」

理不尽な…愛に満ちたセンパイの鞭が伝わらないのか
マルチは、それでも遠慮がちに抗議の言葉を漏らした。

「甘ったれるなぁ!」

ガキーィン

しかし、身を起こしかけたマルチの脳天に、葵のかかと落しが炸裂!
それがカウンターとなって、再び勢いよく顔面を叩きつけられる。

「センパイが『いろいろ教えてやってくれ』って言うから、“心を鬼にして”教育してあげてるのにぃ」
「…ふぇぇ…」

しょせんロボットに武道の心なんて伝わらないのかしらと毒づくきながら、いそいそとグローブをはずす。

「………」

マルチは精魂尽き果てたのか、ピクリとも動かなかった。

「あ、センパ〜イ☆」

遠くからやって来る浩之の姿を捕らえた葵は、先ほどまでとはガラリと変わったハキハキとした口調で、手を振る。

「おっ、二人ともやってんなー」
「はいっ、マルチさんと組み手をやってたんですよ」
「いきなり? ハリキッてんなぁ」

感心したように腕を組む。
足元のマルチがピクリとふるえた。

「よーし、俺も」
「センパ〜イ、それよりもまたハンバーガー屋さんに行きましょうよー」
「え? でも…」
「いいじゃないですか」

とまどう浩之にぴったりと身をあずけ、強引に誘う。

「…カタシとけよ、マル公」

聞かれないよう小声で…
だが先輩のドスのきいた命令は、たしかにマルチに届いた。

「……オ…ス…」

葵にひきずられるように去ってゆく後姿が消えるのを確認すると
唐突に叫んだ。

「ザケンなぁ! 人間ごときがぁ!」

憎しみを露に、手当たり次第そこらじゅうの雑草をブチブチ引きちぎってゆく。

「テメェの戦闘データをインプットするまでの辛抱だからなぉ…ヒヒ」

夕日があたりを朱に染めてゆく…
黒い妄想に身を委ねながら、マルチはいつまでも笑っていた。



それから数日後――

「マル公ーっ、ちょっとこーい」
「はい、キューティ葵センパイさまぁ」

教育の成果か、日に日にグレードアップしてゆく尊称で答えるマルチ。
葵は満足そうに微笑むと、優しげに

「おつかいに行ってきてくださいね」
「はいっ」

マルチは「100えん」と書かれたノートの切れ端(俗に“軍票”と呼ばれる)を、不平も言わずに受け取とった。

「ジュースですよね」
「よくわかりましたね、さすがパシリロボ」

感心したように頭をナデナデ。
マルチは嬉しそうに頬を真っ赤にして呟いた。

「えへへ、マルチはパシられるのが大好きなんですよぉ」

ギチギチと奥歯が軋む音が、口内で響く。
それを悟られぬように葵から離れると、いそいそと駆け出した。

「5分以内で買ってきますねー」
「一秒でも遅れたら『少林寺木人拳』の刑ですよ」
「はい、ビューティフル葵・大センパイさまぁ」

笑顔で返事を返すと、これ以上ここにはいられないとばかりに
とたとたと走り出した。


    *


「買ってきましたぁ」

工場廃水深層水をせいたくに使ったバヤリースを、零さないよう慎重に運ぶ。
ついに、復讐の時は来たっ!

「ご苦労さま」

ばきっ

褒美の拳骨にも、笑顔で答えるマルチ。

(ククク…さあ、飲めよ)

苦痛でのたうち回る彼女を、入手した戦闘データでぶちのめす――
己の完璧な作戦に、歓喜と期待が渦巻いていた。

「ググっとやってくださーい」

らんらんと輝く瞳で、敬愛する先輩に勧める。
すっかりノドが渇いた葵は、とくに疑う様子もなく

「じゃあ、遠慮なく」
「はい♪ 遠慮などなさらずぜ〜〜んぶ飲み干して…」

そこで、葵の手が止まる。

「………」

なにかを考え込むように、じっと缶を見つめて

「…いいや。これ、マルチさんにあげます」
「ふぇ?」

差し出されたジュースに、マルチは復讐の妄想から現実に引き戻される。

「今日までよく耐えましたね。私、マルチさんを試してたんです」
「へ?」

そこには、悪意など微塵もない純朴そうな微笑があった。

「本気で武道を、格闘技を愛する心があるのか知りたかったんです――でも、マルチさんは立派に耐えてみせました」
「じゃあ…あの…」
「さあ、これは私からのご褒美。これからもいっしょにがんばりましょうね」

優しい口調の申し出に
マルチは泣き出したい思いを堪えて

「わ…わたしはロボットですから…」
「遠慮? もらってください」

振り上げられた拳に、マルチは逃げ道がないことを悟った。
両手で缶を抱えると、覚悟を決めて…

「ごぼっ」

一気に飲み干した――








その後。研究所に担ぎこまれたマルチは
数日間死線を彷徨い、果てにここ数日間のすべてのデータを失ったのだった…





     

そして――
練習は今日もつづく。

「マル公ーっ、ここから飛んでみろー」
「はい…美少女葵・超センパイさまぁ」

半分泣き顔で
幹に抱きつきながら、おっかなびっくり腰をあげる。

「大丈夫です。きちんと受身がとれれば死なないから」
「は…はぃ…」


  (おしまい)

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元柔道部の知り合いが、高校時代のとき
ホントにこんなカンジだったそうです(^^;
体育会系ってイイねぇ、これぞ青春。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321/