Happy Door(1) 投稿者:佐々木 沙留斗 投稿日:5月20日(土)08時27分


 グエンディーナ……
 其処は魔法使い達の住まう、常春の国。
 幾種類もの花が咲き乱れ、暖かい日差しが常に降り注ぐ……
 魔法という力に支えられた、楽園である。

 そんな、グエンディーナの一角……とある国。
 その首都である、立派で荘厳な、格式ある城の一角で……

 ドガァァァンッ!!

 今日もまた爆発が起っていた。




   Happy Door




「どうして分かってくれないの? お父さんっ!!」
「どうしてもこうしてもあるかっ! そんなふざけた事は許さんと何度も言って
おるだろうにっ!!」
「ふざけてなんか無いって何度もいってるじゃないっ、あたしは本気だよっ!!」
「本気でもなんでも許さん物はゆるさぁぁんっ!!!」

 激しい口調でやりあっている2人。
 彼等が居る其処は、いわゆる謁見の間と呼ばれる場所。
 人が何十人と入れるであろう大広間。
 そこから数段高くなった位置に有る豪勢な玉座。
 玉座から伸びる赤地に金糸で刺繍の施された絨毯は、入り口の大きな扉まで伸
びている。
 そして其の周りには多数の高官達。
 彼等の背後にそびえる白い壁には輝かんばかりの装飾が施され、天高く伸びる
天井まで届いている。

 がしかし、其の荘厳な空気をぶち壊しにして、其の2人は口喧嘩をしている。

「これだけ言ってもまだ分かってくれないっていうの? 可愛い娘がこんっなに
頼んでいるって言うのにっ」

 全身から怒りをほどばしらせながら、20歳ぐらいの若い、ピンク色の髪の毛
をした女の子が言う。
 彼女は胸元の空いた白いイブニングドレスを纏い、頭上に銀のティアラを擁い
ている。
 其のティアラの間からは、まるで触覚の様に一本、長いくせっ毛が伸びている。
 済ましていれば絶対に可愛い部類に入るのだろうが、如何せん、怒っていては
台無しである。

「スフィー、何度言ってもだめな物はだめだっ。大体、初めから分かっていた事
であろう? 下界で半年、それが過ぎたらこちらに戻ってくる。そう決めてあっ
たであろうに」

 其の女の子に向う男性は、玉座に深々と腰掛けている。
 年の頃は40過ぎ。
 決して豪勢では無いが、一見して上等品と分かる黒の上下。
 その上には赤いローブを纏い、頭上には金色の王冠を頂いている。
 髭を貯え、彫りの深い顔に刻まれた表情は、王者の威厳と、父の厳しさ。
 やり取りで分かるように、彼は女の子の父であり、同時にこの国家の長、国王
でも有る。 
 故に、其の口調、意見には父と、そして国王としての意味が込められていた。

「そもそも、王女であり第一王位継承者たるお前が、何処の馬の骨とも分からん
輩と一緒になれると思っておるのかっ?」

 が、女の子はそんな事は知ったものではない。
 自分の我を通す為、父と全力でぶつかり合っていた。

「けんたろうは馬の骨じゃないもんっ! とっても素敵な人だもんっ!!」
「そんな事は聞いておらんっ! お前には王位継承者としてふさわしい相手が…」
「だぁれがそんな。それこそ、何処の馬の骨か分からない人と一緒になるもので
すかっ!!」
「なっ! スフィー! お前はワシが決めた相手を不服だというのかっ!!」
「それこそ、そんな問題じゃないでしょっ!!」

 喧喧轟轟に言い争う2人。
 良くある、娘と父親の遣り合いでは有るが……しかし。
 其の当事者達が国王と其の王女、しかも謁見の間でそれをやる物だから、其処
に居合わせた高官達はたまったものではなかった。
 何せ自分達の仕える王と其の娘であり、加えて、2人はグエンディーナでも名
高い魔法の使い手でもある。
 いつ魔法でドンパチを繰り広げるか分かった物ではない。
 事実さっき国王が放ったとばっちりの火炎魔法で、壁の一角が崩れ落ちている。
 最近こんな事が続く物だから、おかげで王宮の清掃担当の高官は修理代に頭を
悩ませている。
 そんな訳で、高官達は意見を言いたくても言えず、さりとて出て行く訳にも行
かず、事の成り行きをはらはらと見守っているしかないのだ。

「ともかくっ! 許されん物は許されんのだっ、分かったな? スフィー」
「分からないよっ! ふんだっ! お父さんの馬鹿っ!!」
「なっ!? 馬鹿とはなんだ馬鹿とはっ、親に向ってっ!!」
「馬鹿な物は馬鹿でしょっ!! ふんだ、もういいっ!!」

 捨て台詞とともに、女の子……スフィーは赤い絨毯を破らんばかりに駆け出し
ていった。
 凄い勢いで広間を抜け、ドアを抜けて走り去る。

「あっ……スフィー様っ!」
「ほおって置けっ!!」

 声を掛けようとした高官の一人に、国王は短く言い放った。
 そして深いため息とともに、玉座にもたれ掛かる。

「ふぅ……全くっ! 一体あの頑固さは誰に似たのやら……」

(そりゃ、貴方でしょ?)

 高官達は思わずそう突っ込みそうになった。



 王宮の一角、スフィーの私室。

「きぃぃっ!!! 頭にくるぅっ!!!」

 部屋に戻ってきたスフィーは、乱暴な動作でドレスを脱ぎ捨てつつ、当たり散
らすように喚く。
 怒り心頭のご様子だ。

 品の良い椅子と机。
 豪華な天蓋付きのベッド。
 レースで作られたカーテン。
 一見質素だが、美しい細工の施された家具類。
 夢にも見そうな、お姫様の部屋だが…
 今のスフィーには其の全てがうっとおしく思えた。

「大体なんで毎日毎日毎日毎日……言ってるのに分かってくれないのよっ!」

 クローゼットからラフな服を取り出して着付けつつ、スフィーはぼやいた。
 そんな彼女の側には、もう一つの陰が。

「姉さん……もう諦めたら…? やっぱりお父様は説得できないとおもうけど…」
「なに馬鹿な事言ってるのよリアンっ! そんな事出来る訳ないでしょっ!」
「あぅ……で、でも……」
「大体っ! 今諦めたらあの馬鹿親父に負けるって言う事でしょっ? そんなの
耐えられないよっ」

 拳を握り締めるスフィーを見つつ、リアンと呼ばれた少女は困った表情を見せ
ていた。
 ちなみに、彼女はスフィーの妹であり、年は2つ離れた19歳だ。
 もっとも、見た目は16歳程度に見える、青い髪をした眼鏡の少女だが。

「馬鹿って……幾らなんでも……」
「いーのっ、可愛い娘のお願いも聞いてくれない人なんて、馬鹿親父でっ!」

 きっぱりと言い切るスフィー。
 すると、不意に声のトーンが落ちた。

「それに……けんたろのこと、忘れられる訳、無いでしょ……?」
「ぁ……」

 そう呟いたスフィーの表情は、とても悲しげな物だった。


 約1年前から、5ヶ月前までの事。
 スフィーとリアンは、この世界……グエンディーナには居なかった。
 彼女達は修業の為に下界……我々の言う、地球までやって来ていたのだ。
 其の時、地球…正確に言えば日本と言う地で、スフィーはある青年と出会った。
 健太郎という、骨董品屋の若い店主の青年に。
 そして、彼と共に、五月雨堂という骨董品屋で寝食を共にしていた。
 半年に渡る長い様で短かった生活。
 嬉しい事、悲しい事などの様々な出来事。
 そして、何時しか愛し合うようになった二人…

 しかし、スフィーは、掟にしたがって帰らなければならなかった。
 無論、それを拒んで抵抗をしたが……甲斐空しく、今の状態と相成る。
 しかしスフィーはそれでも諦めてはいなかった。
 何とかしてもう一度下界に……健太郎の居る地球に行きたい。
 健太郎と一緒に暮らしたい、一緒に生きたい。
 そう願い、父親に懇願し続けて来て早5ヶ月…
 何ら手応えの無いまま、此所まで来てしまった。



「実際、沈んでてもしょうがないしぃ……」

 もきゅもきゅと口を動かしながら、スフィーが言う。

「いま出来る事を最大限に、するしかないからね」
「くす…姉さんは前向きだね…」
「あったりまえよっ、泣く事はいつでも出来る。でも泣いても状況は進展しない
のよっ!」

 ざくっ! っとフォークでホットケーキを突き刺しながら言うスフィー。
 ホットケーキ。
 実際には、ホットケーキという食べ物はこちらの世界には無い。
 スフィーが地球で気に入ったそれを、作り方を覚えて、こちらの世界で似たよ
うな材料を用いて再現した物だ。
 だから、少し味が違うし、何より、スフィーのお気に入りだった結花のホット
ケーキの味ではない。
 しかし、気を紛らわす役には立つようで、早10枚を平らげていた。

「だから、もう暫く頑張ってみるしかないかな。やっぱり」
「私もできる限りの事はするね、姉さん…」
「うん、お願いね、リアン」
「はい」

 にこっと微笑みあう姉妹。
 外見は似ていないが、笑みの感じがそっくりなのを、知っている人間はどれだ
け居るのだろうか。



 で、次の日。

 ドガァァァァンッ!!

 と爆裂する謁見の間があって。

「あ〜〜〜〜〜!!! ほんっっっっとーーーに頭に来るぅぅぅぅ!!!」

 やはり自室で喚くスフィーが居た。

「あの親父はもぉっ、人の話を聞いてよねっ! 毎日毎日駄目だ駄目だってぇ…」
「あはは…」

 毎日という点では、姉さんも同じじゃないかなぁ……と言わないのは、リアン
の姉思いが成せる事だろうか。

「いい加減にして欲しいわよねっ、ったく……」
「姉さん…」

 ギリギリとぬいぐるみを抱きしめながら、スフィーがまたぼやく。
 其のぬいぐるみは、福ダヌキの手にクローとドリルを付けた物だ。
 此れもやはり、地球でスフィーが気に入った品のコピーだ。
 インスタントヴィジョンで再現したそれを、手縫いで作り上げたもの。
 やっぱり、元の物よりは形が少しいびつであり、元ほどの愛らしさを感じない。

「姉さん…たぬき…破けちゃうよ…?」
「良いのよっ、やぶけても……縫うから」

 憮然と言い放つスフィー。
 そして、其のタヌキをじっと見詰めた。
 当たり前だが、タヌキは何も語らず、ただ其の虚ろな瞳をこちらに向けるだけ
だった。
 だが……其の瞳すら、やはりオリジナルとは違うのだ。

(ホットケーキやたぬドリルが再現できても…本物じゃない。元の物は、あっち
にしかない……)

 限りなく似せて作っても、それはやはりフェイク。
 限りなく本物に近くとも、本物ではない。
 まして…

「……けんたろは、コピーすら出来ない……」

 ぼそっと、リアンに聞こえない程度に囁く。

 いくら再現性の良い品が作れても、魔法は万能ではない。
 完璧な物を作れはしないし、人を再現できはしない。
 仮に、人は再現できても、心までは絶対に補えない。
 人としての殻は作れても、健太郎という心は絶対に宿らない。
 こっちの世界で作ったホットケーキが、スフィーのお気に入りのそれには成ら
ない様に。
 魔法だけでは、出来ない事は多いのだ。

(本当に大切な物は、魔法では手に入らない…自分の手で掴まなきゃイケナイ)

「本物が欲しかったら……諦めちゃ駄目なんだ」
「えっ……?」

 不意な言葉にリアンが反応する。
 しかし、スフィーはそれに応じる事無く呟いた。

「このぬいぐるみだって、ホットケーキだって、あっちの物じゃない。本当に、
本物が欲しかったら……諦めちゃお終いなんだよ」
「……」

 かみ締めるように、説き伏せるように、呟くスフィー。
 何処か、自分自身に刻み付けるようでも有った。

「けんたろの優しさ…思い…それが欲しかったら、諦めちゃ駄目なんだ……」

(健太郎の温もり……感触…そう言った物を……)

 其処まで考えた時。

「……感触?」
「……? 感触がどうかしたの? 姉さん…」

 ふ……と、スフィーは考え込んだ。
 そして自分の言葉を踏まえ、どうしたら良いかを反芻し始める。

(待てよぉ……良く良く考えれば、別にお父さんに『許して』もらえなくても良
い訳だよねぇ……あっちに行けさえしたら……ってことは、ようするに……)

「……姉さん?」
「……感触。つまり……あたしと健太郎は……だから……、……そして……」

 ぶちぶちと何かを呟くスフィー。
 そのスフィーをちょっと心配そうに見詰めるリアン。
 そんなリアンをよそに、スフィーは一人思考を飛ばし。

(……いける。此れは……いけるっ!)

 暫く経った後、スフィーがニヤリ、と笑った。

「ふ……ふふっ」
「ね、姉さん? どうかしたの?」
「ふふん、イイコト思い付いちゃった♪」
「良い事?」
「うん☆ リアン、ちょっと耳かして」
「えっ? う、うん……」
「くす、あのね……」

 そしてぼそぼそと話しかけると……リアンの瞳が見る見るうちに、驚きに見開
かれていく。

「な……ね、姉さん……それって……本気?」
「もっちろんっ。此れだったら完璧でしょ?」

 にっこりと極上の笑みを浮かべるスフィー。
 ただし、目が邪悪に光っている。
 明らかに、よからぬ事を企んでいるという風に。

「で、でもでもそれって……」
「ふふ、後はおじいちゃんに頼んで……」
「ね、姉さんっ!」
「あらぁ、リアン…大好きなお姉ちゃんのお願い、聞いてくれないのっかなぁ?」
「えっ…………あの……それは……」

 姉思いなリアンの心を巧みに付いてくるスフィー。
 そして……

「分かり……ました……やってみます」
「やったっ、だからリアンって大好きだよっ♪」
「あはは…」



 そして、それから1月後。
 スフィー達がグエンディーナに帰って来てから、6ヶ月後。

「ふむ……最近のスフィーは落ち着いて来た様じゃな……」
「その様でございまして……」
「ふふ、アイツも諦めたか…」

 国王の私室で、高官…スフィーお付きのメイド長と国王が話し合っていた。

「しかし…少々可哀相な気もいたしましたが…」
「お前まで言うのか? アイツにはアイツの幸せが有るやもしれん。しかし、そ
れはこの世界でなくては成らんのだ」
「ですが……」
「くどいぞ。スフィーはこの国の第一王位継承者。そのスフィーがいなく成って
はこの国はどうなる? アイツももう20を過ぎた……それが分からん年でもな
かろうに…」
「はい……失言でございました」

 深々と頭を下げるメイド長。
 其の様子を、面白くなさそうに国王は見詰めていた。

(ワシとて……アイツの気持ち、分からんでも無い……しかし……)

「……ワシも、人の親じゃ……」
「は…? 何か申されましたか?」
「ん? なんでも無い……もう下がって良いぞ」

 呟きを聞かれて、ばつが悪くなったか。
 国王がメイド長を下がらせるように言った。

 その瞬間。

 ドグァァァァァァンッ!!!

 盛大な爆音と振動が、王宮を揺らした。
 其の振動の所為で王の部屋の本棚が揺れ、いくつもの書籍が落ちてくる。

「なっ、なにごとだっ!!」
「はっ! い、今確認をっ!」

 慌てた様子で2人が叫んだ時。

『あ〜あ〜、んん。えっとぉ、王宮全体、並びに現国王に告ぐ』

 王宮全体に響く魔力放送が流れ出した。
 其の声は…

「スフィー!?」
「スフィー様? い、一体なにを……」

 其の疑問は一瞬後に解ける。

『手短に言うけど、今から現国王の退陣をよーきゅーします』
「なぁっ!? す、スフィーお前っ!!」
『要求が受け入れられない時は、クーデターもじさないからね♪』
「く、クーデター……す、スフィー様…」

 あまりにあまりな出来事に、国王は怒り心頭、メイド長は失神寸前になった。

『文句が有るなら謁見の間まで来なさい、其処で話を付けましょう、んじゃ』
「あっ、こら待てっ!!」

 待てといわれても聞こえる訳はなく、一方的に通信は途絶えた。

「くそっ、スフィーの奴一体何を……おいっ、行くぞ、付いてまいれっ!!」
「は、はいっ!」

(全く! 一体何を考えておるのだっ!? おとなしくして居ると思ったらぁ)

 怒りに顔を引き攣らせつつも、国宝は謁見の間まで急いだ。



 其の謁見の間では。

「ふふ〜、ついにやっちゃった☆」
「ね、姉さぁん…」

 やけに嬉しそうなスフィーが玉座に座り、其の横に汗を浮かべたリアンが立っ
ていた。

「リア〜ン? もう遅いって。後はなるようにしかならないから」
「でも……」
「大丈夫大丈夫。心配ないって♪」
「……うん」

 絶対に安心できない笑顔でそう言い放つスフィー。
 しかしリアンには抗う術はなかった。
 彼女は、極度の姉思いであり、それが如何なる事であっても彼女は姉を助けて
しまうのだから。

 るんるん気分のスフィーとおろおろ気分のリアンがいる謁見の間、其の外では。

「スフィー様、スフィー様っ! このような事はお止めくださいっ!」
「スフィー様聞こえていらっしゃるのでしょう? 此所をお開け下さいませっ!」

 巨大な扉をドンチャカドンチャカと叩く、高官やお付きの者達が大勢たむろっ
ていた。
 何故叩くだけかというと、入れないのだ。
 物理的ではなく魔力的に封印されたこの扉、しかも其の封印を施したのがスフ
ィーである為、お付きの魔道師達では開ける事が出来なかった。
 逆に言えば、それほどスフーの力は優れているとも言える。
 今の王宮内で此れを開けられるのは唯2人。
 彼女の祖父と、国王、それだけだ。
 しかし、其の前国王でもあるスフィー達の祖父は、公務により外出中で王宮内
には居ない。
 故に高官達は国王が来るのを待ちつつ、スフィーに呼びかける事しか出来なか
った。

「あぁ、スフィー様、何と言う事を…」
「国王っ、国王陛下はまだかっ?」
「もう……何故こんな時に前王がいらっしゃらないんだっ!」
「まさか……スフィー様は其処まで読んで!?」
「もしや、スフィー様だけの策ではないのでは…?」
「あっ! 国王陛下がお越しになられたぞっ!!」
「道を開けろぉっ!」 

 右へ左へと慌てる高官達のところに、やっとこさ国王が来た。

「何をしておるっ! さっさと中に踏み込まんか!!」
「そ、それが国王…扉に魔力で封印を施されまして」
「なにっ? まったく…ええい、下がっておれっ」
『はっ!!』

 国王は扉の前から高官達を払い、ずいと進み出る。

(ふん、この程度の封印など…)

「ney……kuo……selc……wig……nake……zel……」

 普段より一段高い、朗々とした声で詠唱を唱える。
 それにあわせて、扉が徐々に光に包まれて…

 ギッ…ギギィッ……

 重々しい音と共に、閉ざされた扉が開いた。

(まだまだ甘いなスフィー…この程度の腕でクーデターだと?)

 にやり、と笑う国王。
 以前に比べ魔力は強まったようだが、まだ自分の敵ではない。
 そう確信した国王は、一気に攻め入ることにした。

「よしっ、入るぞ。クーデターだかなんだか知らんが、スフィーを抑えるのだ!
そうすれば事は収まるっ!」
『はっ!』

 国王が高官達を率いて、扉をくぐりぬけた。

「スフィー! スフィーはどこだっ?」
「スフィー様っ!」

 誰も居ない謁見の間はいつもの倍は広く感じる。
 しかし、誰も居ない其処でスフィーを見つけるのは、至極簡単だ。
 というより、あっちから手を振って位置を示してきた。

「はぁい、おとーさん☆」
「……すみません、お父様……」
「リアンッ!? お前まで何をしておるのだっ!!」
「ふふん…リアンもクーデターの賛同者に決まってるでしょ?」

 実に楽しそうに言うスフィー。
 其の格好は茶色のショートパンツにお腹が出るクリーム色の長袖。
 その上から同じクリーム色の外套に、うさぎの耳のような帽子を被っている。
 この世界の学校、魔法学院の制服だ。
 脇には同じ格好のリアンが申し訳なさそうに佇んでいる。
 そして、スフィーの座るその場所は……国家元首たる者が座する椅子。

「そもそもスフィー! お前どこに座っているっ!?」
「ん? 見てのとうり、玉座よ、ギョ・ク・ザ♪」
「そういう意味ではないっ、其処はこの国の王たるワシの座る場所だ、お前が座
って良い場所ではないとあれだけ言っておるではないかっ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ国王。
 あんまりな展開なもので、背後に控えた高官達も言葉を失っている。
 というより、下手に口出しすると、国王が怒りそうだった。

 しかしスフィーは、そんな国王達を鼻で笑い飛ばす。

「くすっ、まだ分かってないの? あたしはお父さんに反旗を翻したのよ?」
「なっ…そんなたわけた事がまかり通ると思っておるのかっ!」
「とーるとーら無いじゃない……通すのよ」
「むっ…大体、お前はそんな事をして一体なんの特が有るというのだっ!?」

 国王が其処まで言うと、すぅ…とスフィーの目が細まった。
 まるで『待ってました』といわんかのように。
 そして、慇懃無礼とも取れる丁寧さで話し出した。

「お父様……お父様は国王陛下であらせられますよね?」
「当り前だっ、今更何を言うか」
「其の国王の命によって、あたしは下界に行く事が出来ません……それはつまり、
国王陛下の勅命でございますね? たとえ、職権乱用の親の我が侭でも」
「職権乱用とはなんだ乱用とはっ!! お前の行く末を案じるのはワシの我が侭
ではなく、お前の、ひいてはこの国為であってだな…」
「たとえっ!!」
「っ!?」

 国王が続けて発言しようとした時、スフィーが大きな声でそれを遮った。
 そして凛とした態度で、国王に向って進言する。

「例えそうであっても……一人の人間の未来を、他人が決めて良いとお思いなの
ですか? 国王陛下……」
「ぐっ……」
「国王陛下…陛下のお気持ち、王女として、そして娘として、分かるつもりです
……ですが……」
「……ですが、何だ?」
「あたしはあたしの信念で生きます。貴方の思うとうりには、残念ながら成るつ
もりはありません」
「お前っ!」

 スフィーの言葉に更に激昂する国王。
 しかし、頭の方隅ではこうも考えていた。

(スフィーの奴……一体何を考えている? こんな茶番を行う為だけに、わざわ
ざクーデターを起こす筈はあるまい?)

 何か仕掛ける為……其の為に今、こうしているようにしか思えない。

(そもそも、あの口上をスフィーが考えたとも思えん。大体あのアーパーなやつ
があんなに大層な物言いを考えられるとは到底……)

 実際……其の意見は当たっていた。
 リアンが側にいる理由……それが答えに当たる。
 ようするに、さっきからの口上は、全てリアンに考えてもらったのだ。
 ただ、其処は流石に第一王位継承者。
 内容は全て暗記し、自分なりに少々アレンジも加えてある。
 堂に入った物言いと其の威厳、カリスマ性は決して国王に引けは取ってない。
 事実、その場に居合わせる高官達は、2人のやり取りに感嘆の念さえ持ちそう
に成っていた。

「其処で……あたしは、あたしである為に、決断したのです」
「……なにをだ?」
「ふっ…」

 其処まで言ってから、スフィーは玉座から立ち上がり。
 ニヤリ、と不敵に微笑んだ。

「あたしの意見が通らないならば、通せるようにしたら良い…」
「……」
「つまり……あたしがこの国の長となって、それを収めれば良い…」
「……なに?」
「つまりっ! 国王っ、貴方を廃しあたしが新しい長、国王となればよいっ!!
さすれば、貴方の意見を聞く必要も無くなるし、あたしに逆らえる者もいなくな
るっ!!」
『なぁっ!!』